戦国ジジイ・りりのブログ

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2016年01月14日
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カテゴリ: 江戸めぐり
戦国の三大奇襲のひとつと呼ばれる河越の合戦は、
関東全体での大きなターニングポイントとなった。

戦いの経過については別の機会に譲りますが、河越合戦を経て
扇谷上杉家は大打撃を受け、山内上杉家は本拠が直接
後北条氏の脅威にさらされることになり、古河公方家では家督の介入を許すことになり、
さらには後北条氏へ抵抗を試みた古河公方第4代・晴氏が後北条氏によって幽閉され、
後北条氏の血を引く第5代の古河公方・義氏が古河から関宿城へ移ることになる。

後北条氏が勢力をどんどん広げる一方で、かつての支配者たちは衰退したり
辺境へ移らざるを得なくなり、関東の勢力図が塗りかえられていった。

山内家の家督と関東管領職を手放す決意をする。

わたくしが単に「戦国ファン」と表現する場合、
長い戦国時代のホントのラストの一般的に有名で人気のある時代が守備範囲、
とする人々を指しますが、その戦国ファンにもよく知られているのがここからの流れです。

戦国ジジイからスタートしたわたくしも興味のおもむくままに色々と勉強してきて、
ぶっちゃけ今では「人気のある戦国時代」にはほとんど関心を持たなくなってまして、
NHKの大河で1~2年おきに「人気のある戦国時代」をやると聞くと

「またかよ!?」

とウンザリ状態です。

日本史なんて面白いテーマがそこら中に転がってるのに、
ちょっと立ち位置を変えただけの同じ時代をこれでもかって繰り返しやるのを見ると、
NHKは「戦国やってれば視聴率取れるだろう」という安直な発想しか持ってないだろうと


じゃなくて、上杉氏には多くの氏族がいることを 「(19)」 で一瞬書きましたが、
越後にも越後上杉氏がいた。
山内上杉憲政が頼ったのがこの越後上杉氏。
といっても、越後上杉家では当主が守護代の長尾為景に下剋上されており、

もと僧侶だった為景の子はのち「軍神」と呼ばれ、圧倒的な武力とカリスマ性を発揮する。

はい、もうおわかりですね。
山内憲政から山内の家督と関東管領を譲られたのは、「越後の龍」長尾景虎・・・
山内上杉氏から名跡を譲られて「上杉景虎」と改名し、
のち出家して「上杉謙信」となる訳です。

ただの「戦国ファン」だった当初のわたくしは、景虎が上杉憲政から名跡と関東管領を
譲られたと聞いても「ふ~ん」としか思いませんでした。
しかし、そこに至るまでの数々の背景を知ると、
幕府と強いパイプを持っていた上杉氏の嫡流である山内憲政が、
上杉氏の傍流に過ぎない越後上杉氏のそのまた家臣である長尾氏の小せがれに
上杉の名と関東管領を譲らなければならなくなったというのが
いかに苦渋に満ちた決断であったのか、そして景虎が関東管領の就任式を
鎌倉の鶴岡八幡宮で行ったことや、景虎が関東にあれほどまでの執拗な出兵を繰り返した
理由などがよく理解できるようになりました。

ま、景虎の行動は上杉氏の歴史を背負ったもので、
景虎の実家の長尾氏も上杉氏と姻戚関係にあったので
引き続き従来の支配層である上杉氏の活動と取れなくもないけど、
実際血統が変わっちゃってるし、従来の上杉氏とはほとんど別モノと言ってもいいでしょう。
毛利に乗っ取られた小早川みたいなもんだ

そして、景虎といえば武田晴信(信玄)がもれなく付いてくる。
長尾上杉・武田・後北条といったメジャーな面々が出揃って、
関東の「伝統」はようやく終わりを告げる。


さて、第1段の歴バナもようやくラストまで来ましたが、
最後はおなじみイエアスさんの登場です。

歴史の結末を知っている後世の人間からすると、
小田原攻めでの後北条氏の対応はいかにもマズかった、
秀吉を甘く見すぎていた、などとロクな評価がされませんが、
まああれは相手がマズすぎた。
誰だって、短期間のうちに秀吉があれだけ急成長するなんて思わなかったに違いない。

それに、天下の険に守られた関東では自立した独自の経済圏が出来上がっていたそうで、
そういう背景などもあり後北条氏は意識的に西との交流を断っていたフシが
あるんだそうな。

ま、情報収集をせずに自領の経営だけに集中していたのは
甘いといえば確かに甘いけど、西の展開があまりに急激だったので
もうこれはしょうがないとしか言いようがないだろう。

では、『徳川実紀』が語るイエアス入府の経緯を紹介しましょう。

小田原城がまだ落城する前のこと。
 秀吉が笠掛山の新営にいる時、山の端に小田原城がよく見通せる場所があり、
 秀吉とイエアスは連れだってそこへ行き、軍議などをしていたところ秀吉が


 「小田原城が堕ちたら、そっくりそのままイエアスちゃんにあげちゃうから
  楽しみにしててね~。
  ・・・ところで、イエアスちゃんはどこへ住むつもり?」

 「ええ~、当面は小田原城に住むしかないでしょ~」

 「いや、それはどーよ?
  だってここは、東国ののど元にあたる要害の地だよ。ここは軍略に優れた家臣に
  任せてさ、もっと東の江戸って場所が形勝の地みたいだから、そこに住んだら?
  ここだけの話、これが終わればボク奥州を攻めるつもりなんだよね。
  だから、イエアスちゃんが江戸に住めばそこを拠点にできるじゃん?」


 と内々の話があった。
 そして落城後にあらためて正式な転封の話が出たが、後北条のように小田原に住むのか、
 あるいは武家の先蹤にならって鎌倉に住むのかなどと議論になったが、最終的に
 江戸に決まり、周囲はみな驚いた。
 秀吉はといえば、大久保忠世を召して


 「アンタはイエアスちゃんの股肱の臣だからさ、箱根の山とこの城を
  イエアスちゃんからもらったらいいよ」

と申しつけ、これが大久保家が代々小田原城を守る始まりとなった。
 表向き、秀吉は徳川家のために重臣を選んだようにも見えるけれども、その実、
 東西に変があった時のことを考えて大久保忠世に私恩を売ったものだった。
 本多忠勝には佐藤忠信(義経の臣)の胄が下賜された。



ま、ホントかどうかはわかりませぬが、江戸を本拠とすることには
確かに周囲は驚いただろう。
一般的に、イエアスが入府するまでの江戸はうらぶれたド田舎だと言われるけど、
平安期の江戸氏以降、扇谷上杉氏の太田道灌も江戸に城を築き、
その後は後北条氏が入った。
うち続く戦乱で荒れたりはしたかもしれないけど、
それなりの商業圏は存続していたんじゃないかという気もする。

とはいってもそれはあくまで一般的に言われるほどの
未開の土地じゃなかっただろうというだけの話で、
畿内のきらびやかな世界から較べればド田舎であることに違いはなかっただろうとは
思うけど。

なんであれ、徳川は江戸を本拠と定めた。
後北条氏のようにイエアス本人が直接武力で切り込んでいったんでないにせよ、
秀吉の大軍勢によって武力でもぎ取られた土地に
あらたな支配者として割り込んできた「よそ者」という点では
徳川も後北条も違いはない。

だけど、徳川氏は後北条氏のように関東人から目をそむけられることはなかった。
そりゃそうでしょう。
だって徳川氏は関東に初めて本物の「都」を作り上げたのだから。

各時代における「都」がどこなのかは、なかなか難しい。

鎌倉幕府は鎌倉に「武士の都」を作った。
初期はまだ朝廷に従属するような立場で、承久の乱で力関係が逆転したようにも見えるけど、
まだ「時に朝廷と肩を並べることができた」ぐらいのレベルで、
鎌倉を日本の首都と呼ぶにはちと無理があるような気がする。

室町期には鎌倉に鎌倉府ができた。
でもそれはあくまで幕府の出先機関で、本家の将軍家は京に本拠を置いた。
だから、特別な存在ではあっても鎌倉はここまでナンバー2止まりだった。

それが、関ヶ原を経て江戸は名実ともに日本の首都となった。
それまでの将軍家も朝廷にあれこれ介入はしていたものの、
徳川家は表向き朝廷を重んじつつも、完全に朝廷の上に立った。

東国は坂東武者に代表されるような荒々しい気質を持ってるとよく表現されるものの、
その実、長らく上部権力にしがみついてきて伝統大好きなお土地柄でもある。
後北条氏の進出によって一旦途絶えた伝統が、
江戸の開府によってグレードアップして再び始まったことを
関東人は喜んだんじゃないのかと一連の流れを見て思った。


さ~てと、歴史の話は一旦ここまでとして、久々に現地に戻ります。
どこまで書いたんだっけ・・・と思って 「(4)」 を見てみたら、
ハッピー・ハロウィンとか言ってる(実際は言ってないけど)
やべえ、このシリーズ、去年の10月から始めてたんだ・・・
忙しくて更新頻度が落ちてたからな。
がんばらんとな~。

そういえば、こないだ観た箱根駅伝では日本橋を渡ってすぐ三越のところを
曲がっていってたな。
最終走者はもっと堀伝いを長く走ってたような記憶があるんだけど、
前からこんなルートだったのかな?

じゃなくて、日本橋。
歴史あるこの橋は、現代ではかなり洋風な雰囲気となっている。


東山御物展・日本橋9


東山御物展・日本橋14


↑これが 「(3)」 の現地解説板にあった橋の真ん中に建つ照明灯で、

東山御物展・日本橋13


東山御物展・日本橋15


東山御物展・日本橋16

国の重文。
「お江戸」の象徴ともいえるかつての日本橋とはだいぶ趣きが異なるけど、
派手こい装飾品は圧倒的なほどの存在感で、見る者を飽きさせない。



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最終更新日  2016年01月23日 23時25分12秒


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