第5話 暇な日に、仕事を追いかけるな
「先輩、今日は本当に暇ですね」
待機所で、新人が秋雄に声をかけた。
「暇だな」
「さっきから全然動かない」
「そうだね」
新人は前に並んでいる車を見た。
「こういう日って、やっぱり焦ります」
「売上?」
「はい」
「俺も気になるよ」
「あといくら足りないとか、考えません?」
「考える」
「このままで大丈夫かな、とか」
「考えるよ」
新人が笑った。
「先輩でも同じなんですね」
「そりゃそうだよ」
新人は少し黙った。
「でも、前だったらもう動いてたと思います」
「どこへ?」
「それが分からないから、とりあえず走る」
「やってたな」
「はい」
「今日は動かないの?」
「今のところは」
「なんで?」
新人は周りを見た。
「ここにいる理由が、まだあるからです」
「へえ」
「この時間なら、もう少し人が動くかもしれない」
「うん」
「前にも、このくらいの時間に仕事が出たことがある」
「うん」
「だから、もう少しだけ待ってみます」
秋雄が頷いた。
「いいんじゃない?」
「でも、外すかもしれませんけどね」
「外したら?」
「覚えておきます」
秋雄が笑った。
「ずいぶん変わったな」
「先輩が何回も言うからですよ」
少しして、新人が聞いた。
「でも先輩」
「何?」
「結局、暇な日に売上を作る方法ってないんですか?」
秋雄は笑った。
「急に身も蓋もないこと聞くな」
「だって、そこが一番知りたいじゃないですか」
「そりゃそうだな」
「どこへ行けば仕事があるとか」
「分かったら俺も行くよ」
「ですよね」
「街が暇でも、仕事を取ってる車はいるよ」
「じゃあ、その車は何が違うんです?」
「判断が良かったのかもしれない」
「はい」
「たまたまかもしれない」
「はい」
「いつものお客さんから呼ばれたのかもしれない」
「それもありますね」
「外から見ただけじゃ分からないよ」
新人は頷いた。
「だから俺は、暇な日に他の車を追いかけないようにしてる」
「他の車?」
「誰かが仕事を取ったのを見て、あそこが正解だったって思ったり」
「ああ」
「長い仕事をやったって聞いて、俺もそっちへ行けばよかったって思ったり」
「ありますね」
「でも、それって結果を見てるだけだろ?」
新人が少し考えた。
「その人が、なんでそこにいたかは分からない」
「そう」
「偶然かもしれない」
「そういうこと」
新人は前を見た。
「じゃあ、自分の判断を積み重ねるしかない?」
「俺はそうしてきたよ」
「待つ理由を考えて」
「うん」
「動く理由も考えて」
「うん」
「外したら覚えておく」
「うん」
「当たっても、一回で正解にしない」
「そうだな」
新人は苦笑した。
「地味ですね」
「タクシーって、そんなもんじゃない?」
新人は少し考えた。
「でも、それを続けていけば」
「うん」
「ここはもう薄いな、とか」
「うん」
「この時間なら、もう少し待ってみよう、とか」
「うん」
「少しずつ分かるようになる?」
「なると思うよ」
「先輩みたいに?」
秋雄は笑った。
「俺だって今日外すかもしれないぞ」
「十年やってても?」
「十年やってても」
新人も笑った。
「じゃあ、暇な日はどうすればいいんです?」
秋雄は少し考えた。
「暇な日に、仕事を追いかけすぎないことかな」
「追いかけすぎない?」
「需要が薄いのに、不安だからって走り回っても、お客さんが増えるわけじゃないだろ」
「そうですね」
「待つ理由があるなら待つ」
「はい」
「動く理由があるなら動く」
「はい」
「どっちもなければ?」
新人は少し考えた。
「休む?」
「それもありだな」
「暇な日は、暇じゃない日の走り方をしない」
新人が秋雄を見た。
「それ、覚えておきます」
「外すかもしれないけどな」
「そこまでセットですか」
「そこまでセット」
二人で笑った。
仕事を探すことと、
仕事を追いかけることは、
少し違う。
待つ。
動く。
休む。
どれを選んでも、
必ず仕事につながるわけではない。
だから、外したことも覚えておく。
当たったことも、一度で正解にはしない。
そうやって少しずつ、
自分なりの判断材料を増やしていく。
街が暇な日に、
焦って仕事を追いかけすぎない。
暇な日は、
暇な日の走り方をすればいい。
第12章終わり
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