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2008.07.18
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カテゴリ: 読んだ本
1974年~1982年 週刊朝日に連載
1987年9月 新潮文庫より(平成17年1月 44刷改版)

和議休戦の翌日から、徳川家康はすべての参陣者を動員して外濠のみならず内濠までも
埋め立てさせ、真田丸もまた破却されてしまう。幸村を取り込もうとする家康の計略により、
信之と幸村は京都で会見するが、幸村の家康の首を取るという信念はゆるがない。
元和元年5月7日、裸城となった大坂城を打って出た幸村は、若き日の予感どおりに
向井佐平次とともに戦場に倒れる。

(裏表紙の内容紹介より)


1615年(元和元年)5月5日。
とうとう夏の陣。
ああ、来てしまった・・・・。

開戦前、束の間の和平の時に、幸村を恐れた家康は、幸村が寝返って徳川方につくよう
真田信之に説得させようとします。
信之は説得なんかムダだとわかっているし、幸村は会見を承知しないだろうと思っていますが、

なぜだろう、と信之はしばらく考えて、すぐに悟る。
「ああ、会いたかっただけだ」

これのおかげで、兄弟水入らずの最後の別れが実現します。
信之は「徳川方につけ」といった話はいっさいしない。

会見の後、説得が成功しなかった報告を受けた家康は、特に信之を咎め立てはしません。
幸村が怖いから、説得して欲しいと思っていたけど、心のどこかで無理だろうというのは
わかってたんじゃないかな。

そして、夏の陣。

濠を埋められた大坂城では、もう立てこもれません。
外に出て戦うしかない。
家康の得意な野戦となりました。


全軍を勢揃いさせて正面から迎え撃ち、ただ一度の決戦にすべてを投入し、勝敗を賭けるべし。
兵士達の志気を高めるために、秀頼にも出馬してもらいたい。
それらの意見は大野治長や淀君によって通らず。

もし自分が大坂方の総大将であったなら勝てたかもしれない、との無念を抱きつつも、
自分の最期にふさわしい決戦場を求めて、幸村出陣。


毛利軍と大野軍は将軍・秀忠の本陣近くまで迫り、秀忠をうろたえさせるほどの奮戦ぶりを
見せました。

そして、真田軍。
兵力は3500。
冬に続いて、もちろん赤備え。

幸村の出で立ちは緋威しの鎧に赤の陣羽織、兜は父・昌幸の形見で抱き角を打ったもので
手にした武器は片鎌槍。
『月影』と呼ぶ河原毛の愛馬に乗っています。

幸村の周囲を囲むのは、九度山以来の家来と真田本家の旧臣に草の者を加えた500人。
幸村の側を離れず、共に死のうと決意している戦士達です。

茶臼山の南の裾あたりに陣取っていたこの真田本隊が、今ぞと見た幸村の合図で突撃を敢行。

真田幸村は槍をつかみ直し、馬腹を蹴った。
 土けむりをあげ、幸村を囲む五百が斜面を駆け下って行った。
 陣太鼓も法螺貝も鳴らさぬ出撃である。


斜面を駆け降りる赤い流れが見えるようで、鳥肌が立ちました。

この真田本隊が、大御所・徳川家康の本陣に襲いかかります。
この時、本陣を守る家康の旗本500。
なんだけど、あまりの恐怖に9割くらいが逃げちゃったんですね。
うわー、カッコわるー。(^^;

それでも残った旗本の中に、滝川三九郎一積(かずあつ)がいました。
この武士は滝川一益の孫で、真田昌幸の側室であったお徳の子・於菊を妻とした人です。
つまり、幸村の義弟。
幸村と滝川三九郎は槍を合わせますが、幸村は三九郎を槍で殴りつけて転ばせた後、
にこりと笑いかけて、馬を駆って家康目指して去っていく。
身内は決して討たない幸村です。

そんなこんなで、家康は本陣から退却。
途中2度までも、「もはやこれまで!」と家康が切腹しようとしたくらいに、真田軍の猛攻は
凄まじかったんですが、今一歩及ばず。

幸村は安居天神社という所に1人たどり着き、そこで命尽きます。
最期の瞬間に、敵兵の1人が幸村を見付けて近寄ってくるんですが、それに気付いた幸村は
自分の首を指しながら「手柄にせよ」と笑いかけて死んでいく。

なんと美しく生きた武士(もののふ)だろう。
泣いたともさ! (T_T)
電車の中じゃなくて良かったよ。


そして、また家康も戦国時代を生き延びた武士なんだなあ、と思う。

幸村の首級をあげた西尾仁左衛門という武士が、その首をを持って家康の所へ行ったわけです。
そこで仁左衛門が、その時の様子を
「一、二合ほど、槍を合わせましてござりまするが・・・・」
と言いかけると、家康は
「だまれ!左衛門佐幸村ともあろうものが、そのほうごときを相手に槍を合わせるとおもうか!」
と激しく叱りつけ、恩賞も与えずに下がらせた、とあるんです。
やっぱり同じ時代を生きた者としての、最大の理解者だ、と思います。

また、幸村の妻子についても、一度は捕らえていますが、幸村の義弟である滝川三九郎一積に
預けてくれました。
後に滝川三九郎は幸村の娘達を養女とし、長女・梅を伊達家重臣・片倉小十郎へ嫁がせ、
妹・あぐりは松山城主・松平忠知の家臣・蒲生郷喜へ嫁がせました。

そして、大坂の陣が全部片付いて江戸城へ戻った家康は、江戸に留め置かれた真田信之に
対面します。
そこで家康は

「豆州。左衛門佐には、手ひどい目に会うたわ」
 「おそれ入りたてまつる」
 「いや、凄まじきものよ」


という会話を交わすんですが、去りかけてふと立ち止まり、信之に尋ねるのです。

「豆州は沼田にいるがよいか、それとも上田へ戻りたいか?」

上田城は真田昌幸が情熱を込めて作り上げた城。
今は徳川の管理下にあるその城へ、戻りたいか?と尋ねる。

当然戻りたいに決まっています。
でも、そうは言えない。
すると家康は

「上田へまいったほうが、万事に都合が良かろう」

と呟く。
返してくれたんです。
家康はずっと忠節を示してくれた信之に対し、信頼で応えてくれている。
そして幸村には危うい目に会わされたけど、憎しみの感情はないんですよ。

こういうところがあるから、殿のことはキライじゃないんだよね☆
二第将軍・秀忠にはない器量だ。


そして今回、微笑ましくも面白かった1シーン。

家康の家臣で、本多佐渡守正信という人がいます。
夏の陣の折は家康より3歳年上の78歳で、家康に「わが友」と言わしめるほどの仲良し、
関ヶ原前後では家康と共に謀略を練り上げた徳川の文官です。

で、この人が家康と一緒に本陣に来てたんですね。
本来は鎧を着なくちゃいけないところですが、家康に特別に赦されて鎧なし、
馬はムリだから駕籠に乗って。

で、戦端が開かれた後に、落ち着いていられなくなった家康が陣所を前方に移した。
本多正信は
「まず、これへ、おとどまり下され」
と止めるんですが、家康は根っから武将だし、
「かもうな。佐渡はこれにあって、茶でも飲んでおれ!」
睨んで言い放ち、前へ出て行った。
その時の本田正信が、激しい暑さにげんなりしながら
「戦など、もう、どうでもよい。わしは、涼しげな木陰で昼寝でもしたい」
と思っているのが笑えました。

だよねー、もうおじいちゃんだもんねー。(^^;
お疲れさまです。

この人、家康が死んだ2ヶ月くらい後に、亡くなっています。
最後まで仲良しな感じ。
ちょっと可愛い。







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Last updated  2008.07.18 14:12:15
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