戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年11月04日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
ふっ、あと少しのところまで来てはいるんだけど、
歴バナは70話を少し越えそうだな・・・
もうこのシリーズ、200話越えは必至だな


●延暦20年(801)

1月20日、大宰府の大野山寺で四天王法を行うことを停止する。
閏1月14日、征夷大将軍・坂上田村麻呂に節刀を下賜する。
4月8日、越前で牛を殺して神を祀ることを禁止する。
4月15日、延暦17年に年分の得度者を35歳以上としたが、今後は20歳以上とし、
漢音を習得した僧侶にふさわしい者を選び、試験の日には三論と法相の違いについて
答えさせるように改める。

5月1日、日食。
5月17日、雨乞いのため、丹生神社に幣帛を捧げる。

7月16日、最澄、翌年の高雄講会へ向けて準備を始める。
8月10日、藤原葛野麻呂を遣唐大使に、石川道益を副使に任じる。
9月27日、坂上田村麻呂から平定の報が届く。
10月28日、坂上田村麻呂が節刀を返上する。

11月7日、坂上田村麻呂らを遣わし蝦夷を征伐すると宣言。

11月14日、最澄が10日間の法華十講を催す。
12月26日、使者を遣わして佐保山にある聖武天皇陵を鎮め祀り、
僧侶と尼各千人を得度させる。



1月の「大野山寺」は大宰府の大野山に建立された四天王寺のことで、
宝亀5年(774)に新羅からの宗教的な呪詛に対抗するため、
四天王と金光明最勝王経による国家守護を祈念して建てられた大宰府直属の寺だそうな。

なんでも、四天王像の前で4名の僧が昼には金光明最勝王経を、
夜は神呪を唱えるということを命じられてたそうなんだけど、

「もう大丈夫」ってことらしく、これまでお国を護ってきた四天王像や堂宇などは
筑前の国分寺へ遷されたという。
(「大宰府と寺社」松川博一/「都城制研究(8)古代都城と寺社」
奈良女子大学古代学学術研究センターより)
そういえば、一時期無礼だのなんだの言ってたけど、
しばらく新羅との悶着ないもんな。

で、 延暦10年 などに続き4月にまた牛を殺して祀ることを禁止してますが、
佐伯氏によると桓武は丑年生まれで、ゆえに牛が死んだり殺されたりするのを
めちゃくちゃイヤがったらしい。
アハハハ、なるほど、そういうことか~!


で、ちょいと久々の蝦夷征伐のニュースですが、今回も詳しい現地とのやり取りは
『日本後紀』には書かれてないものの、1年のうちに遠征は終わり、
征夷大将軍となった坂上田村麻呂が平定の報告をしています。
その後の11月の宣言は、どうも総仕上げって意味らしいですね。

正史を見る限りではこの年はそれほど目立った怪奇ニュースはないのに、


早良親王を廃太子にした際 も、天智と光仁に混ざって聖武陵へ報告をしてるし、
桓武が聖武に対してどういう思いを抱いてたのかはわかりませんが、
僧と尼の計2千人の大量得度イベントまで付けるなんてちょっと普通じゃないので、
なにかしらの「思うところ」があったものと思われます。


さて仏教界のニュースですが、まず4月の年分度者についての勅は、
年齢制限を変更した理由として「飲み込みの早い遅いは個人差がある」とあるけど、
例の 三論と法相の対立 に起因するものらしい。
佐伯氏によると、仏法大将・善議らが中心となって変更を建言したのだろうという。

 【なぜならば、三論宗の学僧が、「幼童」のうちから門弟を修学させ、三論の学徒として、
  骨をおって育てても、年分度者となる資格年齢が35歳以上では、この年齢に達するまでに
  法相宗側に奪われ、三論の業をやめ、法相の学徒になってしまい、三論宗は衰退の一途を
  たどることになるからである。】
  (『若き日の最澄とその時代』より。漢数字は戦国ジジイが変換)

こういう奪い合いは結構先まで続きます。
ちょいちょいこれ関係の記事も出てくるので覚えておいてね。


最澄にはこの年2つの動きが見られますが、まず7月。
これは佐伯氏の推測による日付で、色々論争もあるようですが、
佐伯説に無理はないのでここに載せました。

前回の最後の方で一瞬出てきた「高雄講会」、
これ自体はこの翌年行われるものですが、その前年から準備に入っていたようです。

最澄が出世したのは一説には和気清麻呂の仲介によるものとも言われ、
清麻呂の子の弘世と真綱(まつな)はこの年以前から最澄を尊敬し、
親しく接してきたようです。

それで、この翌年は伯母である法均の3年の忌明けに当たるので、
そのイベントをどうやったらいいか甥2人はあれこれ考えたらしい。

てことは、やっぱり法均は延暦18年に亡くなったということで、
それなら父の清麻呂の忌明けでもあるじゃないかとも思うのですが、
死後の指図をしたのが法均だからなのか、ここでは「清麻呂の法会」とは
なぜか言われないんですよね~。
あ、これは今でいう「三回忌」じゃなく「3年の忌明け」なので混同しないようにね。

なにしろ 法均の言い付け といえば、

「坊さん2~3人呼んで内輪でちょちょいとやればよろしい。
ついでにアンタ達も私達を見習いなさいよ」


てなもんだったので、甥っ子としては世間通りそこそこ派手なフツーの法要を
やりたかったところだろうけど、故人の遺志に背くのもなんだしな・・・

ってことで、どうやるべきか最澄に相談した上で細々とした指示を仰ぎたいとして
最澄に丁重な招請の文を送っている。
それに応えて、最澄も動き出したようです。


して、11月には 延暦17年(798)の初回 と同じスケジュールで法華十講を催してます。

初回の成功に気を良くしたのか(笑)、今後は毎年七大寺から著名な学僧を呼んで
法華三部経について七大寺六宗(三論・法相・成実・倶舎・華厳・律)の
論議を聞きたいという願望を持ったらしいです。

で、早速七大寺へお招きのお手紙を送るのですが、短いながらもとても丁寧で、
書状の最後は

 【仏法を教え保とうとする心を押えがたく、お招きすることを申しあげる次第であります。】
  (訳は『若き日の最澄とその時代』より)

という熱心さがうかがえるもの。
これに応じて10人の学僧がこの年のイベントに参加した。

佐伯氏によると、参加した10人のうち経歴がわかっているのは5人だそうで、
うち3人が東大寺から、2人が元興寺からの参加だという。
いちおう、この時には七大寺から10人集まったと伝えられているそうなので、
だとすれば残る5人はそれぞれ違う寺から1人ずつ参加した計算になる。

で、わかっている人は結構地位のあった人のようで、
1人が1巻ずつ講義をし、最澄がそれに解釈を加えていったものらしく、

 【<『叡山大師伝』>の評言からも、南都七大寺の学僧を招いての『法華経』の講義が、
  きわめて活発になされたことがうかがえる。(中略)ここに最澄は、天台の教えにもとづく
  『法華経』の講論を、はじめて山外に宣示したのである。時に最澄は、36歳であった。

  天台大師智ギの『法華経』研究は、他派を圧する力を持ち、中国における「法華部」
  (『法華経』を中心とする十数経を整理分類したもの)の独立の理由の一つとして数え
  あげられているが、智ギのすぐれた『法華経』研究に、集中的に眼をそそぎ、その研鑽に
  つとめた最澄の慧眼は流石であった。】
  (前掲書より。漢数字は戦国ジジイが変換、文中の出典は割愛、<>はジジイが挿入)

というように、名実ともに大成功だったようです。
よかったね、最澄たん

この会の様子は記録に遺したようです。
それに、この会かあるいは初回かはわからないけど、
和気ブラザーズも講会を聴講していたようです。

そういうこともあってか、伯母さんのために一般的な法要を行えない甥っ子たちは

「こーゆーのもいいよね」

って伯母さんの法会についてプランを練り、ちょうどお招きを受けた時、
最澄は法華十講の前でもあったので、

 【あるいは最澄と和気弘世らの相談のなかで、高雄講会の予行として比叡山における
  法華十講会に、勝猷(しょうゆう)ら十名の学僧を招いて『法華経』の講論を行うことに
  なったのかもしれない。】
  (前掲書より)

と佐伯氏は推測する。

翌年の高雄講会には、大寺から14名の学僧が招待される。
そのうち10人はこの年の法華十講に参加した僧だったという。
そして、高雄講会にあらたに参加した4名の僧侶は、前の10人よりもさらに
当時の仏教界をしょって立つようなスゴイ方達が揃ったらしい。

スゴイ方たちが来てくれれば場も盛り上がるし、
成功すればまたまた天台の名が上がる。
けど、当代随一の論客たちに言い負かされちゃったら・・・
どうなる、最澄たん!?
ベン、ベベン

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最終更新日  2014年11月04日 22時59分49秒


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