第3話 そこにいる理由はあるか
「先輩、今日はここで待つんですか?」
新人が秋雄の車の横に止まった。
「しばらくね」
「ここ、そんなに出るんですか?」
「どうだろう」
「どうだろうって……」
新人が苦笑した。
「先輩がいるから、何かあるのかと思いました」
「何かあるかもしれないよ」
「なんですか、それ」
秋雄が笑った。
「さっき近くでお客さん降ろしたんだよ」
「はい」
「それで、すぐ元の待機場所に戻るほどでもないかなと思って」
「だからここに?」
「うん」
「ここで次のお客さんが出ると思ってるんですか?」
「出たらいいな、くらい」
新人が首をかしげた。
「それって、勘ですか?」
「勘もあるだろうな」
「やっぱり」
「でも、勘だけでもないよ」
「というと?」
秋雄は周りを見た。
「この辺、店もあるし、人も動いてるだろ」
「はい」
「時間も、まだ人が動きそうな時間だ」
「そうですね」
「だったら少し様子を見てもいいかなって」
「それだけ?」
「それだけ」
新人は少し考えた。
「ここから絶対に仕事が出る、じゃないんですね」
「そんなの分からないよ」
「でも、ここにいる理由はある」
「一応ね」
新人は前の道路を見た。
「俺、この前ずっと駅で待ってたんですよ」
「うん」
「全然動かなかったんですけど」
「なんでそこにいたの?」
新人が黙った。
「駅だから……ですかね」
「それも理由ではあるよ」
「でも、弱い?」
「弱いかどうかは俺には分からない」
「じゃあ、どう考えるんです?」
秋雄は少し考えた。
「自分に聞いてみればいいんじゃない?」
「何を?」
「俺、なんでここにいるんだろうって」
新人が笑った。
「なんか急に哲学みたいですね」
「乗ってくれるお客さん待ってるだけだよ」
「ですよね」
二人で笑った。
「でも、本当にそれくらいでいいと思うよ」
秋雄は続けた。
「駅に着く電車があるから」
「はい」
「病院が終わる時間だから」
「はい」
「近くで降ろしたから、少し様子を見る」
「はい」
「前にこの曜日、この時間に仕事が出たことがあるから」
新人が頷いた。
「そういう理由を一個持つ?」
「最初はそれでいいんじゃない?」
「外れたら?」
「外れたなって覚えておく」
「またそれですか」
「またそれだよ」
新人が笑った。
「じゃあ、理由があればずっと待ってていいんですか?」
「そこが難しいんだよな」
「ほら、また難しくなった」
「だって、最初は理由があっても、時間が経てば条件が変わるだろ」
「電車が着いても誰も来なかったとか?」
「そう」
「病院から人が出てこなかったとか」
「そう」
「人通りがなくなったとか」
「そういうのもある」
新人は少し考えた。
「じゃあ、待ち始めた時の理由がなくなったら?」
「俺なら、もう一回考えるかな」
「動くかどうか?」
「うん」
「すぐ動きます?」
「それも、その時による」
新人が顔をしかめた。
「またそれだ」
秋雄が笑った。
「しょうがないだろ。正解表がないんだから」
新人は少し黙ってから言った。
「でも、前よりは分かる気がします」
「何が?」
「今までは『ここで待ってれば出るかな』しか考えてなかったんですよ」
「うん」
「これからは『なんで俺はここで待ってるんだろう』も考える」
「それでいいんじゃない?」
新人は頷いた。
「理由が間違ってても?」
「最初から全部当てようとするなよ」
「外したら、また材料にする」
「そういうこと」
仕事が出る場所を、
最初から知っている新人はいない。
だから最初は、
小さな理由でいい。
この時間だから。
人が動いているから。
近くで降ろしたから。
前に仕事が出たことがあるから。
そして、待ちながら見る。
その理由は、まだ残っているか。
正解を探すより、
自分がそこにいる理由を一つ持ってみる。
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