いきいき宋休記

いきいき宋休記

2008年10月21日
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カテゴリ: エッセイ・詩画



 胃瘻(いろう、胃に直接、流動食を入れるために、おなかにパイプが出ている)の手術を主治医に勧められたとき、実はどうするか悩みました。母が入院していた時タンがつまり、そのために喉に穴を開け、2時間おき位にチューブで吸引していました。とても苦しがっていた母の姿が忘れられなかったため、父の手術もためらっていました。

 考えに考えた末、父に胃瘻(いろう)の手術を受けさせました。そのおかげで確かに生命を維持することが出来ましたが、ほとんどが暗い表情の父になってきたように感じます。

 父が元氣だったころ、病気になった時どのようにしたいか等、一切話をしませんでした。自分が病気になった時、どのようにしてほしいか考えるのも嫌だったのかもしれません。実際に具合が悪くなってみると、本人に判断力がなくなったとき、決断するのは家族なのです。

 医療の発達していなかった数十年前だったら、物が食べられなくなったら、栄養は点滴だけに頼ったと思います。それ以前は点滴もなかったでしょうから、食べられないことが死に直結したのではないでしょうか。

 医療のお陰で死を免れることはで出来ても、本来の生命からは離れているように感じられてなりません。生きることをすぐに諦めてしまうことも問題ですが、生に執着する医療も多くの問題を抱えているように感じられるのは私だけでしょうか。

 出来るなら元氣なうちに、もし自分が病気になった時どのようにしてほしいか、家族と話し合ってみてもいいのではないでしょうか。突然死であればどうしようもないのですが、自分の命に対する考えを話し合っておくことは、とても大切と思います。

 私は長男のため、入院している父の現実の姿をつぶさに見ていますので、他人事とは考えなくなってきました。病院にはこのような高齢者が、これからますます増えてくるのではないでしょうか。入院している多くの高齢者は、悲しい虚(うつ)ろな顔をしています。予定して入院した人は一人もいないのではないでしょうか。

 他人事ではありません。氣付いたときから生き方を変えることではないでしょうか。父は無言で私たちに、人間としての生き方を問うているのかもしれません。



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女峰山





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最終更新日  2008年10月21日 09時47分37秒
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