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マイコ3703 @ コメント失礼します(* >ω<) 私もブログを書いているんですが内容が偏…
Snugglebutt @ harmonica.さん ごめん、コメント見逃してました。 ここ…
harmonica. @ Re:決めました!(02/04) きっぱり、勇ましい・・・。(⌒‐⌒) でも…
Snugglebutt @ milkyway.さん 飽きっぽいこのワタシが珍しく続けている…
milkyway. @ Re:決めました!(02/04) 長く続けてきたんですね。 これからも…
2003年10月07日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
先週ワタシの苦学生時代の話を書いたのだが、今日はその続きです。

新聞屋を辞めたワタシは、そこの寮を出なくては行けないので、今度は学校を挟んで全く反対側にアパートを探した。
学校から私鉄を2本乗って約30分くらいの所。
通勤快速が止まる駅から5分、静かな住宅街の一軒家の2階をアパートに改造した建物だ。
6畳半キッチン付き、トイレ共同、お風呂屋さんは歩いて5分、家賃3万円。
下に住んでいる一人暮らしのおばあさんが大家さんだった。
窓から向かいの墓地が見えるが、ワタシは霊感が全くないので問題なし(爆)。
でも夜中にお風呂屋さんから帰ってくるときはちょっと気味が悪かったけど。

問題は仕事。

家賃を含め生活費は自分で稼がなければならない。
最初についたパブのウエイトレス、時給700円ほど。
一日働いたが、きれいでスタイルのいいおねえちゃんに混じると、このデブでダサいワタシは浮いて浮いてしょうがなかった。
話しかけてくれる人もなく、ほぼ仲間外れになった形でその日を終えた。
きっと店の人も、ワタシはこのおしゃれなパブには似合わないと思ったのだろう、次の日には系列の居酒屋の方に回されてしまった。

繁華街にある居酒屋はとても忙しい。
午後3時から10時まで週5日。
3時から5時までは開店準備で、キャベツを切ったりお通しを盛ったりとキッチンにも立った。
10時に仕事を終えて電車に乗って家に帰るともう11時近い。
そして急いでお風呂屋さんへ、11時半には閉まってしまう。
立ちっ放しで疲れた足をゆっくり湯船に浸かってもみほぐす暇もなく、もうお店の人が掃除を始めた風呂場で急いで体を洗った。

家に帰って遅い夕飯を食べ、明日の授業の予習をしようと教科書を開くが、いつも眠気に襲われてろくに本など読めたことがなかった。

その仕事も半年ほど続けたが、居酒屋でのバイトはあまり性に合っていなかった。
昔母がバーの雇われママをしていたことがあって、その頃から水商売と言うものが苦手だった。
どうしても『堅気』の仕事がしたくて、途中の駅の近くにある歯科医院にバイトに入った。
時給も時間も少し下がるが、『居酒屋のウエイトレス』より『歯科助手』のタイトルが欲しかったから。

高校の頃からいろんなバイトをしたが、こんなに楽しんだ仕事はなかったと思う。
とにかく仕事内容が豊富で、たくさん覚えなくてはいけないことがあったが、ウエイトレスの単調な仕事よりもやりがいがあった。
そこでは東京を離れるまでの2年間お世話になった。

ワタシの行っていた学校は私立の大学のせいか、その学校の特殊なカリキュラムのせいか、お金持ちのご子息が多く通っていた。
みんなブランド物のバッグを抱え、ブランドの洋服を着ている。
バイトをしている学生などほとんどいなかった。
いたとしても自分のお小遣い稼ぎ、ワタシのように生活費を自分で稼いでいる人などいない。
ここでも浮きに浮いたに違いない。
それでも数人は気の会う友達が出来、授業の後みんなで食事に行ったり、アイスクリームを食べたりした。
だけどそういったことも、ワタシには大きな出費だった。

当時の月収入約8万。
家賃に3万、通学定期に1万(うちの大学は文部省認可でないため通勤定期しか効かない)、電気代、電話代、入浴料を払うと残りは数万。
食費を出したら小遣いと言えるものはほとんど残らなかった。

学校の授業とバイトの毎日、自分の時間もほとんどない。

自分で選んだ道とはいえ、自分と友達との生活が余りにも違うことを嘆かずにはいられなかった。

最初は4年通って学士を取るつもりでいたが、この生活に疲れてしまったワタシは、2年通って短大卒の資格を取り、就職しようと決めた。
大して生きた英語も学べていない、ただのお金と時間の無駄に思えて仕方なかった。

そのことを両親に伝えると、大反対された。
4年制の大学を出ないでどうするんだ、短大に行かせるために東京に出したんじゃない、と。


4年制を修了するのと引き換えにワタシが出した条件は

アメリカ留学

だった。





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Last updated  2003年10月08日 12時46分50秒
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