戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年08月20日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
これは確か公弁法親王の墓の向かって右隣にあったと思うけど↓


叡山4・毘沙門堂146


 【當山開基久遠壽院准三宮塔】

毘沙門堂を現在地で復興させた寛永寺第2世・公海のお墓です。
公海がどこに埋葬されたのかは手持ちの資料ではわからないんだけど、
わたくしの感覚だと寛永寺に本墓があるんじゃないかって気がする・・・
ま、これが供養塔であれ、毘沙門堂が公海を大切に扱うのは当然といえる。

で、公海のさらに向かって右隣にあるのがこちら↓。


叡山4・毘沙門堂151




(門)としているのは判読しにくいからですが、
これは間違いなく供養塔だな。
だって天海(慈眼大師)は日光に埋葬されてる からね。

ここの墓所はパンピーの墓じゃないからそんなにお墓が林立しているという訳でもなく、
比較的ゆったりと造られてはいるけど、その中でも正面側から見た場合、
公弁法親王と公海・天海の墓の3つが墓所域にどーんと据えられてるってカンジ。

全体の中で公弁法親王のお墓がど真ん中に来ているのは、
もともとは宮が御自身で選定して寿塔を建てた場所に
その他歴代の寛永寺門主や輪王寺宮のお墓を追加していったってことなんだろうか。


道路っぱたから墓所を見た場合、一番手前にあって目につきやすいのがこちら↓。


叡山4・毘沙門堂153



正前からお墓とは向き合えませんが。
墓石は公弁法親王と同じスタイルで、デカい玉の下の石には


叡山4・毘沙門堂154


と刻まれている。

安楽心院・公延法親王は 公遵法親王が輪王寺宮を再任
この裏っかわには


CIMG0948


と公延法親王の命日が刻まれている。

ちいと灯篭に隠れて見えにくいですが、公延法親王の隣がこちら↓。


叡山4・毘沙門堂155



叡山4・毘沙門堂156



叡山4・毘沙門堂157


写真を撮れる場所に制限があるので墓石に刻まれている文字はすべて読めませんが、
【隨宜楽院准三宮一品親王】まではわかる。
「隨宜楽院」は第5世輪王寺宮公遵法親王の号。
この方は中御門天皇の第2皇子です。

輪王寺宮は13代続き、うち公遵法親王は再任しているので計12人。
「皇子が欲しいよお~」と天海が言って輪王寺宮は後水尾天皇の第3皇子である
守澄法親王から始まり、しばらくは皇子の輪王寺宮が続いたが、
公遵法親王を最後に以後はすべて親王の子が輪王寺宮を継いでいる。 

このお墓も道路から無縫塔の台座部分が見えるんだけど、それには
【天明八年戌申三月二五日示寂】と公遵法親王の死亡日が刻まれている。


ここまではいいのですが、唐門から見て向かって左手に並ぶお墓↓


叡山4・毘沙門堂137


この辺になると相当キビシイ


叡山4・毘沙門堂147


↑これは銘の後半部分が「三宮一品親王塔」とあるのはかろうじて読めるんだけど、
肝心の号の部分が「保」しか読めない。 
ただ、「三宮」が准三宮のことであるのなら、輪王寺宮で准三宮となった方のうち
号に「保」が付くのは「崇保院」の公寛法親王(第6世輪王寺宮)だけだから、
これは公寛法親王の塔かもしれない。

こちらなどは「一品親王」ぐらいしかまともに読めなくてもうアウトです↓。
ま、一品宮なら輪王寺宮のお墓に間違いはありませんが。


叡山4・毘沙門堂149


唐門から左手側はこんな感じで↓


叡山4・毘沙門堂150


今写真を見返すとこの先にも玉垣沿いに他のお墓に近寄れただろうと思うのに、
これ以上のお墓の写真はないので、ちょっと手前の木に行く手を阻まれてもいたし、
それに何より公弁法親王のお墓がよく見えたことでもう満足しちゃったのかもしれない。

一番奥にも無縫塔がひとつあるから、あれも輪王寺宮の塔かもしれないな。
他に宝篋印塔と墓石ちっくなものが移ってますが、
公遵法親王のお墓の前にある三重の石塔はナントカ陀羅尼塔と刻まれていたので、
灯篭以外の石塔がすべて墓石という訳でもないようです。 

歴史ファンの中にはこちらの墓所に立ち寄る方もたまにいますが、
輪王寺宮に特別に食いつく人って一般の中にはほとんどいないんでね。
でも、わたくしが知る限りでは毘沙門堂の輪王寺宮墓所は
手軽に比較的間近で宮のお墓にお参りできる唯一の場所だろうと思うので、
少々わかりにくい位置ではありますが、毘沙門堂へ来たらぜひ宮のお墓へも
お参りしていってください。


さて、ここまではまるでコソ泥のように正規の道でないところを進んできましたが、
唐門の正面は立派な参道になっているので、帰りはこちらを降ります↓。


叡山4・毘沙門堂152


一つ一つの灯篭はジミーな造りですが、これだけ参道の両脇にびっしりと並ぶと
さすがに壮観です。 
写真の右上に無縫塔がいくつか写ってますが、これは歴代毘沙門堂住職のお墓だろうな。
下から見上げたところ↓。


叡山4・毘沙門堂158


墓所へ行くにはこの参道を通るのがベストでしょうが、
何の案内板がある訳でなし、参道を降りて道路に復帰するのも
ちょいと変なところを通ったのでやっぱりわかりにくいかもしれない。
場所だけを探すなら、毘沙門堂脇の道路を上がっていく方が見つけやすいかと思います。

で、境内のメイン部分の下側へ出ます。


叡山4・毘沙門堂10・境内図-2


下の矢印が私が戻ってきた道順で、今度は門を外側から見る形になります。
まず出るのが 薬医門 ↓。


叡山4・毘沙門堂160

うむ、これは外側から見る方が立派だな。
そのまままた階段を降りて次の門へ向かう。


叡山4・毘沙門堂163



叡山4・毘沙門堂164



叡山4・毘沙門堂165


これが 勅使門
ここはご覧の通り通れないので、門の手前でUターンして下へ降りていくと


叡山4・毘沙門堂167



叡山4・毘沙門堂168


この時は紅葉はなかったけどね。
春と秋にはかなりの人出があるんだろうけど、わたくしが行ったのは
冬のオフシーズンだったので、静かな境内を堪能することができてよかった。


ここまでの行程は予定のものだったけど、ここから先は完全予定外の場所へ行く。
当然、地図だとか何の資料も用意してないので、下に降りたところで
人の来なさそうな道路っぱたに座り込んですまほでこの先の道順などを確認。

3日目の記事からは疲れた疲れた言ってますが、
4日目のこの日は疲労のピークどころではない状態だったので、
山科は軽く済ませて和順会館に戻ってお昼を食べようと思っていて、
軽い食料しか持ってきていなかった。

でもそろそろ13時でお腹もすいたので、
少しおやつなどを食べながら道端に座り込んでいた。

わたくしの趣味を知っている同僚たちは、わたくしが旅先で1日中
バカみたいに歩きまわってることは知ってはいても、
まさか道路のはじに座り込んでおやつを食べたりしているなんてことは
思いもしないだろう。

あ~、早く帰りたい・・・でもあとちょっとだ。
重い腰を上げて、まずは長い参道を通って山科駅まで戻る。


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最終更新日  2015年08月20日 22時28分38秒


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