戦国ジジイ・りりのブログ

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2016年04月04日
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カテゴリ: 城(東北・関東)
ここまでの化粧は成分などは違っても現代とだいたい似たようなもんだったけど、
今回は現代ではしなくなった化粧について。

まずはお歯黒。
これは本などでは「鉄漿」(かね)と表現されることが多いのでここでも鉄漿とします。

鉄漿の起源については諸説あるようだけど魏志倭人伝や古事記にも登場するので、
日本での鉄漿の歴史はかなり古いらしい。
女性だけではなく、平安後期になると男性も歯を黒く染めるようになった。

江戸期には鉄漿が売られていたらしいが基本的には自家製だったらしく、
原料のひとつである鉄漿水の作り方は、沸騰した茶に焼いた古釘を入れ、


ただ、初めて鉄漿をつける時というのは女性にとっての一大イベントで、
親類縁者の女性に「鉄漿親」というものになってもらい、
鉄漿水を分けてもらったんだそうな。

鉄漿をつけるのは一種の成人の儀式で、江戸期には結婚が決まると鉄漿をつけたので、
鉄漿水をもらいに行く時には周囲からひやかされたりしたという川柳が残っている。

しかし、鉄漿水だけでは歯は黒く染められない。
鉄漿水に五倍子粉(ふしのこ)を混ぜ合わせてはじめて鉄漿が完成する。
五倍子粉はヌルデの木にできた虫こぶを乾燥させて石臼で挽いて粉にしたもので、
鉄漿水と五倍子粉を交互に歯に塗ってタンニン酸第二鉄塩を生じさせることで
歯が黒く染められる。

古い鉄釘とかタンニンとか、聞いただけで口の中が渋くなりそうだけど

歯ぐきの出血を止める法、ワキガを治す法など各所に薬効が登場する。
ので、鉄漿は口内衛生にもなかなかよろしかったらしい。

さて、鉄漿をつける前にはよく歯を磨いて歯カスを取っておく。
けし炭を使って歯を静かによく磨いておくと鉄漿が綺麗につくと佐山半七丸はいう。
けし炭とは火を水で消した炭とのことで、そんな苦いもので歯を磨き、

時には唇にしみることもあったらしい。
しみる場合は髪の油を塗っておくとよい。
けし炭でよく磨いておけば鉄漿の光沢も出るが、もっと光らせたい場合には
鉄漿をつけた上から紅を塗るとよい、とある。
鉄漿を塗っている間に唇にもついてしまったようで、
浮世絵には唇についた鉄漿をぬぐうシーンも描かれている。
鉄漿をつけるようになったら、これを毎朝繰り返す。

御台ちゃまをはじめ、大奥の女性たちももちろん歯を染めていた。
花柳界の女性たちも歯は染めていたが、江戸では吉原の遊女だけが歯を染め、
芸者は染めなかったそうな。

綺麗に鉄漿を仕上げるには結構大変な上に、鉄漿の画像を見ると見慣れていないせいもあって
真っ黒い歯はとても美しいとは思えない。
ツュンベリーは長崎で

既婚女性が未婚者とはっきり区別できるのは、歯を黒くしているからである。
  日本人の好みでは黒い歯はまさしく美しいものだとされている。だが、大半の国なら
  家から夫が逃げだしてしまうしろものだ。大きな口にぎらぎらした黒い歯が見えるのは、
  少なくとも私にとっては醜く不快なものであった。


とこきおろしている。

昔の人は大変なことをしてたもんだな~とつくづく思いますが、
それが文化であり慣習でもあったから明治に入ってもまだ女性達は歯を染め続けた。
が、ガイジンからはやはり奇異なものとして映ったようで、
明治3年に皇族などに対し鉄漿の禁止令が出されてもなかなか廃絶しなかったので、
明治6年には皇后みずから鉄漿をやめたらしいんだけど、
庶民の間では明治30年代頃まで続けられていたそうな。



次に眉毛。
眉墨の作り方は、麦の穂が「黒穂病」になったものを手でもんで粉にし、
筆の先でこすりつける。
あるいは燈火をともして火の上に紙をあて「油煙」を取るやり方もある。
要するにススってことかな?
火事には気をつけないとね。
他にも、皮をはいだ麻の茎を黒焼きにして粉にして使うなど数種類ある。

眉毛は一般に細く描けばかわいらしく見え、太いとゴツく見えるものだけど、
あまり細すぎるのも顔がのっぺりして締まらない。
眉毛の場合はこうというものはなく、その人の顔かたちによって作るべきだと
半七丸は言う。

丸顔の人は眉を短く作れば顔が長く見え、エラが張ってたり下ぶくれの人は
眉を太めに作れば見る人の視線が上の方に行って下部のふくらみが目立たなくなるという。
また、瓜実顔の人は眉毛を細めにしておくのがいい、とな。

眉毛と目の間の間隔については 「(26)」 で紹介した通りですが、
間隔が狭い人は眉毛の下の方を少し剃って上から眉を描き、中ほどでぼかすようにする。
間隔が広い人は眉毛の上の方を少し剃って上から眉を描き、
下の方でぼかして目との間を少し縮めるようにする。

現在では眉を簡単に描ける定規なんかがあるけど、
いかにも定規使いました~ってカンジで端から端までくっきり描く人を見かけると
思わず「くすっ」て笑ってしまうのはわたくしだけではありますまい。
江戸期もそれは同じで、描いたら端の方はぼかせと半七丸は言っている。

ここまでは眉描きの一般的な方法ですが、こういう眉テクを必要としない人種がいた。
眉テク不要の人種には2通りあり、ひとつは宮廷や大奥などの女性たち。
カンのいい方はもうおわかりでしょうが、いわゆる「まろ眉」を使う人達な訳で、
自前の眉は剃ってしまうので上のような眉テクはいらない。
ただし、「まろ眉」のテクが必要になる。

眉の歴史も案外と古く、中国では紀元前から眉化粧が盛んで、
日本でも中国の影響を受けて古くから眉化粧があったそうな。
もちろん、眉化粧も時代が下るにしたがって日本独自のスタイルが生まれるようになる。

まろ眉といえば平安貴族を思い浮かべる方も多いでしょうが、
平安末期頃になると女性だけでなく男性貴族も眉化粧をするようになり、
それにならって武士も眉を作るようになった。
さらに下って室町~江戸頃になると地位の向上に伴って武家で諸儀礼が整えられるようになり、
その中で眉化粧も重要なものになっていったそうな。

 【化粧の中で礼法として確立したものは、眉化粧だけであって、一般庶民と最も異なる
  化粧でもある。】
 (『日本の化粧』ポーラ文化研究所コレクションより)

眉化粧が礼法だったなんてちょっとオドロキですが、
まろ眉は「置き眉」といい、自前の眉をじょりっと剃り落として
ツユクサの花の黒焼き・金粉・油煙を胡麻の油で練った「こね墨」でぽてっと描いた。

古くは毛抜きで辛抱強く自前の毛を抜いていたらしいんだけど、
のちにはカミソリで剃り落とすようもになる。
ただし、【身分の高い人は、剃るという言葉を忌みきらい、垂れると呼んだ。そのため、
剃刀も毛垂といわれた】(前掲書より)んだそうな。

「元服」はなにも男性だけの儀式ではなく、女性にもあった。
女性の元服には二段階あり、鉄漿をつけると「半元服」、
眉を落とすと「本元服」となったというから、昔は眉が重要な位置づけだったことがわかる。
鉄漿は口を開けないとわからないけど、眉の方は顔をぱっと見ればすぐにわかるんだからね。

大奥では年がら年中置き眉をしていた訳ではなく、
儀式のある日に御目見得以上の女中が描いた。
もちろん、御台ちゃまも置き眉をした。
置き眉をする時の白粉化粧はちょっと特殊で、額に白粉で線を引くなど
顔の下の方よりも額が白くなる「白際」(しろきわ)という化粧をした。
こうすることで、より置き眉の黒が際立って美しく見えると考えられていたんだそうな。
古い絵にははっきり白際とわかる女性が描かれていることがある。


して、眉テク不要のもう一種類の人種ですが、これは子持ちの女性。
一般女性は元服なんて仰々しいものじゃなかったかもしれないけど、
ステップは元服と同じで、結婚が決まって鉄漿をつけ、子が生まれると眉を落とした。
ただし、大奥では眉を落とした後も儀式の際に置き眉をしたのに対し、
パンピーは剃ったまま。

浮世絵で眉のない女性を見たことがあるかと思いますが、
眉のあるなしで子持ちかどうか、成人女性かどうかがわかる訳ですね。
まあ、白粉化粧に地域性があったように、現実には地域などによって
子がいなくても眉を落とした人もいたようなんだけど、
浮世絵に描かれる女性は現物に忠実に描かれている訳じゃないから、
浮世絵の女性は一般ルールで描かれていると考えていいんだろうと思う。
ので、同じような年齢に見える女性でも鉄漿や眉の有無で
それなりの絵の設定がわかると考えていいでしょう。

という訳で、江戸期には眉のない女性がそこらへんにゴロゴロしていた。
当然、江戸へ向かうガイジンたちもそういう女性を目にしており、
ツュンベリーは肥前で

 そして既婚女性は長崎でのお歯黒のように、結婚していることを示そうとして
  眉毛を全部抜いているので、美しく整った顔立ちはだいなしになり、醜い。


といい、上関でも

  また、どこでも既婚女性は眉毛を抜き取っていたので、その美しい顔はすっかり
  変わってしまって、信じがたいほどであった。


と言って不快感を隠さない。

まあね、わたくしも自分の顔から眉毛をなくしたらさぞ間抜けな顔になるだろうと思うので、
ツュンベリーの感覚が正しいだろうとは思うものの、そういうもんだという認識の中で
生まれ育った人間には「眉毛がなくなったらブスになる」という感覚は露ほどもない。
どころか、眉ナシは結婚して子を持った証なのだから、
「お嫁さん」に憧れる若い未婚女性にとっては喜ばしい勲章のようなものだったろう。

そういう若い女性の姿を描いた浮世絵も結構多いらしく、
かんざしや筆などの細いものを使って、あるいは自分の指で眉を隠すシーンを描いた絵がある。
眉ナシがなにを示すのか知らなければ、自分の眉を隠して鏡を覗き込む娘の姿は

「ナニやっとんじゃ、オマエ!?」

で終わってしまうものだけど、知ってさえいれば結婚して子を持って
眉を落とした自分の顔を、あこがれやはにかみを持って鏡の中で想像する娘の
ほほえましい姿だということが理解できる。
浮世絵を観る時にはこれらのことを参考にすると、もっと楽しく鑑賞できるかと思います。


ケンペルと申維翰の旅行記には今回の記事では特筆すべきものはなかった気がするけど、
ツュンベリーはこういう日本女性の慣習をよく知っていて、

日本は一夫一婦制である。また中国のように夫人を家に閉じこめておくようなことはなく、
  男性と同席したり自由に外出することができるので、路上や家のなかでこの国の女性を
  観察することは、私にとって難しいことではなかった。未婚女性は既婚者とははっきり
  区別できる。


と書いている。



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最終更新日  2016年04月04日 23時23分19秒


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