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災害ボランティア部鷹ノ巣キャンプ。これは訓練なのか?それとも単なるレクリエーションなのか?かなり急にキャンプが決まり行くことになった。鷹ノ巣キャンプ場は新潟県の北部、関川村にあるキャンプ場で、かつてよく行っていたわかぶな高原スキー場の近くだ。朝、土曜日だというのに仕事が一件あって、少し遅れて行くことになり、学生のW君と一緒に車で関川村へ。私の車はナビがついていないのでiPhone のgoogle map が頼りだ。そして私は極端な方向音痴・・・。そして、謎の事件が起きた。google map で「鷹ノ巣キャンプ場」と入れて辿り着いたのは、旅館などのある温泉街・・・。そんなわけないと思って、今度は鷹ノ巣キャンプ場のウエブサイトから住所をコピー&ペーストして、再度検索・・・。なぜかたどり着いたのが道の駅・・・。道の駅で地図をもらってなんとか辿り着いた。到着すると、バーベキューの準備&水遊び中。バーベキューの昼食を終えて、また水遊びに。私は水着は持ってきたものの、着替えてなかったので水際で遊んでいたら・・・、水に突き落とされた。事前に、携帯や車の鍵などは外すよう言われていたが、本当に落とされるとは思わなかった。手前が私。この服装のまま川に落とされる。川遊びの後、シャワーを浴びて着替える。そして夕食の定番カレーの準備夕食後、展望台に散歩(肝試しの意図もあったようだが・・・)、二次会の花火&酒。まあ、訓練の形ではなかったけれど、野外での共同作業自体が訓練みたいなもの・・・かな?
August 30, 2014
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小高での作業が早く終わったので、この日は拳法の稽古にも参加した。その動画(今年4月に落成した小須戸武道館での稽古風景)拳法稽古動画その1その2その3その4
August 16, 2014
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小高区での作業を終えて新潟への帰路についた。なんとなくで昼食をとり損ねてしまっていたので、途中どこか適当な食べれるところを探しながらの帰路についた。その途中にいつもはただ通るだけの飯舘村に寄ってみた。飯舘村も震災以来避難指示が出ていて今は人が住んでいない。南相馬をぬけて飯舘村を通る。ここは、往路のときは小高区のボランティアセンターの9時集合に間に合うため足早に通り過ぎるところで、復路では日が暮れてから燈がともらない家々を見ながら帰るところだ。そんな場所だけに今まで車を停めたのは、唯一営業してたガソリンスタンド(除染作業の人向けだろうか?)で給油した時だけだった。今回は飯館村を通るのが15時過ぎと時間が早かったので、車を停めてすこし町中を歩くことにした。この日の飯館村は霧に覆われていた。道の傍には除染で出た廃棄物が入ったトン袋が並んでいた。人が住まなくなったからだろうか?以前より家が傷んできている気がする。郵便局もロープが張られていて、利用できない。タクシー会社も・・・。掲示板は平成23年の掲示物が貼られたまま。民家の間に階段があったから登ってみる。一部が木に覆われていて登りにくい。階段の上はかつて公園だったのだろうか、コンクリ製の遊具が1つ(手前)。その先には大量の除染用のトン袋。飯舘村を通るたびに、小高もだけれど、「いつになったら人が戻れるんだ」そんな気分になる。飯館村から再び福島松川スマートIC へ、そして東北道に。Uターンラッシュが始まっているため、東北道はいつもより混んでいた。そして、安達太良SA でかなり遅い昼食をと思っていたが、安達太良は満車との表示が出ていたのでさらに磐梯山SA まで走った。17時近くになってようやく昼食(あくまでも昼食)新潟に戻ると19時過ぎだったので、小須戸武道館での拳法の稽古にも参加してみた。こんな1日でした。
August 16, 2014
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7月は行けなかった南相馬小高区へ向かう、今回は雨の中の草刈りだった。小高区は震災以来避難指示が出ていて、現在も夜間滞在ができない地域になっている。朝、一瞬バイクで行きたいと思ったけれど、天候を見て(それからETC がついていないので)あきらめて今回も車で行くことにした。長くなりそうなので、2回に分けて書きます。 朝5時に新潟のアパートを出て、新潟亀田IC 、磐越道、東北道、福島松川スマートIC といつものルートを通って飯舘村から南相馬(原町区)へ、そして社協ボランティアセンターのある小高区へ。途中、雨が激しく降るときもあって、今日の作業が大丈夫だろうかと心配になる。私は極度の方向音痴のため、最近までナビ頼みだったけれどようやくナビを使わずに(そして迷わずに)8時30分ころに到着。車の中で作業着に着替え、受付をしてマッチング(作業の割り振り)。マッチングの席で、小高区が平成28年を目処に避難指示が解除されるとの事を聞かされた。けれど、避難指示解除はこの町にとっては復旧への1つの節目、もしかしたらスタートラインなのかもしれない。いつもの社協ボランティアセンター今回の作業は草刈りで、常連のボランティアの方から「去年来たところだ」とか「もうこんなに草が茂っているのか」などと声が聞こえてくる。小雨の降る中で、刈払機を使える人は刈払機を持って作業に当たる。途中雨が激しく降るときもあり、できれば昼過ぎには終わらせたいとリーダーから告げられる。草を刈っているときに、アシナガバチ数匹と出くわすこともあり少し怖くなる(スズメバチでなくてよかったけれど)。この作業は昼休み無しで作業したので1時過ぎには撤収することができた。その後、ボランティアセンターで道具の片付けをして少し早い解散になった。 少し早く終わったので、小高の町中を散策してみた。すると、盆踊りの準備をしているところに出くわした。避難している人が集まって盆踊りをするらしい。出店も準備されていた。この日は生憎の雨だったけれど、この後開催されたのだろうか?小高区を離れて、海岸沿いの国道6号線を走って、雨と汗で作業着がぐしゃぐしゃなので、いつもの「もりのゆ」に行くことにした。この国道6号線から少し海の方に入っていったところで、今年の6月にみつけたものを思い出した。今年6月、この日も作業が早く終わったので車で海沿いを走ってみると、まだ残る打ち上げられた船があった。さらに走って行くと・・・。こんな壁があって、目を奪われた。壁にはたくさんの花と、「Happy Flower Project 〜希望の花を咲かせよう〜」「Arts for Hope Aug. 16. 2013」と書かれていた。そして、「ボランティアのみなさんご支援ご協力ありがとうございます私たち南相馬被災民は希望を持って前進します」のメッセージがあった。こんなことを思い出しながら、「もりのゆ」に行き、そして、ちょっと遅い昼ごはんをとおもって、海鮮の大亀屋に行ってみたら14時30分〜17時は休み時間とのことで残念ながら昼ごはんを食べれず帰ることにした。(その2に続く)8/22追記ここで紹介しました壁がペイントされた時のことが書かれた記事が見つかりました。こちらですあと、こちら。
August 16, 2014
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ずいぶんと更新の間が開いてしまいました。3月に気仙沼と南三陸町に行った時のことを書きかけたまま、公開せずに8月になってしまいました。この間、南相馬や山元町での活動、南三陸福興市を訪れたこと、拳法のこと、バイクや車のことたくさん書きたいことがあったのですが、書かずじまいでした。災害ボランティア部は8月9−10日で山元町で「NPO法人 未来へ向かって助けあい」のコーディネートで、仮設住宅に住む方々対象に流しそうめんのイベントをしてきた。部の活動としては3回目、私にとっては初めてのイベントの活動だった。9日に山元町に入り、N小学校の校舎を見学。この学校は津波により使用できなくなった学校で、幸い児童は全員助かったとのこともあり、保存が決まっている。未来へ向かって助けあいのF さんの話では、残念なことに、心無い人が学校の一部を持って行ってしまっているとのことだった。F さんには山元町のボランティアセンターが閉鎖された後くらいからよくお世話になっていて、F さんの話には世の中で風かしつつある震災の記憶、復興が進んだ地域と手付かずの地域(あるいは産業)の大きな隔たり、未だに帰る家がない人の話があり時々やり場のない怒りを感じる。この日は、未来に向かって助けあいが管理している民家に泊まった。私はすぐに寝てしまったが、学生やもう一人の顧問は遅くまで起きていたようだ。次の朝、山元町の牛橋公民館に行き活動開始。この日は香川のうどん教室の人と一緒(というかこちらがメイン?)の活動だった。昼までに分担して、竹のトイの設置、テントの設営、茹での準備、汁の用意などをする。この日は台風11号の影響もあり、時々激しい雨が降っていた。これで来場者がいるかなと不安になったが、昼前のうどん教室の1回目が終わる頃にはたくさんの人が来てくれた。この日はこんな調子でうどん教室の間は時間が空いていて終わると人がたくさん来るという繰り返しだった。台風による影響がどれだけあったかはわからないけれど思った以上に来場者があり、とても嬉しい形で3時に撤収。新潟への帰路についた。ちなみにうどん教室の風景です(流しそうめんの写真データが手元にないもので・・・)。
August 10, 2014
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