戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年05月01日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
鏡モノというのはうさん臭い話が多いのかと思っていたけど、
実際に『大鏡』を読んでみるとどーしてどーして、
なかなかにリアルで細かい話が多い。

が、それもそのはず。
『大鏡』の著者などの詳しいことはわかっていないものの、
著者の候補の1人にはアラクレ貴公子の 藤原能信 (よしのぶ)の名がある。
もっとも、近年で有力視されている著者は能信じゃないようだけど、
ほぼ同時代の人が書いたものなら妙なリアル感があるのも納得だと思った。


勉強してるうちに腐るほどいる藤原さんちの個々の名前も少しは覚えてくるもので、
個体識別できるようになると『大鏡』も実に楽しく読める。

色んな話があって面白すぎるので、本編で書ききれなかったエピソードについては
本シリーズが終わった後に番外編にでもして紹介しようかとも思ってますが、
本編から外れない程度の話は引き続き『大鏡』を中心に書いていきます。


でまた『大鏡』からのエピソードですが、藤原師輔がまだ若い頃、
朱雀門の前に立って左右の足を東西の大宮通りまで伸ばして踏ん張り、
北向きに宮城を抱える夢を見たという。
目覚めてから御前に控えていた小利口な女房にそれを話したところ、

「まあ。
それはさぞ、お股が痛かったでしょうね」


と女房は言ったそうな。

「小利口な女房」とあるのでてっきりこれが気のきいた返答なのかと思ったら

女房がそれに合わせた解釈をせずにとんちんかんな答えをしたものだから
大望が叶うという夢が外れ、ために師輔の子孫は繁栄しながらも
師輔自身は摂政にも関白にもなれずに命を終えた、とある。

つまり、夢のお告げは絶対的なものじゃなく、
それに合わせた解釈をして「言挙げ」をすることで初めて効力を持つものだと

だから、道理のわからない人の前で迂闊に夢の話をするもんじゃないと『大鏡』はいう。 

まあな、光る君(by源氏物語)もあれだけ下半身が元気だった割に
子は3人しか生まれなかった。
だけど、夢占をさせて子がそれぞれ栄達を遂げるという解釈だったからこそ、
隠棲した須磨でも元気に子作りをして夢を現実に変えた。

もちろん光る君は架空の人物だし、師輔のエピソードも事実かどうかはわからない。
が、紫式部はこのサイドストーリーと同時代の人なので、この時代の人は
夢と現実の境を明確に分けて考えていなかったということはできるだろう。

師輔の子・兼家にも夢の前兆はあった。
なんでも、兄の兼通にドンの座を奪われて兼家が不遇の時期を過ごしていた頃、
ある人が兼通の邸から沢山の矢が飛んで兼家の邸に落ちる夢を見たというのだ。
日頃仲の悪い兄弟のことだから、これは悪い夢かと思って兼家に話したところ、
兼家も不吉な夢かと思ったので占い師を呼んで夢の解釈をさせた。

占い師は、これは兼通の家から兼家の家に権力の座が移り、
夢で矢が降ってきたように兼通の家から沢山の人が流れてくる素晴らしい夢だと言った。

そして兼通は死に、兼家は一旦は格下げされたものの、
すぐにいとこの頼忠によって右大臣に昇進する。
自分の孫は花山天皇の皇太子となったので、このまま順当に行けば
次の世代では外祖父となれる・・・

師輔と密な関係を築いた良源さんは、兼通とははじめは上手いつなぎが取れなかったものの、
のちには兼通とも誼を通じるようになり、兼家とも親しい関係を築いて
うまく援助を引き出している。

こうして見てみると、良源さんは師輔以降時の権力者とのパイプを
しっかり作ってキープしていったことがうかがえ、
よく情勢を見極めて行動していたであろうとも推測されるので
政治的手腕はかなりのものがあったとも思われるけど、
やはり禅師の君の存在というのは大きかっただろう。

藤原北家と叡山の架け橋のトップバッターは禅師の君だけど、
その後も北家の子弟たちがぽつぽつと叡山へ入って、きずなはより深くなっていった。



さて、花山天皇。
即位当日からの奇人変人ぶりのいくつかは すでに紹介 してますが、
源高明の子の俊賢(としかた)は

「冷泉天皇のお狂いよりも、
花山天皇のお狂いの方が始末が悪いよな~」


と言って、それを聞いていた藤原道長は

「失礼なヤツだな」

と言いながらも大爆笑していたというエピソードが『大鏡』にある。

ま、冷泉天皇も退位した後も子供を作ったり結構長生きもしてるので
ホントに重度の精神障害だったのかは疑わしい部分もあるものの、
花山天皇は各方面に才能もあった人なので、「お狂い」とはいってもそれは
奇人変人の類だと思うんだけどね。

しかし、花山天皇のネックとなったのは個性的な性格ではなく、
やはり姻戚関係にあった。


花山まで


花山天皇の父は、冷泉院。
母は、藤原懐子。
即位した段階でもう外祖父の伊尹はこの世にいない。

条件としては冷泉・円融の両天皇も同じ。
この2人の天皇が即位した時、両親も外祖父の師輔も死んでいた。
師輔に代わって天皇の補佐を務めたのが大伯父にあたる実頼であり、
伯父である伊尹だった。

実頼は『大鏡』では諸事にすぐれお心が端正で世間の人に模範とされたといい、
伊尹は容貌も良く学才もあり、何事にもすぐれていたという評価をされている。
両者とも生まれが生まれなのでそれなりに外戚レースに参加はしていたものの、
個人の人柄としてはまずまずの人だったと思われる。

が、花山天皇の場合、母方の大伯父で有力だったのは兼通・兼家だが
兼通はすでに死んでおり、師輔の九条家ではもう兼家しかいない。
舅としては小野宮家の頼忠がいてこの人の人柄には期待が持てたが、
入内させた娘には子が生まれず、さらに伊尹の子・義懐(よしちか)が
天皇の補佐役として抜擢されたことで権力が分散。
そして皇太子の外戚である兼家の勢力も強かった。


禅師の君の同母兄の為光は娘を入内させて天皇の寵愛を受けていたが、
その娘は花山天皇が即位した翌年の寛和元年(985)7月18日、懐妊中に死亡する。
まだ16歳という若さだった。

天皇は悲嘆にくれたが、兼家にとっては願ってもないチャンスと言えた。
兼家の孫は皇太子であり、黙っていてもそのうち外戚になれる。
しかし、花山天皇はまだ17歳で、この先何年生きるか知れたものじゃない。
それに引きかえ、自分はもう56歳・・・
自然の成り行きを大人しく待っていたら、父・師輔のように
孫の即位を目にしないまま死んでいかなければならない可能性が限りなく高い。
そこで、花山天皇の退位を目論む。
以下、『大鏡』を中心に流れを紹介します。


運命の日は翌年の寛和2年(986)6月22日。
月の明るい晩、傷心の花山天皇は出家するために御所を抜け出す。
実のところ、為光の娘・忯子(系図では「し子」)の死去から1年近く経っているけど、
この間に道兼などが根気よく出家を勧めていたのだろうか。

まず部屋から外へ出た時、あまりの月の明るさに

「ずいぶん月が明るくて、なんだか気がひけるなあ。
どうしようかなあ」


とためらったので、兼家の三男・道兼は内心あわてて

「そうおっしゃられても、今さら中止もできませんよ。
もう勾玉と宝剣は皇太子に渡してるんですから」


とせき立てた。
天皇が姿を現す前にすでに道兼は三種の神器のうちの八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を皇太子に渡してしまっていた。
道兼にはもう後戻りすることはできない。
天皇が月の明るさにぐずっている間に月に雲がかかり、少し暗くなったので

「やっぱ、出家しよ。
これで私の出家も成就するんだ」


と言って、ようやく歩き始めた。
と、大切に取ってこれまで眺めてきた忯子の手紙を置いてきたことを思い出して

「あ、あの手紙取ってくる。
ちょっと待ってて」


と言って戻りかけた。
イラついた道兼は泣き落とし作戦に出た。

「どーしてこう未練がましいんですか。
このチャンスを逃したらあるいは邪魔が入って
もう出家できなくなっちゃうかもしれませんよ。
出家したいとおっしゃるから私がこうして手を尽くして
準備したというのに、あなたというお方は・・・
ああ情けない。
ああ悲しい。
めそめそめそ・・・・・・」


もちろんウソ泣きです。
いや、ここですべてが御破算になったら今度は道兼やその父が泣きを見るハメになるから、
そのことを考えたらあるいは本当に泣けてきたかもしれないな。
とにかくここが兼家親子にとっての正念場。

道兼の涙にほだされた天皇は、そのまま土御門通りを通って東へ向かった。
その途中、安倍晴明の家の前を通りかかると中から晴明の声が聞こえた。

「天皇ご退位の天変が現われたぞ。
もはや事が進んでいるようだが、
とにかくすぐに参内しよう。
車の用意を」


激しく手を叩きながら言う晴明の言葉を聞いた天皇はどう思ったのか・・・
『大鏡』では、自分の意思による出家とはいえ、さぞかし感無量でありましたろうと語る。

「もう手遅れかもしれないが、
とりあえず式神1人宮中へ行ってこい」


と晴明が式神を使いに出すと、戸を開けて晴明邸を出た式神が見たのは
ちょうど邸の前を歩いていく天皇の後ろ姿だった。

「たった今、当の天皇が前を歩いていきました」

と式神が報告したというが、出家劇はそのまま続行された。

晴明は良源さんの9歳年下で、この時65歳。
花山天皇の皇太子時代には那智の天狗封じを行ったことがあるそうで、
その頃から花山天皇の信頼を受けるようになっていったらしい。

この時晴明がなりふり構わず追いかけて天皇を羽交い締めにしとけば
止められたんじゃないのか?とついツッコミを入れたくなるのは
わたくしだけではあるまい


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最終更新日  2015年05月01日 22時46分02秒


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