わざとビニール傘を選んで、傘越しに大粒の雪を眺める。
雪は「汚い」という人もいるけれどこうやって空からはらはら落ちてくる光景はやっぱり好きだし、美しい。人間が生れ落ちてくるのもこんな感じなのだろう。いろいろな結晶の形、きれいとか、汚いとか、地上の人間たちにあれこれ言われて。それでもそれぞれの生まれ持ったかたちで降りてくる。
人間模様を雪や雨みたいだな、と思うことがしばしばある。
困っている人や悲しんでいる人を見ると声をかけて「雨宿りしていってください」と言ったこともあるけれど、軒先を貸した人が、雨が上がった途端に豹変して、「ありがとう」というどころか、軒先も含めて(長くいたのだから)ここは俺の家だ、と言わんばかりにのさばる。そういう人間関係もあった。
軒先は決して母屋ではないのに、時に「(借りていた軒先の)母屋も自分のものだ」と主張する方もいて、それなりに長い年月人とかかわっているといろんなことがあるな、と感じる。
軒先を貸す、というのは、自分のちょっとした善意であって、決して心の懐の深いところには(まだ)入れないということなのだが、厚かましい人は、そういう垣根を越えてこようとする。
大人になってもうだいぶ経つけれど、そういう所作をする人はやっぱり苦手だったりする。軒先を貸した自分の方が悪いのでは、濡れたままにしておいた方がよかったのでは、と自分を責めることも、ある。
軒先にいる人たちはどのみち自分の帰る家なり、居場所がある。自分は停留所の小屋みたいなものだから執着はしないよ、と思いながら軒先を貸しているつもり。
雪を見上げながら、ふと、そんなこと思った。
<お酒メモ>
1月27日水曜日
ドレミ Saperavi 2019 ジョージア 赤 2/3本
トスカーナのビオワイン 白 グラスで1つ ※カモミールっぽい香りがして鶏に合います。
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