戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年02月06日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
今回、本坂を歩くことを決めたのはひとえに最澄とその母・藤子の

ま、早い話がちょっと藤子RPGをしてみたかっただけなんですが

最澄が生まれたとされる場所は山麓の坂本にある。
ただ、 「叡山攻め(32)」 でも書いたように、最澄が生まれる少し前頃は
実家の三津首氏は坂本より少し南の古市郷に住んでいたという史料が残ってるけど、
最澄の父・百枝は三津首氏の戸主ではなかったようなので、
古市に本籍は置きつつもあるいは百枝一家は氏の名のもととなった三津付近に

もし古市郷に住んでいたとしたら、坂本まで歩いて結構かかるよな・・・

あとで行く藤子ゆかりのスポットにあった年表では、

 天平19年(747)  4月28日、藤子(妙徳)が生誕
 757~764     三津首百枝と藤子が結婚
 天平神護2年(766) 広野(最澄)生誕の説あり
 神護景雲元年(767) 8月18日最澄、近江国滋賀郡で生誕
             藤子を妙徳と改名
 大同元年(806)   最澄が開宗した天台宗が公認
 弘仁2年(811)   妙徳の夫、百枝が没。妙徳、夫死後、住居が凶族に焼かれ
             実家の京都山ノ内へ身を寄せる
 弘仁3年(812)   京都山ノ内の正雄宅で妙徳の夫、百枝の一周忌法要


という流れになっている。

本ブログでは最澄の生誕年は佐伯有清氏に従って天平神護2年説を採用してますので、
10~17歳で結婚、19歳で最澄を産んで70歳で死没だな。

興味深いのが64歳の時に百枝の死後家を焼かれ実家に身を寄せたって記事だけど、
おそらく弘仁2年以降はずっと京に住んでたんだろうな。 

個人的には最澄が山ごもりを始めて入唐するまであたりの話じゃないかな~
って気がする。
ま、藤子が山登りをしたのは1回だけとは限りませんが。

最澄が正式に結界を定めたのは藤子の没後と思われるけど、
仮にそれ以前に女人禁制という暗黙の了解がなかったとしても、
その頃はまだ俗人、しかも女人が気軽に山に入るなんてことはなかったハズ。

わたくしが本坂を登り初めて花摘堂に着くまで、
ゆっくり歩いて五大堂に寄ったりしたのを含めて50分くらい。
でもそれは整備された登山道を歩いての時間で、
藤子が若い頃はそれこそ踏み跡があるかどうかって程度の道だったんじゃないかと思う。

藤子が花摘堂で足を止めたのは、道のキツさにギブアップしたのか
あるいは勢いで登ったものの、聖域の奥へ足を踏み入れることをためらったのかは
わからない。

ただ、藤子が息子に会いたい一心で登ってきたという道を、
わたくしも歩いてみたいと思った。
ホントにただそれだけ。

まあ、現地では前回書いたような怖いと思った場所もあったし、
山道を1人で歩くとなるとどうしても登山者としての顔が表に出てくるので、
藤子RPGどころじゃなかったんですが(笑)。


前回の解説版だと、智証大師・円珍が自分の母を祀る三宮を建てたとあるけど、
円珍が建てたのは藤子を祀るお堂だという話もある。


さて、藤子のエピソードにより山歩きを決定したわたくしですが、
事前の準備でいろいろ調べているうち、もうひとつ花摘堂詣でを後押しする
エピソードを知った。

現在「花摘堂跡」の石碑が立つ場所は稜線を単にならしたような地形で、細長い平坦地。
のちにお釈迦様のバースデーにのみここまで女人が登ることを許されたというものの、
地形的に小さなお堂が立ってたというのがせいぜいのところだろう。

で、場所ははっきりしないんだけど、花摘堂の近くには「要の宿」(かなめのやどり)
という休憩所が設けられていたんだそうな。
かつて要の宿にあったというお地蔵様は現在東塔の中心部へ移されているので、
要の宿の名残は本坂にはもう残っていないのかもしれないけど、
年に1度ここまで登ってきた女性たちはこのお地蔵様を相手に
つらつらと自分の悩みを語り、ゆえに「悩みの地蔵」という別称を持っているという。

ということは、要の宿はここまで登ってきた女性たちの休憩所でも
あったのかもしれない。
だとしたらホントに石碑のすぐ近くにあったものかもしれないけど、
要の宿が使われたのは年に1度の女人参詣デーだけじゃなかったらしく、
本坂を登ってきた人達の休憩場所でもあったらしい。
その中には高貴な方々もいた。

「三つ子の魂百までも」とはよく言ったもので、
どんなことでも最初の印象というのは結構後をひく。

『愚管抄』を著した鎌倉初期の天台座主・慈円とわたくしの出会いは、
相当昔に読んだ(たぶん)吉川英治の親鸞の時代小説だった。
関白・九条兼実の弟でもある慈円は「青蓮院の君」として登場し、
ストーリーはまったく頭に残ってないものの、
高貴な「青蓮院の君」に対する憧れだけが残った。

つまり、ロクなことを知らないのに妙な愛着だけを大事に抱えているワケで、
その憧れの君が要の宿に立ち寄ったという話を知って、
花摘堂詣でが確定いたしました。

・・・あらためて文章に書き出してみると、我ながら実に単純で
バカバカしい動機だという気がしてきました
藤子と慈円、この2つのキーワードだけで叡山を相手に孤独に山登りなんて
してるのですから(笑)。
でも、史跡めぐりなんてそういう奮起させる「何か」があって初めて
できるものでしょ。

で、このあたりで休憩した青蓮院の君は

 唐崎の松は扇の要にて こぎゆく舟は墨絵なりけり

という歌を詠んだんだそうな。
ただ、わたくしは花摘堂跡の石碑のところで展望が得られた記憶はないんだけど。


花摘堂へ上がるまでに少し汗をかいたので、上に着いてから上着を脱いだら
上は冷たい風が強く吹き付けていたのですぐ汗がひいた。
ここは小高い稜線のような場所にあたるから、
木がなければ確かにそれなりに展望は良かったかもな。

風が強くてあまり長居もできる感じじゃなかったので、
上着を着て早々に来た斜面を降りる・・・
この時、 先行して現地から報告したように滑って尻モチつきました。
ホントにあれはケガしておかしくない体勢だったんです。

とりあえずその場から慎重に登山道まで復帰して
肩や首や腕をぐるぐる回してみましたが、骨折も脱臼もしてない。
2~3日は後をひくのはしょうがないと覚悟しながらまた本坂を歩き出したけど、

「広野さま・・・」

とこの山のヌシに感謝せずにはいられませんでした。


さて、歩き出して少しすると登山道の左手にこんな場所があった↓。


叡山2・本坂46・花摘堂へ


なんだ、あの標識?と思って近寄ってみると


叡山2・本坂47・花摘堂へ


・・・・・・・・・・
この道は、わたくしが登ってきたのと同じ方角へ延びている。
で道の方に目をやると


叡山2・本坂48・花摘堂へ


なんだ、つまりここから行けば稜線伝いに花摘堂跡へ出られたのか~。
そうと知ってればあんな危ない斜面なんか登らず、
ゆえにわたくしがすっ転ぶこともなかったのにな~。

この先へはもちろん行ってませんが、たぶんゆるやかに少し登る程度の道だと思います。
ただ、この道から行っていたらおそらく一段下がったところへ
降りようとは思わなかったと思うので、前回の石垣は見落としていたでしょう。
とりあえずケガもなかったしな、結果オーライだよな。


登山道をまた歩き出すと、この分岐のすぐ先の谷側には
石積みの跡か?と思うようなものがあった↓。


叡山2・本坂49


さらに歩くと、こんなものが道にあった↓。


叡山2・本坂50


おお、瓦だ、瓦!!
ちょっと持ってみたけど、ずっしりと重い。
平瓦(ひらがわら)だな。

なんでこんなとこに平瓦が落ちてるのかはわからないけど、
石積みのようなものもあったし、あるいはこの近くに本瓦葺の小さな建物か
お堂でもあったのかもしれない。

瓦でテンションが上がったところでまた歩き出すと、
丁目石があった↓。


叡山2・本坂51


入口が5丁目だったからな。
終点は何丁目になるんだろう。

このすぐ先で、妙に開けた場所に出ます↓。


叡山2・本坂52


あ~、こーゆー場所のが厄介なんだよな・・・
というのも、道がクロスしてるように見えなくもないし、
それに正面は


叡山2・本坂53


ここまでの本坂は、鉄塔のあたりを除いておおむね広くて
安心して歩ける道だった。
が、ここで急に雰囲気が変わったようになるし、
この先はカーブで見通せないのでこのまま進んでいいのかちょっと迷った。
もちろんここにも標識なんて立派なものはありません。

前後左右を見て色々と比較検討した結果、
まっつぐ行ってみることにした。


叡山2・本坂54


ここまで山中で誰にも会うことはなかったけど、
この辺で下の方から人の声が聞こえてきた。
チッ、せっかく1人で静寂を楽しんでいたのに・・・


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最終更新日  2015年02月06日 23時06分06秒


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