戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年03月07日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
ドライブウェイに戻った頃には、閉堂まで残り10分を切っていた。
林の中を釈迦堂まで戻る途中にはもうひとつのお目当てがあったので
どうしようか迷ったけど、釈迦堂から西塔の入口までも結構距離があるので、
今回は諦めた


来た道を急ぎに急いで西塔の料金所を過ぎたのがちょうど15:30。
まあ、後から考えればお堂を閉めるのが15:30だっただけで、
仮に時間を過ぎたら入口を通過できなくなったとしても
ドライブウェイを歩いて東塔まで戻ることもできたんだけど、
オフシーズンの上にこの雪で通る車は少ないとはいえ

とにかく閉堂の時間には西塔を出ようと考えていた。

で、浄土院の前を過ぎて東塔まで戻り、再び 阿弥陀堂 へ。
西塔から東塔へ入った場合、最初に現れるのがこのお堂です。


叡山2・東塔・阿弥陀堂2


 【阿弥陀堂

  この堂は昭和12年(1937)に行われた、比叡山開創1150年を記念して
  建立されたもので、滅罪回向の道場として全国信徒各家の御霊を祀り、日々不退に
  念仏回向する道場です。建築様式は大きさ方5間(柱間が5つの正方形)で、鎌倉
  初期の手法を凝らした純和様式がとられ、内部の彩色は藤原時代に模してあでやかで、
  殊に内陣天井廻りは美しい極彩色を施し、ご本尊は彫刻界の権威者、内藤光石氏によって

  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)

阿弥陀堂と渡り廊下でつながれているのが、こちらのお堂↓。


叡山2・東塔・法華総持塔2


 【法華総持院東塔

  伝教大師最澄上人は「一隅を照らす」と云う教えを示され、全国6箇所に宝塔を建て

  元亀の兵火により灰燼に帰し、以来再建されなかったが、昭和15年10月に天台宗徒と
  佐川急便グループ創業者佐川清氏の寄進により400年ぶりに建築当時を偲ぶ雄大な
  姿を老杉の間に現わしたものである。
  高さ30メートル 木造桧造り 重層多宝塔】
  (現地碑文より。漢数字は戦国ジジイが変換)

え~、この辺一帯の建物は解説の通り新しいぺかぺかのものが多いので、
建築鑑賞という点では正直言ってわたくしの関心をあまりひかないのですが、
歴史的には非常に重要な場所でございます。

総持院エリアから東塔の中心部へ向かう辺りには例の絵看板があって、
上の解説にからむ内容のものもあったので、まずはそちらから
重要ワードを紹介していきます。

最澄たんの大きな絵姿が描かれている絵看板には「一隅を照らす」に関する
解説がある。


伝教大師御像


 【伝教大師の教え

  伝教大師の精神を現代に生かす「一隅を照らす運動」
  すぐれた人材育成のために、伝教大師の著された「山家学生式」の冒頭に
  「国宝とは何物ぞ、道心なり、道心ある人を名ずけて国宝となす・・・一隅を照らす、
  これ則ち国宝なり」とあります。その言葉通り叡山は多くの人材を輩出しており
  その精神はこんな現代であるからこそ、受継ぎ発展させていかなければなりません。

  この「一隅を照らす運動」は伝教大師1150年遠忌に当たり始められました、
  ひとりでも多くの人がこの教えを理解し、実行して社会の一隅を照らす道心ある
  国宝的人物となり、真に明るく誰もが生きがいを持つことのできる社会を実現する
  ための運動です。すでに数多くの会員、団体が加入し、現在活発な活動がおこなわれて
  います。】


つぎに「六所宝塔」。


六所宝塔構想-2


 【六所の宝塔と伝教大師

  弘仁9年(818)に伝教大師は国土と国民を護ることを祈念して「日本国大徳
  僧院記」を著しました。その中で大師は、日本を六区に分け、各地区に一塔ずつ、
  つまり合計6つの宝塔を建立する計画を説いています。六所の宝塔とは

  安総 近江宝塔(比叡山東塔院)
  安中 山城宝塔(比叡山西塔院)
  安東 上野宝塔(上野国緑野郡)群馬県
  安南 豊前宝塔(豊前国宇佐郡)大分県
  安西 筑前宝塔(筑前国筑紫郡)福岡県
  安北 下野宝塔(下野国都賀郡)栃木県

  のことでもちろん六塔の中心は東塔であり他の宝塔を総攬すると共に法華経による
  鎮護国家の考え方を象徴する塔としてかつてはその立場をきわだたせたのでした。】

すでにおわかりでしょうが、絵図にある宝塔の位置は正確ではありません。
こんなイメージ、という参考程度のものでしょう。

北と南に2つずつ、それぞれ東西南北の名をあて、
叡山の近江側と山城側に1つずつの計6ヵ所。
これで結界を作るという構想。

アテルイとモレは延暦21年(802)に処刑した ものの、
まだ東北の完全制覇には至っておらず、ゆえに六所宝塔の北限を
上下の毛野(けぬ)の国としたのは、当時の朝廷の勢力範囲と見ることもできる。
が、最澄の意図は別のところにあったと思われる。


はるばる海を越えてやってきた鑑真さんが東大寺に戒壇を造り、
さらに筑紫と下野にも戒壇ができて三戒壇が成立したことは
「叡山攻め(10)」 で簡単に書きましたが、南北の宝塔はその戒壇とカブっている。
東西の上野と豊前も近接した場所であり、叡山と奈良も近い。
これはただの偶然とは思えない。

 【旧仏教の牙城にあえてきりこんでいった、その自信と情熱が感じられる。】
 (『人物叢書 良源』の附録、「三塔十六谷」景山春樹より)

奈良の、いわゆる旧仏教に対する挑戦状と言ってもいいのかもね。
六所宝塔の「6」について上記附録を書いた景山氏は

 【これを六ヵ所に限ったゆえんは、彼が中国に学んだころ、当時の唐は国内を六つに
  分け、それぞれに将軍を据えて統治せしめていた六都護府の思想に出ているものかと
  考えられる。】

としておられる。

「春の寛永寺」シリーズで聖武天皇の時代について少し書いてますが、
金光明最勝王経による国家守護を目論んだ聖武は、66ヵ国に国分寺を造り、
国分寺に付随する七重塔には金光明経を納めさせるようにした。
諸国に張り巡らされた金光明ネットワークの中心は、総国分寺である東大寺。

最澄の六所宝塔には法華経が納められたそうで、
七重塔にお経を納めた国分寺の構想と似ている。

金光明経による四天王の守護はいわば俗世のためのものだと思うけど、
仏教界には三戒壇ができた。
北は下野に東国戒壇が置かれ、南は筑前に西国戒壇ができ、
奈良のこれまた東大寺が中央に君臨する。

さすがに最澄は66の国に新たな天台の塔を建てることまではしなかったけど、
三戒壇とごく近い場所に天台の塔を置いたことは、
三戒壇によって象徴されるそれまでの奈良仏教の勢力図をごっそり塗り替えようという
意思があったようにも思われる。

まあ、「塗り替える」っていうとギラギラしたイメージだけど、
もちろん最澄は勢力争いをしていた訳ではなく、
あくまで宗教者的信念から出た行動だろうとは思うけど。


6つの宝塔プランを立てたのは最澄だけど、彼の存命中にすべての塔ができた訳じゃない。
叡山の西塔は最澄の遺志を引き継いだ円澄によって建てられたといい、
横川を最初に開いた円仁も横川に塔を建てた。
叡山の東塔・西塔・横川の「三塔」の塔の名称はここから来ている。

叡山第3の塔・横川の塔は六所のうちには入っていないけど、
今は「横川」と呼ばれている地域は、中世までの文献には「北塔」と記されているそうな。
「塔」は天台宗の中で重要なシンボルであったらしい。


ところで、瑠璃堂から戻ったわたくしが時間切れで見るのを諦めた
西塔でのもうひとつのお目当てとは、「相輪塔」(そうりんとう。塔の字は正しくは
木へんに「棠」)です。
この名称に覚えのある方もおられるでしょうが、 日光にあるアレ と同じものです。

相輪塔と六所の宝塔の違いが今ひとつわからなかったんだけど、
堂宇としての宝塔とは別に相輪塔も建てられていたらしい。
相輪塔にもお経が納められており、現在叡山に残っている相輪塔は西塔にあるものだけ。


寛永寺と叡山の類似点については『寛永寺』(寛永寺発行)でいくつか知ったけど、
今回のシリーズを書く中で


あっ、これもか!」


と思ったことは沢山あった。

ただ、同時に寛永寺だけじゃなく日光にも似たようなものが沢山あることを知った。
寛永寺の解説というとやたら「天海が叡山を真似した」って風に言われるけど、
日光と叡山の共通点も意外に多い。
それも、日光の場合は天海が始めたものだけに限らない。

寛永寺シリーズを書いてる時は、漠然と「天海が叡山を真似したっていうのはどうなの~」
と思っていたけど、今では素直にやはり叡山を模したものだと思う。
とは言っても、寛永寺は江戸期に新しく天海が創建したものだから
「天海が真似」「天海がマネ」と連呼されるけど、
相輪塔は寛永寺には建てず、日光に置いた。

これはやはり最澄のプランに倣って国家鎮護のために宝塔を建てるにふさわしい場所を
天海が選んだだけの話で、天海が寛永寺だけに固執しなかったのは
単に最澄が新しく天台の教義によって国家鎮護を図ろうとしたことになぞらえて
新しい江戸幕府による天下経営を陰で天台宗がサポートする、
ということなんじゃないだろうかと思った。

ただ表面的なことを真似したんじゃなく、延暦寺創建当初の最澄の意図を
東国で再現しようとした。
それこそが天海の狙いだったんじゃないかと叡山を訪れて思うようになった。


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最終更新日  2015年03月07日 19時41分39秒


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