戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年04月29日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
安和の変から半年ほど経った安和2年(969)9月、冷泉天皇は譲位し
弟の守平親王が10歳で即位、円融天皇となった。

幼少の頃からの冷泉天皇の奇異な振る舞いはもののけのせいとされた。
怨霊は冷泉天皇と師輔に帝位を奪われた藤原元方だけじゃなく、
恒算(かんさん)という天台僧も取り憑いていたともされるが、
『大鏡』では恒算ではなく 賀静 の怨霊だとも言っている。

第18世天台座主には賀静さんがなってもおかしくはなかったんだから、
良源&師輔ペアに座主を奪われたことを恨みに思い、師輔の九条家に祟ったともいわれる。

当時の人はそう考えたってことなので混同しないようにね。

まあ、賀静さんもどうせ取り憑くなら良源さんに祟れば?と思うけど、
良源さんが強すぎる人だったから弱っちい方に祟ったんだろうな。

師輔には霊感があったようなことを示すエピソードが多い ことを前に書いてますが、
『大鏡』には面白い話が載っている。

もののけのせいで奇矯な振る舞いの多かった冷泉天皇だったが、
それでも即位はした。
して、おそばの者は行幸などしても大丈夫なんだろうかと心配していたものの、
大嘗会の時には端正に座って振る舞いも立派だったという。
が、それは故・師輔の霊が一緒に輿に乗り込んで後ろから冷泉天皇を抱えていたからで、
その師輔の姿は周囲の者にもはっきりと見えるほどだったそうな。

死後は冷泉天皇の守護霊となったと『大鏡』の語り手のジジイは言う。

「なら、師輔公の霊が怨霊も追い払いそうな
もんですけど・・・」


とジジイの話を聞いていた侍がもっともなツッコミを入れると、

「いや、それはそれ。
天皇はそうなるべき前世の因縁があったのでしょう」


と突っ込まれたジジイがかわす


しかし、師輔の守護や良源さんの祈祷によっても効果ははかばかしくなかったとみえ、
わずか2年ほどで冷泉天皇は弟に位を譲る。


師貞(もろさだ)親王が立てられた。
これがのちの花山天皇。


冷泉~円融


ふっ、系図はひとつで間に合わせようと思って最初の系図を頑張って作ったのに、
結局次から次へと作るハメに・・・
しかし、このサイドストーリーもあと少しです。

円融天皇の即位時点で、母・安子も外祖父・師輔もともにこの世の人ではなく、
天皇の大伯父にあたる実頼が摂政となって幼い天皇を補佐した。
天禄元年(970)に実頼が亡くなると、妻・尊子の祖父であり
実の伯父でもある伊尹(これただ)が摂政を引き継ぐが、
これまた2年後に死亡。
師輔の長男・伊尹が死んだことで一連のサバイバルもピークに近づく。

師輔の次男・兼通は弟である兼家より昇進が遅れており、
また一時期出仕を怠っていた時期もあったようで、
円融天皇からは好ましく思われていなかったという。

そういう状況の中での伊尹の死だったので、その後継者には兼家が有力視された。
実際には伊尹は死の前に辞表を提出してそれが受理されてるんだけど、
『大鏡』によると「次のドンはオレだ」と勇んで兼通が参内したところ、
円融天皇は「鬼の間」にいた。

兼通はさっそく天皇へ上奏しようとするが、天皇は兼通の姿を認めると
奥へ入ろうとした。
急いで兼通が近寄って「お話があります」と言ったので、
天皇が仕方なく戻ったところへ兼通が例の安子の書き付け(前回参照)を見せた。

紫の薄様に書かれたそれをしげしげと眺めていた天皇は母の筆跡であることを認め、
その書き付けを持ったまま感慨深く奥へと入られたという。
その後、兼通は首尾よく関白となり、さらに太政大臣にもなる。
藤原氏の氏長者は実頼から伊尹へ移り、その後実頼の子の頼忠へ移っていたが、
兼通の昇進を受けて兼通が藤氏長者となった。

兼通に好意を持たない円融天皇だったが、その弟の兼家もどうも好きでなかったらしく、
はじめは兼通の娘の媓子(系図では「こう子」)を中宮とし、媓子が亡くなると
今度は頼忠の娘・遵子(じゅんし)を中宮に立てた。

兼家の娘・詮子は円融天皇に入内した女性の中で唯一男子を産んでいるにもかかわらず、
彼女が中宮に立てられることはなかった。
当然、兼家は面白くない。
そのほかのいざこざもあり、円融天皇と兼家の間はあまりおよろしくなかったらしい。


『大鏡』によると兼通はかなりのイケメンだったらしいが、
異常なほどの冷酷さを持つ面もあり、その多くは弟に向けられた。

兼通が実権を握ると事実上兼家の昇進はストップ。
兼家が娘の詮子を入内させようとした際には妨害したともいい、
兼家が先帝には娘を入内させていたのに自分の元には娘を送らないと誤解した円融天皇は
兼家に不信感を持ったという話もある。
また、兼家の娘の超子が冷泉院の子を産むと兼通の機嫌はますます悪くなり、
円融天皇に兼家の悪口を言う始末だったという。

円融天皇が兼家をよく思わなかった背景にはこうしたことも影響しているのかもしれない。


して貞元2年(977)、兼通は重い病に伏した。
兼通の子の中にはそこそこの年齢の男子もいたが、兼通は自分の子ではなく、
もちろん大っ嫌いな兼家でもなく、自分のいとこであり仲の良かった
小野宮家の頼忠を後継者とした。
『大鏡』ではこれについて

「世間ではずいぶんと非難したもんですよ~」

と語り手のジジイに言わせているが、それを聞いていた侍は

「いや、それはね、もっともな事情があったんですよ。
私の祖父が兼通公に長年お仕えしていたもので、
その辺の事情を私は詳しくうかがっていますよ」


と言って、その「事情」を語り始める。

『大鏡』の作者が侍に言わせた事情というのは、兼通が危篤に陥った時、
兼通の邸の東の方から先払いの声が聞こえた。
看病をしている者たちが「誰だろう」と思っていると、
「兼家公のお出ましです」と申し上げる者がいた。

それを聞いた兼通は、「ここ数年来、あいつとはまずい間柄のままだったが、
私が危篤と聞いてさすがのあいつも見舞いに来てくれたのだろう」と思って
病室を片づけさせ、寝床もきちんと整えて兼家を迎え入れる準備も万端にして待っていると
兼家は屋敷を素通りして内裏の方へ向かったという知らせが入った。

な、なんだと・・・
これだけ準備させておいて、周囲も私をばかだと思っただろう。
もし見舞いに来れば関白を譲ることも話そうかと思っていたのに!
こーゆー奴だから、私はあいつが大ッ嫌いなんだ。
うちを素通りして内裏へ向かったとは、私の後釜を狙う気だろう。
そうは問屋がおろさんぞ・・・


はらわたが煮えくりかえるほど怒り狂った兼通は、危篤の身であるにも関わらず

「さあ、抱え起こしてくれ。
車の用意を。
出かけるぞ。」


と言って、周囲の者がもののけにでも取り憑かれておかしくなったのかと
あっけに取られて見ていると、冠をかぶって装束をまとい、内裏へ向かった。
内裏に入ってからは息子の肩にもたれながら天皇を探すと、
ちょうど天皇と兼家が話をしているところだった。

兼家の方ではとっくに兼通が死んだと聞いていたので、
次の関白のお願いをしている最中だったが、その兼通が目を丸くしてやって来るので
2人は驚いた。
そして兼家が隣の部屋に退くと、

「最後の除目を行うために参内いたしました」

と言って頼忠を関白に任じただけでなく、兼家の右大将の地位を取り上げて他の者に与え、
兼家の地位を落とすということまでした。

「てな訳でね、必ずしも兼通公の異常なお心と
いうことでもないんですよ~。
まあつらつら考えると、御自分の妹に兄弟の順を守れということを
書かせたのも、最期に思うままのことをして亡くなったのも
兼通公がご聡明で意思の強い方だったからですよ~」


ま、物は言いよう・・・

この時点では醍醐天皇の皇子で臣籍降下していた源兼明(かねあきら)が
兼通に次ぐ左大臣の地位におり、頼忠はその下の右大臣だった。
が、頼忠を次の関白にしたかった兼通は源兼明をわざわざ皇族に復帰させ、
兼明を排除した上で頼忠を関白にするというムリクリなことをした。
円融天皇の方でも臣籍降下していた自分の腹違いの兄弟を皇族に復帰させたい思いがあり、
それと引き換えにこの人事を認めたという話がある。

裏取引によって勝手に皇籍に復帰させられた兼明親王は怒った。
言ってみれば兼明親王は兼通・兼家の兄弟ゲンカのとばっちりを受けたようなもの。
そして裏取引の当事者たちや頼忠を非難したという。

頼忠だって兄弟ゲンカのあおりをくらってるんだけどね。
そもそも長兄の伊尹が死去した時点で頼忠は兼通より上の地位にいたんだから、
頼忠が伊尹の跡を継いでもおかしくはなかった。
それを安子の書き付けで兼通が一発大逆転を図ったんだから、

「いや、兼通公もうまいことやりましたなあ~」

と『大鏡』のジジイは言う。


さて、兼通の執念によって小野宮家の頼忠が関白となったが、
やはりここでも繁殖力がモノを言う。
頼忠の父であり師輔の兄でもある実頼は冷泉~円融の2代にわたって
トップの地位に就いたが、外戚ではなかった。
頼忠は娘を嫁がせて中宮になったが、あいにく子はできなかった。
兼通の娘もしかり。

しぜん、円融天皇の唯一の男子を産んだ詮子の父である兼家の存在が重くなる。
で兼通の死の翌年、太政大臣となった頼忠は兼家を右大臣に復帰させる。

藤原氏の内輪もめに疲れたのか、円融天皇は在位15年で譲位する。
して皇太子が即位して花山天皇となった。
花山天皇の皇太子には、円融天皇の子が立てられた。
これは円融天皇が譲位する条件でもあったという。
その翌年の永観3年(985)、良源さんが死去。
禅師の君が第19世天台座主となる。


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最終更新日  2015年04月29日 23時20分44秒


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