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2007年03月17日
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テーマ: 吐息(401)
カテゴリ: Essay
 駅を降りた。
 いつもの駅である。
 建物に遮られない、暮れなずむ夕景が広がっていた。
 遠くに群青色の空がきれいだ。
 思わず頭上を見上げたら、真っ黒な空だった。
 春の夕暮れ時って、こんなに素敵だったのね……。
 どこかから、懐かしい匂いがした。



 馴染みのないロータリーは、わたしを撥ね付けた。
 「乗れよ」
 助手席側のドアを、運転席から身を乗り出して開けた。
 「いいよ。歩いて帰るから」
 わたしは拒絶した。
 「折角迎えに来たんだから乗れよ」
 再三勧めながら、声を荒げた。
 渋々助手席にすべり込んで、口をへの字に結んだ。
 アパートまで歩いても八分足らずの距離である。
 彼のこういう態度に、わたしの神経は逆撫でされる。
 もっと堂々としていて欲しい、わたしなんかに気を遣って欲しくない。


 車はアパートの前で止まった。
 「俺、車を置いてくるから」
 降りようとするわたしの背中に彼が言った。
 「だから歩いて帰るって言ったのに」

 彼はそのまま車を発進させた。
 わたしが歩かなかった距離を、彼は歩いて帰ってくるのだ。


 あの頃。
 優しい言葉をどこかに置き去りにして、毎日とげとげしい言葉を吐き続けていた。
 わたしの中に別人格が住みついて、以前のわたしが追い出されてしまったような、そんな感覚。
 わたしなのに、わたしではないわたし。
 現実を飲み込みながら、咀嚼しきれずに、消化不良を起こしていた。
 それなのに、そこから一歩も踏み出せず、
 「あんなに頑張ってきたのに、何でこんな目に遭わなければならないの?」の思いが、後から後からあふれ出して……。
 日々、顔が険しくなるばかりだった。
 いつもいつも彼に突っかかっては、傷ついていた。
 彼の優しさがうそ臭くて反吐が出そうだった。



 あの時のロータリーが、今では何の違和感もなくわたしの目に飛び込んできた。
 駅前の、プランターに植えられた不自然な花壇や、ロータリーの向こうに見える景色も、何もかもがすでに、わたしの日常に溶け込んでいた。
 すべての事柄は、わたしの身体をフィルターにして、すでに浄化されていた。
 今なら、以前のわたし。
 ちゃんと彼を受け入れてあげられるのに。
 「でも時すでに遅し。彼はもうこの世にはいないんだ」
 ふとそんな思いがよぎった時、不覚にも込み上げてきた。
 「何なの?これって」
 突然、目の前の、暮れなずむロータリーがにじんだ。
 どこかから、あの日かいだ沈丁花の香りが漂っていた。

 早いものでここに暮らし始めて、もう五年が来ようとしていた。





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最終更新日  2007年03月17日 10時02分37秒
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