PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

コメント新着

紫苑(しをん) @ Re[1]:日々の出来事(11/24) しの〜445さんへ 本当にご無沙汰していま…
しの〜445 @ Re:日々の出来事(11/24) おはようございます。☀ 今日の三重は快晴…
しの〜445 @ Re:カウントダウン1825(10/07) 紫苑さん、こんばんは~☆彡 何気なく、過…
紫苑(しをん) @ Re:ともだち(02/01) ものすごい亀レスでごめんなさい。 美味し…
しの〜445 @ Re:ともだち(02/01) こんにちは~☀ 私もそう思います。 学生…
2005年01月29日
XML
テーマ: 吐息(401)
カテゴリ: Essay


 その獲れた大きな蜆を見たとき、わたしは祖母の笑顔を思い出した。 

 記憶の糸を辿れば、田んぼの中を割って流れる小川に、祖母は秘密の蜆の漁場を持っていた。
 一人で出かけて行っては、ほんの一握りの蜆を嬉しそうに獲ってくるのだった。
 離れた場所に住む祖母の家を訪ねる度に、彼女は蜆の味噌汁を作ってくれた。
 もしかしたら、ほんの数度の出来事だったのかもしれないけれど、
 わたしの記憶の襞には鮮やかな印象として、今も留まっている。

 長患いの祖父に蜆が効くと聞いて、懸命に蜆を食べさせたのだと、母から聞いたことがあった。

 いつかわたしがその存在を訊いたとき、悪戯小僧のような目をして祖母はこう言った。
 「誰かに教えると、乱獲されるから」と。

 一度だけ、わたしはそんな祖母の後をつけたことがあった。
 田んぼの畦を降りていく細い道は、祖母の足跡だけでできた頼りない道だった。
 萱の茂みをかき分けて岸べに辿り着くと、祖母はモンペの裾を太腿まで引き揚げて、
 竹笊を片手にそろりと川に入っていった。
 両手を肩までぬらして足で川底を誘い入れ、何度もすくった。
 水上で笊を軽く振ると、小石や砂利に混じった数個の蜆が残っていた。
 「はい」と渡された蜆を受け取りながら、普段は苦虫を噛み潰したような祖母の顔に、会心の笑みを見た。


 そこはすでに、わたしの記憶の中にだけ残る、祖母の秘密の場所だった。
 二つに折れてしまった腰を時折ひょいと伸ばし、川に向かう祖母の背が脳裏に浮かんだ。
 わたしの大好きだった、頑固な祖母の数少ない記憶として……。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年01月29日 14時59分34秒 コメント(6) | コメントを書く
[Essay] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: