戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年01月28日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
八部院の裏手には、ひとつの碑がぽつんと建っていた↓。


叡山1・栄西修行の地へ


「榮西禅師舊跡道」

あっ、こんなとこにあった!!

叡山の訪問記は数多くネットでも紹介されていて、
歴史ファンなどはマイナーなスポットへもそこそこ行って
記事も公開されているのですが、具体的にどこにあるとか
そこへどうやって行ったらいいかまで紹介してくれてる人は
めったにいないので、これもこの辺にあるということぐらいしかわかっていなかった。


通れなかったことはある意味ラッキーでした。

で、この碑ね。
文字通り臨済宗の祖・栄西さんが修行した場所へ行かれる道ですが、
周りを見回しても道らしい道はない。
きょろきょろしてわからないのでもう一度碑文を見ると、
文字の上には右方向を指さす手が描かれている。

ったって、山の斜面しかないんだけど・・・
よく見ると、この碑の裏手あたりにかすかな踏み跡のようなものがあったので、
とりあえず斜面を下りてみた。

少し下ると、「明星水」の石碑がある↓。


叡山1・明星水碑



かつてはここに名水の湧く井戸でもあったのかもしれない。

この碑の反対側には、道っぽいものがある。
が・・・


叡山1・本願堂跡への道


これはちょっとマズいな・・・

おまけに上の斜面からは常にさらさらと砂が落ちている。
もしあそこを踏み抜きでもしたら、泥んこになるぐらいじゃ済まされないカモ・・・

特にあちらへ行けという表示もなかったので、
まず下へ降りてみようと思ったけど、この脇道って位置的に本願堂跡へ
出られるんじゃ・・・

であれば何とか向こう側へ行きたいと思ったけど、
上につかまれるような木や木の根っこもないので、かなりリスクがある。
ので、残念だけどこの道を諦めて斜面を降りていった。

下りきって小さな沢を越えると、すぐ上り坂になる。
こちら側の斜面にはかつて僧坊がこの辺にあったかと思わせる
石組などがあった↓。


叡山1・栄西修行の地へ2



少し登ると、道の左脇にこんなものが倒れていた↓。


叡山1・栄西修行の地へ3


赤い矢印が道の先を示しているように見えたので、そのまま登っていく。


叡山1・栄西修行の地へ4


あの上あたりがそうなのかな・・・ 
そう思いながら歩いていたら、真下に石碑があるのが目に入って
あわてて引き返した。

倒れた案内板まで戻ってよくよく見てみると、
矢印の方角の斜面にわずかな踏み跡がある。
そこを登ってみると、さっき見下ろした石碑の場所に出られた。


叡山1・栄西修行の地


なあんだ、道の反対側を行けって意味だったのか~!
ホントに具体的な場所がわかってなかったので、
上から石碑の存在に気がつかなければあのままずんずん進んじゃってたな~。


叡山1・栄西修行の地2



「建仁開山千光祖師舊跡」

建仁寺の開山にして日本臨済宗の祖・栄西さんの諡号は「千光国師」。
話を先送りにしている方ばっかりで何ですが、
栄西さんを書くにふさわしい場所が他にあるので、
ここでは簡単に。

備中に生まれた栄西さんは10歳で出家して、13歳の時叡山で得度。
栄西さんといえば禅と茶、のイメージが強いけど、
叡山で買った天台の勤行式の裏に描かれている叡山ゆかりの高僧伝には

 【東塔東谷において天台教学を学び台密十三流の一つ葉上流の祖となる。】

とある。
なら、密教のエキスパートでもあった訳か。

聖尊院堂 や 法然堂 のあった東谷で学んで、
その後こちらへ移ってきたのかな。
この場所は沢を挟んで本願堂の向かいともいう位置で、
「西谷」と言ってもよさそうだけど、
西谷はもう少し離れた場所を言うようなので、北谷に属するのかもしれない。

「葉上流」の「葉上」とは栄西さんの坊号なんだそうな。
葉上坊栄西か。
ただ、ここに葉上坊があったのならそう書いても良さそうだけど、
そうとはどこにも書いてないので、葉上坊は東谷にあったのかもしれない。
叡山の諸堂宇に関する史料はいくつか手元にあるものの、
さすがに僧坊についてまでは書かれていないので、
葉上坊がどこにあったのかまではわからない。


栄西さんが大陸へ渡ったのは2回。
うち1回目は27歳のとき。
この時は日本天台宗の立て直しという目的を持って平氏の庇護を受けて
南宋へ留学。

当時の南宋では禅が流行しており、禅でもって天台宗の振興を図ろうと思いつつも
ちゃんと天台山を訪れて経疏を持ち帰ってもいる。

禅で天台宗を立て直すってのもヘンな話かもしれないけど、
最澄は唐で禅も学んで それを持ち帰って叡山での修行体系に取り入れており、
叡山は天台だけでなく禅・密教も行う総合大学のようなものだった。

46歳の時、再び入宋。
ここで臨済の印可を受け、日本における禅の第一人者的人生が始まる。
のちには叡山からの排斥も受けたようだけど、
鎌倉幕府の援助を受けて京に創建した建仁寺では
禅だけでなく天台・真言の道場も構えたというから、
総合大学・延暦寺の卒業生らしい話といえる。


碑の近くにはベンチもあったけど、あいにくお掃除用具に占領されていて・・・


叡山1・栄西修行の地4


もはや石仏だか何だかわからないものもある↓。


叡山1・栄西修行の地5



ここは南北に細長い削平地で、郭を歩く気分で奥まで行ってみた。
これが奥から振り返ったところ↓。


叡山1・栄西修行の地7


奥から一段下がったところにも、ならされたような地形がある。
「下の郭だ」と笑いながら写真を撮っていたわたくし・・・
(寺だっつの!)


叡山1・栄西修行の地6


本願堂跡付近も雪に小動物の足跡が残っていたけど、
ここにも落し物があった↓。


叡山1・栄西修行の地8


う~ん、これは肉食っぽくないな・・・
ウサギのようにも見えるけど、シカかもな。
緑がかってるから、草を食べた後かもしれない。

この付近は下の小沢を含めてかなり水っぽい土地で、
シカは泥あびが大好きというからうってつけの場所かもな。
東塔中心部のすぐ近くとはいえ、こんなとこほとんど人も来ないだろうし。


満足して八部院の方へ戻る。
途中、さっきの脇道を何とか通過できないもんかと名残惜しく眺めたけど、
やっぱり危ないのでやめた。

えっと、これは上に戻った付近にある碑だったかな↓。


叡山1・中堂ウラ7


「なんみょ~ほ~れんげ~きょ~」だとすぐ日蓮宗を思い浮かべるけど、
法華経を最高の経典と位置づける天台宗の正式名称は「天台法華円宗」。
ので、これは別におかしくも何ともない。


さて、これで東塔のお目当てのマイナースポットは大体ゲットしたかな。
もう15時を回っている。
今の時期、ケーブルの最終は17時なので、
そろそろメイン方面へ向かって残り時間で見られる堂宇だけ見たいんだけど・・・

八部院の手前にもこの看板が立っていた↓。


叡山1・中堂ウラ11


どうやらこの車道自体が歩行者禁止ってことらしいな。
と言われても、少し戻ったところには中堂の脇に階段があったけど、


叡山1・中堂ウラ10



叡山1・中堂ウラ9


もお、どうしろって言うのよお
通れないのなら来た道を戻って延暦寺会館の方へ回ればいいのですが、
この時は戻ろうなんて気はさらさらなかった依怙地なわたくし・・・

とにかく前へ進むことしか考えてなかったので、
通行禁止なんてクソくらえじゃ~とばかりにずんずん進行方向へ歩き出す。


叡山1・中堂ウラ12


左に写ってる建物が国宝殿。
延暦寺の誇る宝物たちを見たいのはヤマヤマだけど、
今回はそこまで時間取れそうにないな。
それより、前方になんか変わったものが・・・


叡山1・中堂ウラ13


なんだろう、あれ?
現地では塩の山のようだと思ったけど、雪をかぶってるだけです。 


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最終更新日  2015年01月28日 21時38分28秒


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