戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年03月05日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
釈迦堂へは向かって右の奥の方から上がる↓。


叡山2・西塔・中堂7


ここはご覧の通り、石組の上に建物があるので床下が比較的見やすい。
床下好きのわたくしがつい覗き込むと、


叡山2・西塔・中堂8


物置き場になっていた
せめて堂宇の裏手とか、もちょっと目立たないところに置けばいいのに・・・
ちなみに、白い斜めの線は雪です雪~。
結構降ってきました。




叡山2・西塔・中堂9


ここから正面に回り込んで、靴を脱いでお堂に上がる。
内部は撮影禁止。
ちょうどわたくしが入った時に先行していた観光客が出ていったので、
静かな堂内を拝観。

お堂の受付にはいくつか商品が並べられていたので物色したところ、
オドロキの品がそこにあった。

わたくしが初めて叡山に来たのは、以前にも書いたように高校の修学旅行。
その時買った小さな金のスタンド型錫杖お守りは今でも部屋に飾ってある。
それと全く同じものが、釈迦堂にあったんです。

もう何年てレベルじゃないぐらい長い年月が経ってるのに、


これを買ったのが山内のどこだったかは全く記憶にない。
が、座禅を組んだことだけは覚えている。
東塔の根本中堂の前で撮った写真が残ってるから東塔には行ったんだろうけど、
東塔で大人数が座禅を組めるようなところなんてあるかな、って気もするので、
あるいは西塔の居士林の道場でやったのかもしれない。


まあ、山内の他の売店でも同じものを売ってるのかもしれないけど、
わたくしの金の錫杖もだいぶくたびれ感が出てきているので、
再会を祝して新しいものを買うことにした。

金のほかにも銀の錫杖もあったので、同じ金を2つ並べるのもなんだし、
今回は銀を買った。

長年にわたって同じものを売ってることを、変わりばえしないと見るか
変わらないところがいいと見るかは人によって分かれるところでしょうが、
思いがけなかったこともあってわたくしは嬉しかったですね。


釈迦堂を出たのは15時。
閉堂まであと30分しかない。

西塔にはほかにもいくつかのお目当てがある。
境内の案内板を見ると、それらは釈迦堂の裏手にあるようなので、
お堂の向かって左側の奥にある石段から奥へ通じる道に入る↓。


叡山2・西塔・中堂12


林の中にも古い石垣が残っていた↓。


叡山2・西塔・中堂13



え~と、どれから見よう・・・
とりあえず遠い方を先に攻めておくかな。
林の中を歩いていたら小さな坂道が出てきたので、
下り用に登山用ストックを伸ばそうとしたところ、ストックがないのに気がついた。

しまった・・・
釈迦堂に入る時に入口に立て掛けたまま忘れてきちゃったんだ
時間がマジでないので泣きたくなったけど、急いで釈迦堂に戻って回収。
このロスは痛かった。


さて、次のお目当ては大体の位置しかわかっていない。
とりあえずドライブウェイに出て少し東塔側へ戻ったところにある
小道を入っていけばいいハズだ・・・


その通りに行ってみたけど、ドライブウェイには特に次のお目当てを示す標識もない。
少し南に下ったところにこんなのがあって↓


叡山2・西塔・瑠璃堂8


ぱっと見、この先は道のようにも見えなかったのでどうかと思ったけど、
これしか脇に入っていく場所はなさそうなのでここから入ってみた。


叡山2・西塔・瑠璃堂へ


歩いてみると、意外にしっかりした道が奥へと続いている。
この道でいいんだよな・・・と少々不安を抱えながらずんずん歩いた。
この道は山腹にドライブウェイのすぐ下を通るようにつけられていて、
右手は山肌、左手は谷になっている。

この頃には雪の降りがかなり強くなってきていて、しかもそういう地形にある道なので
上から雪が降るのはもちろんのこと、道を吹き抜ける風に乗って前からも雪が来るし、
谷からも雪が吹き上がってくる。
前後左右上下あらゆる方角からの雪責めにあって、ちょっとした苦行でした。

が、ドライブウェイを車でかーーーっと快適に走っているだけでは
お目にかかれない光景もあります↓。


叡山2・西塔・瑠璃堂へ2


こういう石垣に慰められながら山腹の道をしばらく歩くと、
ようやく次のお目当てが見えてきた。
よかった、これだけ苦労して道間違えてましたなんて日にゃあ・・・


叡山2・西塔・瑠璃堂



叡山2・西塔・瑠璃堂3



叡山2・西塔・瑠璃堂4



叡山2・西塔・瑠璃堂5



これが瑠璃堂。 
本尊は薬師如来様で、瑠璃光浄土のヌシだから瑠璃堂の名が付いたと思われます。
寛永寺の根本中堂の別名「瑠璃殿」 はこの瑠璃堂から来ているのかもしれないな。

で、この建物、一般的には「織田軍の焼き討ちから逃れた唯一の建物」として
紹介されます。
そういう歴史のゆえにぜひここを見ておきたいと思った訳なんですが、
修復の手も入っているにしても、実物を実際に見てみると結構新しい感がある。

一般的な説の通りの歴史を持つならば、
瑠璃堂は少なくとも約440年以上前の建立ってことになるけど、
そこまで古い建物かなあ・・・

『比叡山 その歴史と文化を訪ねて』によると、
瑠璃堂は山内でも珍しい禅宗様の様式なんだそうな。

 【この仏堂がいつできたかは明らかでない。一般には信長の焼き討ちに遭わなかった
  唯一の室町建築と言われている。しかし禅宗様は近世になっても細部様式の変遷が
  目立たず、古い伝統をよく伝えて来た。それでことによったら焼き討ち後、禅宗様に
  通じた棟梁が再建したかも知れないとも考えられる。そんなことを考えながら細部の
  木肌を見ると、割に風蝕が少ない。が、何はともあれ、遠くから見ると誠にすぐれた
  建築である。】
  (『比叡山 その歴史と文化を訪ねて』より)

延暦寺の刊行物にしては、意外にクールな解説・・・
でも好感が持てる。

まあ、中に入れる訳じゃないし、わたくしも時間はないわ
雪がすごいわでさらっと見た程度ですが、焼き討ちうんぬんというのをヌキにしても、
立派で風格のあるお堂です。

瑠璃堂前の石垣↓。


叡山2・西塔・瑠璃堂6


瑠璃堂の奥には僧坊らしきものがあったが、ここは入れそうにない↓。


叡山2・西塔・瑠璃堂7


道はここで行き止まり。
また雪の責め苦に遭いながら、小走りで来た道を戻る。



ところで、叡山には「三大魔所」があることを以前紹介しましたが、
実はもうひとつ隠れ魔所があって実質は「四大魔所」なんだそうです。

「隠れ」な理由はそこが強烈な場所だからだそうで、
なんでも最澄たんが都の南東に巣食う魔物を封じ込めた場所だといい、
ネットで検索するとそれなりにそこへ行ってる人はいるものの、
西塔の近くのドライブウェイ沿いということしかわからない。

魔物を狩って封じ込めた丘、ということで「狩籠(かりごめ)の丘」と呼ばれる
第4の隠れ魔所は、回峰行で山道を歩く行者さんが夜中にそこを通る際には
それまで持っていた提灯のローソクをそこで取り換え、新しいローソクを持って
お経を唱えながら手早く過ぎ去るというマジもんの魔所のようです。

個人的には最澄たんが魔物狩りなんかするかなあという気もしますが、
ちょっと怖いもの見たさで寄ってみたい思いもあった。
たぶん、直線距離でいうと瑠璃堂から近い場所に狩籠の丘があると思われますが、
興味本位で行って何かあっても困るので、旅に出る前に狩籠の丘に行くのは諦めました。
どのみち、この時はもう時間がパツパツだったのでそれどころじゃなかったんだけど。

ただ、魔物の伝承の真偽はともかく、そういう場所が山内にあるというのは
人のいない山道を歩いた今なら感覚的にわかります。
いわゆる「パワースポット」と呼ばれる場所は、
実際には狩籠の丘以外にも沢山あるんじゃないかな。
わたくし的には、パワースポットというよりも「魔界への入口」だという気がしますが。



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最終更新日  2015年03月05日 23時17分53秒


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