戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年11月06日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)

 汝がなせし    悪事の報い
 これこそは    自業自得の
 報いにて     逃るひとなし・・・
 (『往生要集』より)


●延暦21年(802)

1月1日、雪のため新年の朝賀中止。
1月8日、駿河と相模から富士山が1日中赤々と焼け、アラレのような砂つぶてが
降ってくるとの報告があったので占わせたところ、日照りと疫病の前兆だという。
そのため、両国に神の怒りをなだめて読経を行い、災いを祓うようにせよとの勅を出す。
1月9日、坂上田村麻呂を遣わして陸奥に胆沢城を築かせることにする。
1月11日、官軍の出撃により支配地域が広がったので、坂東および周辺諸国の浪人
4千人を胆沢城に入れることにする。

1月13日、出羽の雄勝城の兵糧として越後の米と佐渡の塩を毎年運ばせることにする。
三論・法相の両宗は互いに争い、それぞれが一宗のみを学んでいると聞くが、
他宗を排除するようなことがあれば仏教は衰退するので、今後は正月と10月の
朝廷の法会には六宗から僧侶を呼び、それぞれの学業を広めるようにせよとの勅を出す。

1月19日、最澄、高雄山寺で講会を開く。
2月3日、寺に住み修行に励む43人を褒章してやって欲しいと僧綱から奏上があり、
元興寺・薬師寺・弘福寺・東大寺の僧へ布などを下賜した。
4月15日、坂上田村麻呂らから、蝦夷のアテルイ・モレらが500人の仲間を率いて
降服したとの報が入る。

5月19日、富士山の噴火により足柄路が遮断されたため、箱根路を開削する。
6月12日、左京で失火により民家42戸が焼失。
6月22日、伊予へ配流されている五百枝(いおえ)王が伊予国府周辺に住むことを許す。

7月1日、大和国で頭が2つ、足が6本ある子牛が生まれた。
7月10日、アテルイとモレを連れて坂上田村麻呂が帰京。
7月12日、朱雀大路を走ったオオカミが人に殺される。
7月13日、白鷺が朝堂院に集まった。
7月25日、百官が蝦夷の平定を祝う上表を提出。

8月3日、損田の害をこうむった10ヶ国の百姓の税負担を免除。
8月13日、アテルイとモレを処刑。

8月29日、桓武天皇が高雄講会のウワサを聞きつけ、講会を喜ぶ口宣を使者に託す。
9月3日、損田の害をこうむった31ヶ国の百姓の租税を免除。
9月7日、天台を興隆するための方法について桓武が和気弘世に諮問。
9月12日、桓武が最澄を唐に派遣することを決定。
9月13日、入唐の件について最澄が受諾する。

9月28日、河内の今年の田租を免除。
11月1日、日食。



最澄の歴バナもフィナーレが近づいてきました。
それに伴い、この年は各方面で大きな転機を迎えますが、まずは世間の動きから。

ついに蝦夷のアテルイとモレが仲間とともに降服しました。

軍事の主導的立場にいたことは間違いないようです。

『日本後紀』によると、田村麻呂は2人を京へ連れてはきたものの、
「彼らの希望をいれて今回は郷里へ戻し、いまだ帰服していない蝦夷の
抱き込みをさせようと思います」と上奏しているので、
助命を条件に連れてきたのかもしれない。
が、公卿らがこれに猛反発。

「ヤツらは野蛮だから、約束を守るハズないじゃないか!
たまたま捕らえた賊の長をこのまま帰せば、
虎を生かして後に災いを残すようなもんだ!!」


と頑強に抵抗し、田村麻呂の嘆願は叶わず河内の植山(枚方市が推定地)で
2人を斬ってしまった・・・

なんともお気の毒な話だけど、あれだけ怨霊の影におびえてワタワタ対処する中で
しつこく征討を繰り返し、あまつさえ降服してきた2人を斬ってしまった行動は不可解。

こうなってくると、 井沢氏が主張するように
鬼門に巣食う悪者は是が非でも排除せにゃならんって桓武が考えたってのも
無理のない推測だという気もしてくる。

少なくともアテルイとモレは陸奥へ戻りたいって意思を表明してた訳だし、
助命よりも帰郷の話が出てるあたり、助命はすでに前提条件だった可能性は充分にある。
それなのに、あっさり2人は殺された。


ちなみに、幼少の頃から仏道に邁進し崇高な理念を持っておられた最澄氏はこの数年後、
「東夷北首し、帰徳を先年に知れり」なんて上表文を提出しておるらしいので、
それがリップサービスも混ざっていたにしても、大和民族、特に中央に近い人達はやはり
一様に蝦夷に対して差別意識を持っていたことがうかがえる。

別に、それがどうこうと言ってる訳じゃないですよ。
ただ、

解脱の味独り飲まず、安楽の果独り証せず、法界の衆生と同じく妙覚に登り、
  法界の衆生と同じく妙味を服せん。


と 願文 で高らかに衆生の救済を謳い上げた最澄も、時代の観念は抜け出せなかったんだな~
としみじみ思うだけです。
これは仕方のないことです。

井沢氏の語る、人が怨霊になる条件とは、まず無念の死を遂げること。
それから、偉大で高貴な人物であること。
が、アテルイとモレの死によってもうひとつ条件があることがわかったと氏は言う。
それが、「大和民族であること」。

 【桓武は、古代世界の常識によって、蝦夷たちは「人間以外」であると考えていた。
  そして、無惨に殺せばタタリをなすのは「日本人」であって「異民族」ではない。
  だからこそ、平気で蝦夷は「征伐」できたのである。】
  (『逆説の日本史3』より)

近頃では清水寺にアテルイとモレの顕彰碑が建立されたり、
ゆかりの地で慰霊祭が行われたりと色々な顕彰の動きがあるらしい。
ともあれ、無惨に殺されたお2人に合掌。


富士山の噴火はまだ続いてるようですが、足柄路が遮断されたため
あらたに箱根越えの道を開いたって記述になってるものの、
前々回の「小山真人研究室 」様のサイトでは相模への主街道が遮断された時のために
一時的におそらく以前からあったであろう支道の箱根路を使用したのだろうと
推測しておられる。

年後半には「損田の害をこうむった」多くの国が税を免除されている。
具体的に何があったのかはわからないけど、何かがあったのでしょう。

あと、7月の奇形の子牛が生まれたというニュースを耳にした桓武は
さぞイヤな顔をしたでしょうね


さてお次は仏教界ザンス。

まず1月13日の勅ですが、これも三論と法相の争いに起因するものらしく、
佐伯氏の推測によると法相に押されまくりの三論の反撃があって
南都六宗が公平に法会で論議を行うようにとの指令につながったらしい。
こういう背景も最澄と関わってくるから、もう少し我慢してね

で、前年から準備を始めていた、法均のための法要に端を発する高雄講会が
高雄山寺においていよいよ始まります。

高雄山寺は和気清麻呂が創建したとされる神願寺とのちに合併し、
今の神護寺へとつながる寺。
清麻呂の墓もここにあり、和気氏の菩提寺、あるいは私寺という存在なのかな。
平安京風水説では神護寺も重要な役割を果たすという風に言われるようですが、
そういう話は苦手なのですっ飛ばして・・・

前回紹介したように、この会は錚々たるメンツを迎えて盛大に行われたようですが、
1月こっきりで終わったのではなく、断続的にしばらく続けられたらしい。
ここで重要なのが、これまで何度か出てきた「仏法大将」大安寺の善議(ぜんぎ)。

道慈(どうじ)は義浄訳の金光明最勝王経を日本に持ち帰ってきたといわれてる方で、
天平の歴バナでは結構名前を出してますが、その弟子が善議。
善議の弟子が勤操(ごんぞう)で、勤操から三論の教えを受けたのが空海。
空海は勤操から 虚空蔵求聞持法 も伝授されたと言われてます。
いやあ、みんなあの究極の暗記上達法をやってたんだねえ~

じゃなくて、空海は師の師である善議のことを「三論の名匠」と評し、
勤操はのち宮中での論議で法相よりも三論の優位性を強調した論陣を張って
勇名をとどろかせた方だそうな。
つまりは善議・勤操とも三論のトップを突っ走る方々で、
お2人とも高雄講会に参加しました。

七大寺バージョン法華十講に参加した10名のほか、
高雄講会にあらたに参加した4人の僧侶は三論の善議・勤操と
法相宗から2人の高名な学僧という顔ぶれ。

この高雄講会は桓武の命によって行われたとかって後の時代の記述にあるようですが、
基本の流れは前回のようなもので、桓武が初めからここに絡んだという話は
どうもハク付けのフィクションのようです。

して、1月から始まった講会はかなり盛り上がって世間の耳目を集めたと思われ、
8月には桓武の知るところとなります。
それに対して喜びを表明したのが8月29日の口宣で、まだ講会は続いてる最中。

桓武の喜びに対して善議が返書を送っており、
そこには智ギと天台宗を絶賛する言葉が書き連ねてあったそうな。
すなわち、

 【天台大師智ギの経疏のなかで説かれているところは、はなはだ深遠であり、その理論は
  すぐれて奥深く巧みであって、七大寺の六宗の学生は、かつて聞いたことも見たことも
  なく、これによって、「三論、法相、久年の諍いも、渙焉(かんえん)として氷釈し、
  照然として既に明らかなり」】
  (『若き日の最澄とその時代』より)

というもので、コワモテの仏法大将に一体何があったんだ!?というホメちぎりぶり。

ちょっと文字数が残り少ないので、善議の思いについては次回へ持ち越しますが、
御年73歳の善議の熱をおびたこの上表が、最澄の躍進をさらに後押しするのです。


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最終更新日  2014年11月06日 22時37分27秒


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