2003年01月15日
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cjjさんとtetywestの出会いは1998年だった。cjjさんは農業研修生として1年間日本の農業を勉強するために来日し、tetywestの家にも研修に来た。最初からものすごく上手い日本語を話した上に、読書家で知識も驚くほど豊富だった。一緒に農作業をしながらtetywestは日本の、cjjさんは中国の歴史や文化や政治や経済のことを話し合ったものだ。

たとえばtetywestが夏目漱石が好きだという話題になったとき、
「漱石という名前は中国にもあります。これは昔の中国の『漱石枕流』という故事です」
と、晋の孫楚が「石に枕し流れに漱(くちすす)ぐ」と言うべきところを「石に漱ぎ流れに枕す」と言い誤ったのを指摘されて、「石に漱ぐ」は歯を磨くことで「流れに枕す」は耳を洗うことだと言い張り、その通り実行したという故事を教えてもらった。おまけに「さすが」という語に「流石」の字をあてたのもこの故事に由来するということまで知っていた。これにはtetywestも「参った!」と言わざるを得ない。

cjjさんは福建省出身で、来日前は福建省南平市の農業局・経済作物課の課長だった。経済作物課とは、ミカンやお茶、たとえば武夷山の岩茶は銘茶として日本でも有名だが、そんな産業の指導をしている課である。
「中国では、仕事が始まるとまずお茶を飲んで、次に新聞を読みます」
「私の課には200人いますが、日本人くらい仕事をすれば20人で十分です」
と言うような会話をしたこともあった。

そんなわけで、cjjさんはtetywestがどんなミカンを作っているかは全て知っているし、tetywestがどんなことに興味があり、どんな生活をしているかも知っている。

「中国農業研修旅行日記 」 の後半にあります。興味のある方はどうぞ)

帰国後、cjjさんは公開選抜で80倍の難関を潜り抜け、今は建陽市でもっとすごい地位に就いて仕事をしている。もう毎朝の最初の仕事はお茶を飲むことではないだろう。そのように多忙になっても時々メールでtetywestに近況を知らせてくれていた。

そんなcjjさんが日本にいたとき、tetywestはcjjさんから「先生」と呼ばれていたのだ。中国の「先生」は日本の「先生」とは若干用法が違って、文字通り目上の人に対する「○○さん」程度の敬称なのだが、ともあれ儒教の国、中国の人なら「先生」から頼まれたことは、たとえ無理を承知でも引き受けざるを得ないだろう。tetywestが部会長から研修の日程を任されたのには、そういう事情があったのだ。






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最終更新日  2003年01月15日 22時48分09秒
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