戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年11月24日
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カテゴリ: 江戸めぐり
お風呂やトイレのような場所は体の大事なところが緩むせいか
「気づき」を得られることも多いのですが、さっきお風呂に入っていて急に

「あれ、ハチって確か剥製にされたんじゃなかったっけ?」

って思い出しました。
でも青山霊園に葬られたとはあるんだよな・・・
ハチは人間さながらの盛大な葬儀が行われたようですが、
埋葬した後で剥製プランが持ち上がったのかな?


では、前回の写真の坂を下って江戸城方面へ向けて進みま~す。

嘉永2年(1849)の江戸切絵図によると、ちょうど乃木神社のあたりは
「鉄砲場」だったようで、時代によっては鉄砲場ではなく青山大膳と描かれてる


現在では乃木神社の入り口の先は乃木會館になっていて、
神社で結婚式を挙げた後こちらでそのまま披露宴までできるようですが、
會館の前を過ぎると


高野山出稼ぎ・吉川毛利邸跡


フツーのマンションですし、聖パウロ女子修道会に用がある訳でもありません。
ここはね、『東京時代MAP』には手前から「吉川監物」「毛利淡路守」と
並んで描かれてるんです。

おお、吉川と毛利が江戸でお隣さんしてるう~!!

とわたくしが喜んだのは言うまでもありません。

そういえば少し前に職場内を歩いてたら上司に呼び止められて、


もう行くのやめたの?」


とおもむろに聞かれました。

やめた訳じゃありません。

それに、私は広島よりはホントは山口人間なんです。

まあ、一時期立て続けに広島に行ってたからな・・・
周囲にはわたくしといえば広島のイメージが強いようです。

まま、それはともかく、吉川はあの吉川で間違いないだろうけど、
「淡路」ってダレ?


幕末ではあるからおそらく徳山藩の毛利家だな。
てる(毛利輝元)の次男・ 就隆 (なりたか)の家系だ。

しかし、毛利さんちも吉川さんちも悲しいぐらい小さいぞ。
下屋敷かな。

上・中・下の屋敷の用途をご存じの方も多いでしょうが、
久松松平家の家臣で内藤鳴雪という人が江戸屋敷についてこんなことを
語っておるそうな。

 【お屋敷には通例、上屋敷、中屋敷、下屋敷の三つがある。上屋敷、中屋敷の二つは
  幕府から賜るもので、お城の周囲に接近してあったもので、中屋敷より上屋敷の方が
  更にお城に接している。上屋敷、中屋敷は共に一つずつであるが、下屋敷は大名に
  よってはたくさん持っていて、相対で売買などもして、大名自身の所有であった。

  下屋敷は火災などがあった時分に立退いたり、季節に従って遊びなどする所で、
  たいがい郊外か、市中でも場末にあったのである。上屋敷は大名の当主の住居で、
  中屋敷には世子すなわち若殿が住んでいて、且つそれに属する家族も別かれて
  住まっていた。そうして、それに附属している家来は都合によって上、中の両屋敷に
  打ちまじって住んでいるので、日々上より中、中より上へ通うて勤めていた。】
  (「勤番者」/『幕末の武家』より)

これは『大名屋敷の謎』(安藤優一郎/集英社新書)に載っている話で、
安藤氏は上の話に補足して下屋敷は避難所でもあり江戸での生活物資を保管する
倉庫でもあり、別荘としても用いられ、その立地から巨大な庭園が造成されている
場合が多く、よその大名を招いて接待したりもしたと解説している。

 【下屋敷の場合は、複数拝領するのが普通だった。大名どうしで事実上売買まで
  しており、幕府も相対替えということでこれを黙認していた。だが、諸大名にとっては
  これだけでは足りなかったようだ。さらなる拝領(拝領屋敷)を幕府に願っている。
  ただで土地が貰えるのだから、当然競争は厳しい。なかなか拝領できなかったのが
  実情で、結局金銭で購入することになる。これは、抱屋敷と呼ばれた。】
  (『大名屋敷の謎』より)

なんだとお~!
上中下すべてタダでもらえんのかよ~!?
やっぱ武士は江戸期にはお荷物以外の何者でもないよな~と
貧しい庶民になり代わり怒ってみるわたくし・・・

拝領屋敷の場合は非課税。
が、抱屋敷の場合は元々町人などの土地を買い上げたものなので課税対象となる。
大名屋敷であっても、税金面での土地区分は変わってないので
抱屋敷の場合は元の所有者に代わって税金を納めるシステムだったらしい。
拝領屋敷、おいしすぎるよな。

まあ、そうは言っても世の中に美味しいだけの話があるハズもなく、
タダでもらってるからには何か粗相があれば簡単に没収されるかもしれないし、
幕府による土地利用の変更でもあれば移転を余儀なくされるかもしれない。

ただ、そろそろ今年もシーズンが近づいてきた、例のどっかの誰かさんのような
頭のおかしなことでもしなければ通常はそうそう上・中屋敷クラスが
簡単に入れ替わるってことはないだろうと思うけど、
売買自由な抱屋敷あたりは比較的頻繁に入れ替えがあったかもしれない。

しかし、乃木坂の吉川邸は結構古い絵図にも同じ場所に描かれてるんですよ。
使い勝手が良かったのか、それとも別の理由か・・・
でも、 明暦の大火 ではこの辺も第3陣で火にまかれてるだろうし、
大火後には大幅に都市再編成が行われてるので、明暦以前から吉川さんちが
乃木坂に屋敷を持っていたのかは不明ですが。
明暦と寛永の古絵図でこの辺が範囲外になっているのが惜しまれます。

ともかくこれで、本日第一のお目当てゲット。
この向かいは現在工事中で、


高野山出稼ぎ・長門毛利下屋敷跡


ここに前回紹介した幽霊坂の由来となった妙福寺があり、
その向こうに松江藩松平氏・・・
これは結城秀康(家康次男)の三男の家系のようですね、
の中屋敷があって、三角形のなかなか広い土地。
が、わたくしの次のお目当てはそのさらに奥らへんにある。


高野山出稼ぎ・長門毛利下屋敷跡2


ほお?
あの奥は結構な斜面になっとるぞ。
高台で見晴らしのいい場所にあったみたいだな。

このすぐ先に歩道橋があったので、登ってみる。
歩道橋の上からは工事現場の中がよく見えた。


高野山出稼ぎ・長門毛利下屋敷跡3


ふ~ん・・・
本所は真っ平らだったし、巣鴨周辺なんかも比較的地形は緩やかな方だけど、
ここは結構起伏が激しくていかにも江戸っぽい地形だな。
比高は大したことないけど、斜面は急だ。
工事現場の反対側↓。


高野山出稼ぎ・長門毛利下屋敷跡4


こちらが江戸城方面。
歩道橋の上は工事現場奥の補強された斜面の上と同じぐらいの高さだから、
距離もまずまずだし、あの斜面の上にある屋敷地からは江戸城も見えただろう。

歩道橋を渡って工事現場の覆いのかかる場所を過ぎると、赤坂中学校の入口がある↓。
(今 ここ )


高野山出稼ぎ・長門毛利下屋敷跡5


オサレなゴミステーションを撮った訳でも、
コンクリ壁面の妙な彫り物を撮った訳でもありまへん。
ちょうどこの辺からが、「毛利大膳太夫」・・・
毛利本家の長州藩の下屋敷の敷地になります。

毛利本家は「長州藩」とか「萩藩」「毛利藩」とか色んな呼び方をされて
わたくしはあまり萩藩という呼び方は好きじゃないので長州藩としてるんですが、
長州と長府を並べて使ったら確かにわかりにくいよな。
ので、今回は間違われないように「萩藩」と表記します。

で、3つ上の写真で斜面の奥に高い建物が写ってますが、あれが東京ミッドタウン。
やあ、あんなものできてたなんてついぞ知りませんでしたよ~(←物知らず)。

じゃなくて、上の「今ここ」のリンクでMapfanに飛んでいただくと、
地図の中心点の矢印が今わたくしがいる場所で、その下に赤坂中。
中学校の下にミッドタウンがあって、右側には檜町公園がありますね。
萩藩下屋敷はこの3つをすっぽり含んでます。

戦国期の偉大な御先祖様たちの時代に比べたらおちぶれたとはいえ(笑)、
さすがに広大な敷地です。
上屋敷はもっと江戸城に近い場所にありますが、そちらは今後紹介する機会もあるでしょう。

という訳で、毛利本家の下屋敷からの眺めなどを想像して歩いていたのですが、
上の写真に戻りますと、かなり急なのがわかります。
都内は場所によっては再開発やら何やらでいくぶん地形の変わってる場所も
あるでしょうが、こんな使い方をしてるぐらいだからここはあまり
往時と地形は変わってないと見ていいんじゃないかと思います。

膝折坂(乃木坂)を挟んで毛利本家と分家・吉川の屋敷があることになるので、
本家とのつなぎのためにお向かいにわざわざ小さい屋敷を置いたかな、
って想像も湧いてきます。
もし小早川が江戸期まで存続してたら、あるいは膝折坂には毛利・吉川・小早川が並ぶ
楽しい光景が広がってたかもしれませんね

ではここから、毛利さんちの敷地に沿ってぐるりと回り込んでいきます。


高野山出稼ぎ・長門毛利下屋敷跡6


あれが檜町公園の入口。
奥にそびえてるミッドタウンの建物を日本建築に置き換えてご覧ください。
入口へ近づいてみましょう。


高野山出稼ぎ・長門毛利下屋敷跡7


ほ~・・・
左側は切れてますが、上り坂になってます。
右側の道は


高野山出稼ぎ・長門毛利下屋敷跡8


こちらも上り坂。
歩道橋の上から見た時は単純に高台にあるのかと思ったけど、
ずいぶんと複雑な地形だな。



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最終更新日  2014年11月24日 22時47分32秒


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