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~トップハム・ハットきょう 変遷~1代目:ジェラルド・トップハム・ハットきょう(1880~1956年)1894年:グレート・ウエスタン鉄道(GWR)のスウィンドン工場にて修行を受ける。1901年:ソドー島のティドマスの建設会社「AW Dry&Co」に入社し、技師としてティドマス・ナップフォード&エルスブリッジ軽便鉄道(Tidmouth,Knapford & Elsbridge Light Railway)などの建設に携わる。1905~1908年:縦型ボイラーの機関車コーヒー・ポットを設計・製造する。1910年:結婚して2人の子宝に恵まれる。1915年:ヴィカースタウンとイギリス本島を結ぶ跳ね橋を設計・建設する。1923年:ゼネラルマネージャーとなる。1936年:重役に昇進する。1948年:鉄道の国有化により、局長となる。その後、鉄道経営の功績から凖男爵位を授かる。1954年:局長を引退する。1956年:ウェルスワースで生涯を終える。2代目:チャールズ・トップハム・ハットきょう(1914~1997年)1939年:王立工兵連隊として、第二次世界大戦に参戦する。1940年:結婚して、2人の子宝に恵まれる。1945年:大佐となるも、第二次世界大戦の終戦と同時に負える。1952年:ソドー整備工場の技師となる。1954年:2代目局長となる。1956年:凖男爵位を継承される。その後、ナップフォード港の改修や、アールズバーグ線とちんまり鉄道の建設を手掛ける。1984年:局長を引退する。1997年:生涯を終える。3代目:スティーブン・トップハム・ハットきょう(1941年~現在)1950年:妹のブリジッドや初代のハットきょうと旅行中に、トビーと出会う。1984年:3代目局長となり、ソドー鉄道のすべての機関車を管理する。2008年:局長を引退する。4代目:バートラム・トップハム・ハットきょう2008年:現在の局長となる。↑現在の局長の写真です。
2020.11.15
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ぼくが集めているピストン・カップのレーサーたちのマテルです。この間、ついにカーズの1作目に登場するサブキャラのレーサーたちを全車コンプリートしました。レーサーはマックィーンとチック・ヒックスを含めると、合計35台います。一番下の写真の左上からレーサーたちを紹介していくと、4.ラスティー・コーンフューエル8.デイル・アーンハート・Jr.28.エイケン・アックスラー33.チャック・アームストロング34.ダーグソン・ダーゴスティーノ35.ケビン・レーシングタイヤ36.ユージーン・カービュレスキー39.ライアン・シールズ51.ルビー・”イージー”・オークス52.クロード・スクラグス54.ジョニー・ブレ―マー56.ブラッシュ・カーバー58.ビリー・オイルチェンジャー61.ジェイムズ・クリーンエア63.リー・レブキンズ64.ウィンフォード・ブラッドフォード・ラザフォード68.マニー・フライウィール70.フロイド・マルビヒル73.ミスティ・モータークラス74.スライダー・ペトロルスキ76.クラスティー・ローター79.ホール・インガス80.セージ・バンダースピン82.ダレン・レッドフッド84.マシュー・オーバーテイカー84.デイビー・エイペックス90.ポンチー・ワイプアウト92.マーレー・クラッチバーン93.アーニー・ギアソン101.グレッグ・キャンディマン117.ラルフ・カーロウ121.ケビン・シフトライト123.トッド・”ザ・ショックスター”・マーカス95.ライトニング・マックィーン86.チック・ヒックスの計35台です。2019年から始めて、メルカリやAmazon、popsodaで1~2台ずつ購入していって、今月でついにコンプリートしました。
2020.11.14
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~こうざん鉄道 変遷~1865年:タリスリンとドルゴッホの双子として、スカーロイとレニアスがイギリス本島の工場で作られる。その頃の2台にはまだ機関室がなく、車輪は4つだった。最初にスカーロイが船でソドー島へ送られ、そこで自分たちが働くというこうざん鉄道の線路工事の手伝いを行う。その鉄道ができたころに、レニアスが船でソドー島へ送られてくる。1866年:こうざん鉄道が開通し、その後、スカーロイが機関車工場で改造され、新しく機関室の屋根と車輪をもう1組付けてもらう。1869年:レニアスが機関車工場での改造により、機関室に屋根を付けてもらう。1954年:スカーロイたちの老朽化により、新しくサー・ハンデルとピーター・サムが買い入れられる。レニアスが修理に出され、続いてスカーロイが修理に出される。1957年:ラスティーがこうざん鉄道に買い入れられる。続いて、ダンカンがこうざん鉄道にやってくる。スカーロイが修理を終えて工場から帰ってくる。1960年:ピーター・サムが煙突を「ギースル・エジェクタ」という最新のものに変えられる。1961年:レニアスが工場から帰ってくる。1965年:スカーロイとレニアスの100歳の誕生日を記念して、こうざん鉄道ではテレビ放送が行われる。現在:スカーロイとレニアスは155歳だが、今も元気にこうざん鉄道で働いている。↑こうざん鉄道の仲間たちとそのモデルです。どこか違うかわかりますか?
2020.10.26
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~ディーゼル 変遷~1953~1962年:イギリス国鉄の電気式08形ディーゼル機関車が1010両も製造される。1957年:08型ディーゼル機関車のうちの1台として、ディーゼルが作られる。トップハム・ハットきょうにより、ノース・ウェスタン鉄道を手伝いに来るも、恥をかかせたダックを恨んで、ゴードンたちやハットきょうをだまして、ダックを仲間外れにさせる。しかし、ハットきょうには信用されなかったため、誤解が解けるのと同時にイギリス本島へ送り返される。1965年:港で働くダックとパーシーを手伝いに行くも、またもトラブルを起こす。その後、追放はされず、大きな駅での貨車の入換を勉強させられることになる。1966年:この時点以降で、ソドー島に定住し、一応仲間となる。現在:ソドー鉄道のディーゼルワークスでほかのディーゼル機関車たちと過ごしているが、意地悪で乱暴なのは相変わらずの模様。↑ディーゼルと彼のモデルのディーゼルです。
2020.10.21
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~オリバー 変遷~1932~33年:グレート・ウエスタン鉄道(GWR)の1400型タンク機関車が、50台(1400~1429、5800~5819)製造される。1934年:1400型タンク機関車の1430から1435番までが作られ、続いて1436番のオリバーも製造される。1934~35年:1400形タンク機関車の1437番から1474番までが製造される。1948年:鉄道の国有化により、イギリス国鉄のロゴを付けられる。1968年:自分の働いていた支線が廃止され、相棒のブレーキ車のトードと共にスクラップになるのを恐れ、ソドー島へ逃亡する。途中、石炭切れで捕まりそうになるも、運よくであったダグラスに助けられる。その後の修理で、ナンバーが11番になる。現在:トードと共に、ダックの支線での貨物輸送が主な仕事となっている。↑オリバーとトード、そのモデルたちです。
2020.10.11
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~ドナルド&ダグラス 変遷~1899~1900年:カレドニアン鉄道の812型蒸気機関車が、セント・ロロックス鉄道工場にて29両、ニールソン・レイド&カンパニーによって20両、シャープ・スチュアート&カンパニーのよって15両、ダブス&カンパニーによって15両製造される。1908年:812号機とうり二つの機関車・カレドニアン鉄道652号機がセント・ロロックス鉄道工場にて12両(652~659、662~665号機)製造される。1909年:カレドニアン鉄道652号機がセント・ロロックス鉄道工場にて5両(325~328、661号機)製造される。続いてカレドニアン鉄道652号機の666・667号(架空の番号)として、ドナルドとダグラスが製造される。1923年:四大鉄道化により、2台そろってスコットランドへ購入される。その時にナンバーが17646・17647番となる。1948年:鉄道が国有化され、ナンバーも57646・57647番となる。1959年:トップハム・ハットきょうがドナルドのみを購入するが、ダグラスがスクラップにされたくないという理由から、2台してソドー島へ来島。9番と10番のナンバーを与えられるも、ある事件のその後に名前のプレートをもらう。1968年:海辺の支線から、線路の修理用の砂利を運ぶ仕事を交代で行う。現在:2台一緒に、支線から本線までの貨物輸送が主な仕事となっている。↑下から、ダグラス、ドナルド、彼らのモデルです。
2020.10.04
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~ダック 変遷~1929年:グレート・ウエスタン鉄道の5700形パニアタンク機関車が80台製造される。そのうちの5741号機がダック(本名モンタギュー)である。当初は、ロンドンのパディントン駅で働いていた。1930~40年代:5700形パニアタンク機関車が1950年まで783両も製造される。1939~1945年:第二次世界大戦中により、車体を黒くされる。1948年:鉄道が国有化され、イギリス国鉄のロゴを付けられる。1955年:ハットきょうに購入され、ソドー鉄道へ来島。その際、グレート・ウエスタン鉄道のロゴがボディの側面に書かれた深緑の塗装へと戻され、ティドマス駅での貨車や客車の入換作業を担当する。1957年:床屋に突っ込むという事故を起こしたことで修理を受け、深緑から緑のボディに塗り直され、前には砂箱が付き、ナンバーも8番になる。1968年:ハットきょうが新しく再開した海辺の支線での旅客輸送が、主な仕事となる。現在:スリップコーチたちと組んでの旅客輸送が主な仕事になっている。↑ダックとそのモデルの機関車です。前部分の違いがわかりますか?
2020.09.27
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~トビー 変遷~1903年:グレート・イースタン鉄道(GER)C53型路面機関車が2両(135、136号機)、最初に製造される。1904~13年:1908年に3両(137~139号機)、1910年に1両(130号機)が追加で製造される。1914年:3台(127、128、131)が追加で製造される。続いてもう1台追加として、トビーも製造される。ナンバーは132(架空)だった。当初はノーフォーク州グレート・ヤーマスの鉄道で働いていた。1921年:3台(135、136、129)が追加で製造される。1923年:鉄道会社の四代化により、ナンバーが7132になる。1944年:ナンバーを8227に変更される。1948年:鉄道が国有化され、ナンバーが68227になる。1950年:働いていた路面区間が廃止され、廃車寸前になりそうだったところをハットきょうに購入され、客車のヘンリエッタと共にソドー鉄道に来島する。トーマスの支線の路面区間が主な運行路線になり、ナンバー7を与えられる。現在:路面区間の終点にある石切り場から、貨車を運ぶのが主な仕事となっている。↑トビーとそのモデルとなった機関車。見た目がそっくり!
2020.09.19
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~パーシー 変遷~1925年:グレート・ウエスタン鉄道(GWR)のエーヴォンサイド・SS型 0-4-0STのうちの1台「1340号機」の瓜二つの機関車として製造される。ナンバーは1350。1930年:機関車修理工場で改造修理を受け、石炭入れがついた今の姿となる。その後、その機関車修理工場で売られる。1931年:トップハム・ハットきょうに購入され、ソドー鉄道に来島する。ナンバー6を与えられ、ティドマス駅での貨車や客車の入換作業が主な仕事となる。1939~1945年:第二次世界大戦中として、車体を黒くされる。1955年:入換作業の仕事をダックに変わられ、トーマスの支線などでの短編成列車の運行を担当することになる。現在:郵便列車などの短編成列車の運行が主な仕事になっている。↑パーシーとそのモデルとなった機関車
2020.09.13
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~ジェームス 変遷~1889~1918年:ランカシャー&ヨークシャー鉄道(Lancashire & Yorkshire)の27形蒸気機関車がランダムのナンバー付きで、484両も製造される。1909~1912年:27形の再構築としてLancashire & Yorkshire の28形蒸気機関車が20台作られる。1912年:Lancashire & Yorkshire の28形の1台としてジェームスが作られる。ナンバーは1301。1913~22年:27形のうちの63両が28形蒸気機関車に再構築される。1923年:四大鉄道化により、ナンバーが12620となる。1925年:ハットきょうに購入され、ソドー鉄道に来島する。1926年:貨物列車の牽引中に貨車たちにいたずらをされ、樫の木で作られていたブレーキを燃やして、脱線する。その後の修理で改造され、車輪配置が0-6-0からモーガル(2-6-0の車輪配置のこと)に変わり、金色のドームと新しい鉄のブレーキ、ファウラー形炭水車を身に着けた赤いボディの機関車になった。1927年:ゴードンの代わりに初めて急行列車を牽引し、この時から時々、急行も引くようになる。1939~1945年:第二次世界大戦中により、車体を黒くされる。現在:本線での旅客・貨物輸送を担当している。↑ジェームスとそのモデル機関車の写真
2020.09.05
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~ゴードン 変遷~1922~23年:グレート・ノーザン鉄道(GNR)のA1形の最初の12両(1470~1481号機)が製造される。そのうちの1472号機がゴードンの兄の「フライング・スコッツマン(Flying Scotsman)」である。1923年1月:四大鉄道化により、GNR がロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道(LNER)の一部となる。1923年10月:A1形の1482号機(架空の番号)として「ワイルド・ノーウェスター(Wild Nor' Wester)」が製造され、ロンドンのキングス・クロス駅までの急行列車の牽引を担当する。1924年1月:ハットきょうによって、1482号機は購入される。ソドー島に来島し、「ゴードン」という新しい名前をもらう。1924年:他のA1形が四代鉄道化のために番号を4470~4481に着け直しされる。1924年6~12月:A1形が40両追加(2543~2582号機)で製造される。1928~35年:52両のA1形のうち、51両がLNER A3形に改造される。また、A3形が追加で27両製造される。1935年:ヘンリーがクルー市で改造されたのを羨ましく思い、自分もクルー市までの汽笛の修理のついでに改造修理を受け、ファウラー形炭水車を身に着けた今の姿となる。1939~1945年:第二次世界大戦中として、車体を黒くされる。1951年:英国女王が来島し、彼女のお召列車を担当する。1956年:ロンドンのセント・パンクラス駅まで、急行列車を牽引する。現在:主にソドー本線の急行列車牽引を担当する。↑ゴードンと彼のモデルの機関車の写真
2020.08.28
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~ヘンリー 変遷~1919年:グレート・ノーザン鉄道(GNR)A1型蒸気機関車の実験機として、GNR C1型蒸気機関車の設計図を基に製造される(だが実験用車両として、期待された結果は出せなかった)。1922年:ハットきょうに購入され、ソドー鉄道にやってくる(実はハットきょうは、C1型蒸気機関車を注文していたのだが、騙されて使い物にならないヘンリーを購入された)。1925年:故障したゴードンの代わりに急行を引くエドワードを手伝い、ごほうびに車体を緑から青に塗り直される。1926年:トーマスの励ましにより、雨嫌いを克服する。1931年:車体をもとの緑に塗り直される。1934年:調子をよくするために、ウェールズ製の石炭を購入してもらう。12月、魚輸送用の特別急行貨物列車「フライング・キッパー」を牽引中にポイントと腕木式信号機のトラブルによる追突事故にあい、修理のためにクルー市に送られ、そこで3か月かけて修理される。1935年3月:ロンドン・ミットランド&スコッティッシュ鉄道(LMS)のブラック5をモデルにした姿に改造されて、帰ってくる。1939~1945年:第二次世界大戦中として、車体を黒くされる。1967年:加減弁の修理と同時に、車輪に泥除けが付いた今の姿となる。現在:主に本線の旅客・貨物列車牽引を担当する。↑ヘンリーと彼のモデルの機関車、ヘンリーの旧モデルのスケッチ
2020.08.23
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~エドワード 変遷~1896年:ファーネス鉄道(FR)K2型蒸気機関車の最初の6両(21、22、34、35、36、37号機)が製造される。続いて、38号(架空)として、エドワードも製造される。1900年:K2型の増備として、2両(124~125号)が製造される。1915年:ノース・ウェスタン鉄道に購入され、エドワードはソドー鉄道へ来島する。縦形ボイラーの小型タンク機関車「コーヒー・ポット」のグリンたちに代わって、ノース・ウェスタン鉄道で働く。1922年:本線での仕事をヘンリーやゴードンらの大型機関車に変わられ、貨車や客車の入れ換えが主な仕事となる。1926年:トーマスの来島により、本線での短編成列車の運行が主になる。1939~1945年:第二次世界大戦中により、車体を黒くされる。1954年:この頃、古くなって走ると「ガチャガチャ」という音を立てるようになる。子どものいたずらで暴走したジェームスを助けたほうびとして、ガチャガチャいうところを修理されると同時に、ファウラー形炭水車を引いた今の姿に改造される。現在:自分の港までの支線の運行と、ゴードンの丘を上る列車の後押しが主な仕事となる(ちなみに、自分の支線の始発駅は、ゴードンの丘のふもとの手前である)。↑エドワードとそのモデルとなった機関車の写真です。
2020.08.16
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このコーナーは「きかんしゃトーマスとなかまたち」がソドー島にやってきて、どうやって成長して、今の姿になっていったかを描いたコーナーです。アニメ版とモデルの写真を見比べてみると、どこかが違うってわかりますか。それは原作での作者のウィルバート・オードリーさんのアレンジが元なのですが、ぼくは、来島から現在までの出来事による改造や修理などで、今のTVシリーズの姿になったのではないかと推測しています。まずはトーマスの変遷から見ていきましょう。~トーマス 変遷 ~1913~14年:ロンドン・ブライトン&サウスコースト鉄道(LB&SCR)E2型タンク機関車のタンク改良前の5台(100~104号機)が製造される。1915~16年:LB&SCR E2型タンク機関車のタンク改良後の5台(105~109号機)が製造される。1917年1月:LB&SCR E2型のタンク改良後の6台目(110号機…E2型では架空の機関車)としてトーマスが作られる。1923年1月:4台鉄道化により、サザン鉄道(SOUTHERN)の緑の車体となる。1925年:ナンバーを2110に着け直される。1926年:ソドー島のノース・ウェスタン鉄道(NWR)のゼネラル・マネージャー(重役)「ジェラルド・トップハム・ハットきょう」により購入され、ソドー島にやってくる。その時に車体の色を青く塗り直され、ナンバーが1になる。当初はティドマス駅での貨車や客車の入れ換えが仕事だったが、ジェームスの脱線事故の際に救援活動に尽力したことにより、自分の支線を手に入れ、客車のアニーとクララベルと共に、そこでの運行が主な仕事となる。1928年:給水塔の故障により川から水を汲んだ際、偶然タンクに魚が入り込んでしまい、それが原因で不具合が出てしまい、それ以来、魚が嫌いになってしまう。1939~1945年:第二次世界大戦中により、車体を黒くされる。1950年:石切り場までの路面区間の運行を「牛除けをつけないと走ってはいけない」と理由で禁じられる(その後、解放されたが)。1961年:駅長の家に突っ込むという事故を起こし、修理工場行きを余儀なくされる。修理後は前の車輪に泥除けが付き、ランボードの後ろ下がりの部分がまっすぐに変更され、今の姿となる。現在:自分の支線だけではなく、本線での短編成の列車の運行も担当している。↑トーマスとモデルの機関車の写真です。どこがちがうか見比べて見てください。
2020.08.10
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ぼくはコロナウイルス対策のために普段は家にいます。家でお風呂を洗ったり、お風呂で洗濯を干したりしています。たまにマスクをつけて、ごみ捨てにも行っています。あとはメルカリで何を売ろうか?何を買おうか?と考えたりしています。でも、それだけでは退屈なので、Wiiの「どうぶつの森」で、虫取りや魚釣りして遊んでいたりしています。皆さんはどのようにおうち時間を楽しんでいますか?
2020.04.09
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アルタイルです。今回は私事なのですが、SLASを卒業することになりました。2017年10月20日から2年と3ヶ月ほどお世話になりました。SLASに行く前は友達が一人もいなかったのですが、SLASに行くことによって少しでも人間関係を築きあげられるようになりました。SLASでは登山などをはじめとして積極的に活動し、多くの思い出を残すことができました。中でも私が最も印象に残ったのは、北海道旅行です。北海道旅行ではこれまでに体験したことのない経験を多くしましたが、その中でもラフティングが一番楽しかったです。SLASでは本当に楽しい時間を過ごすことができました。ありがとうございます。今後もSLASで学んだことを生かし、有意義な人生を歩むことができたらいいと思います。 アルタイル先月金剛山に登った時に撮った写真。
2020.03.29
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ぼくは今、ディズニー・ピクサーの大ヒット映画「カーズ」シリーズに登場するピストン・カップのレーサーたちのダイキャストミニカーを集めています。ピストン・カップは、アメリカの人気自動車レース『NASCAR』をモチーフにしたレースの大会です。出場しているのは、1作目「カーズ」に登場するレーサーたち、3作目「カーズ/クロスロード」に登場するレーサーたちと彼らの後任である次世代レーサーたちです。そんなピストン・カップに出場しているレーサーたちに、ぼくは興味を持ち、レーサーたちのコレクションを始めました。 今持っているレーサーは、1作目に登場したのが19台、3作目に登場したのが下の写真の29台(番号が書かれている塗りつぶしのところは今探しているレーサー)、そして次世代レーサーが25台です。すべて集めたら、写真を撮って、レースシーンを作りたいです。
2020.03.22
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2月2日に、家族で梅田のVR ZОNE ОSAKAに行きました。私はVRは初めての経験でしたが、非常に楽しめました。家族は先に来ていたので、私は後から合流しました。VRでは、ゴーグルによる立体映像とヘッドフォンによる音声によって、仮想現実を体験できます。私たちは、VRでゾンビゲームやお化け屋敷、川下り、シューティング、スキーなどをやりました。VRは仮想現実なのですが、仮に現実世界で起こったら死んでいるだろうと思われる場面が多くありました。ゾンビゲームでもゾンビにされてしまったし、スキーの最中に何度も崖から落ちてしまいました。特にお化け屋敷で首を斬られた時は本当に怖い思いをしましたが、やはり「仮想現実」と「現実」は違う世界なのだとは思います。また、飛行体験をした時も岩に何度も頭をぶつけてしまい、自分はゲームの世界では生き残れないのだろうと感じました。けれど、VR ZОNE ОSAKAは非常に新鮮でとても楽しかったです。帰り際にやっていた福引でVR ZОNE ОSAKAの無料券を当てたので、またいつか行きたいと思います。 帰宅途中弟に連れられて辛いラーメンを食べにいきました。このラーメンは私が思っていた以上に辛く、スープを飲むことができませんでした。苦肉の策として 餃子を頼むなどして何とか完食し、そのまま電車で家に帰りました。 私は、VRのようなゲームが開発されているという事実に技術の進歩を感じました。私が社会に出るころには、もっとすごいゲームが開発されているでしょう。これからのゲームの進歩に期待し、とても楽しみにしています。みなさんも一度VR体験してみてはいかがでしょうか? アルタイル
2020.02.09
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アルタイルです。現在、世界ではコロナウイルスは蔓延しています。中国の武漢だけでコロナウイルスの感染者数は7万6000人に達したとも言われています。WHOはコロナウイルスの流行に対し、緊急事態宣言を出しました。全世界の62か国で中国人の入国制限が始まっています。私は、これらのコロナウイルスの蔓延に対して強い危機感を持ちました。コロナウイルスの爆発的な流行によって人類が滅んでしまうのではないかと思ったのです。しかし一方で、コロナウイルスのことをどこか他人事のように感じることもありました。私の周囲の人間が誰もコロナウイルスに感染していないこと、また、私の知人が誰一人としてコロナウイルスの予防をしていなかったことが原因でしょう。現在、日本にもコロナウイルスが上陸し、感染が拡大しています。私の住んでいるところのすぐ近くにもコロナウイルスの感染者がいるかもしれません。しかし、私にそのような実感はありません。おそらく自分が危険に晒されていないから冷静でいられるのでしょう。私自身最近風邪気味なので、手洗い、うがいなどの病気予防を心掛けたいです。皆さんがコロナウイルスに感染せず、健康であることを願います。 アルタイル
2020.02.02
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アルタイルです。11月3日に岩湧山に登りました。家を出たのが7時頃だったのでそんな時間に弁当を作る時間はないと考えて、コンビニで買おうとしたのですがお母さんが作ってくれることになりました。母には本当に感謝しています。登山の際、アウトドアクラブの人が引率してくれました。アウトドアクラブの人は準備運動を長くしていたのですが、私は準備運動を早々に終わらせてしまいました。私が後に筋肉痛になったのはこれも一因だと思われます。私はアウトドアクラブの中でも特に早く進むグループについていきました。最初の方は余裕があったんですが、登るにつれてだんだん疲れてきました。岩湧山の頂上に行くと、身の丈ほどもある大きな大きなススキが山を覆うようにたくさん生えていました。今まで見たことが無い非常に珍しく、そして美しい光景でした。他にも、とても大きなキノコが群衆で生えていました。下山の道は、登山の道よりきつかったように感じます。急こう配の下り坂が永遠に続くかのようでした。この坂道で疲れからか転んでしまいました。大したことはなく良かったです。しかし、黒岳登山よりかは楽だったように感じました。登山は上る前は気分が憂鬱ですが、登頂し、下山した後は達成感があり、いつも「有意義な体験だったな。」と思うのです。これからもまた機会があれば行きたいと思います。 アルタイル
2019.11.17
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アルタイルです。5日目には小樽運河に行きました。その日の昼食は海鮮丼を食べました。2000円という高い値段がしただけあって、海鮮丼はおいしかったです。小樽運河の土産屋を回り、多くのおみやげを見ることができました。私は形のあるものをおみやげに買おうと考えていましたが、ここでは食べ物しか買いませんでした。私は倉庫街を回ったことが特に印象に残っています。小樽運河には船での観光ツアーがあり、私も船に乗りたいなと思いました。その後、札幌のクラーク博士像を見に行きました。私はクラーク博士のことを札幌農学校の教授だということだけしか知りませんでした。クラーク博士像のある場所から札幌ドームが見えました。6日目に午前中のフライトで関西国際空港に戻りました。新千歳空港でお土産を買ったのですが、その際阿寒湖に一度も行ってないのにマリモを買ってしまいました。(笑)北海道合宿は私にとって非常に有意義で楽しい体験となりました。また今度機会があれば北海道に行きたいと思います。また、日本の他のいろんな場所にも是非行ってみたいと思います。しらない日本の風景をたくさん見てみたいです。最後までお読みくださりありがとうございます。 アルタイル
2019.10.26
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アルタイルです。4日目には黒岳に登りました。黒岳は大雪山の山の1つで標高は1984mあり、国立公園にも指定されています。私は大雪山のことを一つの大きな山だと思っていましたが、実際にはいくつもの山が連なって「大雪山」と呼ばれていました。黒岳ではKさんとMさんが引率をしてくれました。1合目から5合目まではロープウェイで登ることができ、5合目から7合目まではリフトがあったので、我々が実際に登山したのは7合目から9合目までです。登山当日は北海道にしては暑かったのもあり、山を登るのがとても大変なように感じました。おそらく日頃の運動不足もあって余計にきつく感じたのだと思います。黒岳を登っている時に見えた景色はとてもきれいでした。紆余曲折ありましたが、私は無事に頂上に登ることができました。登山中は暑かったのですが、頂上だけやたら寒く、上着を持ってくるように言われた理由がよくわかりました。下山の方は登山と比べて非常に楽に感じました。下山した後はタウシュベツに行きましたが、遠くから橋を見ることしかできませんでした。いつか橋の近くまで行きたいです。北海道では都会ではできない経験を数多く積むことができました。 アルタイル
2019.10.06
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アルタイルです。3日目は四季彩の丘に行きました。四季彩の丘は非常に広大な花畑が広がっておりとても美しい光景でした。四季彩の丘ではバギーに乗りました。私は後部座席に座っていただけなので、いつか運転をしてみたいと思います。また、アルパカと触れ合うという体験をすることができました。私がアルパカに触ろうとするとアルパカが逃げていくということが何度もありました。恐らくうっとうしかったのだろうと思います。四季彩の丘に行った後は空知川でラフティングをしました。私はラフティングに対して全然期待していなかったのですが、私の考えとは違いとても楽しいものになりました。ウェットスーツを着れば服が濡れないという説明を受けたのですが、私のウェットスーツの着方がよほど悪かったのか私だけずぶぬれになってしまいました。ラフティングでは職員の指示に従ってボートを漕いでいました。私はずっとボートをこぎ続けると想像していたのですが、川の流れに従うためそれほど漕がないで済みました。ラフティングの途中、川に入る場面がありました。私は最初は嫌がっていたのですが、結局入ることにしました。水は冷たかったのですが、それでも気持ちよかったと思います。そして、急流を下ることは非常にスリルがありました。ラフティングが終わってしまったときは寂しい気持ちになりました。ラフティングは私にとってとてもいい経験になりました。今度機会があるならばまたやってみたいと思います。北海道合宿は本当に楽しく、また、貴重な経験になったと思っています。 アルタイル
2019.09.27
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アルタイルです。SLASのメンバーで9月5日から9月10日までの6日間北海道合宿に行きました。私はこの合宿を以前から非常に楽しみにしていたのですが、予想以上に充実したものになりました。北海道には飛行機で行きました。私は何年か飛行機に乗っていないので新鮮な気持ちでした。新千歳空港では間違えて荷物を受け取らずに外に出てしまいあたふたして非常に恥ずかしい思いをしました。今度飛行機に乗る際はこのようなことがないようにしたいです。その日の夕食はジンギスカン専門店食事でした。これを言ってしまっては悪いのでしょうが、思いのほか量が少ないと思いました。高級ジンギスカン店なのでとてもおいしかったのですが、同時に物足りなさも感じました。その次の日の朝は旭山動物園に行きました。旭山動物園は動物の行動や生活を見せる「行動展示」を行うことで人気を博しています。私も旭山動物園の動物たちの生き生きとした姿に心惹かれました。その日は北海道にしては暑かったようで、寝ている動物が多かったように思います。ライオンが寝ている姿は百獣の王にふさわしくない無防備さでしたし、オオカミが寝ている姿は犬のようにも見えました。私の中の動物のイメージとは大きく異なっており、ギャップを感じました。ペンギンの食事シーンも初めて見ることができました。ペンギンが魚を丸呑みしている姿は非常に新鮮でした。また、私はチンパンジーの生態を見て、老人ホームで暮らしている高齢者のような印象を受けました。(笑)寝ている動物が多い一方で、動き回っている動物もまた多かったです。特にトラは休むことなくずっと動き回っており、疲れを知らないようでした。私が特に興味を抱いたのは、北海道に住む動物たちです。キタキツネやヒグマ、エゾシカなどが生き生きと暮らしており、北海道の自然の豊かさに触れたような気がしました。東京や大阪などの都会では北海道に住む動物たちが生きていくことはおそらくできないでしょう。人間は動物が住む場所を奪うことで繁栄を極めているのだと感じ、悲しい気持ちになりました。旭山動物園に行ったことは非常にいい思い出になりました。今度機会があったらまた行きたいと思います。また、ほかの日本の動物園にも行き、長所と短所を比較することもやってみたいと思います。 アルタイル
2019.09.15
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どうもデネブです(^^)/今回は私事なのですが、SLASを卒業することになりました。2017年の10月27日から1年と10ヶ月ほどお世話になりました。最初のころは、何をするにも経験が少なく怖くて出来ないことばかりでした。電車に乗ること、人がたくさんいる所や知らない場所に行くのが怖くて困難で1人でコンビニに行くことすら緊張するような状態でした。なのでSLASの授業とは別の外でする活動(ボランティア・山登り)などを怖がって断る理由を探して、断ってました。でも行かないと、踏み出さないと何にもなりません。。山登りなら街中ではなく近くまで車で行くことができると思って踏み出せました。そこから少しずつですが成長して最後は、お盆休みの人の多い梅田に電車で行けるまでになりました(; ・`д・´)まだまだ、余裕とまではいかないですが(´ω`*)それもこれも、SLASのおかげです本当に感謝しています。みんなと会えなくなるのはとても寂しいです。9/5にある北海道旅行が最後の予定です。それを思いっきり楽しみ、初めての経験をして学び、最後に最高の思い出を作りたいです(^^)/今まで、ありがとうございました<(_ _)>↑山登りの時に撮った滝 前日に雨が降ったから水の量がすごかった デネブ
2019.09.01
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どうもデネブです(^^)/お久しぶりです 今回は僕が担当します。 8/11にSLASのみんなでTOHOシネマズ梅田へ「ワイルド・スピード/スーパーコンボ」を見に行ってきました。自分は電車に乗ること。人混み。都会。が苦手なので行くのがユウウツでした。お盆の連休にも入ってるし人の数もすごいだろう・・・と思っていました。でも、思ってたよりは多くなかったので一安心。チケットはネットで予約してたのですぐ発券できました。便利!映画が始まり、僕は車好きなのでストリートレースやカーチェイスを楽しみにしてましたが、カーアクションは少なくそれを期待しているとちょっとがっかりするかもしれません。だけどストーリーや格闘のアクション、主人公二人のやり取り全部含めて面白かったです!ワイルドスピードシリーズを全部は見れてなかったけど楽しめました!頑張って行ってよかった(^O^)見ようか迷ってる方は見て損はないと思います! デネブ
2019.08.18
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アルタイルです。9月5日から9月10日までの5泊6日の間北海道に行くことになりました。私は北海道に行くのは中学の修学旅行以来のことです。今回はSLASのメンバーで行くことになっています。現在、北海道で何をするのか計画を練っていますが、計画を練るというのは難しいものです。私は知床湿原や阿寒湖に行きたいと考えていたのですが、どちらも行けなくなってしまいました。北海道では旭山動物園や大雪山に行くことになっており、非常に楽しみにしています。また、ラフティングをやることにもなっています。ラフティングは初めての経験なので、特に楽しみにしています。SLASのメンバーで観光に行ったことは何度かありますが、旅行に行くのは初めてです。この旅行を通して親睦を深められるよう努力します。また、この旅行では自分たちで食事を作るようになっています。私はオムライスを作ることになっています。実は私はオムライスを作ったことは一度もありません。オムライスのレシピを調べ、実際に作れるようにしたいと思います。この旅行に向けて、やることはたくさんあります。計画のほかに準備もしなければなりません。夏休みの間にしっかりと準備をして、北海道で何があってもいいように備えたいです。 アルタイル
2019.08.04
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アルタイルです。7payが不正利用され、IDとパスワードが流出していることが先日発覚しました。この事件によって電子マネーを信頼できなくなったという人も多いと思われます。私はこの事件をきっかけにお金について考え直してみました。お金は人類の最も偉大な発明の一つだと言えるでしょう。お金がなければ人類は未だに物々交換をしていたことでしょう。極端な例ですが米やマグロなどを運んで行って交換するのは非常に不便なはずです。古代から近世にかけては金貨、銀貨、銅貨等を使用していましたが、現代では紙幣を使用しています。金貨や銀貨はそれ単体でも価値がありますが、紙幣は国の信用がなければただの紙切れです。現在ベネズエラでは年率1000万%と言われるハイパーインフレが起き、略奪が日常的に起きています。それは政府が信用を失ったがために起こる事態です。我々も紙幣が紙クズ同然となった際には略奪に走る、あるいは略奪を受ける人が数多くいるでしょう。一万円札の原価は二十六円であると言われています。その二十六円の紙切れに一万円の価値があるのは日本国がまだ信用されているからです。日本国が信頼を失い、ハイパーインフレが起こる可能性はゼロではありません。現代の世界では格差の拡大が大きな問題となっています。同時に持てる者と持たざる者の分断が激しくなっています。現在金持ちほど税金を多くとられるシステムになっているのは格差を小さくするためです。それにも関わらず格差の拡大は続いています。数百年前、民衆は自分たちから搾取して贅沢な生活を送る上流階級を倒すために革命を起こしました。現在、世界はその時の状況に近付きつつあります。革命は多くの犠牲が出ることでしょう。我々はその前になんとかして格差を縮小しなければなりません。 アルタイル
2019.07.05
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アルタイルです。 2019年現在、全世界で異常気象が起こっています。 日本でも季節というものが崩壊しているように感じます。 具体的に言うと日本の夏は過去と比較して間違いなく暑くなっています。 これは人間による環境破壊が原因であると言われています。 人類には環境破壊をやめることが求められています。 しかし、今更環境破壊をやめることはできないでしょう。 これからは発展途上国が成長し、先進国はいずれ衰退に向かうでしょう。 そしてそれで生まれた新たな先進国もいずれは衰退し、また新たな発展途上国が成長するでしょう。 その中で環境破壊は避けられるのでしょうか? それは限りなく不可能に近いことです。 では環境破壊を防ぐにはどうすればよいのでしょうか? 人間は生きている限り周囲の環境を壊してしまいます。 そもそも人間が暮らす村や都市ですら環境を破壊して作られています。 人間にはどうしようもないのでしょうか? しかし失われた環境を取り戻すべく努力しているのも人間です。 絶滅危惧種の保護や砂漠への植林など、人間も世界の環境を立て直そうと努力しています。 そのようなスケールの大きいことではなく、我々にも何かできることはあるはずです。 エコバッグを持つことや使わない場所の電気を消すこともその一環です。 人間の努力や科学の発展により、異常気象が解消されることを祈ります。 アルタイル
2019.06.21
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アルタイルです。いよいよ梅雨が始まってしまいました。梅雨があるのは北海道と小笠原諸島を除く日本、朝鮮半島南部、中国の南部から長江流域にかけての沿海部、及び台湾など東アジアの広範囲に見られる特有の気象現象だと言います。梅雨は私の最も嫌いな季節の一つです。梅雨はいつも雨が降り、陰鬱な空模様が続きます。また、梅雨には傘を用意しなければならないというのも私が梅雨を嫌いな理由の一つです。私は何度も傘を紛失してしまっており、買い直すこともしばしばあります。傘をなくさないように心掛けていますが、どうしてもなくしてしまうのです。また、梅雨にはカビや食中毒がつきものだそうです。私はカビとはあまり縁のない生活を送っていますし、食中毒にもかかったことはありません。食中毒で亡くなった方々は気の毒に思います。私も食中毒で死なないよう健康に気を配ろうと思います。早く梅雨明けをしてほしいのですが、梅雨が終わると今度は猛暑を迎えます。私は猛暑も嫌いなので、それを考えると憂鬱です。地球の気温が下がることを願ってやみません。 アルタイル
2019.06.14
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アルタイルです。先週、就活が始まりました。ですが、自分は未だに何も成し遂げていません。大学の説明会に出て、就職に関する説明も受けました。1回生、2回生の頃には一度も行ったことがなかったキャリアセンターにも通っています。しかし自分が何をしたいのかよくわかっていません。インターン先を未だに決めていないのもそれが原因です。私は飲食店でアルバイトをした経験があるのですがそれも1年で辞めてしまっています。それは仕事をまるで覚えられなかったからです。また、私は忙しくなるとすぐにパニックを起こしてしまうのです。親からも発達障害かもしれないので病院に行くように言われていますが未だに行っていません。自分でも思い当たる節はあるので病院には行こうと思います。SLASではやりたい仕事が分からないのならできる仕事を探すようにと言われたため、そのようにしようと思います。今後のことを考えると非常に憂鬱ですが、就職できるよう努力します。 アルタイル
2019.06.07
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お久しぶりですね。アルタイルです。10日間のゴールデンウィークが終わってしまいました。今年のゴールデンウィークは例年にない様々な経験をしました。まず、岐阜の祖母の家に行きました。祖母は腰を痛めており、日常生活すら困難な状態に陥っていました。ゆえに岐阜の観光地には行くことができませんでした。このことは非常に残念に思います。祖母は接骨院に連れて行ってもらってだいぶ腰の具合がよくなったようなので行く機会があればまた岐阜に行きたいと思います。岐阜では畑を耕す、ご飯を作るなどのことをしました。祖母は腰の痛さから畑を耕すことはできなかったようなので私が来てくれてだいぶ助かった様子でした。それでも祖母はまだ元気そうでよかったです。次に、家族で福井に行きました。福井の三方五湖という湖は5つの湖の色合いがそれぞれ違う絶景だと言われていたので非常に楽しみにしていたのですが、まるで色の違いが判らず、すべてくすんだような色に見えました。これには大変な失望を覚えました。その日は曇っていたのでそうなってしまったのかもしれません。機会があれば晴れた日に行ってみます。福井には思いのほか観光スポットが少なかったのですが、最も楽しかった思い出は漁船に乗ったことです。漁船の出航は5時頃だったので、私は4時15分ごろに起きなければなりませんでした。漁船に乗った日は激しい雨が降っていました。しかし漁師の人たちは傘もささずに仕事をしていました。天候に関わらず仕事をしなければならない漁師というのはとても大変な職業だと思います。我々は船の上でとれたての魚から作った刺身をごちそうになりました。取れたてだけあってとてもおいしい刺身でした。雨なので乗客は少なかったのですが、みな夢中になって刺身を食べていました。その他には釣りをしていました。「ヒイラギ」という魚が多く釣れました。この魚は身が少なく、「釣りの外道」と呼ばれるようですが、釣れただけよかったです。10連休は有意義に過ごすことができました。
2019.05.10
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アルタイルです。4月4日、SLASのメンバーで吉野に行きました。吉野には花見を目的として行ったのですが、おそらく時期が早かったために桜はあまり咲いていませんでした。吉野には数多くの名所があるのですが、その中で我々は金峰山寺に行きました。金峰山寺の仁王門が修理中だったことは実に残念でした。蔵王堂は現在開帳中だったので、中に入ることができました。青い仁王が3体置かれており、それはとても迫力のあるものでした。金峰山時は修験道の寺だということを今回初めて知ることができました。機会があれば修験道についても調べようと思います。その後、一人だけ迷子になってしまいとても寂しい思いをしました。無事合流することができたのは幸いでした。全体としては非常に充実したものになったと思います。また機会があれば行きたいです。
2019.04.25
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どうもデネブです4月4日にお花見に行ってきました!吉野の桜は綺麗なので、楽しみにしてました(^∇^)・・・が少しタイミングが早かったみたいで、桜は数えられるほどしか咲いてませんでした。吉野駅から歩いて金峯山寺まで登って行くのですが、ナメてたら痛い目を見るほどハードでした。登るのが不安な方はロープウェイもあるので、そちらを検討された方がいいかもしれません。一番綺麗だった桜↓お花見以外にも、金峯山寺なども回り最後にソフトクリーム(サクラとヨモギのミックス)を食べて帰りました。個人的にヨモギの方が美味しかった(^-^)桜は少なく残念でしたが、久々に山の空気を吸いながら歩けて、すごく気持ちよかったです(´∀`*) デネブ
2019.04.19
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どうもアルタイルです。最近アルバイトを始めました。春休みが始まって以降は自宅でだらだらと過ごしていることが多かったので、何かやることはないのかと考えたというのがバイトを始めた理由です。面接の時は非常に緊張してしまっていたので、面接で何を言ったかすら覚えていません。面接を受けた後は応募者が多いと知らされていたこともあって、合格するとは思っていなかったのですが、無事合格することができました。私の仕事は教科書を中学・高校に配達する仕事でした。段ボールを運搬する仕事であり、最近全然運動していなかったこともあってか、とてもきついものでした。ぎっくり腰にならないように気を付けたいと思います。しかし、私はバイトを始めて良かったと思っています。時間も有意義に使えていると思いますし、人間関係も今のところはうまくいっています。バイトは4月の最初まで続くのですが、それまでに仕事にも慣れるでしょう。そしてこのバイトで様々な経験を得て、これからの人生に活かしたいと思います。 アルタイル
2019.03.01
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どうもデネブです(^^)/去年12月のはじめごろ、家族と岡山のおじいちゃんとで宮島へ行ってきました!岡山→広島なので隣の県だしすぐ着くと思っていたのですが、2時間かかると知り疲れがでました笑宮島口駅からフェリーに乗り、宮島へ渡りました。右側に乗ると鳥居が見られます往復360円フェリー降りてすぐの宮島桟橋前広場に出たあたりですこし耳が痛くなりました。その理由は後から気づいたのですが、モスキート音鹿よけのモスキート音だろうと勝手に解決しました( ̄^ ̄)厳島神社までちょっと歩きました。約750m到着したのですが、厳島神社に入るのに入場料大人1人300円と知りおじいちゃんが入らんと言い出し焦ったのですが、せっかく来たからと説得し、入ることになりました。入って見ると水の上の回廊を歩くので不思議な感覚で感動しました。能舞台と鳥居正直、期待してなかったのですが行ってよかったと思えました(^ν^)宮島へ行くか悩んでいる方は是非行ってみてください! デネブ
2019.02.22
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みなさんお久しぶりですね。アルタイルです。大学が春休みになりました。私はこの春休みの間ずっと暇を持て余しています。最近はこの現状に危機感を覚えバイトに応募しました。バイトは工場での短期で、去年の春休みに行ったものとは違う場所です。1週間以上他人と全く関わっていないのもあって、とても緊張してしまいました。来週には合否が出るそうですが、はっきり言って自信がありません。今日の面接で合格していることを祈ります。私はこの無駄に過ごした時間を通して時間は有限であると考えるようになりました。これまで試験勉強などで忙しかったこともあって、考える余裕が生まれたからです。充実した時間を過ごしても虚無のような時間を過ごしても同じように時は流れていく。それならばより充実した時間を過ごそうと考えるようになりました。お金は持っているので、これまで行ったことがない場所、例えば東京などに行ってみたいです。私が何をしていようが世界は常に変化していきます。私はその変化に食らいつくのに精一杯です。 アルタイル
2019.02.15
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お久しぶりですね。アルタイルです。1月8日に、春日大社へSLASの初詣に行きました。私は案内役を引き受けていたのに予定をほとんど考えていなかったので、不安で仕方ありませんでした。10時に近鉄奈良駅の行基像の前に集合し、そこから歩いて春日大社に向かいました。私は10時集合は早すぎると今でも思っています。それはそうと、春日大社に向かう道には数多くの鹿が居ました。奈良時代では鹿は神の使いだと信じられていたそうです。その神の使いとされれていた鹿と戯れながら春日大社に向かいました。私は鹿の写真を何度も撮ったのですが全くうまく撮れませんでした。春日大社は私がイメージしていたものよりかなり小さな神社でした。破魔矢を買いたかったのですが1300円もしたのでやめました。春日大社の他には東大寺二月堂や東大寺大仏殿に参拝しました。大仏殿は去年9月にも参拝したことがあるのですが、二月堂に参拝するのは高校3年生の時以来でした。二月堂には魅力的な建築が多くあるのですが、私は階段を一番気に入っています。東大寺の大仏は9月に来たときと変わらない雄大なものでした。またいつか東大寺に行く機会があると私は直感しています。そして東大寺で解散になりました。今年のSLASの初詣は去年と違って充実したものになりました。来年も充実した初詣に行きたいです。アルタイル
2019.01.25
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どうもデネブです(^^)/ 1月8日に春日大社へブログを書いている3人を含む5人で初詣に行ってきました。平日ということもあり空いていて、訪れていた人のほとんどが海外の人でした。 今回はその時に撮った写真の中で自分が思うベストショットを使ったブログを3人それぞれ書こうということになりました。 初詣を終えた後に、せっかくなので東大寺を回ることにしました。といっても昨年9月に行ったばかりなのでその時、行けなかった所をまわりました(^^) そしていろいろ撮った中で一番のベストショットはこちら(^O^) 東大寺 二月堂 登廊(とろう)この瞬間偶然人がいなく、陽がいい具合にさしていたので、陽と影のコントラストが最高です! 階段が永遠に続いているように見える(*_*; ということでデネブのベストショットは二月堂の登廊でした 今年もよろしくお願いします<(_ _)> デネブ
2019.01.18
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12月8日:ぼくの通う訓練校のみんなと、ボウリングへ行きました。 ボウリングでストライクを2回もとれたので最高の気分でした。12月9日:高校の時の友達と、忘年会をしました。 ハンバーグやグラタン、ポテトサラダ、それにデザートでアイスクリームを みんなで食べて、それからイルミネーションの前で、みんなで記念撮影しました。今回で今年集まるのは最後だったので、思いっきり楽しめました。12月14日:メルカリで本の4冊セットをアプリから買ったので、本の届く日が楽しみです。12月8日に行ったボウリング場↓ F1&インディカーファン
2018.12.14
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アルタイルです。先週の土曜日は暇だったので家で庭の手入れの手伝いをしました。その日は冬にしては暖かい日でした。私は芝刈りと畑を耕すのを行いました。芝生は長らく放置していたために伸び放題で、これを刈り取るのはとても大変でした。もっと早くにやっておけばよかったのですが、最近はアルバイトが忙しかったので仕方がない部分もありました。畑を耕すのは夏休みにおばあちゃんの家に行って以来のことでした。あの時は真夏で今回は冬だったこともあってか、あの時ほどきつくはありませんでした。耕す量が少なかったのも楽だった理由だと思います。その後は大和郡山のおばあちゃんの家に行ってコーヒーとビスケットをごちそうになりました。おばあちゃんが大量にシップを貼っていたので私は心配になりました。おばあちゃんはお父さんに使用済みのシップを渡してそれをお父さんは首の後ろに貼っていましたが、私はそれが効果のあるものとは思えませんでした。何気ない一日でしたが、充実した休日だったと思います。 アルタイル
2018.12.07
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どうもデネブです(^ ^)/この前、自分と母と岡山にいるおじいちゃんを連れて「備中松山城」へ行って来ました!松山城は真田丸のオープニング映像に使われたらしいです。前にも行ったことがあるので、車で行くのは難なくいけました。着いたら駐車場に止めて、往復400円のシャトルバスに乗り遊歩道の入口まで移動します。そこから本丸まで700mの山道を歩いて登ります。おじいちゃんは結構高齢なので登りきれないと思っていましたが、途中休憩を挟みながら持ち前の頑固さで登り城と景色を見ることができました)^o^(帰りは、危ないので舗装路を降りることにしました。舗装路まで少し山道を降りるので、支えながら降りて行きました。舗装路に着いたら行きの辛さはなんだったのかと思うほど楽(笑)ケガも無く帰ることができたしおじいちゃんも喜んでくれたので本当に良かったです。条件などが揃えば雲海に浮かぶ城(天空の城)が見られるらしい。みなさんも興味があれば是非行ってみてください! デネブ
2018.11.20
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2018年11月5日、ぼくはSLASのみんなと万博記念公園にいきました。公園では最初に「太陽の塔」の内部を見に行きました。まず最初に、太陽の塔の4つ目の顔、「地底の太陽」を見ました。地底の太陽は光の投影により、様々な表情を見せます。ぼくはこれを見て、地底の太陽の表情ってきれいだなと思いました。次に「生命の樹」を見ました。生命の樹は、樹の幹や枝に大小さまざまな、292体の生物模型群のオブジェが取り付けられていて、世界最初の生命から、アメーバなどの原生生物、爬虫類、恐竜、そして人類に至るまでの生命の進化の過程を表しています。そのあと、EXPO'70 パビリオンで1970年大阪万国博覧会での出来事を見て、アスレチックで休憩してからお土産を買って帰りました。ぼくが買ったお土産は、太陽の塔のミニフィギュアと太陽の塔が書かれたハガキでした。太陽の塔の中を初めて見られてうれしかったです。
2018.11.09
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2018年10月14日、ぼくは高校の時の友達とUSJにいきました。USJに入る前にユニバーサルシティで、お昼ご飯を食べました。ぼくはデミグラスソースのチーズハンバーグをたべました。チーズがトロリとしていておいしかったです。それからはいる前に、ぼく以外のみんなはハロウィンの仮装をしました。そして、USJで自由行動をしました。ぼくはミニオン・パークの新しいアトラクション、ミニオン・ハチャメチャアイスに乗りに行きました。氷の上をミニオンの製氷車に乗って、ぐるぐる回るのがおもしろかったです。あと、ハロウィンのパレードと、ミニオンのハロウィン・ショーの見に行きました。ミニオンのモンスターの仮装がかわいかったです。それからに帰る前に、みんなでアイスクリームでお茶しました。ぼくはチョコチップ入りのミントアイスを食べました。ハロウィンムードのUSJ、楽しかったです。
2018.10.26
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どうもデネブです(^^)/9月7日にアルタイルの案内で、奈良に行きました(o^^o)近鉄奈良駅集合ということで、便利な駐車場ネット予約を利用し2kmほど・・・離れたとこに車を止め歩いて向かいました。集合場所につき、電車の人身事故で遅れたアルタイルと合流後、興福寺へ行きました。チケットを買い建物の中で大仏を見て出た瞬間すごい通り雨に遭いました(o_o)出てすぐなのですぐ雨宿りができましたが、チケットを買ってなかったら入れなかったようなので、タイミングが悪ければずぶ濡れになってました(*_*)雨が通り過ぎたあと、五重塔やミュージアムを見ました。その後、東大寺へ道中に食事をとり、「鹿かわいい」と横目に見ながら向かいました。少しずつ東大寺に近づいて来た時大音量で、ジュピターが流れてきました。でかいBGMだなぁーと思っていたのですが。まさかのオーケストラの生演奏で驚きました!翌日にMBSがやる「東大寺音舞台」のリハーサルだったようでクリスタル・ケイの「恋におちたら」の演奏を聴きけたり!東大寺にの中から舞台を見れたりなかなかのレア体験が出来ました。リハーサルしている城田優の語りと歌も聞けました!アルタイルの大仏の説明、案内のおかげで楽しい観光になりました。ありがとう! デネブ
2018.10.16
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ご無沙汰していました、アルタイルです。9月7日には私がSLASのメンバーを奈良に案内しました。私は人を案内した経験が少なかったこともあって正確に目的地に案内することができるだろうか、みんなを楽しませることができるだろうかと不安を抱いていました。当日は人身事故の影響で電車が遅れるというハプニングがありましたが、無事に集合することができました。私は東大寺と興福寺を案内することにしました。奈良の観光地の中でもとくに有名だからです。先に興福寺に行き、三重塔以外の施設を一通り回りました。私は以前も興福寺に来たことがあるのですが、東金堂の中に入ったことはありませんでした。東金堂に参拝したときに激しい雨が降ってきて、東金堂で雨宿りをすることになりました。三重塔はいくら探しても見つからず、直前に五重塔を見たこともあり、行きませんでした。東大寺ではライブのリハーサルがやっており、以前来た時とは違う雰囲気でした。入場経路も以前来た時と違っており、新鮮味を覚えました。大仏も久しぶりに見ましたが、やはり人間が作ったものとは思えないほどの壮大さでした。春日大社にも行こうと思っていたのですが、疲れていたのでやめて高速で餅つきをする餅屋に行きました。しかし高速餅つきを見ることはできませんでした。奈良観光は私自身非常に楽しめましたし、SLASメンバーにも喜んでもらえたようでした。また機会があればSLASメンバーで観光に行きたいと思います。 アルタイル
2018.10.12
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はじめまして。ぼくは、1週間前からソーシャルラーニングアフタースクールに入っています。今日はぼくの通う大学で、企画発表がありました。ペアで企画書作成だったので、ぼくはクラスメートとペアを組んでいました。そのクラスメートとにぎり寿司とエビてんぷらの作り方の資料を2か月ほど前から作っていました。それを当日、発表しました。はきはきした声で発表できました。ほかのみんなはUSJのことや、沖縄の心霊現象などを発表していました。よろしくお願いします。ニックネームはF1&Indycarfanです。
2018.10.05
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一昨日、三重県にある千鳥ヶ浜に一泊二日、一家総出で行きました。一日目は台風の影響からか、非常に激しい波でした。小学生の従妹のことを考えて途中からホテルのプールに移動することになりました。ホテルの部屋では特にやることがなく従妹と両親を相手にずっとトランプとウノをしていました。二日目は波が穏やかで、快適に泳ぐことができました。私と父は母に言われて気づかなければホテルのバスタオルを間違えて持ち帰るところでした。帰りに担々麺を食べる予定でしたが担々麺の店は閉まっていました。結局イオンで食べて帰りました。受験勉強のため海に行けなかった弟には赤福を買って帰りました。おそらく私は来年は就活のため海に行けないでしょうが、またいつか海に行きたいと思います。 アルタイル
2018.08.10
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こんにちは、デネブです。少し前に取れた写真。すごく綺麗に取れたので見てください^_^これは岡山県総社市にある「国分寺」おばあちゃんのお見舞いに行く道中、車の窓からiPhoneで連写をして撮影しました(^^)/おばあちゃんは、真備記念病院に入院していました。7月6日に災害が起こる前に、おばあちゃんは息を引き取りました。7月7日に、お見舞いに行く予定だったのですが。正直その日に行っていたら、今ここに居なかったかも知れない。最後の最後に、家族を守ってくれて、ありがとう。僕たちは、奇跡が重なり、無事でした。でも災害を舐めてはいけないです。どうか身を守るすべを身につけてください。被災地のいち早い復興を願っています。 デネブ
2018.07.20
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どうも わたしはよくメルカリでものを購入しています。 最近、購入したものはポルカドットスティングレイのTシャツを買いました ライブには行ってはないですがあとはよく自転車でさんぽをしています 最近はよく京橋など行っていますあとは男の娘になる為に女子力を高めています具体的には化粧などですね終わりTchaikovsky
2018.07.13
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