戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年01月30日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
第一駐車場から堂宇へ向かう道すがらにはこういうものがある。

 【祖師御行績絵看板について

  比叡山延暦寺は延暦7(788)年、伝教大師最澄上人が22歳の時に開かれた
  鎮護国家・人材育成の根本道場であります。1700町歩(1700ヘクタール)に
  わたる延暦寺の寺域は、東塔・西塔・横川の三塔十六谷にわかれており、それぞれの
  堂塔伽藍では伝教大師の定められた制式に従って、鎮護国家と人々の平安を祈願して
  日夜修行が行われております。鎌倉時代には浄土宗の法然上人・浄土真宗の親鸞聖人・
  臨済宗の栄西禅師・曹洞宗の道元禅師・日蓮宗の日蓮聖人などの各宗のお祖師さま
  たちが比叡山で修学せされ、それぞれの宗派をお開きになりました。現在にいたり

  12月に世界文化遺産として登録されました。

  延暦25(808)年に桓武天皇によって立教開宗が認められ、平成18年をもって
  天台宗は開宗1200年を迎えました。この開宗1200年慶讃大法会に当たり10万
  有縁のご協賛を得て、伝教大師を始めとする比叡山の高僧や、比叡山から輩出された
  お祖師さまたちの御行績絵看板を修復して境内に揚げました。

  この御行績を拝読されることを通じて、伝教大師による「一隅を照らす」人材養成の
  理念に触れていただき、また触れていただくことが国宝的人材のあふれる明るい社会の
  建設を資するものであると願って止みません。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)

てことで、道路脇にはずらりと絵看板が・・・


叡山1・阿弥陀堂へ2



フツーの観光客はこういうものにはほとんど関心を示さないし、
もう夕方が近いこともあってか足を止める人はいない。

わたくしもかなり時間がなかったので、
足は止めずに見ながら歩くにとどめた。


叡山1・阿弥陀堂へ3-2


「叡山攻め(71)」 で紹介した、
小僧の最澄たんが突然叡山で仏舎利を見つけたというシーンの絵だな。

あとで東塔のあるところで、延暦寺の会報「比叡山時報」なるものが
ご自由にお持ちくださいと置いてあったので、あるだけもらってきたんだけど、
この中に面白い記事を見つけた。

延暦寺では毎年「天台青少年比叡山の集い」なるイベントがあるそうで、
その初日「発心会」(ほっしんえ)ではまず天台の勤行式の中にある偈などを
唱えたりしたあとで、

「おかみそり」
「仏舎利」
「ループタイ」
「念珠」

を参加者に授けるんだそうな。

「ループタイ」という謎なお品もあるので、
ボーイスカウト延暦寺バージョンみたいなものかなと想像しましたが、
この場合の仏舎利はもちろん「みなし」でしょうね。

それでも、この現代でも仏舎利と銘うったものが流通しているという現実に
かなり驚きました。


絵看板は沢山あるので全部撮ってたら大変。
最澄たんの絵看板を撮ったのはこの1枚ぐらいで、
その先にはお地蔵様のおわす小さなお堂があった↓。


叡山1・阿弥陀堂へ4


その先は叡山が輩出した高僧たちの絵看板だったかな。
この頃は寛永寺シリーズの真っ最中だったので、これだけ撮りました↓。


叡山1・阿弥陀堂へ5-2


天海たんです。

天海が肩からかけているのは御存知「袈裟」。
フツーの着物のような「法衣」の上にかけるもので
これは現代のお坊さんも同じですが、当初の袈裟とはだいぶ趣きが変わってるんだそうな。

仏教が生まれたインドでは、寒い国のように何枚も重ね着する必要もなく、
素肌の上に直接着るような衣服も「袈裟」と言った。
つまり、僧服そのものを袈裟と呼んだようです。

出家はすべてを手放して質素に生きるものだったから、
俗世のように個人的財産の多い少ないという差はない。
ただ、生活をする上で私有を許された物もあり、「三衣一鉢」が最低限。

三衣(さんね)は大中小の3種類のサイズの長方形の布で、
木綿や麻、樹皮などで織られた布を小さく裁断して、
それを縫い合わせて作られたものなんだそうな。
要するに、粗雑な布のパッチワークみたいな。

天海がかけている袈裟は模様入りの細布があみだくじのように走ってますが、
これが仏教誕生当時のパッチワークの名残です。
「七条袈裟」とか「九条袈裟」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、
はぎあわせた小片の数によって七条(7枚の布)、九条(9枚の布)というように
呼び方が変わるようです。

現代の仏教界にも引き継がれている慣習の中には、
いかにも暑い国・インドらしいルールだよなと思うものもありますが、
仏教が各国に広まるにつれ、必要に応じて変わったものもあった。

僧服もそのひとつで、寒い国じゃインドのように布1枚じゃ過ごせないから、
状況に応じて袈裟の下に服を着ることが許されるようにもなった。

ま、それは必要があってそうなったから別にいいんだけど、
大きく変わったのが袈裟の色や素材。
古代のインド人がどういう色の服を着ていたのかはわかりませんが、
「清貧」を地でいく初期仏教の袈裟の色は「壊色」(えじき)という
一般人とは違う青や黒などの地味な濁った色だった。

絵看板の天海の袈裟でアミダ模様になってるはぎ合わせの部分の布は
なんとなく高価そうな布だとわかる。

叡山で買った数冊のガイド本には現代の叡山の僧侶がイベントに出仕する写真も
載っているけど、そこで高僧が着ている袈裟は「綾錦」とか「金襴緞子」という言葉が
ぴったりのような、実に豪華なもの。

長い歴史の中で好むと好まざるとに関わらず、大寺は権力と密接に関わり、
江戸期には本末制度もできて僧服がひとつのステータスにもなった。
一般的に最も有名なのは 「紫衣事件」 ですね。
見て一発で格がわかるもんね。

正直、ガイド本に載ってる豪華な袈裟のお坊さんの写真を見ると
「お釈迦様の時代は遠くなったもんだ」と違和感も感じるけど、
これも長い仏教の歴史を物語るものだから致し方ない。

「輪王寺12」 で服飾倒錯説について引用して紹介してますが、
きらきらした豪華な袈裟の写真を見てると、
確かにそういう側面もあるかもしれないな~と思う。

豪華な衣装は性の境界を越え特有の色気を発しただけでなく、
聖性をも発揮した。
最近知ったんだけど、江戸期の袈裟について面白いエピソードがある。

なんでも、罪人が江戸市中を引き回されている際に
高僧が袈裟をかぶせるとその罪人は死を免じられ、寺に引き取られだんたとか・・・

まあ、すすす~と近寄ってふわりと袈裟をかけてやるんだったら
どんなワルも救えちゃうことになるけど、それじゃ被害者は救われない。
引き回しを沿道の観衆とともに見ていた僧が袈裟をえいやっ!と投げて、
それが運よくぶわさっ!と罪人に引っ掛かれば救ってやろうって事だったらしい。

「袈裟懸け」と聞けばほとんどの人が斜めにばっさり斬る
時代劇のシーンを思い浮かべると思いますが、
こちらは命を救う「袈裟懸け」ですね。

袈裟ひとつにも色々な歴史があります。


さてさて、東塔の中心部へ向かったわたくしですが、
そのまま中堂へ行けば良かったのに、中堂とは反対の方向にある
阿弥陀堂へ向かいました。

東塔の中心部というのは実に道がわかりにくかったし、
ここからケーブル駅までは少し歩くから、時間的に阿弥陀堂の方が
良さそうだと踏んだのかもしれない。
そもそもどの道を通ったのか覚えてないしな・・・

阿弥陀堂の付近にも色々ある。


叡山1・阿弥陀堂へ6


 【この祈念碑は、中国・韓国・日本の三国天台宗が歴史上初めてここ比叡山に集い、
  天台大師1400年大遠忌を慶祝しその御恩に報いるとともに、世界の恒久平和を
  祈念して建立されたものです。
  心のひろばでは、この度三国三山(天台山国清講寺、小白山救仁寺、比叡山延暦寺)
  が1400年目にして新しい出会い、新しい思いを誓いあえたことに、この上ない
  喜びを感じております。

  碑文の上に彫り込まれている渦状の紋章んは事が成就する、あるいは対立したふたつの
  ものをひとつにするという意味があります。韓民族の願いである半島の平和統一を
  是非とも成就したいものです。

  世界の平和は、宇宙の宝であり、アジアの平和は、世界平和の魁である。
  南北の統一は、東アジアの愛である。
  私はこの愛が育まれる日まで、祈り続けたい。】

この解説版の日付は1996年10月1日。
日中国交正常化以降は叡山と中国・天台山との交流が再開され、
お互いに訪問しあったりしているそうな。

三国だけじゃなく、現在の叡山では世界平和への祈りを込めて、
宗教・民族を越えた「比叡山宗教サミット」が開催されている。

初回は昭和62年。
この年は叡山の開創1200年にあたり、10数ヶ国から約1000人もの
宗教関係者が参加したそうな。
以後、毎年開かれている。

タダでもらってきた『比叡山時報』にはサミット成功の要因を分析した記事があり、
そもそも叡山の宗教サミットは1986年に当時のローマ法王・ヨハネパウロ2世が
召集した「アッシジ世界平和祈祷集会」に参加した天台座主が
その集会の精神を引き継ぎたいと申し出て、翌年に実現したものなんだそうな。

かつて数々の戦いや武力抗争を繰り返してきた叡山で
世界平和への祈りが続けられていることは、
世界遺産への登録ともあわせて長い叡山の歴史にあらたな1ページを書き加えたといえる。


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最終更新日  2015年01月31日 00時34分04秒


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