戦国ジジイ・りりのブログ

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2014年11月29日
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カテゴリ: 江戸めぐり
長府藩は萩藩の支藩。
ビッグダディ・毛利元就の四男の穂井田(ほいだ)元清様は
吉備路編に少し顔を出してますが、その元清様の子が秀元。
秀元様の簡単な紹介は山口の 長山城 の記事にも書いてまして、
長府藩の祖とされる方です。

様々な苦労を重ねた戦国武将でも長生きしてる方は結構いるものですが、
秀元様もそのひとりで家光の代まで生きていた。
で、ここの日ヶ窪上屋敷は江戸期のほとんどを通じて長府藩のものだったらしいから、

六本木ヒルズの公式サイトには、秀元様がここに上屋敷を置いたとある。

手持ちの古地図にはこの付近は載ってないんだけど、
『江戸東京地形の謎』(芳賀ひらく/二見書房)に載っている
寛永19年(1642)頃の絵図には確かに同じ場所に
「毛利甲斐守」の屋敷が描かれている。
ただ、「下屋敷」って描いてあるので、当初は下屋敷だったのが
本家の萩藩毛利家が大火によって上屋敷の機能を麻布下屋敷へ移したように、
長府家の方でも何らかの理由で下屋敷を上屋敷へチェンジしたのかもしれないな。

で、ここは毛利ファン以外にも歴史ファンが別の目的で訪れる場所でもあります。
それは、いわゆる「忠臣蔵」関連。

ギシの史跡めぐりなんかしたい訳じゃないのに、江戸には彼らの足跡が多く、


ま、それはともかく、吉良義央を討ち果たしたあとの浪士たちは
処断が決まるまで4つの大名家に預かりの身となった。
その後、被害者の吉良家が改易となり本所の吉良邸が没収された同じ日に
浪士たちは全員切腹。
その舞台となった4大名のうちのひとつが長府毛利家で、


ま~、すぐ近くに毛利本家の屋敷もあるので、私もつい

「あれ?赤坂と六本木のどっちの屋敷だっけ?」

ってわからなくなる時がありますが、ここは毛利甲斐守の屋敷。
ですので、 寛永寺シリーズの宮バナ で紹介した落首、

細川の水の(水野)流れは清けれど
    ただ大海(毛利甲斐守)の沖(松平隠岐守)ぞ濁れる


を思い出していただければ迷うこともありません(笑)。

ここに預けられた浪士は10人。
リーダーの大石良雄は細川家に預けられていたが、
『忠臣蔵外伝 その日の吉良邸』(墨田区観光協会発行)にはその最期について
こんな風に紹介されている。

 【元禄16(1703)年2月4日、まず、大石内蔵助が切腹の場についた。
  小脇差を腹に当てると、介錯人が刀を一閃、首はみごとに討ち落された。細川家では
  17人の切腹をわずか1~2時間の内に終えている。遺体の処理から畳の取り換えまで
  含めての時間なので、かなり慌ただしい進行だったと推測できる。他の三家でも同様に
  行われ、その日の夜中には全員の遺体が泉岳寺に届き、法要が営まれている。】
  (漢数字は戦国ジジイが変換)

こんな風にごく淡々と事が進められたようですが、本人たちも当然覚悟の上だし、
本来の目的は果たしていたんだからある意味満足はしていただろう。
その一週間後、 吉良義周はわびしく諏訪へ向けて旅立ってく んだから、
忠臣蔵ファンからは冷たいヤツだと思われるでしょうが、
わたくしはここでの切腹に同情なんかしませんよ。
ただ、主君に恵まれなかったという点では浅野家家臣たちに激しく同情しますが。


あと、ここは乃木将軍が生まれた地でもあったようです。
ええ、なんで~?と思ったら、彼の家は長州の出なんだそうですね。
なるほど、そういうことか・・・

ここを訪れた方の訪問記を見ると、現地には歴史を語る解説版もあったようですが、
下品なハートのオブジェにがっくりきたわたくしはそのまま池を回って
さっさと出てきたので、解説版にはお目にかかってません。
ただ、こんな看板はあったけど。

 【宇宙メダカ

  2003年7月25日、宇宙飛行士の毛利衛さんと全国から集まった約800名の
  里親の皆さん、そして宇宙メダカ研究会会員により、およそ1万匹の宇宙メダカが
  この毛利池に放流されました。宇宙メダカは、1994年にスペースシャトル
  「コロンビア」内で向井千秋さんらが行った実験において、脊椎動物として初めて
  宇宙で生殖行動・産卵・孵化したメダカの子孫であり、東京大学の井尻憲一博士が
  代表研究者として研究しているものです。

  日本古来種の緋メダカである宇宙メダカが、江戸時代の毛利邸の池に由来する毛利池に
  泳ぐ姿は、六本木ヒルズの「古いものと新しいものの融合」や「未知の分野への挑戦」
  の象徴となっています。この六本木ヒルズの新たな住人となったメダカ達を、大切に
  見守ってください。】
  (現地解説板より)

ハハハ・・・モーリつながりね
ヒルズのサイトによると、毛利池には春になるとカルガモの親子もやって来るらしい。
さて、それじゃさっくりと現地の写真を紹介しましょう。


高野山出稼ぎ・長門毛利上屋敷跡4



高野山出稼ぎ・長門毛利上屋敷跡5


檜町公園に比べると狭いけど、こうして池の正面に回ってみると
悪くはないんだけどな・・・
ただ、左に写っているハートがどうにも我慢ならん


高野山出稼ぎ・長門毛利上屋敷跡6


後ろの高いのが六本木ヒルズ。
つまりここは、ヒルズとテレ朝に囲まれています。
こーゆー場所に歴史を思わせる庭園が再現されただけでもヨシとすべきかもしれないけど、
あのハートがどうしても・・・(←しつこい)

庭園を出て外を歩き始めてから、そういえばここにはわずかに
毛利屋敷の遺構があるって書いてる方がいたな、って思い出して
通り沿いを気にしてみたけど、ご覧の通りの↓フツーの道路でさっぱりわからなかったし
探す時間もその気もなかったのでそのまま来た道を戻る。


高野山出稼ぎ・長門毛利上屋敷跡8


下品なハートにかなりイラついていたので、坂の途中で後ろを振り返って
お口直しならぬお目直し↓。


高野山出稼ぎ・長門毛利上屋敷跡10


バイバイ、東京タワー。
増上寺に行った時についでに東京タワーにも登ってこようかな。

ところで、前回の記事でも東京タワーの写真を載せてますが、
色々建物は写ってるものの、なんとなく前方が平坦な土地だってのはわかるでしょ?
写真を撮ったのは坂を下りきったあたりですが、右に写ってる木が毛利庭園。
六本木通りから坂を下りてきた場所に毛利家日ヶ窪屋敷跡があります。

ヒルズはもう少し高い場所にあるから、ここも本家の麻布下屋敷と同じく
敷地の中でそこそこの高低差があったようです。
だいたい、地名からして「窪」だもんね。
その名の通りここはくぼ地だったんだろうと『江戸東京地形の謎』を見たところ、
やはり写真を撮った道は古くは谷町だったようです。

毛利甲斐守屋敷のすぐ南東には柳生但馬守の屋敷があり、
そこから東京湾方面は一部に小高い土地も描かれているものの、
広く水田が描かれている。
小高い場所には「浅布百姓地」や「百姓地」と描かれており、
現在では高級なイメージのある麻布も、江戸初期にはド田舎だったことがわかります

同書によるとこの辺はかつて「古川」が流れており、
その谷底が水田となったようだけど、見るからに低い土地ではあるので、
もっともっと大昔には前回の写真の先には海が広がっていたのかもしれない。
現地を歩いて古地図をよくよく見てみると、都内といえども地形そのものは
案外残されてるもんだし、本所のような歩きやすい土地も良かったけど、
起伏の多い土地も色々楽しみどころがあって面白いもんだな~と思った。



そして再び六本木通りを戻る。
この頃にはだいぶ人出も増えていて、カメラを首からぶら下げたままのわたくしは
完全におのぼりさんスタイルで恥ずかしいったらないけど、こんなオサレな街でも
途中で何に出くわすかわからないので、カメラをしまうことはできない。
案の定、六本木通りの街灯にはこんなのがあった↓。


高野山出稼ぎ・長門毛利上屋敷跡11


六本木の地名の由来にはいくつかの説がある。

江戸期、この辺に青木氏、一柳氏、上杉氏、片桐氏、朽木氏、高木氏の
「木」に関係する大名家があったからという説。
モーリはどこ行ったんだ?毛利は

あと、6本の松の木があったからという説。
それから、江戸六方の男伊達がこの辺に住んでいて
もとは「六方気」だったのが変化したという説、などなど。

その他、平家にからむ伝承もある。
6人の平家の落ち武者がここまで逃げてきたが、その当時、ここには5本の檜があった。
6人のうち5人はそれぞれ檜を墓標として、その前で切腹して果てた。
残りの1人はあきらめきれずに付近をさまよったが、ついに力尽きてしまった。
村人たちが彼を哀れんで1本の松の木を植え、5本のヒノキに1本の松で6本の木になった、
というお話だそうな。

で、肝心の「材木町」の地名の由来は手持ちの資料ではわからなかったんだけど、
現在は「六本木7丁目」となっていて材木町の地名は残っていない。
付近に幕府の材木蔵なんかも見当たらないけど、
おそらくこれも「本所松坂町公園」のように歴史を物語る名称を
地元が残そうとしている現れなんだろうなと思ってちょっと嬉しかった。


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最終更新日  2014年11月29日 21時43分10秒


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