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ほんとにお坊さん?そんな感じです。リンリン竹ちゃんさんやしげ4さんの日記を見て、あってみたいなぁ~と思った。今年会いたい人のリストにも書き込んだ。偶然、広島の老人ホームを経営している方から、「今度広島に来る時、少し早く来ませんか。ご紹介したい人がいるんです。」なんと大谷徹奘さんだったのです。「ご縁」を感じました。感想は、「!」でした。色々な言葉が響いてきました。笑いながら、泣きながら聞かせていただきました。芳村思風先生と同じことを言葉を変えてお話してくださいました。頭ではわかっていたこと、知ってはいたこと・・・でも、、実践できていないことばかり。なにが足りないか・・・「必死さ」一所懸命やっているけど、やっぱり「必死」じゃなかったんですね。認めたくても、わかっていても認められないことでした。うめく表現できません。家に帰ってからも、こんな話だったよと1時間以上話しました。そのあとCDを二人で聞きました。「よっぽどのご縁」聞いていて涙がでてきました。気がついたら、妻と二人で泣きながら聞いていました。今週末4日は、東京での会に二人で行きます。最高の出会いをいただきました。感謝です。
2006.02.27
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昼休み何気なくテレビをつけた。「ごきげんよう」に、せんだみつおが出ていた。こんな話をしていた。「言葉に出すと本当になる。自分が売れているとき、『忙しい忙しい、暇が欲しい』と言っていたら、そのうち仕事が半分になり、ほんとうに暇になってしまった」「忙しくて休めない。と言っている人に自分の経験から、こう話す。『そうなりたいために芸能界に入ったんだろ。だったら、忙しくなってうれしい。いつまでも続くよう頑張ります。』」「最大の先生は、今売れている後輩たちだ。彼らは、時代に合っているから今売れている。若手の人から学ぶ気持ちがなければ芸能界では生き残れない。」「言葉に出すと本当になる。これは、実体験です。」ようやくそのことに気づいたときには遅かった。落ちがついていたけど、共感できる話でした。
2006.02.24
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風邪がなかなか治らない。熱は、36.8度。2~3日こんな状態。少しの咳と鼻水が止まらない。寝込むほどではない。いつもそうだ。寝込むほどの風邪にはならず、だるい日が続く。来週から出張が続くので、思い切って医者に行った。医者「どうしましたか?」私「風邪引いたみたいで、日曜の昼頃から、 咳と鼻水が止まらないんですが・・・」医者「あんたねぇ、勝手に風邪と決めてるけど、 そんなことわからんじゃないか。 もっと状況を詳しく説明しなさい。 熱はあるの・・・?」私「?」(ムッ!)(そんな言い方しかできんのかい)説明する医者「風邪ですね」私「・・・(だから最初にそうゆったやんけ!)」・・・・いかん泉州岸和田のおっさんのDNAが目覚めそうだのどみて、聴診器当てて・・・医者「のども赤いし、リンパもはれてるから、 薬出しておきます」私「・・・(もっとカウンセリングの勉強しろボケ!)」(清原君調になってしまう)そのあと薬屋さんに行ったら、誰もいないのに30分以上待たされて、薬を5種類もいただいた。これが、咳止め。これは・・・?。これとこれとこれは、食後に2錠ずつ。これは、朝夕に1錠。これだけで、お腹いっぱいになりそう・・・お医者さんとあわせると2千円とちょっと。もったいないから、今日一日だけでも飲んでみようか・・・インフルエンザじゃないみたいだからやめておこうか・・・もう絶対にあの医者のところへは行ってやらない。
2006.02.23
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オーラソーマのカコンサルテーションをした。最近ほとんどオーラソーマの活動をしていない。それでも今年に入って4人目。すべて友人の紹介で来ていただいている。ある人に言わせると、「下町のオーラソーマ」だそうだ。事務所といっても、公団のマンションの1室。和室にボトルが並べてある。オーラソーマだけでなく、ヌメロロジーから、タロットまでフルコース。時間があればパステルシャインアートまでやることがある。ほとんどの場合、ボトルやタロットを使った悩みの相談室みたいな雰囲気になってしまう。もちろんこちらから、ボトルやカードの説明はするが、それをきっかけに今抱えている悩みや問題の聞き役になることが多い。畳の部屋で、梅醤番茶なんか飲みながら、話すとこも多い。当然時間も長くなる。今回は、4時間だった。うれしいのは、それが少しずつだけど広がっていることだ。後日、パステルシャインアートで描いたハガキを送ってくれる人もがることや自分のホームページに「神秘体験」と書いてくれたことがとてもうれしい。
2006.02.22
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思風先生の日めくりを作成している時同じ言葉を何回も書き直して、ピッタリ来るまでノートに書きまくった。よく言葉が湧いてくるという人がいる。作曲家なんかは、メロディが勝手に出てくる人もいるらしい。自分には、そんな才能はない。とことん何回も何回も推敲を重ねなければしっくりこない。思風先生の『失敗はありません。すべて体験・経験です』という言葉の解説を書いているときふと出てきた言葉がある。100の失敗よりもひとつのあきらめが夢を遠ざけるひとつのあきらめより100の行動が夢を引き寄せる上は、なんとなくネガティブなイメージがあったので、下の言葉に変えた。それでもしっくりこない。そんな時、どこかのホームページで、歌手のこぶくろの「100回の失敗より1回の諦めが夢を崩す」という言葉を見つけた。よく似てるな~100人いたら100通りの表現があってもいいんだ。100人みんながこっちがいいってことはない。良いが半分、悪いが半分いる。99人がダメといっても、1人が良いといってくれる。量は、99対1だけど、質は、1人がほんとうに気に入ってくれたら、これまた、バランスが取れていることになるのかも・・・。要は、自分がどれだけ納得できるかかもしれない。ピッタリきていなければ、ピッタリくるまで、やってみよう!
2006.02.21
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友人が週末ガンで亡くなりました。今日はお通夜でした。3年前、ガンを宣告されたそうです。出会ったのは、そのすぐ後でした。明るくて、とっても笑顔のステキな女性でした。「ほんとに病気なの?」というくらい、ケラケラと笑ってました。たまたま入院先で、私たちのセミナーを知り参加してくれました。セミナーのときまだまだ迷っていた私に、涙しながら、叫んでくれました。「なにごちゃごや考えているのよ!そんな暇あったらやればいいじゃない。失敗しても、やり直す時間はあなたにはいっぱいあるんだから!」「私は、病気を治して、みんなの目標になる。がん患者のカリスマになるよ」と、その後、笑って話してくれました。今でもあの笑顔は目に焼きついています。それから何回もハガキのやり取りや電話で話しました。御主人と一緒に絵手紙を描いたり、娘さんと二人で語学の勉強をしたりいろいろなところに出かけていっていたようです。お通夜の席で、ご主人の挨拶が感動でした。にこにこと笑って話されました。「昨年10月に入院しました。今回私は、6ヶ月近く妻と一緒に病院で過ごしました。毎日いろいろな話をしました。とても充実した月日でした。・・・」詳しい内容はとても書けません。献花とお焼香だったのですが、なんと私の前の人でお花がなくなりました。「お焼香だけでお願いします」と言われた。祭壇の写真を見たとき、「見守っていてあげるからね」そういわれて様な気がしました。終わってから、久しぶりに彼女が入院していた病院の先生と看護士さんに会いました。「彼女が再び出会わせてくれたんですね」そんなことを言いながら食事に行きました。その帰り道、またまた面白いことが。電車に乗ろうと駅に着いた時、目の前で電車のドアが閉まってしまいました。「あと10秒だったのに・・・」と悔しがりながら、寒いホームで待っていました。しばらくすると、階段をご主人と娘さんが上がってくるではありませんか!お通夜のときは、人がいっぱいで話もできませんでした。娘さんが、「もしかして母のあの絵を描いてくださった方ですか?」自己紹介もしないのに・・・も、も、もしかしたら、これも亡くなった彼女が出会わせてくれたのかも・・・彼女の冥福を祈り、また感謝の気持ちいっぱいの一日でした。
2006.02.20
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久々の休日。伊豆高原へ小旅行。温泉と美術館めぐりをしてきた。泊まりは、以前から行ってみたかった伊豆高原・花吹雪こじんまりした順日本風の旅館だ。温泉も料理も絶品でした。伊豆高原には、ちいさな美術館がたくさんあるので、散歩しながら4つくらいまわった。駅においてあるパンフレットで気に入ったところがあり、最後はここと決めていた。わらべ絵館・喜田川昌之さんなんとなく惹かれた。なつかしいようなかわいらしい絵だった。2時ごろ到着。一匹の犬が出迎えてくれた。客は、誰もいない。貸切状態だった。見ていると思わず笑みがこぼれてくる。帰ろうかと思ったとき、「お茶でもいかがですか」と、受付の女性が言ってくれた。お茶を飲んで話していると、「うちの喜田川と似てますね」「ちょっとお待ちください」と言って、奥に入られた。しばらくすると、白髪のやさしそうな方とご一緒にもどってこられた。ご主人の喜田川昌之さんだった。受付に座っておられたのは、奥様でした。・こどもと一緒に道にロウセキで絵を描いたのがキッカケで、絵を教え始めたこと。・ベルマークの運動で、全国の僻地の小さな小学校に絵を教えにボランティアで行っていること。・わらべ絵という独自のスタイルを描きはじめたこと。・新しい画集のこと。など、いろいろなお話を聞かせていただいた。あっという間に2時間も話し込んでいた。帰り際には、「ぜひ楽しみながら、これからも続けてくださいね」と、励まされた。「ぜひ、絵も見せてください」と言っていただいた。偶然お客さまがいなかったからかもしれないが、とても楽しい時間だった。
2006.02.18
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花の咲かない冬の日は下へ下へと根を伸ばせ26年前のお正月取引先の社長の奥さまからいただいた年賀状に書かれていた言葉。就職して1年。このままでいいのか・・・いろいろ悩んでいたとき。今でもこの言葉は忘れない。それが、ハガキを書くようになったキッカケだった。出所は、京都のあるお寺にこの言葉の額があるらしい。一度見に行きたいのですが、どこのお寺かご存知の方教えてください。
2006.02.14
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ブログとは別に、毎朝「夢のノート」をつけている。勝手に「夢ノート」と名づけているだけなので、世間で言われているものとは違うかもしれない。毎朝スケジュールの確認と一緒に書いている。・前日あった事実(うれしかったこと)・したいことなど、を完了形(~した)で1年少し続けて書いている。このところ不思議となぜか書いたようになってくる。12日からセミナーが始まる。今回は、参加人数がちょっと少なかった。2週間前、「12名で開催できた」と書き込んだ。その時点では、申込は3名だった。なんの根拠もなかったけど、「12名で・・・」と書いた。色々な人の協力のおかげで、なんと今朝申込が入って12名になった。2月4日のところにも、「30名参加してくれた」とお正月に書いていた。当日、本当に30名(スタッフ込みだったけど)集まっていただいた。そういえば「日めくり」の時も、「2000部完売!ありがとうございます」と発注したその日に書き込んでいた。今年「会いたい人」も30名リストアップしている。素行会には、1月に参加できた。25日には、竹ちゃんさんや、しげ4さんに教えていただいた大谷和尚さんにも会えることになった。きっと竹ちゃんやじげ4さんともいつかお目にかかる機会があると思っています。今朝、事務所で、そんな話をしていた。ブログにもこのことを書こうと思って開いてみたら、友人のパプリカさんが同じ夢のノートのことを書いていてびっくり!シンクロですね~。
2006.02.10
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年末に友人に子供が生まれた。男の子だ。出産のお祝いに奥様には、入浴用のバラの花お子様には、ファーストシューズに使ってもらえるようにかわいい靴と服を選んだ。おまけに、絵を描いて額に入れてプレゼントパステルで描いた絵水彩で描いた絵「ファーストシューズ」とは・・・子供が初めて立ったときの感激、そして小さな小さな靴をはいて歩き始めたときの感動。しかし、その気持ちは時とともにうすれていってしまいます。欧米では、子供が初めてはいて歩いた記念の靴にメッキを施し、大切に残す習慣があります。それが、“ファーストシューズ”と呼ばれるものです。
2006.02.08
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年末に友人が教えてくれた話です。ある雑誌に載っていたそうです。雑誌の名前はわかりません。実話だそうです。一粒のぶどうある不治の病の女の子の話です。一歳の時から入退院を繰り返して、五歳になりました。様々な治療の甲斐もなく、ついにターミナルケアに入りました。もはや施す術もなく、安らかに死を迎えさせる終末看護、それがターミナルケアです。冬になり、お医者さんがその子のお父さんに言いました。「もう、なんでも好きなものを食べさせてやってください」お父さんはその子に、何が食べたいか、ききました。「お父さん、ぶどうが食べたいよ」と、女の子が小さな声で言いました。季節は冬、ぶどうはどこにも売っていません。でも、この子の最後の小さな望みを叶えてやりたい。死を目前に控えたささやかな望みを、なんとか、なんとかして叶えてやりたい。 お父さんは東京中のお店を探しました。思いつく限りのお店、あのお店も、このお店も・・・・・ 足を棒にして、探し回りました。でも、どこのフルーツ売場にも置いていません。最後に、あるデパートのフルーツ売場を訪ねました。「あの…、ぶどうは置いていませんか?」 祈る気持ちで尋ねました。「はい、ございます」 信じられない思いで、その人のあとについて行きました。「こちらです」と案内されたその売場には、きれいに箱詰めされた、立派な巨峰がありました。しかし、お父さんは立ちすくんでしまいました。なぜなら、その箱には三万円という値札が付いていたのです。入退院の繰り返しで、そんなお金はもうありません。悩みに悩んだ末、必死の思いでお父さんはその係の人に頼みました。「一粒でもいい、二粒でもいい、分けてもらうわけにはいきませんか?」事情を聞いたその店員は、黙ってその巨峰を箱から取り出し、数粒のぶどうをもぎ、小さな箱に入れ、きれいに包装して差し出しました。「どうぞ、二千円でございます」震える手でそのぶどうを受け取ったお父さんは、病院へ飛んで帰りました。「ほら、おまえの食べたかったぶどうだよ」女の子は、痩せた手で一粒のぶどうを口に入れました。「お父さん、おいしいねえ。ほんとにおいしいよ」そして間もなく、静かに息を引き取りました。聖路加病院に入院されていた患者さんと高島屋の店員さんの実話だそうです。読んでいて涙がにじんでしまいました。解説はいらないですよね。
2006.02.07
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まだ先の話です。今月の25日、広島での法話会に行くことになった。去年しげ4さんの日記を読んでいて、会ってみたいなと思っていた。今年の初め、「会ってみたい人」に大谷和尚の名前を書き込んだ。1月になってネットで調べたら、2月4日東京で法話会があるのを見つけた。2月の4日東京で法話会。・・・でも今日は、法話会と同じ時間から芳村思風先生の勉強会の予定だ。3月にも東京であるようなので、その時かなと思っていた。そんな時1通のメールが飛び込んできた。「2月25日広島での会議の前、少し早く来ませんか?おもしろいお話をされる方がいます。薬師寺の大谷徹獎さんという方です。1時~2時30分なので、3時からの会議に充分間に合いますから」その方ところで講演会をされるとのこと。!!!!!!!!びっくりでした。いろんなところでつながってくるんですね。ご縁の不思議を感じました。ちょっと先だけど、今から楽しみです。
2006.02.04
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ありがとうおじさんのCDをいただいた。・・・すごい!最初から最後まで・・・?「ありがとうございます」だけのずっと繰り返しだ。「ありがとうございますシール」もあっちこっちに貼りまくった。どんなことに対しても「ありがとうございます」と言う。1日1万回言えるんだろうか?法然さんは、「南無阿弥陀仏」を1日4万回唱えたそうだ。8時間かかるそうだ。口で唱えることで救われるという教えをとかれたそうだ。親鸞は、唱えることよりも信じることで救われるととかれた。念仏を唱えることができないから、まず信じることが大切だということらしい。「ありがとうございます」も感謝の気持ちをまず持つこと。そして、口に出して何度も言うことなんだろうと思う。まっ、頭で考えず、いいと思うことは、やってみよう。知っていても、実行できなければ何の意味もないんだし・・・
2006.02.01
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