2007年01月02日
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「いのちのパン」とは、聖書の言葉です。そして、聖書の言葉は神の言葉ですから、この地上の価値観で現わすことは極めて困難ですが、しかし、誰にでもわかる言葉で書かれているのが聖書でもあります。

この聖書が書かれた時代背景、文化背景を見て見ますと、パンはは身近な食物です。日本で聖書が書かれたとしたら、きっと、「いのちのごはん」とか、「心のごはん」と書かれたのではないかと思います。

また聖書は、私たち人間を羊に譬えますが、それは、イスラエルに羊が多いからです。日本であったならば、犬や猫が譬えられただろうと思います。「主は、犬の飼い主」「神は、猫の飼い主」と。

イエス様の譬え話しは、当時の聴衆にとっては、生活の身近なものを題材に話されました。「空の鳥を見なさい。」「野のゆりを見なさい。」と、神様の奥義を、誰にでもわかる言葉で表現されたのです。

ですから、聖書とは、いのちを与える食物のように、私たちの霊のいのち、心を養う食物のようなものです。栄養を与え、元気を与え、いのち生き生きとさせて下さいます。

今、多くの人の心にはゆとりがありません。忍耐力がなく、すぐに腹を立て、人と争ったり、快楽に走ったり、現実逃避をします。なぜでしょうか? それは、いのちのパンを食べていないからです。

私は、1日に9章の聖書を読みます。旧約聖書を7章、新約聖書を2章です。そうすると、4ヶ月で1回聖書を完読出来ますので、年間3回読めます。しかし、これが私に取ってちょうどいいいのちのパンの量なのです。

このことによって、私のいのちは支えられ、豊かにされています。しかし、聖書を読んだら完全な人になってしまうかというと、そうではありません。しかし、1日のスタートから方向性が違います。感謝と讃美、平安な心で人を愛そうと願い、目標を目指してはじめます。

しかし、聖書を読まないで1日をはじめますと、昨日の精神状態を引きずって、愚痴と不満、恐れと無気力、ストレスと疲れ、怒り、憎しみ、心配等で、活力なくスタートするかも知れません。



聖書は、約2000年から数千年前に書かれた書物です。普通ならば古いですから役に立たないはずですが、しかし、聖書は神の言葉ですから、今でも、全く変らない力があります。

毎日聖書を読んでいる人は、引き続きそのことを続けて下さい。また、聖書を時々か、ほとんど読まなかった人は、どうぞ、この新年から聖書を読む習慣をつけて見てください。これがあなたを生かし、あなたの人生を革命的に変えるのです。約束します。

聖書は、いのちのパンです。あなたを生かし、あなたの心を豊かにし、健康をもたらし、あなたの才能を目覚めさせ、祝福と繁栄に導き、その恵みはまわりの人にまで広がって行きます。

共に、1冊の聖書を慕い求め、愛し、読んで行きましょう。それがあたなのいのちです。そして、その言葉を信じ、そして、従って行くのです。

どんな過去があっても、今どんな状況にあったとしても、聖書を読んで悔い改めるならば、聖書に書かれている通り、『誰でも、キリストにあるものは新しく造られたものである。古いものは過ぎ去った。見よ、すべてが新しくなった。』のです。

今日も、新年だからではなく、全く新しいスタートをさせて頂きましょう。

祝福がありますように。





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最終更新日  2007年01月02日 09時20分43秒
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