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おはようございます。独酌です。今朝の気分はこんな感じ。 行ってきます。
2008年01月31日
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おはようございます。独酌です。忙しいと言うか・・・インフラの構築自体が出来ていないので何をやっても上手くいきません。小役人ドモは「鬼の首を取った勢い」+「障子の桟を指でなぞって埃を確かめる姑の厭らしさ」&「重箱の隅を・・・」もう嫌だぁ・・・ こんな感じです。(TOT)死むぅ~。
2008年01月30日
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今晩は。独酌です。土曜日の昼前に家に帰れたので、土日は文字通りに酒浸りの日々・・・となる筈だったのですが、普段使わない部分の脳ミソを酷使?しているせいか一度ベッドへ潜り込んだら25時間も目が覚めませんでした。幸い大相撲の千秋楽、結びの一番は見れましたけど。ちょっと自分でもビックリです。皆さんも【Compliance】という言葉を耳にされた事があると思います。単語本来の意味は「命令に従う・要求に応じる」ですが企業においては「法令遵守」という意味で使われます。「コンプライアンス=法令遵守」と言うのを簡単に言えば、『法律や規則などに従って企業活動を行うこと』となります。今回、独酌はこの「法令遵守」という形を造り上げる為に狩り出された訳ですが、法の建前と実際に働く労働者の生活など・・・「理想と現実」とまでは言いませんが・・・ギャップに苦慮しています。早い話が、本当に従業員が週に40時間しか働かなかったら会社は成り立ちません。敗戦後、驚異的な速度で復興を遂げ高度成長期に右肩上がりに業績を伸ばした日本の企業は「モーレツサラリーマン」という言葉に代表されるように、ココに背いて死に物狂いで働いた人たちの努力の結晶だったと思うのですが・・・。まあ、それでも「法」は守らにゃなりません。雪印・不二家・三菱自動車などの大手や老舗も法令違反による信頼の失墜が事業存続に大きな影響を与えた事は記憶に新しいと思います。このように今ではコンプライアンス違反は企業の命取りになります。株式会社においては商法で、「内部統制システム」を構築する事が義務付けられています。(348条4項、362条5項)・・・まあ、それが大体の場合は形骸化して機能していないから次々と問題が起きる訳なんですけど。【コンプライアンス違反が起きやすい環境】金儲け主義・秘密主義(隠蔽体質、閉鎖的な体質)・一族(同族)経営・上層部が絶対的な権力を持っている・天下り幹部が多い・精神論に終始したり、当該個人にのみ責任を追及し、組織的・構造的な問題の解決に取り組まない・ 人材派遣を行っている・体育会系企業・不祥事を告発した該当者に対して隠蔽のために処分を行う・etc などが挙げられますが・・・oh !・・・ウチの会社は全部当て嵌まるじゃないか!単に法令を守るだけなら、そう難しい事ではありません。会社(特に実際の仕事をこなしている部署)がちゃんと機能するかどうかは別としてですが。一番アタマを悩ませるのが労働時間の兼ね合いで、労働基準法を遵守すると暮らしていけない従業員がでたり、下請けや関連企業にもやっていけないところが沢山・・・それでも「法」を守れと言われれば、目を瞑ってギロチンの紐を引くしかないのだろうか?「法令遵守」・・・元来、日本人はこの気質が他民族よりあったと思うのだが。世界一【交通信号】を守る民族だというのは有名な話である。独酌がよく通る道に、非常に小さな横断歩道があります。道幅3メートル弱で交差点でもないので、通常なら信号機はない道だと思う。この道の目の前に派出所(交番)がある。歩行者用の信号が付いているが、交番にお巡りさんがいない時は老若男女のほぼ100%が信号無視をして通り過ぎる。まあ、ホントは良くないことだけど、車は殆ど通らないし見通しも良いので危険は無いと思う。交番にお巡りさんが立っている場合、40代より上の人は大体が停まって信号を待つ。独酌だって待つ。独酌くらいの歳だと「お巡りさん=法の番人」のイメージがあるから、警官の目の前で法に触れる行為を行うのは無意識に躊躇する・・・躊躇というか、大抵の場合はしない。ところが30歳以下の人は半数以上が警官がいようがお構いなしに渡って行く。中高生に至ってはほぼ100%無視である。独酌はこれを見る度に「う~む」と心の中で唸っているのだが、今時はこんなモンなんだろうか?こんな世代がどんどん社会に出てくる・・というか出てきている。守ろうとしない連中に守らせる事をして守ってやる事が独酌に出来るんだろうか?二日酔いでなくてもアタマは痛むのである。
2008年01月28日
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今晩は。独酌です。今年はやたらと親族間の殺人・傷害事件が多いといいます。朝のテレビ番組でみのもんたさんがショッチュウ怒っていますね。////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////秋田県藤里町で06年発生した連続児童殺害事件で、殺人などの罪に問われた無職畠山鈴香被告(34)の論告求刑公判が25日、秋田地裁であり、検察側は「冷酷非道で矯正は不可能」と死刑を求刑した。検察側は、畠山被告が長女彩香ちゃんに「日ごろから愛情が持てず、死ねばいいと思っていた」と殺意をもって殺害したと指摘。米山豪憲君殺害については「疑いの目をそらすための犯行」と計画性を強調した。【共同通信】////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////「ママ、遅いよ」と駆け寄る長男の哀れ 苫小牧市の自宅に幼い長男と三男を1か月以上放置し、三男を死亡させて遺体を遺棄したとして、殺人と死体遺棄、保護責任者遺棄の罪に問われた無職・山崎愛美被告(21)の判決公判(杉浦正樹裁判長)が2007年12月18日、札幌地裁室蘭支部でひらかれ、懲役15年(求刑懲役20年)が言い渡された。裁判長が「幼い兄弟の飢えと苦痛は想像を絶する。計画的で非情で残酷な犯行」とまで形容した、「置き去り」のおぞましい実情とはどんなものだったのか。弁護側は「(被告の)不幸な生い立ちや、経済的な困窮」を挙げて情状酌量を求めていたが、判決や各紙の報道などから見える事件の実態はまさしく「地獄絵図」である。 事件は山崎被告が06年10月30日、自宅に鍵をかけた時から始まる。山崎被告は長男と三男の存在を疎ましく思い、部屋に放置して餓死させることを考えた。山崎被告はチャーハンを食べさせたあと、12月初旬まで交際相手の家に行ったままで2人を放置。1か月間以上あとに再び自宅の鍵を開けるまで、2人の幼子は飢えのなかで苦しんでいた。幼い三男は餓死したが、長男は生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズを食べて命をつないでいたという。 山崎被告は裁判のなかで、長男が生きていることに驚き、長男は「ママ、遅いよ」と駆け寄ってきたと証言している。その後、山崎被告は三男の遺体を交際相手の家にある物置に遺棄した。自分を放置したにも係らず「ママ、遅いよ」と駆け寄る長男の姿はなんとも哀れだ。しかし、生きていた長男にとっては、弟の遺体を横に生活した体験は地獄ともいえる。 「(死んだ三男の)口の中に虫いっぱい入ってた」 2007年6月8日の毎日新聞(北海道版)では、山崎被告の母(46)に対して行った取材のなかで明らかになった、事件後に長男が発したとされる言葉を次のように紹介している。「ママ怖い」「そら(青空)、動かない(編注:『そら』は三男の名前)」「口の中に虫いっぱい入ってた。ママ取ってた」「ビニールかぶせた。口にガムテープ張った」。長男は青空ちゃんの傷んだ遺体を愛美被告が隠そうとする様子を見ていたとみられる 事件後には山崎被告が書き込んでいたと見られる携帯電話サイトがインターネット上で大きな話題を呼んでいた。そこには、「あなたに逢えて、本当によかった(ハート)幸せ(ハート)愛してる(ハート)心から本当にそう思うよ(ハート)もぅ離さないでね」 と書かれていた。2人の幼子に向けたものではないことだけは確かだ。【J-CAST】////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////普通の殺人事件以上にやりきれません・・・幸いにも生き延びた5歳の子供の心に残った傷の深さは想像できません。人は憎くても、愛しくても人を殺します。でも、この女たちの心にはどんな気持ちがあったのでしょう?厚生労働省が公表している児童相談所への児童虐待相談件数(2006年度)は3万7323件。そのうち育児を放棄する「ネグレクト」(保護の怠慢ないし拒否)は38.5%の1万4365件にも上ります。////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////あるところに娘が二人いる女がいた。貧乏でみんなおなかがすき、どうにも我慢ができなくなると母は正気を失い、娘を殺して食料を作ろうとした。そこで娘は食べ物を持ってくると言い、小さなパンを持って帰ってきてみんなで食べたがやはりおなかはぺこぺこである。母は今度はもう一人の娘を殺すと言ったが、その娘は小さなパン2つを持って帰ってきてみんなで食べたがやはり空腹はどうにもならない。母はまた娘を殺すと言ったが、娘は世界の終わりが来るまで横になって寝続けようと言った。そこで三人は寝てしまい、誰も起こすことはできなかった。母親だけはどこかに行ってしまい、どこに行ったのかは誰も知らない。 【Die Kinder in Hungersnot:飢死しそうな子どもたち】というお話ですが、グリム童話の初版に収録されている作品です。何かがおかしくなってきてるのかなぁ・・・殺すくらいなら、せめて捨てろよと思う。「親が無くとも子は育つ」というのはホントの事だ。生きてさえいればどうにかなるもんである。もっともウチの場合は、「親が泣くほど子は粗末」なのが困りもんなんですが・・・明日は久しぶりに休めそうなので家に帰ってノンビリ酒を飲みたいと思ってます。
2008年01月25日
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今晩は。独酌です。昨日ブログで母親が幼い2人の子供を餓死させようと放置した事に少し触れました。皆さんもニュースなどでたまに聞くと思うのですが、「餓死」という言葉が思った以上に耳に入る気がします。国は借金まみれですが「飽食の国」と言われて久しいこの日本です。生活保護を打ち切られて亡くなったお年寄りの件は「国による殺人だな」と憤りは覚えますが、納得のいくものです。その反対に「何故?」と思える件がいくつかありました。///////////////////////////////////////////////////////母親の懲役10年確定=19歳長男餓死-最高裁 (時事通信) 2004年、大阪府阪南市の自宅で19歳だった長男を餓死させたとして、殺人罪に問われた無職北村由美子被告(51)について、最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は27日までに、被告側上告を棄却する決定をした。懲役10年とした2審大阪高裁判決が確定する。決定は25日付。 2審判決によると、北村被告は04年4月末から7月中旬にかけ、長男が同居の中村智被告(46)=一審懲役20年、控訴=から暴行を受け、食事を数日に1度しか与えられていなかったのに放置。医師の治療を受けさせず、8月2日に餓死させた。六十数キロあった体重は、約32キロになっていた。 北村被告は「死ぬかもしれないとは考えなかった」と無罪を主張したが、1審大阪地裁堺支部は退け、懲役12年とした。大阪高裁は今年8月の判決で、「母親としての責務を放棄した非情な犯行だが、医師に見せていても延命の可能性しかなかった」として懲役10年に減刑した。19歳の男がおとなしく餓死するもんでしょうか?相手の男は46歳です。体力でそうそう劣るとは思えません。気力の問題なんじゃないのかと。次にある人のコラムを抜粋したものを・・・失礼な事に筆者の名前を失念しました。まあ、このブログを覗かれる事もないとは思いますが、無断での引用をお詫びしておきます。ゴメンナサイ。///////////////////////////////////////////////////////宮城県鹿島台町で一緒に住む32歳と26歳の兄弟が6月ごろ餓死していたことが、2カ月後の8月下旬に明らかになった。気になったニュースだったので続報を期待したが、追跡した新聞記事は少なかった。 事件の概略はこういうことらしい。現場の家は、稲穂が少し黄色になったササニシキの田んぼに囲まれた新興住宅地の一角。10年前から仙台市に通うサラリーマンの一戸建て住宅が並ぶ。今から5年前、兄弟は祖母、両親、妹2人と同町内の借家から引っ越してきた。外壁が白い2階建ての家の2階和室に兄、1階台所に弟が倒れていた。死因は栄養失調による衰弱死。冷蔵庫に梅干し3個。床には1円玉が数個。料金滞納で電気は切られていた。家の前には兄弟の自家用車があった。 窓にハエの群れ 転居1年後に父親、その1年後に祖母、昨年1月には母親が相次いで亡くなっている。今年4月に妹2人は家を出て別のアパートに移った。それ以後、家には兄弟だけが残った。近所の人が借金の取り立てと見られる金融業者が度々訪れているのを目撃している。家は兄弟名義の所有で、住宅ローンは3000万円程度。兄に多額の借金があったという話もある。弟は6年間勤めた地元の郵便局を2年前の夏、辞めた。母親は亡くなる前に、周りに「息子が働かない」とこぼしたこともあるという。パート勤務で生計を支えていた母親が亡くなった後、兄の姿を周りで見かけることはなく、弟がたまに顔をのぞかせていた。 この兄弟の遺体が発見されたきっかけは、窓にへばりついていた無数のハエの群れだった。兄弟の姿を見かけなくなった近所の人が不審に思い町に調べるように求めたが、らちがあかなかった。ようやく「ハエの訴え」に警察が動いた。なぜ兄弟は働かないで、餓死を選んだのだろうか。 「コンセント」の現実化 この経緯を聞きながら、若者に人気がある田口ランディの小説「コンセント」の世界を思い起こした。小説では家族の前から姿を消した兄が2カ月後、アパートの部屋で餓死した姿で発見された。妹ユキがその部屋に赴くと異常な臭いが充満、その中でコンセントにつながれたままの掃除機を見つけた。そのコンセントにこだわり、引きこもりだった兄のメッセージを読み解いていくストーリーだ。では現実で起きた兄弟の餓死はどのような意味があるのだろうか。 働くことに恐怖していたのか。世間体を気にする母親が亡くなって、引きこもりやすくなったのか。カネがなくなった引きこもりには餓死が待っているのか。逆に寄生させている親がいる限り、引きこもりは餓死しないのか。兄弟一体の引きこもりであるために餓死にまで至ったのか。疑問は尽きない。 忍耐の先が見えない 私も10代後半から20歳ぐらいまで断続的に引きこもったことがある。途中に父親の死や受験の失敗を経験した。母親の期待を裏切ることや「甘えるな」という世間の目が怖くて、自室からはうように出てきた。その意味では「引きこもり挫折派」だ。運良く高度経済成長の右肩上がりの中にいた。 その時代の後押しを受けて、忍耐の先にある果実を得ることができると信じることができたからでもある。今は嫌なことを耐える先が見えない。答えがない時代だ。兄弟の餓死の光景から、「頑張って生きても何も得られない」という若者の虚無感の底深さを、垣間見る思いがする。///////////////////////////////////////////////////////生きたくても生きられない人々がいる。何故、生きようとしないのだろう?自らの意志で餓死するなぞは、生きていくより難しい筈なのに。昔の偉いお坊さん並みの意志力がいるのだから。いつからこんな風になってしまったのか?ふと、宮沢賢治の詩を思い出した。あなた方からみればさんざんたるけしきでしょうが わたしからみえるものは すきとうった青空ばかりです 宮沢けんじ
2008年01月24日
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今晩は。独酌です。福岡で飲酒運転の挙句に幼い子供3人の命を奪った【大林】という人殺しが、7年6ヶ月の判決が不当に重いものであると控訴したそうです。去年の暮れに北海道で、自分の幼い長男と三男を自宅に1ヶ月以上置き去りにし、三男を死亡させて死体を遺棄した母親に懲役15年の判決が下されました。この量刑が軽いのか重いのかは独酌には解りませんが、福岡の判決がお話にならないくらい軽いものである事は判ります。それを控訴しやがるとは・・・他人事ながらかなり腹が立ちます。いけしゃーしゃーとふざけた事をヌカス人殺しは論外としても、浮世離れしたバカ裁判官にも「ふざけるな!」と言いたいです。毎日、役人に苛められて心が荒んでいってるのに、久しぶりに家に帰ってみればムスコが「オヤジ、オレの携帯ハイレグに変えてくんないかなぁ~?」塾や部活で遅くなる時に見たいテレビがあるのだとか・・・バカを蹴っても心は晴れません。「お前にはワンセグもハイレグも100年早い!」白い犬のお父さんのように吼える独酌でした。
2008年01月23日
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今晩は。独酌です。本日はデニス・テーフ博士の論説の続きとなります。//////////////////////////////////////////////////////////////【事実vs.感傷】 デニス・テーフ・・・その2 最近では、日本人がより多くの肉を食べるようになってきたのと同じく、オーストラリア人がより多くの海産物を食べるようになった。特に海老、蟹、ロブスター、イカなどを食べるようになった。私が東アフリカで研究している頃、タンザニアでは、現地の人々は肉を沢山食べる経済的余裕はないが、それでも蟹は食べないという事を知った。蟹は蜘蛛に似ているので、彼等にとっては食べられないからである。また海老も同様な理由から現地の人は食べないので、私は漁業調査航海中、大いに海老と蟹を食べることが出来た。しかし、現地で珍重されているイナゴの内臓は食べる気にならなかった。動物性の食品には、どんなものでもある程度の栄養素がある。であれば、ヒトが何を食するのかは問題ではなくて、食品となる資源の種が持続できるか否かが問題なのである。 最近オーストラリアで制作された「ベーブ」という映画がアメリカやニュージーランドでも人気を拍しているが、これは、子隊が逃げる物語である。人間の声で吹き替えられて、あたかも子豚がしゃべっている様に制作されているが、折しもこの三ヶ国での豚肉の消費が減少しているというのは、単なる偶然とは思えない。英国では狂牛病の発生とともに、食生活に変化が見られている。狂牛病の原因が牛の餌となった感染性の穀物にあるからである。 畜産には、危険が伴う。家畜は集団で飼育されるので、感染性の要因が発生すれば直ちに伝染の危険がある。その上、脂肪を減らし、肉を柔らかくし、生産を上げる為にホルモンの投与を行う方式が開発されたので、この結果人間と家畜の健康を害するような副作用がないように常時モニターを続けなくてはならない。これに比較すると海産物は、汚染されていない海水の中で生産される。従って、食物連鎖の中で感染する可能性が低い。 世界的に我々が将来直面する二大間題は、環境と過剰な人□増加である。後者の問題には、食糧管理問題が伴ってくる。地球の表面積の70%が海洋であることを考えれば、そこから生産される食糧資源を無視することは出来ない。しかし、我々はこの資源の管理を誤ってはならない。過去の経験では、漁業も捕鯨もともに、誤った管理の歴史があることは疑いなき事実である。アメリカとオーストラリアを含む過去の捕鯨大国は持続的な資源管理について失敗している。その結果、シロナガス鯨のような大型鯨類が絶滅の危機に瀕している。最新のシロナガスの資源量は200から1,100であるとされている。(長崎、1989)もしもシロナガスの資源がこのレンジの低い方にあるとしたら、この鯨類資源の回復を、ただ手をこまねいて待つというのでは十分ではない。資源は、さわらずに置けば自然に回復するものであるという考え方では、枯渇した資源を救うことにはならない。海洋資源についての我々の経験から、ある種が増殖するには、他の種が占有していたニッチェが空いたので、そこを取り込むという現象がある。シロナガスが回復しないのは、同じ種を索餌している他の競合相手の生物が増加しているので、シロナガスが比較的因難であるということは大いにあり得る。どの種とどの種がこのような競合関係にあり、その中でどの種が全体のバランスを崩すような増加をしているのであるかを確かめる共同努力が必要である。シロナガス種が保存される為には、どのような処置が必要であるのかを確かめる必要がある。処置には他の二三の種の間引きも必要であるかも知れない。また、シロナガスが生息している海域でのオキアミの直接的捕獲は避ける必要があるのかも知れない。もしも、ある種の間引きが必要であると判断された場合に、間引きを野放しにしてはならない。そうすれば、また、生態系の混乱をさらに深刻化するであろう。間引きによって、種が有効利用され得るのであれば、ガイドラインを決め、それを守り、独立した科学者のチームがそれが守られているかをモニターして間引きされなくてはならない。 オーストラリアでは、カンガルーの中のある種は絶滅に瀕しているが、一方増加して、他の生物種に脅威を与えているものもある。科学調査の結果、ある種のカンガルーは羊と競合し、羊の索餌域での餌を限界を越えるまでに食べつくしている。養羊業者は、毎年ある種のカンガルーを射殺する許可を得ている。カンガルーの種でも枯渇ているものがあり、必要以上に豊富な種を間引きすることは、枯渇した種にとっても羊にとっても恩恵を与える。羊は飼育の地域の柵を飛び越えて外の地域で餌を食べることは出来ないからである。間引きされたカンガルーは今では、都市のレストランなどで、人間の食用に供され、健康的なグルメ食品となっている。クインズランド大学の動物学部のゴードン・グリッグ教授は、草牧地の利用ではカンガルーの方が羊より効率が高いと言っている。彼は牧草が良く育たない地域では、羊よりもカンガルーを食用に飼育する方が理にかなっていると提案している。この提案には、やはり情緒的な反対者が出ている。カンガル-は美しいし、毛皮も素敵な哺乳類だというのが理由である。しかし、情緒による論は、事実と現実によって、矯正されなければならない。現実は、「どんな種であっても、可愛く、美しく、毛皮が素敵であろうと、鱗があろうと、もしも劇的に増加した場合には、同じ棲息域内で競合する他の生物の餌と場所を奪うのである。」 過酷であるが、自然の法則は、より強靭な生物が生き延びることを可能としている。その結果、ある種の生物が絶滅していくこともある。この現実は地球上の管理者としての人間にとってのジレンマである。「もしも、自然のバランスが人間の活動によって崩されたのであれば、それを矯正するのも人間の責任ではないのか?」//////////////////////////////////////////////////////////////この論説の著者は海洋生物学者であると同時にジャーナリストとしても活動しています。こんな人もいる訳ですが、一般の意見としては捕鯨反対が多数を占めているようです。オージーの人たちは一生、羊と牛だけ食べて暮らしていく気なんだろうか? それならそれで良いけどね、オージーらしいと言えば言えるか・・・。
2008年01月22日
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今晩は。独酌です。いやはや、ひっちゃかめっちゃかな状態になっております。何が合法で何が違法なのか・・統一の見解すら提示されていないので独酌、人材派遣会社の担当者、総務課etc・・皆、手探り状態でもがいています。こんな時の為に顧問弁護士がいるんじゃないのかよ? 愚痴っても始まらないので目隠しをしたままソロリソロリと地雷原を進む独酌です。前回ここに書いた通りにオーストラリア人の見解もご紹介しようと思います。少し長めなので2回に分けてという形になります。//////////////////////////////////////////////////////////////【事実vs.感傷】 デニス・テーフ オーストラリアの水産生物学者として、私は、効果的な海洋生物資源の管理に興味を抱いている。私は、今までに数多くの海洋生物種についての意見を発表してきた。そのような立場から、私は、枯渇した種の保護と海洋環境とのバランスに関心を持っている。正直のところ、初めは、私も感情的な議論に心をゆさぶられたことがあった。しかし、永い間に私の意見は当初の感傷的な見地から事実に基づく意見へと変わってきた。 過去二十年間、私はNGOや政府自身による非常に感情的な論旨を聞いてきた。彼等はこのような論旨を駆使して、さまざまな生物種についての世論を動かそうと試みている。感傷的な論陣が成功するのは、特に事実に基づく情報が少ない場合である。このような場合に、相手の国は何であれ、人種的偏見とか、文化の違い、また未知なものへの怖れという要素が加われば、感情論にとっては、おあつらえ向きの舞台ができ上がる。 前述のように、私でさえも、こういう感情論には弱かった。1970年代の半ばに、シドニーで私は国立科学産業研究所(CSIRO)の水産部に所属していたが、その頃丁度私の上司でもあった、K.ラドウエー・アレン博士が議長で私たちの所内でIWCの、ある会議が開かれることになった。会議が開かれる前に、研究所の門前にグリーンピースの一群が集まり、「鯨を救おう」と書かれたのぼりを掲げ、口々に「鯨を救おう」と叫んでいた。その時私は、彼等の熱意に動かされ、彼等を支持したい気持ちに駆られた。鯨が地球上から消えることを喜ぶものはいないからである。しかし、彼等の代表と会って討論すると、彼等の論旨が、いい加減であるということが判った。先ず、彼等の論旨の基本には、鯨は全て同じであるという信念があった。実際彼等の中に、鯨にも色々な大きさの色々な種があることを知っているものは少なかった。 巨大な鯨種であるシロナガスは確かに枯渇しており、保護を必要としていた。しかし、その一方比較的小型のミンク鯨などは、豊富なばかりでなく、増加している傾向があり、その理由の一つは、恐らくシロナガスのような大型鯨種が枯渇したからである。ミンクもシロナガスも同じ餌を競合して食べているのである。このように、どんな鯨種も同じ生き物であると考えることは、余りにも単純な考え方である。類推的にいえば、同じ大型の哺乳類で陸に棲むマウンテンゴリラは枯渇しており、彼等を保存することは、人類にとっても重要であるのに、マウンテンゴリラの保護を訴えるものは殆どいない。むしろ、人間が彼等の生息を脅かしている程である。私がルワンダの山岳地方を訪れた時、巨大なシルバーバックゴリラに遭遇した。私は連れの国立公園のレインジャーに「銃があって良かったね」と言ったが、レインジャーの答えは、「銃は私たちを守るのではなくて、ゴリラを密猟者から守る為に持っているのです」というものであった。 グリーンピースがしばしば使う論旨に、「鯨は大きく崇高な生物であるから救わなくてはならない」というものがある。確かにそうであろう。種の保存を考慮せずに捕獲するのは無責任である。捕獲は、その種の福祉を考えてから行うべきである。しかし、鯨の健康というものは、自然の法によって支配されているということも考えなくてはならない。肉食性の種は、索餌習性により、先ず不健康なものを間引きし、次に老いたものと負傷したものを取り除く。我々人間は、雑食性であり、我々の消化器官は栄養素であれば植物性も動物性のものも消化できるように造られている。このような食性を考えると、人間は動物が死ぬのを待ってから食べるというのは、我々自身の種の生存にとって不健康である。だから、我々は植物であれ、動物であれ、生きた栄養素を新鮮な状態で取り入れる。だからといって、私は生物を無駄に殺生せよというのではない。我々人間は地球の上で、他の生物資源のバランスをチェックしながら、管理出来るという特権を有する生物なのである。だからこそ、人間は他の種の生存に劇的な影響力をもっているのである。 ある人々は鯨は高度に知能が高く人間のようなコミュニケーションの機能があるから殺してはいけない、という。この論旨は、一見説得力があるように見えるが、事実より感情に基づくものである。鯨は知能が高いとしても、陸上動物でいえば、犬、豚、チンパンジー以上のものではない。コミュニケーションの機能から言えば、蜜蜂などは高度に洗練されたコミュニケーション機能を有している。我々が食物として依存する牛、豚、山羊、鹿、兎、カモシカ、などは比較的知能が高い動物である。特に豚は、人間と霊長猿との中間に位置する知能があると信じられている。 では、野性資源の枯渇を防ぐ為に、我々は野性の動物資源を食べずに、家畜のみを食べるべきであろうか?この質問に答えるには、我々は文化の相違という問題に立ち入る必要がある。ある文化が慣れ親しんできた食物を他の全ての文化に強要すべきなのであろうか? オーストラリア、ニュージーランド、米国、カナダ、その他のヨーロッパ諸国は食肉を大量に摂取し、家畜の牛、豚、鶏などに依存してきたが、日本やスカンジナビア諸国は、海産資源に依存してきた。どちらの場合であっても、人間が資源に対して人道的な処置をとり、種の保存を脅かす行為をしないならば、問題とはならない。 反捕鯨の人々は、「私達は鯨肉を食べない、だから貴方達も食べなくてよい」という議論をする。このような議論は文化の違いを完全に無視している。動物性食品でヒトの消化器官にのみ対応しているものはない。このような議論をするならば、ヒンズー教徒がアメリカ人やオーストラリア人に「私達は、牛を食べない、だから貴方達も食べるのをやめなさい」というかもしれない。 オーストラリアでは、我々は、食生活で牛肉や羊肉に大きく依存している。我々は日常これらの動物の内蔵である舌、脳味噌、腎臓、肝臓、胃腸壁や血液を凝固したブラック・プディングなどを食べる。他の文化圏の人々にとって、こういう食物は、考えただけで、ぞーっとするのではなかろうか。オーストラリアのアボリジン(先住民)は、カンガルー、蛇、ゴアナ(とかげ)、山芋、地虫、などを伝統食として食べている。昔、移住してきたヨーロッパ系のオーストラリア人はこれらの食物を気味悪がっていたが、今では、高級レストランで、地虫の料理をメニューにいれている所さえある。人間というものは、文化に慣れ親しむにつれ、より寛大になるのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////去年の夏にオーストラリアでは強風に吹き飛ばされて通常の移動のコースを変えて来襲した何百万匹というボゴンヤガ(夜蛾)に悩まされていました。大量の蛾が窓に群がり、エアコンダストが詰まるなどさまざまな障害が出ている中で、キャンベラのあるレストランでは蛾をメニューに加えることにしました。同レストランのグラバーさんは、羽や体表の毛を焼いて取り除いた上で、スープに入れたりブランデーに浸して客に出すつもりだと話してました。 ボゴンヤガは脂肪分やタンパク質が豊富で、アボリジニは昔から貴重な栄養源として利用してきました。フランス料理とアボリジニ料理の融合の先駆者であるフランス生まれの料理人ブリュトゥさんは、「木の実のようにカリカリして、ポップコーンの香りがする。バターでいためたハシバミの実のようだ」と言ってます。 ブリュトゥさんによると、カノラ・オイルを少量加えて3分間ほど焼いた胴体や、コーヒー用のミキサーにかけて粉末にし、オムレツに振りかけて食べるのがお勧めだそうです。人好き好きだから何を食べても良いのだけど、独酌は蛾よりは鯨が良いなぁ・・・
2008年01月21日
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今晩は。独酌です。【American Spectator】誌にこんな記事が載っていました。////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////【捕鯨者を救え】 David Andrew Price February, 1995昨年1月のある朝、ノルウェーにある港町 GRESSVIK に住む ENGHAUGEN 氏は、彼の捕鯨船がいつもより沈んでいるのに気が付いた。 船に乗って調べたところ、船はまさしく沈んでおり、誰かが海水弁を抜いて、機関室に鍵をかけていたことが判明した。鍵をあけたところ機関は水面下に沈んでおり、シー・シェパード(カリフォルニアの小さな環境活動グループで捕鯨者に対する実力行使で知られている)からのメッセージが残されていた。 彼の船を含めて、シー・シェパードは1979年以降ノルウェー、アイスランド、スペイン、ポルトガルの船を11隻沈めたり、壊したりしてきた。 船は1994年の漁期には間に合ったものの、彼の災難は終わったわけではなかった。 7月1日、オランダ沖を探鯨中にグリンピースの活動家5名がゴムボートから船に乗り移り捕鯨砲を占拠しようとした。 一人は乗組員に海に放りこまれ、残りは海に飛び込んでゴムボートに拾われグリンピースの母船に戻った。 一週間後、彼の船が鯨をしとめたところ、他のグリンピースのグループの船が鯨を逃がそうとして銛網を切断した。 またあるグループは再び船に乗り込もうとして乗組員に放り出された。 ENGHAUGEN は1隻のグリンピースのゴムボートに鯨の解剖ナイフで穴をあけた。次の2週間、彼と乗組員はグリンピースの船とヘリにつきまとわれた。 彼らは ENGHAUGEN の捕鯨を阻止することはできなかったが、アメリカでの彼らの広報活動についてはまた別の展開をみせた。 過去20年にわたる鯨救済運動は捕鯨業に対する大衆の反対を盛り上げることに成功し、米国や他国は捕鯨モラトリアムを採択した。この功績の一部は、はるかに国際的保護を受けていないクルド人、ボスニア人、ルワンダ人よりもテレビでカリスマ性を持っている鯨そのものに帰すべきであろう。 その成功は、反捕鯨者のインチキな主張にハリウッドやマスコミがだまされたことによる。 鯨を絶滅させるという主張の根拠は間違った情報によるものである。 19世紀の捕鯨華やかなりし頃欧米諸国や米国が無数の鯨を殺したことは事実であるが、「鯨」が絶滅に瀕していると主張することは、「鳥」が絶滅に瀕していると主張するのと同じくらいに意味が無いことである。鯨には70種類以上がおり、それぞれの資源量はそれぞれ大変異なっている。 あるものは絶滅に瀕しているし、あるものはそうではない。シロナガス鯨、コク鯨、ザトウ鯨は確かに枯渇しているが、これらはグリンピースやシー・シェパードが出来るずっと前から国際条約によって保護されているのである。(そこには、ロシア環境健康問題専門家の ALEXEI V.YABLOKOV が暴露したように1960年代に旧ソ連の船が保護鯨種であるセミ鯨を700頭以上も違法にとったという問題もあったが、1972年に出来たIWCのオブザーバー計画によりソ連の違法操業は事実上終了した) ENGHAUGEN や彼の仲間がとっている鯨はミンク鯨だけであり、ノルウェー人はこれをステーキやミートボール、バーガーにして食べている。 ミンク鯨はアンガス牛ほども絶滅の危機には瀕していないのである。 1994年に合計279頭のミンク鯨が捕獲されたが、そこには約87000頭が棲息し、世界中では総数で約90万頭がいるのである。 IWCは1982年、1986年から5年間の商業捕鯨を禁止した。このうわべ上の目的は捕獲開始前に鯨についてのより正確なデーターを集めるというものであった。 ノルウェーはIWCで認められる権限により異議申し立てを行ったが、その禁止には自発的に従った。 しかしながら捕鯨国は,米国を含む大多数のIWC加盟国の本心が 鯨の頭数がいくらであろうとも モラトリアムを無期限に維持する事であることを,すぐに悟った。カナダは1982年に,アイスランドは1992年にIWCを脱退した。ノルウェーは商業捕鯨の自粛を1993年に解除した。鯨資源の実状を無視した委員会に抗議して、イギリスのIWC科学委員会議長は、委員会の行為は科学とは無縁であることを怒りを込めて辞任状にしたためて、その年に辞任した。 いずれにしろ、IWCはモラトリアムを翌年の会議で継続した。 1993年の議会調査局(CONGRESSIONAL RESEARCH SERVICE)によれば、鯨に関するデーターは保護主義者の主張を弱めるものであり、“もし米国が商業捕鯨モラトリアムの継続を主張するとすれば、さらに倫理面に頼らざるを得なくなるだろうと認めている。 捕鯨の禁止はもう保護の問題ではなく、言い替えれば、アメリカや西欧の鯨に対する考え方を捕鯨国(アイスランド、ロシア、日本、カナダ・アラスカのエスキモーを含む)に押し付けるものである。 捕鯨反対者がよく口にする、鯨は人間のように知的であるという考え方には殆ど根拠がない。 鯨類は大きな脳を持ってはいるが、そのことと知的能力とは別の問題である。 鯨類知能研究の専門家であるケンブリッジ大学の MARGARET KLINOWSKA は、鯨の脳の構造はハリネズミやコウモリなどの原始的動物と多くの共通点があると考える。 鯨類は訓練して芸を行わせることも出来るが、これは人間に匹敵する頭脳を持つなどと決して言われることのないハトや他の動物でもあてはまることである。 また、鯨が人間の言語のような機能を持つという話もあるが、これも今の所単なる言い伝えに過ぎない。他の多くの動物同様,鯨も音声を発するが,それらが単語や文章を形成しているという証拠は何も無いのである。よく知られた”歌”も,1年の半分の時期に雄だけによって発せられており,言葉というより鳥のさえずりに近い。 鯨類の知性に関わる迷信の多くは変人科学者 JOHN LILLY におうところが多い。 彼は医者であり1950年代に鯨やイルカは人間より賢いだけではなく、より多くの伝達手段をもっている。 さらに独自の文化、哲学、歴史、科学を持っており口伝えに子孫にそれらを伝えていくことを確信するに至った。 これは彼のバージン島の研究所で飼っていたイルカの観察から得られたものであるが、殆どは粗雑な論理の飛躍によるところが多い。 彼はまた1970年代後半に、国務省が鯨類と条約を結び、彼らと交わることで人間性を培えば「銀河系共存管理センター」は地球に使者を派遣し異星人との接触の機会を与えるだろうと予測している。 鯨の人格化は1993 年にシー・シェパード代表の PAWL WATSON がノルウェーに公開状を送った時に新たな頂点に達した。 このレターで、彼は“鯨達は貴方達に対して、ユダヤ人がナチスに対して抱くような感情を持つだろう。 鯨達の目には、ドイツ帝国の怪物達も捕鯨砲の後ろにいる怪物達も同じに映るだろう”と述べている。 鯨類行動の研究者達は LILLY の主張を認めなかった。 サンタクルスのカリフォルニア大学のイルカ研究者 KENNETH NORRISHA は野生のイルカを研究した中の一人で、イルカの音波探知に関する我々の知識は殆ど彼におっているわけだが、彼の著書によればイルカは“複雑な動物の伝達手段を持ってはいるが我々のような統語的なシステムとなると、それを持っているかどうか確かな証拠はない”と述べている。フロリダ大学でイルカ行動を研究した DAVID と MELBA CALDWELL は“イルカが話をすることはない”と断言している。“イルカは、殆どの研究者が考えるように、一般の犬よりは幾分知能が高い程度の、異常に人懐っこいだけの動物だろう”と述べている。 ハワイ大学の海産哺乳類研究所の部長で反捕鯨でもある LOUIS HERMAN は、1967 年以降飼育イルカを1976年以降野生イルカの行動を研究したが、自然状態でのイルカの発声が言語を構成するという証拠は無いと述べている。 では鯨はどうか? “他の鯨類がイルカと異なるとは考えにくい”と彼は言う。 捕鯨取締りに対するアメリカの政策はまさに文化の押し付けである - これは我々がフランスで好まれる馬肉を毛嫌いするのと同じである 。鯨保護者達は、鯨は海に住むアインシュタインで絶滅に瀕しているなどという考えを売り込むことに成功した。こういった理由により、グリンピースの陰謀を描いたアイスランドの映画製作者であるマグナス・グドムンドソンが、これらの運動を“巨大な欺瞞産業”と呼ぶこともうなずけるのである。////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////Spectator:見物人・傍観者・野次馬といった意味ですが、目撃者の意味もあります。アメリカはここに来て幾らか考えを改めてきているようですが、イギリスとその子孫たちはマスマス騒ぎ立てています。オーストラリアは今でさえあんなに魚(食べる方ですよ)高いのに気にならないのだろうか?鯨を放ったらかしにしていたら人間が食べる魚が近い将来に無くなっちゃう可能性があるのに。鯨やイルカなどの海洋性哺乳類が捕食している海産物は全人類の漁獲高の1.6~2倍と言われています。中国も最近じゃ魚を食いまくってるし・・・一昨日も築地市場で最高値を付けた【本マグロ】は日本の鮨屋でも料亭でもなく香港の料理屋が競り落としたとか。明日?(に日記の更新が出来るかは解りませんけど)はオージーの意見を取り上げてみようと思ってます。
2008年01月18日
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今日は。独酌です。米ホワイトハウスは15日、地球温暖化防止のためブッシュ大統領が提唱した主要排出国会議(MEM)の第2回会議を30、31の両日、ハワイのホノルルで開催すると発表した。 米国が日本や中国など15カ国と欧州連合(EU)、国連を招待。世界の温室効果ガス排出量の約8割を占めるこれらの国や地域で、今年中に、京都議定書に定めのない2013年以降の国際枠組み(ポスト京都)の大枠合意を目指す。舐めてんですかねぇ・・アメリカさん。京都議定書を蹴っておいて・・それに振り回されても文句ひとつ言わない大人しい飼い犬「日本」・・ポチくらいに思われてるのか?そう言えば、ハワイのホノルル・・サンフランシスコに並ぶアメリカの一大捕鯨基地でした。//////////////////////////////////////////////////////////////【米国の「捕鯨政策」過去、現在、未来】 米国では植民地時代から、再生可能な野生生物と海産資源の消費は、社会の商業的、文化的、生存上の利害に大きな影響を及ぼしてきた。今日の米国で、魚類、家禽類、野生動物の肉は4千万人を超える狩猟者、罠猟者、漁民、土着民にとって必需品となっている。 数多くの法律、規則、国際協定を通じて、数々の資源保護法が作られてきたが、これらの法律は、再生可能な野生動物や海洋資源を消費的に利用することが、資源を管理する上で重要であるとする科学的原則に基づいている。米国は、魚類・野生生物資源に関する多くの二国間および多国間協定に加わっている。これらの協定のほとんどすべてにおいて、最大持続生産量の変動に見合った形での、管理枠内でのある程度の消費的利用が認められている。 そのような協定の中でもっとも重要なものの一つは、128ヶ国が加盟する「動植物の絶滅のおそれのある種の国際取引に関する条約」(ClTES-通常ワシントン条約と呼ばれる)である。商業的利用には規制が必要だが、野生生物によってその利用に耐える度合いが異なることを考慮した上で、ClTESは暗黙のうちに野生生物の消費的利用を認めている。 これらの協定に見られる共通点は、科学的管理が必要であるとの認識、さらにこれらの資源を人類が食用などの目的で消費できるという概念である。 1946年に国際捕鯨取締条約が締結され、米国は締約国となった。同条約の目的は、「鯨類資源の適性な保存をはかり、捕鯨産業の秩序ある発展を可能にすること」である。米国が提出した条約草案では、「捕鯨業の秩序ある保存と発展」が求められている。 一般的に見て、米国が締約国になっているほとんどの国際協定では管轄権の下にある種または国内に輸入された製品について直接的な利害が存在する。米国の捕鯨の「最盛期」は1835年から1865 年であった。しかし、その後も1970年代まで、米国の捕鯨はペットの餌の供給という形である程度存続した。とはいえ、捕鯨そのものは米国では長年にわたり、なんら支持基盤をもたなかった。 米国はlWCで積極的にリーダーシップを発揮してきた。鯨製品の消費的利用が認められるなかで、利用と保存の間の均衡を作り上げることが、当初の米国のlWCへの参加の目的の一つであった。しかし、その立場は1970年代に著しく変わった。 あらゆる消費的利用に反対する環境保護グループは、米国の資源保存に関する政策の策定の過程で、科学的管理を感情と置き換えようとした。行政および立法政策に影響を及ぼす多くの努力が行われた。しかし、野生生物の利用は資源保存およびスポーツ・ハンティング・グループの強い支持を得ていたため、環境保護グループが自分たちの非消費的利用の哲学を浸透させることができなかった。しかし、捕鯨に関しては、消費的利用を認める政策に影響を及ぽす直接の支持基盤がなかったため、環境保護グループの立場に迎合する政策が、何ら反対されることなく、つい最近まで受け入れられてきた。 1972年に、議会は海産哺乳動物保護法(MMP A)を採択した。同法の下で、免除証明が発行されないかぎり、海産哺乳動物製品の捕獲および輸入にモラトリアムが適用される。環境保護グループは、「商業捕鯨の再開に対する全会一致の反対決議」の議会での採択に成功した。(しかし、同決議はなんら法律上の効力をもたず、実際には、重要事項になんら有意義な影響を与えていない。) 議会はまた「漁業者保護法へのぺリー修正法」を修正し、一定の野生生物に関するガイドラインに違反する行動をとった国からの水産品以外の製品の輸入禁止を含めるまで拡大した。ぺリー修正法は、海産捕乳動物保護法の権限を支持している。ぺリー修正法の下で、商務長官は、外国の国民が国際的な野生生物保存計画の効果を減殺するような操業を行った場合はいつでも、大統領に対しその旨証明を行う権限を与えられている。大統領は、当該禁止措置が貿易・関税一般協定(GATT)で認められる範囲において違反国からの輸入を禁止することができる。1980年に環境保護グループの激しいロビー攻勢の末、米国は商業捕鯨モラトリアム提案をlWCに提出したがそれは失敗に終わった。しかし、1982年会議で、lWC締約国は1986 年までのフェーズ・アウト期間中に、商業捕鯨を全面的に停止するという提案を採択した。しかし、同提案は、1990年までに資源の再評価により持続的捕獲の可能性が示されれば、捕鯨再開の可能性を認める「早期の見直し」を条件にしていた。 条約で認められているとおり、4ヶ国の締約国-日本、ノルウェー、ペルー、旧ソ連-はモラトリアムに対する異議申立を、条約で定められた期限内に行った。日本は後に異議申立てを撤回した。 1990年代の一連のlWC年次会議では、受け入れ可能な管理方式の策定または主要な鯨類の資源状態の見直しに努力が傾注された。しかし、現在までなんら実質的結論は得られていない。その結果、1992年会議で、ノルウェーは、1993年から、わずかな頭数のミンククジラの捕獲を開始すると発表した。ノルウェーは異議申立をしているため、法律的には捕獲が可能である。これに対して、米国他16ケ国は、「ノルウェーの立場に懸念と遺憾の意を表明する」共同声明を発表した。 非常に重要な点として、科学委員会は1993年会議で、改訂管理方式(RMP)ならびに絶滅のおそれがないミンククジラの限定的捕獲は資源に悪影響を与えることなく実施できるとの見解を発表した。しかし、科学委員会の全会一致の勧告にもかかわらず、米国などlWC内の多数派はこの勧告を拒否した。1993年5月のノルウェーへの覚え書きで、米国は以下の声明を行った。 「現在、米国議会およびアメリカの一般市民は、商業捕鯨を支持していない。したがって、米国は、商業捕鯨再開を支持しないことを決定した。」 その後、環境保護ロビーは、精力的に米国がノルウェーに貿易制裁を発動するよう求めた。この努力のために、環境保護グループが百万ドル以上の金額を費やしたと推定される。 「米国議会と一般世論が限定的商業捕鯨に反対している」という前提にはこれまでまったく異議が唱えられなかったが、1993年7月に、始めて、この前提に反対する共同行動が取られた。上院・下院の議会スポーツマン会議(Congressional Sportsmen's Caucus)の幹部が、「世論であるとの認識、またはこの場合、議会の見解であるとの想定に基づく政策」について質す書簡(1993年7月12 日付)を商務長官に送った。同書簡は以下のとおり訴えている。 「野生生物の採捕に関するモラトリアムが科学的に正当化されれば、それは厳格に実施されるべきである。しかしながら、その同じ基準によって、限定的かつ管理された捕鯨が支持されるときは、その結果を支持すべきである。捕獲を行う決定をしている国は、貿易制裁のおそれ、批判または貿易制裁を受けることなく行動することを許されるべきである。」 それに対して商務長官は以下の通り回答した。 「文化的伝統などの(科学以外の)その他の要因もまた重要である。科学は、ある活動が資源を害することなく進められるかどうかを教えるだけである。科学は当該活動を進めるべきかどうかについてはなんら情報を提供しない。」 それにこたえて、同会議は米国には消費的利用を含む野生生物と海産資源利用を支持する長い伝統があると指摘した。 「科学的原則に基づく、限定された海産資源の捕獲が、捕獲の決定を基づかせる適切な基準として国際的に認められている。米国は、国内的にも国際的にもそれらの再生可能な資源の消費的利用の政策をとってきた。この歴史的に正しい立場から外れることは、世界の他の国に最も不適当なメッセージを送ることになる。」 つまりここで初めて、議会メンバーが海産資源の科学的管理の例を根拠に、捕鯨に関する保護主義的立場を問題として取り上げたことになる。 1993年8月5日に商務長官は、大統領に対ノルウェー貿易制裁の実施を勧告したが、大統領は制裁を発動しなかった。 1994年のlWC会議で、米国は、科学に基づく管理を受動的に認める言葉でカムフラージュしながら、明らかに保護的な線に固執する反捕鯨の立場を固持し続けた。しかし、同会議では改訂管理方式を推進する決議が採択された。 この時点で、米国の政策を料学に基づく管理に引き戻すための積極的な行動が見られた。第一に、 1994年に議会は、1992年と1993年のように、限定的商業捕鯨再開に反対する決議を採択しなかった。また大きな草の根団体により、限定的商業捕鯨の再開への組織的支持が見られた。さらに1994 年lWC会議には、消費的利用を支持する非政府団体(NGO)が多く参加した。これは各国代表団、持に米国代表団にとって無視できない事実だった。 本項執筆時に、米国は、北東大西洋あよび北大西洋中部ミンククジラ系群の附属書1(絶滅の状態にある)から附属書2への降格を求めるノルウェーのCITES附属書修正案に反対する動きを示した。現在、草の根団体、協会、また数名の議員が、精力的に、米国の捕鯨政策に反対する運動を展開している。ここから、科学に基づく管理の実現に向けて、目覚ましい形で支持基盤ができつつあると言える。 要するに、限定的商業捕鯨を阻止しようとする現在の米国の立場に真剣に反対する積極的動きが、米国の世論と議会内に存在する。そこで主張されている立場は、国内法と国際協定に伝統的に見出される健全な管理原則に基づくものである。米国は、保護主義的哲学を固持することで、野生生物と海産資源問題に関する国際的政策の策定で後ろ向きの一歩を踏み出してはならない。時間がかかるとはいえ、変化は起こり得るものだし、また起こるべきである。そして実際にあこるだろう。//////////////////////////////////////////////////////////////これも以前にご紹介したスチーブン・S・ボイントン氏の論説です。鯨にしろ温暖化にしろ日本政府は明確な態度を打ち出さないといけませんね。そろそろアメちゃんのツカイパッから脱却しないと。
2008年01月17日
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今晩は。独酌です。本日も昨日に引き続き、メアリー・キング氏の論説を紹介します。//////////////////////////////////////////////////////////////【西欧人の反捕鯨感情】 スーダンで会ったデニスという名のウガンダの学生が、もしウガンダに行くことがあれば、首都カンパラの某レストランに行くよう勧めてくれた。しかし、そこで出される肉が何の肉かは聞かないほうがいいという。時には人肉が出るという噂もあるそうだ。 そのとき、デニスが私をからかっているのか半信半疑であった。 数ヶ月後に私はカンパラを訪ねた。デニスの話は食欲よりは私の好奇心をそそった。私は冒険心を起こし、そのレストランを探した。それはちょうどデニスが言ったとおり、町の中心からそれほど離れていない薄汚い裏通りにあった。メニューがなく、またウェーターがスワヒリ語しか話さなかったため、私は手振りで、何か飲み物と食べ物が欲しいと伝えた。そのうち、パプ(アフリカの主食であるトウモロコシを粥状にしたもの、ほとんど味がなく腹に溜まる)とともに、肉の皿が運ばれてきた。それは見た目には何ら特別なところはなかったが、肉は汁気が多く、驚くほど美味だった。それは牛肉でも、豚肉でも、羊でも、鶏でもなかった。一体何の肉だろう。私は好奇心に駆られ、その正体を知りたいと思った。 私は身振り手振りで、質問をウェーターに伝えようとした。ダチョウから始まり、象、ワニと身振りで示すのを、ウェーターは何のことかと見ていたが、ついに、私が何を知りたがっているか悟り、やや遠慮がちに私の手をとり、台所を通り抜けて、小さな庭に私を連れていった。 そこには様々の檻が置いてあり、鉄格子の向こうにサルがひしめいていた。何匹かは好奇の目で私を見、また別のサルは互いにふざけあっていた。好奇心が強く、茶目っ気たっぷりで、まるで人間の子供のようだと思った。そのとたん、私はここで食事をしたことを後悔した。どうしてこんなにかわいいサルを食べることができたのだろうか。私はまるで誰かの赤ん坊を食べてしまったかのように感じた。 数年後、私の人生におけるその事件を振り返り、私の感情がある種の気紛れに動かされているのに気づいた。よく知られている英国人の動物愛護の感情である。結局のところ、私は、人間の子供を助けることより、苦しんでいる動物を助けることの方が当り前と思われる民族の一人である。英国では孤児院や老人、病人のための施設よりも、犬、猫の施設のために自分の遺産を残す人が多い。 私はいま、絶滅のおそれがない限り、サル、ネコ、イヌなどを含め、家畜や野生を問わず、どんな動物を食べることにもなんら良心のとがめを感じない。なぜ、ウシを食べることよりもネコを食べることが、またブタを食べるよりもウマを食べることが大きな悪なのだろうか。もしヒンズー教徒が世界を支配していれば、私はローストビーフや∃一クシャ・プディングを楽しんで食べることはできまい。この伝統的な日曜日の昼食の献立を禁じられたら、英国人は激怒することだろう。またイスラム教徒が世界を支配したら、英国、オーストラリア、カナダ、米国などで標準的な朝食メニューになっているハム・エッグに別れを告げなければならなくなるだろう。 私は西欧人が、インドやアラブ世界の食生活に関する法律を守るよう、強制される状況を想像できない。また、馬を溺愛している英国人がフランス人に対して馬肉の食用利用を止めるよう圧力をかける状況も想像できない。では何故日本と日本人が捕鯨とクジラ食を理由にいじめにあうのか。 私は、それがロマンチシズムと人種差別の混じりあった感情であると思う。しばしば政府におもねる西欧のマスコミは我々に、日本人が冷酷にクジラを絶滅に追い込んでいると信じ込ませようとしている。確かに、絶滅のおそれのある鯨種はある。しかし、これらは刺身の材料になるような種ではない。日本の捕鯨者が捕獲しようとしているのは、資源量の豊富な南氷洋ミンククジラだけである。日本人が、鯨を大事な食糧源としてみなしているならば、それを絶滅の脅威にさらすことはまったく不合理であると言える。 西欧人は、自分たちが尋常でないと考える食べ物(クジラ、たこ、イカなど)を食用とする習慣について文化的な判断を下しがちである。マクドナルド・ハンバーガーやピザ・ハットなどがおいしい食べ物の代名詞であると考える人たちの無知な発言や馬鹿げた冗談がよく聞かれる。クジラは、何度も食べてみて、掛け値なくおいしい食べ物であると思う。 東京に行きつけのクジラ料理店がある。しかし、私が鯨肉を食べると言うと、ほとんどの西欧人は判を押したように苛立ちを示し、私に「正しい」政治的立場を押し付けようとする。しかし、私から見れば、彼らは、鯨をロマンチックに理想化した宣伝と嘘の中に迷い込んでいるだけである。 クジラは子猫のように抱きしめたくなるような可愛さはないが、西欧人にとっては海に棲む巨大な神秘的生き物で、その大きさだけでも見るものを圧倒する。クジラは恐竜時代から地球上に生息している原始的な生き物である。聖書でヨナとクジラの話が取り上げられ、また白鯨やピノキオの物語にインスピレーションを与えてきた。 私はクジラのユニークさ、美しさ、またクジラが生存する権利を否定しているわけではない。しかし、同時に私は日本人が、エビを食べるのと同じく、クジラを食べる権利をもつと考える。その一方、私は西欧諸国が自分の顔を鏡に近づけ、嫉妬のために青白くなったその顔を見つめる必要があると考える。私は西欧諸国の反捕鯨の立場が環境保護の関心に立っているとは思わない。西欧は日本の経済的、社会的、文化的成功に嫉妬を感じているのである。西欧は嫉妬心のために不安になり、急速に追いついてきた国に追い抜かれるのではないかとの脅迫観念をもっている。西欧諸国は白人の優位を守りたいと望んでいるが、世界に対する統率カが弱まっているのを感じている。したがって、日本を嫌悪の対象にしようとしているのだ。 マスコミでは、アイスランドのクジラ利用が攻撃の対象となることはあまりない。それはアイスランドが遠隔の北欧の小国で、白人系国家であり、西欧の大国に対しなんら脅威となっていないからである。その反面、日本は、白人の優位を覆しかねない国々の先頭に立っている。 私は日本人が世界でもっとも洗練された食文化をもつ国であると考える。優れた日本料理を食べること自体、芸術の境地に入り込むことである。それぞれの料理が、日本の美術の伝統の粋であるデリケートかつ官能的な絶妙の美学によって呈示される。クジラは、寿司、刺身、歌舞伎、狂言、三味線、尺八などとともに、日本文化の内なる部分である。日本文化はあまりにも豊かで奥深いため、多くの西欧諸国はおそれさえ感じている。 クジラは西欧諸国が日本のイメージを悪くするために使える武器にすぎない。私は日本人がそのような基本的権利について卑屈に譲歩することがないことを希望している。//////////////////////////////////////////////////////////////ナガス鯨の尾身:今では本マグロより高価になってしまいました。独酌の子供の頃には庶民の味だったのになぁ・・ミンク鯨の鹿の子:尾身に比べればお安いですがケッコウ良い値が。ミンク鯨の赤身:これこそが庶民の味・・というよりハッキリ言えば貧乏人の食べ物だったが今では高級品に。ミンク鯨の本皮:赤身と一緒に食べると尾身の味が楽しめます。ミンク鯨のベーコン:好きな人には堪らないでしょう。独酌の子供の時は飲み屋で一番安い(またはタダ)ツマミでした。ニタリ鯨のさえずり:鯨の舌です。牛に比べて格段に大きいこの舌に「さえずり」という可愛い名前を付けた大阪のオデン屋さん、センス有りますね。ミンク鯨の百尋:鯨の腸です。内臓はどんな動物にしろ美味しいものです。醤油や味噌味の鍋で頂くと乙なモンです。 ミンク鯨のおばけ:「晒し鯨」「尾羽活」などとも呼びます。酢味噌などで頂けば良い箸休めに。ナガス鯨の蕪骨:薄く削って吸口や酢の物に用います。コリコリとした歯応えが楽しい珍品です。独酌は好き。マッコウ鯨のコロ:鯨油を搾った後の・・イワユル「絞り滓」です。本来なら捨ててしまう、こんな部位まで日本人は食べてきました。英国人の彼が誉めてくれた日本の鯨料理という文化。独酌の孫やひ孫たちは食べられるのでしょうか?その前に今の人たち、 ↑ ちゃんと知ってる?
2008年01月16日
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今晩は。独酌です。鯨の話の途中ですが一つご報告があります。新聞・TVのニュースなどで目にされた方も多いと思いますが、大手派遣会社の【グッドウィル】が行政処分を受ける事になりました。独酌の会社の子会社も【グッドウィル】と契約していて、今回は実名入りでの報道となりました。「偽装委託」「二重派遣」などに抵触しないようにと適法な体制を目指して動いてはいたのですが、期日を平成20年度(3月21)からと考えていたので厚生労働省からの摘発は正直「やられた」と思いました。「このままではスケープゴートにされかねない・・・」そう危機感を抱いた上層部が先週の金曜日に急遽、取締役会を開催し「来月度(1月21)から完全に適法な状態で運営を行う」コンプライアンス部の連中は大変だなぁ・・・実際にシンドイのは総務かな? などと他人事のように構えていたら、役員会から名指しで徴兵されてしまいました。「オマエが行って来い!」・・・何でオレよ?せっかく家の方が片付いてきたのに、今度は会社の方がバタバタし始めました。新年早々カンベンしてよぉ・・コンプライアンス部は何のためにあるんだ?・・最低限、総務の仕事じゃないのかよ!「面倒事はアイツに任せておけばどうにかするだろう」宮仕えの哀しいところで、「行け」と言われれば行ってこなければなりません。重役の「鶴の一声」で独酌が狩り出される事に。そんな訳で来週から不慣れなところへ乗り込む事になりましたので、今までのようにノンビリとしていられるか判りません。日記の更新も間隔が開くかも知れませんし、皆さんのところへも毎日お邪魔できるかすら判りませんが、何卒これからも宜しくお願い致します。I shall retum !さて鯨のお話の続きです。今日は西洋人の感情面からみた反捕鯨に関して述べた論説をご紹介しようと思います。英国人ジャーナリストで英国・中東・日本で活動し現在世界各国を取材旅行中のメアリー・キング氏の論説です。//////////////////////////////////////////////////////////////【反捕鯨に根ざす無知とロマンチシズム】 昨年の夏、国際捕鯨委員会(IWC)の年次会議が開催されていたときに、私は英国にいた。母と一緒に昼食をしている間、BBCのlWC会議関係のニュースが流れ、日本の漁業者が捕鯨砲でミンククジラを殺している場面が放映された。 私は、以前に牛や豚の屠殺場面や鶏が熱湯に投げ込まれるのを見ていたため、BBCの捕鯨の映像になんら衝撃を受けなかったが、母にとっては大変なショックだった。流血の場面や鯨が苦しんでいる場面は映しだされなかったものの、このニュース番組は視聴者の神経を逆なでするものであった。母の反応はその日テレビ・ニュースを見た多くの英国人の典型的反応であったろう。 母は皿を不快そうに押しやって、人生の中でもっとも不快な場面を目撃したようにテレビに向かって叫んだ。「本当にひどい。なんであんな美しい動物にこんなひどい仕打ちができるのだろう。」 それから母は私のほうを振り返り怒りを込めていった。「おまえ、恥ずかしいと思わないのかい。こんな殺しかたを見たあとで、どうしてクジラの肉など食べられるのかい。」 母の反応は私にとって意外ではなかった。ニュース番組は三分も続かなかったが、私は、マスメディア、特にテレビが、我々のものの見方を作り上げるだけでなく、しばしば自分たちが育ってきた文化の価値観を支えているということを実感した。BBCの報道はバランスを取り、感情に流されず、公平を期すように企画されていたが、報道番組はうたがいなく、動物の屠殺シーンを見せることで、平均的な英国人の感情を害するものであった。西欧人のなかでおそらく、英国人は、動物愛護についてもっとも敏感であることで知られている。事実、多くの人々はこれが英国人の最も愛すべき奇癖の一つと考えている。しかし、残念なことに、英国人の動物に対する思いやりの気持ちは、子ども、老人、社会的弱者には同じように向けられることはない。 BBCの報道は、また先進工業国(特に、西欧や北米)では、人々は自国や貧困国の恵まれない人々の苦しみには慣れっこになっているが、動物を苦しめる人たち(とその様に思い込んでいる)に怒りを向け、動物に慈愛の手を差し伸べるという悲しい事実を浮き彫りにしたように思えた。 私の母は平均的な英国人と同じく、ブルンジ、ルワンダ、ザイール、ボスニアなどの人たちが直面する悲惨な状況をテレビで見ながら、何ら不快感を覚えることなく食事ができる。しかし、動物虐待の番組を見ると、ただちに、「動物への残虐行為に反対する英国王立協会」やWWFにただちに小切手を送るのである。 BBCの捕鯨番組が母を怒らせた背景には、アイスランド、ノルウェー、フィンランドをのぞき、ほとんどの西欧諸国の人々にとって「クジラを殺し、食べる」という考えは理解しがたいという事実がある。クジラはヨナとクジラなどの聖書の話しやピノキオなどのおとぎ話と結びついており、多くの人々の心の中でロマンチックな存在になっている。マスコミも、クジラは絶滅に瀕しているか、絶滅に向かっている種だとたえず繰り返している。そのため、ホエールウォッチングが、自分たちの孫の世代はこの壮大な海の生き物を見ることはあるまいと考える多くの西欧人の旅行計画に入れられることになる。クジラは、未来に神秘的な世界を開示してくれる壮大な哺乳動物であり、ホエールウォッチング・ツアーは、それを間近にみるという希有な機会を与えてくれるという意味でロマンチックな感情を掻き立てる。私もカナダや南アフリカでホエールウォッチング・ツアーに参加したことがあるが、決して安い娯楽とは言えない。ホエールウォッチングは膨大な利益を上げているが、クジラに近づきすぎたり、触ろうとして、鯨を神経質にしていることについてはあまり報道されていない。バハ・カリフォルニア沖などで、クジラに近づくというユニークな経験をするために、カメラを抱えて押しかけた観光客が、クジラの繁殖活動を妨害したという報道を2度ほど読んだことがある。将来自然界でのクジラの行動様式に悪影響をおよぼすような事態が増えることは間違いない。そしてホエールウォッチングはクジラを幸せにするよりも、金もうけが目的であることが明らかになるだろう。将来多くの町や村がホエールウォッチング産業に乗り出し、観光客の気まぐれを満たす代償として環境破壊が進むだろう。地元住民は、バスで波のように押し寄せる観光客や、ごみや騒音で迷惑を被るだろうが、ホエールウォッチング・ビジネスの利益が優先されることになる。 あまりにも多くの無知がクジラ問題を取り巻いている。多くの西欧人は、日本人が情け容赦なく絶滅の恐れがあるクジラを殺していると信じ込んでいる。中には資源状態が深刻な鯨もいるかもしれないが、これは日本の捕鯨者が捕獲している鯨種ではない。日本が捕獲している南極海のミンククジラ資源は76万頭以上生息するといわれ、初期資源を上回っている。1992年にIWC科学委員会は、資源全体の健全性を損なうことなく、年間2000頭の捕獲が可能だと推定した。 また世界中の人々、特に西欧人が他の国々の慣習や価値観を受け入れようとしないのは悲しいことだと思う。他の国々の文化や習慣を尊重すれば、国家間の戦争や政府間の対立も少なくなるだろう。 もちろん、欲しいものはすべて手にし、自分たちの価値体系だけが正しいと信じ、何ら行動せずに、肌の色、宗教、習慣、食文化などで、他者を批判するばかりでは、妥協は容易ではない。 母は、私が鯨肉が好きだということで私を非難したのだが、私は母が別の文化的視点から捕鯨を見られるよういくつかの問を投げかけた。 母はずっと都会に暮らしており、田舎に行くことはめったにない。田舎では、キジやウサギを鉄砲で撃ち、犬を連れてキツネ狩りに出かけるのは日常茶飯事である。また、母は海に行くこともめったになく、行くとしても海水浴くらいである。だから、漁民が魚を捕り、はらわたを取り出し、皮をはぐところを見ることもない。先進工業国にすむ多くの人々と同じく、母にとって肉や魚はスーパーマーケットで買うものである。そこでは、肉や魚はこぎれいにプラスチック・バックに入れられ、包装されている。内臓や毛や血の痕跡はほとんど見られない。先進工業国の大都会にすむ人々は豚、牛、鶏などの屠殺現場を見ることはほとんどなく、動物を殺すことを考えただけで震え上がる。私の母のように、ウェイトローズやテスコスなどのスーパーマーケットで肉や魚を買うが、そこでは死とか苦痛を想像させるものはなにもない。しかし、特に第三世界や開発途上国では、レストランで食事を待つ間または市場で肉の代金を払う前に、目の前で豚や鶏が殺されるのはとりたてて不思議なことではない。 私はまた、かりに母がヒンズー教徒であり、狂牛病のために何十万頭という英国の牛が大量屠殺されている光景をBBCが放映したとしたら、どのように感ずるか考えてほしいと言ってみた。BBCは殺されていく牛の姿を映像で流しはしない。そのような映像は一般的な英国人をおびえあがらせ、狂牛病に対する国民の怒りをさらに煽ることになろう。狂牛病騒動は英国の農民に大きなダメージを与えただけでなく、現政権に国内の支持を失わせ、また他のヨーロッパ諸国との関係においてイメージの失墜につながった。さらに悪いことには、ある種の牛肉製品を食べた人が狂牛ビールスに感染し、死亡したという疑いも出ている。 我々は皆自分たちの文化に閉じ込められている。しかし、盲目的に他国民を非難する前に、我々自身の価値観における矛盾を正視し、我々が攻撃しようとしている人たちの主張を理解するよう努めるべきである。 ミンククジラは絶滅のおそれある鯨種ではない。鯨は、日本の食文化に根を下ろした一つの価値であり、高度の栄養価をもつ食物である。外国のある人たちが鯨のイメージを理想化し、鯨が捕獲によって絶滅に追いやられ、将来、孫の世代に伝える痛ましい、伝説上の生き物になってしまうなどと主張したとしても、日本国民は鯨食文化を放棄すべきでない。 //////////////////////////////////////////////////////////////西洋人でもこのように考える人もいます。感情論を廃し理論的に考えれば行き着く結論にどうして多くの人々は辿り着けないのでしょうか?「反捕鯨」を掲げる事で多大な利益を得ている人がいるからです。彼等にしてみれば「反捕鯨」が立派?な産業になってるわけです。それが分かっていながら及び腰な外務省の態度・・・「ロシアから島を全部、取り返してこい!」そんな難しい事を言ってるわけじゃないんだから、もう少し頑張ってくれよと思います。
2008年01月15日
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今晩は。独酌です。昨日の日記で鮎川という町が、中心産業である捕鯨という手段を奪われ衰退していった事を書きました。古くから鯨を重要な蛋白源として見てきた日本には鮎川以外にも捕鯨を中心として栄えてきた町が沢山ありました。それなのに何故、政府はモラトリアムを受け入れたのでしょう?【ヤンキー・ホエーラー】と呼ばれ世界一、鯨を殺しまくった米国の思惑に嵌ったからです。産業革命以後、世界中で機械化が進む中で【鯨油】は非常に重要な物でした。機械油として使われた物に、動物系・植物系・鉱物系の3種類がありましたが、中でも-40度でも凍らない【鯨油】は最上級のオイルとして取引されていました。彼等は日本やノルウェー、アイスランドなどの食料として捕鯨を行う国とは違い、鯨から鯨油と骨の一部だけを採取すると残りは全て海に捨てていました。正に「海の藻屑」にしていたのです。その米国が何故「捕鯨反対」の立場を採るようになったかと言えばきっかけは【ベトナム戦争】にあります。また石油を原料とした鉱物系のオイルの品質向上により厳寒地での使用に耐える物が出来た事も関係があります。1970年代初め、アメリカは【ベトナム戦争】という泥沼に嵌り込み、抜きさしならぬ状況に陥りつつありました。国内外での反戦運動の盛り上がりと麻薬禍の拡散、脱走兵の続出等々、反米、反体制、反戦気運を何としても方向転換させる戦略を考え出す必要がありました。中でも【枯れ葉剤】の大量投下による環境への壊滅的影響は国際的な非難を浴びました。ホワイトハウスは【特別戦略諮問機関】を設置して対策に乗り出します。その結果、自然保護が全面に打ち出されることなり、その象徴として【鯨】に照準が定められたのです。ニクソン大統領により【海洋哺乳動物保護法】が1971年4月に可決されました。自然保護に関して多くの理論家・運動家が動員され、それが1972年の【ストックホルム国連人間環境会議】の開催へと繋がっていきます。この会議で、後に環境保護運動の象徴となる捕鯨のモラトリアム提案が、何の根回しもないままに電撃的に可決されます。以来、日本は鯨を大量に殺戮・消費する悪魔の国として徹底的に弾劾され魔女狩りの対象になっていきます。日本政府も最初は反対しましたよ。ちょろっと。「日本漁業の米国200海里からの全面的な締め出し」これをちらつかされて一発KOです。他についても言えますが、戦後の日本の特徴である米追随外交がその根幹あると言えます。また外務省の最近の姿勢は、どちらかというと捕鯨を「やっかいもの扱い」してる感じで、「もう、いいんじゃないの?」といった態度が目立ち始めています。鮎川の町を訪れたアメリカ人の感想があります。タイトルが訳すとすれば『鮎川の悪漢ども』となるので、最初はまた事情を知らないバカヤンキーの戯言かと思いました。著者はジェイ・ヘイスティングス氏という弁護士で、この経験を基に今では【大日本水産会】という協会のコンサルタントを務めています。////////////////////////////////////////////////////////////// 私と日本の漁業との職業上のかかわり合いは、1976年11月に始まりました。その頃米国は沿海200海里の漁業保護領域を設定したばかりであり、この法律により日本の主要な漁業が、突然、全面的に米国の関係当局の管理下に置かれることになりました。そこで私の役目は、日本の漁師達がこの新しく複雑な漁業管理制度を理解し、それに対処する手助けをすることでした。 この仕事は困難ながらやり甲斐のあるものでした。日本のトロール網および延縄による漁業が米国沿岸海域からの段階的撤退をさせられるのは、避けられない運命でした。米国の管理当局に対する我々の成功の度合は、日本の漁師達のために200海里設定前の漁獲高をどの程度維持できるかにかかっていました。新たに獲得できるものなど、皆無でした。 そして私は、日本の漁師達が尊敬すべき人々であり、彼らの漁業上の立場も、私が代理人を務めるにあたって充分信頼できるものであることを身をもって知りました。何といっても、これらの日本人漁師達は捕鯨に徒事していなかったのですから。これは私にとって大事な点でした。というのは私の頭の中には、どん欲な日本の捕鯨者達が勝手放題に鯨を殺りくしている生々しい映像が、環境保護主義者達によって巧みに植え付けられていたからです。鯨のような巨大で素晴らしい生き物とその環境に少しも考慮しない捕鯨者とは、何とひどい連中だろう。私は日本の捕鯨とのかかわり合いを一切もたぬよう慎重になりました。 1980年代の半ば頃には、米国海域内での日本の漁業を救おうと奮闘していた私にとって、捕鯨問題は日々の頭痛の種になっていました。今にも実現しそうな世界的な商業捕鯨のモラトリアムに対して、日本は抵抗していました。さらに、米国沿岸海域における日本の漁業割当を大幅に削減するという米国の脅しにより、日米関係は緊張の度合を増していました。捕鯨問題が私の仕事をこれほどやりにくくしている事実を、私は迷惑千万と思っていました。 捕鯨をめぐる緊迫状態は、1988年の秋にやま場を迎えました。私は日本に出張することになっていました。米国政府関係の3人の友人達も、時を同じくして東京で国際的な漁業会議に出席する予定でした。日本の漁港を訪ねる気があるか、私は彼らに聞きました。大いに興味があるとの答えでした。彼らは何と、沿岸捕鯨の村を訪問したいと頼んできたのです。 私は驚くと同時に困惑しました。捕鯨に関することは、一切彼らの目に触れさせたくありませんでした。でも断わるわけにはいきません。私は必死で日本の捕鯨に関する勉強をはじめ、興味津々の友人達を案内するのにふさわしい漁村を探しました。日本の捕鯨の歴史と文化に関する文献類が、読まれることなく多年にわたり私の本棚でほこりをかぶっていました。私は早速ほこりをはらって仕事にとりかかりました。 細心の検討の結果、私は最終的に鮎川を選び、自己紹介を兼ねて下見を計画しました。公式の訪問中に友人達が、不快感を起こすような捕鯨の側面を絶対に目にしないように、私は手段を講じるつもりでした。 1976年に私が初めて日本を訪れた際には、水産庁捕鯨班の岡本純一郎班長が面倒をみてくれました。そして12年後の今、彼が私を鮎川に案内してくれることになりました。 日本の東北海岸の牡鹿半島に位置する鮎川は、旅行時間からいっても、文化の上でも、東京から遠く離れています。石巻から鮎川へ行くバスは、牡鹿半島の僻地におけるスクールバスの役目も果たしています。でこぼこの海岸線をたどる見事な景色の山地の道路に沿って、バスは何度も停車しました。幼い学童達のおしゃべりやじっと見つめる視線により、私は今までこの地域を訪問した外国人がほとんどいなかったことを確認しました。 我々は鮎川の大通りでバスを降りました。かつては賑やかだったと思われる町も、今やさびれています。我々は寂しい通りを歩いて町役場に着き、安住重彦町長と役場の職員達、そして町の捕鯨者の長老である鳥羽洋次郎氏と阿部敏彦氏の出迎えを受けました。我々は、私が下見のために来た公式の視察について打ち合わせをしました。まず鳥羽家を訪問し短い会合をもち、それからお寺の僧侶と町の博物館を訪ねる計画を立てました。私は、鳥羽氏の家を鯨の強奪から得た財産により建てられた大邸宅と想像していたので、その家を訪れることにより米国人の友人達の受ける印象を懸念しました。しかし、心配には及ばないと誰もが保証してくれました。 鳥羽家の簡素な畳敷きの部屋が、日本の捕鯨を学ぶための私の最初の教室になりました。町の捕鯨者達が自分達の職業について誇らしげに話してくれるにつれて、私には日本の沿岸捕鯨の歴史が段々わかってきました。訪問前に資料を読んだ際には、私はこの歴史の重要性を見過ごしていたようです。続いて地元のお寺の僧侶を訪れるに及んで、食糧として人間に生命を与えてくれる鯨という存在に、日本人がいかに深遠な文化的・倫理的価値を見いだしているかを、私はさらによく理解することができました。一時の感情に駆られて捕鯨の研究書を読む中で、私はこうした価値観が日本人にとっていかに大切であるかも、見過ごしていたのです。その日の夕方に気乗りのしないまま見学した小さな鯨の解体作業も、結果的には、米国で見かける週末だけのスポーツ・ハンターが、不器用な手付きでナイフで鹿の下ごしらえをしている姿に比べると、はるかに穏やかなものでした。 その夜私は、2つの相反する立場を理解しようとするいかなる努力も放棄して特定の問題について早まった判断を下していた自分の怠慢を深く反省しました。私は米国の歴史と、米国への入植者に対する英国王による道徳的価値観の押し付けに敢然と反抗して革命を起こした私の祖先達を、誇りをもって思い出しました。その時私は、米国人達が今では自分達の価値観を異文化の人々に押し付けようとしていることに気づきました。日本人は米国人の圧力に屈服すべきなのでしょうか?もちろん、そうではありません。 翌朝我々は、公式訪問のスケジュールを確定させるために町役場に戻りました。東京に発つ我々を前にして、安住町長は7-8年前に米国のある環境保護主義者達の団体が鮎川を訪ねてきた際の話をしました。彼らは町を歩き回り、捕鯨に関連したものを手当り次第写真に撮りました。町の人々は彼らに対して、昔ながらの心のこもったもてなしをし、自分達の生活様式を誇らかに説明しました。ところが米国人達は、自分達は捕鯨に反対していると繰り返すばかりでした。 その後安住町長は、米国人達が帰国後にある報告書を出版したことを耳にしました。環境保護主義者達は、鮎川に住んでいる人々を、捕鯨に従事しているがゆえに悪漢であると書いていたのです。町長は一瞬間を置いて、鮎川には悪漢など一人も住んでいないと私に請け合いました。私も全くその通りだと答えました。そして私は安住町長に、私の鮎川での体験を、そして可能であれば日本の捕鯨に対して深まった私の理解をも、共有させる助けとして、他の米国人を伴って必ずこの町に戻ってくると約束したのです。//////////////////////////////////////////////////////////////IWC が打ち出した「商業捕鯨に関する凍結継続決定」に反して、商業捕鯨を再開したノルウェーの現状を見てみましょう。ノルウェーの決断は日本、アイスランドなど、ごく僅かの捕鯨賛成国を除き世界中を敵に廻したと言っていいでしょう。経済制裁措置を発動するといった警告が、強硬な反捕鯨国であるアメリカ、イギリスから出されたのをはじめ【グリーンピース】【シーシェパード】に代表される過激環境団体がノルウェー製品のボイコット運動に入ったことは広くマスコミを通じて報道されたから記憶に残っている人も多いと思います。【世界一の動物愛護国】イギリスは「ノルウェーは欧州共同体に加盟する機会を失った」とまで脅しを入れました。しかしノルウェー国民は自らの意志で独自の道を行くことを決定します。人口420 万人しかない小国が独自の判断に基づき、鯨を捕獲したこの動きは、観念的、情緒的、政治的、ビジネス的打算に裏打ちされた反捕鯨国、環境グループの「有無を言わさぬ強権」に一矢を投じたと言えます。これが独立国家の主権というものでしょう。高速艇で体当たりに近い実力行使で捕鯨を阻止しようとする【グリーンピース】などの「き○がい」に対してもノルウェー漁民はその挑発に乗ることがありません。操業を中止し、熱いコーヒーを飲みながら、洋上に漂う環境保護グループ?にもコーヒーカップを差し出す。ノルウェー政府と国民との間に信頼関係があってこそできる芸当です。どっかの島国とはエライ違いだなぁ・・・
2008年01月12日
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今晩は。独酌です。今夜も鯨の話にお付き合い下さい。昨日、紹介したスチーブン・S・ボイントン氏は日本ではあまり知名度が高くないので(あくまで一般的にです)、名前はともかく、肩書きは大抵の方が見れば判る人に今夜は登場願います。ユージン・ラポワント・・・知らない・・・そうですか。【国際野生生物管理連盟会長】これが氏の肩書きです。また1982年~1990年迄、【ワシントン条約事務局長】を務めておられました。【ワシントン条約:Washington Convention】は聞いた事があると思いますが、正式名称は、【絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約】と言います。英文表記の【 Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora 】の頭文字をとって、【CITES:サイテス】とも呼ばれます。【IWC:国際捕鯨委員会】と一緒に度々ブログに登場すると思いますので蛇足ながら。//////////////////////////////////////////////////////////////動物の権利擁護運動は人間の権利の否定につながる1.序文 地球上で唯一の理性的生き物である人間は、積極的に自らの権利を押し進め、守っている。人権は様々の国際機関で主要な問題となっており、援助機関は人権を資金提供の条件としている。また人権問題は、講演や会議の重要なテーマとして取り上げられている。人権侵害は、王権国家が軍事侵攻を行う理由になることさえある。 国際社会は、「人権を尊重すべきであり、これに反する者は社会の制裁を受ける」との原則を打ち出した。しかし、そのような遠大な原則とは裏腹に、世界の現実はそれとは異なるという大きなパラドクスが生まれている。 2.誰の権利か 国際社会の無法者たちが、自由と権利の基本概念を、堂々と意図的に無視し、踏みにじっている。哲学は、自由と権利が交錯する社会構造の様々の要素の間に数学的関係が存在することを教えている。単純にいえば、ある人間の自由は、(彼がかかわる)他の人間の自由が始まるところに終わるということである。同様に、ある人間による別の人間の権利の侵害は、二人の当事者間の権利のバランスをくずす。 同じ基本的関係が、人間が住む環境の一部である他の生物と人間の間に存在する。動物に与えられた権利は、人間から奪われた権利であり、人間の生存の能力を狭めるだけでなく、その存在の基盤を危うくする。この点に気付いた人は少ない。 この悲しむべき現実は、ある国の政府および環境保護非政府機関(NGO)が動物の新しい権利を作りあげて行くやり方に如実にあらわれている。事態は、特定の動物と相互関係をもつ人間の権利が損われるというところにまで至っている。例えば、クジラのような海産哺乳動物(またはゾウのような巨大な生き物)には、様々な権利が与えられており、それがもたらす結末は驚くべきものである。以前は人間の権利として認められていた活動は、いまや動物王国への犯罪行為であると考えられている。 もちろん、そのような事実をおおっぴらに認める人も団体もない。人間の生存を妨害するようなこの現実を覆い隠すために、国際会議での工作、用語の定義、意味論の乱用などの手段が用いられる。 3.取引をすべきかすべきでないか―それが問題だ 先の国際捕鯨委員会(lWC)の決定から生じた考え方との関連で、「捕鯨調査のための国際ネットワーク」誌の最近号(No.6、1994年8月発行)から以下の箇所を引用したい。 「lWCでは原住民生存捕鯨は許容されている。(その理由は、原住民生存捕鯨は産業型捕鯨とは異なり、技術的に単純であり、貨幣を媒介とする交換を含まないためだとされている。)他方、非原住民的/商業捕鯨はこれとは反対の理由で認められていない。産業型捕鯨に対する誇張されたおそれの多くは、物品と金銭の交換を許すことは必然的に悪い結果をもたらすというマルクス的信条に基づいている。これは反捕鯨グループの年間収入が数百万ドルにのぼることを考えると奇妙な信条である。」 ある種の生き物―すなわち、クジラ―が現在、商業的捕獲を免れる権利を与えられている。鯨は商業捕獲から保護される権利を与えられているだけではない。商業活動の概念が今までよりさらに拡大されている。商業活動に関する新しい基準が設けられ、そのために、以前には商業の概念にあてはまらなかった人間の活動さえも対象とされるに至っている。 1993年会議で、lWCは4つの小型捕鯨共同体のための50頭のミンククジラの救済枠要求から「商業的要因」を排除するよう日本に要求した。日本はlWCのこの要求に応えるためにできるかぎりのことをしたが、ここで「商業」の定義に新しい特質が加えられたことに直ちに気付いた。 「商業活動」の定義が歪曲され、低級、不当かつ非人間的な活動におとしめられたことで、「汝クジラに触れるなかれ」という捉がさらに強められた。つまり、今クジラが権利を獲得したため、人間の権利が失われたというわけである。 クジラに与えられた権利にこの新しい定義を適用することで、国際社会は、人間の生存の基盤となる活動と権利に新しい妨害要因、違反項目を作り出した。 人間(ホモ・サピ工ンス)が社会的な生き方を始めたときから、商業と取引は生存の基盤、生活様式であった。商業と取引に不正の概念はまったく含まれていない。人間がサービス、贈答品、商品を様々の異なる形態で表わされる価値と交換することに、なんらやましいところはない。それどころか、それは、文化、価値、倫理の重要かつ基本的な部分である。 4.しかし、一体何のために 人間にとって正常かつ不可避の商業活動が、クジラのようなカリスマ性をもつ野生生物種にあてはめられると、なぜ受け入れられないものになるのだろうか。 本稿の趣旨は、人間から基本的な権利を奪う者たちの責任を見定め、彼等の戦略を明るみに出し、その動機を明確にするところにはない。いずれにせよ、これは周知の事実である。これは、以下に引用する前掲記事の次の箇所に要約されている。 「多くの団体の代表者、とりれけ、動物の権利擁護、動物福祉、その他関連の環境問題を扱うグループの代表にとって、lWC年次会議は、並み居るジャーナリストや政府関係者の前で、自らの考えを披瀝する格好の場となっている。捕鯨産業は、経済的に見れば過去の規模とは比べられないほどに縮小したが、その一方、クジラ保護産業が(財政的にも人員の数でも)残存する捕鯨操業の数倍の規模に膨れ上がったことは皮肉である。」 多くの国が、国内および国際的権益を守り、緊急事態に対処するために自国民の文化、伝統、倫理を犠牲にしてきた。しかし、近代において、人間が、取るにたらぬ政治的関心および個人利益追求の犠牲になるのはこれが始めてである。この人間の権利の乱用は、クジラと人間の間の関係の問題となんら関わりがない。それは、この世界の現実を無視し、ただ政治・経済的目的に見合うよう作り上げられた環境政策の帰結にすぎない。 ある政府が静観的態度をとり、また別の政府が共謀的行動をとったことで、このような状況が生じた。日本は人類に対するこの犯罪行為に加担してはならない。 5.そして今は 人間の権利の重要性は、それが人間にどのようなインパクトをもつかということと比例している。文化的・倫理的価値に基づく権利の悪用は、当事者の社会・経済的行動様式に大きな悪影響を与える。私は1994年4月に宮城県鮎川を訪れたが、その時、非常に深い嫌悪感に襲われた。すなわち、なぜこのようないたってまともな人々が、国際社会からひどい仕打ちを受けなければならないのだろうか。私が人間について理解しなかった何かがあったのだろうか。たしかにその通りだった。人々から権利を剥奪することを正当化するような権利の乱用があったのだろうか。では、それはどのような権限によるのか。 このように多くの問いが生じるが、なんら回答は与えられない。しかし、ここから一つの結論を導き出さなければならない。すなわち、人間の権利の完会な尊重のために闘う必要があるということだ。 6.誰が闘うのか 現在の枠組の中で、国際的な野生生物保存問題にかかわる人々が、あなたたちの伝統的および文化的権利を尊重するような決定をすると期待してはならない。理性を失い、法を無視し、自らの指導原理を忘れた国際社会がそれらの権利をあなたたちから奪いとったのである。 一方で、ある環境団体の無節操な行動は、規制や管理が及ばない状況をつくりだした。これは人間の行動の他の分野では前例を見ない。他方、日本は、あまりにも長い間、米国が率いる国際社会の不合理な要求に引きずり回されて来た。日本は、さらに多くの研究と詳細な情報の提供、多くの努力を強いられたが、その結果として国民の権利がますます多く奪われただけである。 権利を剥奪された人々と脅威を受けているが未だ権利を奪われるまでに至っていない人々は、その力を結集し、エネルギーを一本化しなければならない。自分たちの基本的権利を守るようそれぞれの政府に強力な圧力を加えるべきである。自らの生存、伝統の保持、生活の維持のために闘わなければならない。ある政府が国民こそ最大の富であることを確信すれば、かならずや自然との関係における人間の尊厳と権利の回復に尽力するであろう。 //////////////////////////////////////////////////////////////これが鯨(だけではありませんが)問題に関してのユージン・ラポワント氏の見解です。文中に出てきた「宮城県鮎川町」は捕鯨、及び関連産業で成り立っていた町なのでモラトリアム(商業捕鯨の全面的禁止)を押し付けられた時に町の経済が破綻しました。他にこれといった産業もなく、就職先を失った若者は他所の町に流れて行き人口も激減しました。町自体が崩壊したと言ってもよいでしょう。アメリカの脅迫に屈した政府の責任なのに、国はこの町を見殺しにしました。バカな金の使い方をして破綻した夕張市などとは訳が違うのに・・・明日はこの辺の事に少し触れたいと思います。
2008年01月11日
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今晩は。独酌です。昨日は今「腹の立つ事ベスト?3」を書きました。一生懸命にプレイをしてる選手の皆さんには申し訳ないのですが、正直に申しまして独酌にとってハンドボールはどうでもよい事です。福岡の事故に関しては、司法のあり方を考える・・・そんな大袈裟なものではなく「どんな基準で裁判官を選んでるんだ?」・・・それが気になりだしました。どう考えても、あの判決を下した裁判官は普通の人と感覚がズレてる・・・というよりオカシイ。こんなオカシイ奴に人の一生に関わる事を決めさせないで欲しい。素で思いましたよ。で、残るオーストラリアですが、やっぱりこれもオカシイ。日本領事館に赤ペンキか何かをブチ撒けた奴等がいましたが、逮捕もされず無罪放免。捕鯨に反対する連中だとか。領事館の敷地内は、「その国にあってその国のものではない」のだから、オーストラリアの判断ではなく日本の法律に照らし合わせて処断すべき筈なのに・・・お国柄によっては【射殺】だよ。ただ、昨日このブログにも書いた通りに今の日本にとって【鯨肉】が国民の命を繋ぐ為に必要不可欠なものだとは思わない。だったら【嗜好品】の為に生物を殺すのか?そう言われると苦しい部分もあるのだが、国民の命を繋ぐ為に必要不可欠なものではなくても、日本の文化を守り受け継いでいく為には絶対不可欠なものなのである。昨日ムスコが「大トロ超うめぇー!」と情けなくて泣きたくなるような事をほざいて食い尽くした【尾の身】は「ナガスクジラ」のものなので滅多に手に入らない。昨年の暮れに鮭の定置網に掛かったものを知り合いを通じて買ったものだ。「鯨を食うな!」と叫ぶ連中は、網に掛かり死んでしまった鯨やイルカをどうしろと言うのだろう?食い意地の張った独酌が【鯨】食いたい一心で言ってるわけではない事を判って頂く為に、外国(少なくとも鯨肉を常食する習慣の無い国の方々)人の見解も紹介してみようと思います。『 誰がIWCから去るべきか? 』 ステファン・S・ボイントンステファン・S・ボイントン氏はワシントンで個人弁護士を営んでいます。【ヘンケ・アンド・アソシエイツ社】の副社長兼法律顧問、それに資源の持続的利用を求める国際NGOである【国際野性生物管理連盟】の副会長を務めながら、【lWC】や【ClTES】にもNGOとして参加しています。////////////////////////////////////////////////////////////// 1年前の今頃、日本が引き続き国際捕鯨委員会に参加することが賢明か否かという疑問が浮上した。 国際捕鯨委員会の、偽善的で違法ともいえる一連の活動によって、ある者は、豊富な鯨種 を対象に捕鯨を行なうつもりであれば、カナダやアイスランドに続いて、捕鯨国は今こそlWCを脱退すべきだとの信念を持つに至った。これら捕鯨国である島国や沿岸国は、1000年以上の歴史を持つ文化遺産の継承をひたすら求めてきたのである。 米国を始めとするlWCの加盟国は、国内の政治的配慮を優先してlWC内での対応を決定してきた。これらの国々の決定は、日本やノルウェーといった捕鯨国にとって不都合かつ再生可能資源の管理とも関係のないものであったが、結局、日本とノルウェーは国際捕鯨委員会に留まることとなった。 あれから1年後の今日、再びlWCからの脱退を検討する時がきている。だが、今回は日本やノルウェ-といった捕鯨国の脱退ではなく、他の国、つまり、英国、オーストラリア、ニュージーランドのことである。 このことを理解するには、国際捕鯨委員会設立の基となった国際捕鯨取締条約を振り返る必要がある。1946年にロンドンにおいて、15ケ国が署名したこの条約は、科学に基づいた“捕鯨産業の秩序ある発展”をその目標に設定している。 もし言葉というものが意味を持つものであれば、lWC憲章の文言は、署名国が科学的手段によって世界の鯨類資源を保護し、捕鯨産業の秩序ある発展を図るものと解釈される。条約締結後、さらに18ケ国がlWCに加盟し、この憲章に署名した。 1982年、lWCは“一時的な”世界規模の商業捕鯨モラトリアムを実施した。当時モラトリアムを支持した加盟国は、限定的な捕獲が鯨類資源に悪影響を及ぼさないと科学的に証明されれば、1990年までに商業捕鯨の再開が認められるであろうと言っていた。今は1997年であるが、この違法な捕鯨モラトリアムは依然として効力を有している。限定的な捕獲が求められている鯨種は、絶滅の危機に瀕しているどころか、豊富に生存しているということが科学的に証明されているにもかかわらず、この捕鯨禁止措置は継続されているのである。 lWCの加盟国は繰り返し、国際捕鯨委員会の基となる条約を蔑ろにしてきた。これらの国々は厳粛であるべき条約を、あからさまに蔑視してきたのである。 トニー・ボールドリィ漁業大臣は英国議会への1996年5月8日付け書簡の中で、“英国民の圧倒的大多数および英国議会は商業捕鯨に反対である。従って、英国は現在の商業捕鯨モラトリアムを解除しようとするいかなる動きにも反対する”と述べている。 言葉を変えれば、国民の感情や国内の政治的配慮の方が、国際条約よりも重要だということである。この国際条約は50年前に、この国の首都で署名されたものである。 英国政府が国内政策に適用する限りに於いては、ボールドリィ大臣の発言は全く問題はない。また、国内政策が政府の外交政策に影響を及ぼさないと考えるのも、愚直なことである。 しかし、英国の姿勢は、lWC設立の基礎となった条約に違反するものである。英国の態度は、“もはや神を信じていないが、教会には留まりたい”と言っているのも同然である。ボールドリィ大臣の言葉はまた、英国が商業捕鯨に携わっていたという事実を無視するものである。国際捕鯨取締条約が1946年に締結された当初、英国の代表は、捕鯨の継続を支持するように政府より指示されていた。英国は第二次大戦後の困窮状態から、国民にタンパク源を供給するため、どうしても鯨肉を必要としていた。 自ら著名した条約に違反し、過去に捕鯨に依存していた事実を無視するという二重のジレンマに直面している英国であるが、その解決策は至って簡単である。 国際捕鯨委員会からの脱退である。そうすれば、英国政府は諸手を挙げて商業捕鯨に反対できるのである。 その他2国の脱退も然りである。1996年6月にスコットランドのアバディーンで開催されたIWC会合では、オーストラリアとニュージーランドの代表も英国のボールドリィ大臣と同様の発言を行なった。 1996年6月28日の議論の際、オーストラリアのコミッショナーは“オーストラリア新政府は商業捕鯨に強く反対の姿勢をとっており、商業捕鯨を国際的に永久禁止することをその目標としている”と述べた。また同じ議論の場で、その後も同じ所見を繰り返し、“すべての捕鯨に終止符を打つことが、オーストラリアの政策であるということを明確にすることが重要であると考える”と訴えた。 議論の中で、ニュージーランドのコミッショナーも、“ニュージーランドの立場もオーストラリアと全く同様である”と話している。 これら3ケ国政府の明快な見解を賞賛する者がいる一方で、これら政府の対応に息を呑む者もいる。 世界中の大半の国々が何百とある条約に署名しているが、それは条約加盟国が、それぞれの条約の定めに従うことに同意したということを意味する。それらの国々は、条約の規定に従って行動することに同意したわけである。 今年のlWC年次会議は10月にモナコで開催されるが、このヨーロッパの小公国は、賭博カジノでよく知られている。カジノに入る時は、ルールを守ってプレイすることに同意する。いかさまをすれば、追い出されるが、悪くすれば、警察を呼ばれることになる。 15ケ国が1946年にIWCを設立する条約に署名し、またそれに引き続き18ケ国が署名した際に、それらの国々は条約の規定を遵守し、ルールに従い行動することに合意したのである。 1946年の合意の際に掲げられた目的のひとつは、“捕鯨産業の秩序ある発展”である。条約に署名する際、加盟国はこの概念に同意したのである。 今や英国、オーストラリア、ニュージーランドの3ケ国は、商業捕鯨への反対をはっきりと宣言している。 10月のlWC期間中に、モナコのカジノに行けば分かると思うが、ルールを守らずにプレイすれば、出て行くように求められるのである。 これら3ケ国はこれまでlWCのルールに従わずにプレイしてきたのだから、脱退すべきである。 もし、これらの国々が自発的に脱退しないのであれば、10月のlWC会合でまず最初にしなければならないことは、“捕鯨産業の秩序ある発展”という言質に同意しない加盟国に対し、脱退を求める決議を採択することである。この決議が採択され、実行されるまで、他のいかなる議論も始めるべきでない。 そうしない限り世界の国々は、英国、オーストラリア、ニュージーランドの3ケ国が他の国際条約で誓った言葉の価値について疑問を持ち始めるに違いない。 彼らの言葉は信じるに値するであろうか? //////////////////////////////////////////////////////////////このお話は少し長くなりそうなので何回かに分けて書こう・・・鯨ベーコンを齧りつつ、芋焼酎をロックで飲みながら思う独酌でした。
2008年01月10日
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今晩は。独酌です。独酌は只今ヒジョーに腹を立てております。1:アジアハンドボール連盟「む~ぅ、オマエ等だけで砂場で遊べ!」2:オーストラリアにおける捕鯨に関するコメント「やんのか、コラ! 盗人どもっ!!」3:福岡の飲酒運転に対する判決「ぬぅ~~~! ふざけるなぁーーー!!!」酒飲んで車を運転して人を殺して・・・これが【危険運転】じゃなけりゃ、適用される事は無いのでは?亡くなられた3人のお子さんは皆、5歳未満である。日本人の今の平均寿命からすれば75年程の余生があった筈。75年X3=225年これだけの他人の人生を奪って「7年ちょい」の判決。裁判官は常識というか、市民感情を理解してるのか?最長の「25年」でも短過ぎると思う。初犯で模範囚として過ごせば、刑期はかなり短くなるだろう。天皇のお年と体調もあるし、近い内に【大赦】の可能性もある。下手すりゃ5~6年でシャバに出てくるよなぁ・・・良いのか、これで?中近東の石油産出国、オイルマネーに物言わせてやりたい放題。そこまでして勝ちたいのか?勝ちたいんだろうなぁ・・・元々、勝負事にはエラク拘る人種である。昔は【ウマ】ではなく【ラクダ】でレースをやっていた。王様だか酋長だか知らないが、そういう連中が集まって競い合っていたのだそうだ。レースに負けたラクダは殺されてしまう。ラクダだけではなく、騎手・調教師も一緒である。大きな大会になると負けた王様は腹いせに、騎手と調教師の家族など一族郎党全てを皆殺しにしたそうだ。感覚的にはその頃と変わらないんだな、砂漠の民。大体がアジアという括りに無理があるのか。オーストラリアもサッカーの時にはアジアなのかい・・・イギリスの流刑地としての性格から「盗人どもっ!!」と書いたがこれは冗談みたいなもの・・・実際は政治などの思想犯が多かったらしい・・・しかし、今ネット上に書き込まれている日本に対する悪口は洒落の範疇で収まるものではない。日本人の全てが英語が解らないとでも思わなければ書き込める内容ではないと思うのだが。日本側の反論も「何言ってんだか・・・」である。「鯨は日本人にとって貴重なタンパク源であり・・・」何時の時代の話をしてるんだ?正直なとこ、鯨の供給が100%停止しても今の日本は困るまい。牛、豚、鶏、羊、魚・・・食べるものはいくらでもある。鯨は命を繋ぐ為のタンパク質ではなく【高級珍味】だろ、今では。「鯨を食べる事は日本の食文化である」こう言い切れば良いだけの事だ。他国の文化・風習にイチャモンをつけるのは、とても失礼なことでありそれこそ内政干渉であろう。そんなこんなで今日の独酌は機嫌が悪いです。買っておいた【尾の身】をムスコが全部喰っちゃっていたからとか、そんな細かい事ではなく・・・いえ、ケシテそのような狭い・・・こぉんのぉ野郎ーーーーっ!
2008年01月09日
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今晩は。独酌です。あの岩田和輝クンが本日1月8日に無事保護されました。暮れから正月にかけてバタバタと忙しかったのですが、気にはなっていたので時間があれば彼の捜索のホームページは覗いていました。本当に良かったです。ただ、気になった事がひとつあります。和輝クンが行方不明になったのが昨年の12月6日です。今日までの1ヶ月と2日、誰も気付かなかったのでしょうか?「おや、見かけない子がいるなぁ・・・」暖冬とは言え、この時期にトレーナー1枚で戸外にいる子供を見れば「ん?」と思うのが普通なのではないでしょうか?夜中に一人でトボトボ歩く12歳の子供が薄着をしているのを見て、「子供は風の子」とノーテンキに思う人はいないでしょう。ほんの少し周りの大人たちが気に掛けていれば、彼はもっと早く保護されていた筈だと思います。独酌にバトンを廻してくれた人、独自にページを立ち上げて情報の提供や協力を呼びかけた人々、善意を持って懸命に捜索活動をサポートされた方も多いのでしょうが世間・・・そこまで大袈裟に言わなくてもコミュニティー(地域社会)の人付き合いが希薄になってるのを感じました。彼は12月23日(失踪してから17日目)に宮前平駅付近でサラリーマンに声を掛けられた際に、「おなかがすいた。何日も食べていない」と答えています。このサラリーマン氏、声を掛けたまでは良いがそのまま会社に出勤しちゃってますね。それが一概に悪いとは言えませんが、駅前なら交番くらいあったのでは?と思うのですよ。朝の通勤途中です。3分、5分が惜しい事もあるでしょう。でも何日も食べていなくてヒモジイと言ってる子供を放置しなければならないほど急いでいるのでしょうか?5分、10分遅刻しても会社も怒らないと思いますよ、この場合。このサラリーマン氏以外にも和輝クンを見掛けたり、接触した人は沢山いたと思います。でも、その後のアクションが足りなかったのですね。独酌はよく、野良猫の為にコンビニでエサを買って食べさせてるお年寄りを見かけます。また、はた迷惑な事に鳩にエサを撒いてる年寄りもいますね。世の中のオジイチャン、オバアチャンは鳩にエサなんかやってないで、こういう子供の面倒を見てあげなさい!散歩したり、公園のベンチで日向ボッコをしているアナタ達が一番見かける機会が多かった筈です。世の中のオジイチャン、オバアチャンに文句を言っても始まらないのですが猫や鳩へエサをやる気持ちが他のとこへ少し廻らないものかなと独酌は思うんですよ。一昔前のオジイチャン、オバアチャンは「大きなお世話だ!」と言いたくなるくらいに子供の事を気に掛けていたように思います。カミナリ親父に意地悪バアサン、良くも悪くも濃かったですね人付き合い。独酌も猫や犬は好きなので、エサをあげたくなる気持ちは判らんでもないのですが、ああ見えて野良ちゃんたちはケッコウ逞しく生きてますよ。最近ではガリガリに痩せた野良は見かけないですもの。何かくれるのかい?オレ等、ケッコウ食ってるんだけどね。
2008年01月08日
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今晩は。独酌です。今日から仕事始めの方も多かったと思います。ムスコの学校も当然、今日からだとばかり思ってましたが明日からだそうです。学習塾は今日からですが、学校は何でこんなに半端なんでしょう?それはさておき、皆さんは今朝【七草粥】を召し上がりましたか?「召し上がりましたか?」の前に「七種」全部判ります?何でこんなに失礼なことを伺うかと言いますと、ムスコはどうせ判るまいとは思ったのですが、まさかヨメまで判らないとは・・・いくら動植物に疎いと言っても酷すぎると言ったら、「アタシは都会育ちだから、こんな葉っぱは知らないよ!」・・・今の東京にも生えてるものばかりなんだけどなぁ・・・。【芹:せり】田や湿地に生えますが、1ヶ所に競合って生えることから【せり】と呼ばれるようになったそうです。現在では栽培もされているので野草というよりは野菜ですね。「鴨にネギ」とよく言いますが、本来はこの【芹】が最高の相性とされるもので鴨料理には欠かせません。映画「失楽園」で有名になった【鴨とクレソンの鍋】ですが、【芹】でやってたら自殺を思い止まったんじゃないかと思います。あまりの美味さに「また食べたい!」と思うでしょうから。日本では万葉の頃から食用とされていました。 「あかねさす 昼は田たびて ぬばたまの 夜の暇に 摘める芹子これ」by 葛城 王 学名をOenanthe javanicaと言いますが、属名のOenantheはギリシャ語の「oinos(酒)+ anthos(花)」が語源となっています。普段は葉や茎を食べるのであまり見かけないのですが、夏には白い小さな花が多数集まるように咲いてケッコウ綺麗です。「酒の花」も良く判らないのですが種名のjavanicaは「ジャワ島の」という意味で、こちらもピンときません。【おしたし】に【鍋物】と思いっ切り「和」だと思ってましたから。まぁ、とにかく独酌は大好きです。【薺:なずな】【薺】という名は「撫菜:なでな」が変化したものと言われているそうです。「なでたいほどかわいい菜」の意からだそうですが、夏に枯れて無くなることから「夏無(なつな)」が変化したとの説も。どちらにしても今では【ペンペン草】の方が通りが良いかも知れませんね。 風に吹かれて揺れたときの音から「ぺんぺんぐさ」と言われるようになったそうですが、実が三味線の撥(ばち)に似ている事から「三味線草」とも呼ばれ、三味線 = ベンベン → ペンペンとも。日本では裏寂れた貧相なイメージになっちゃいましたが、中国では止血剤、ヨーロッパでは通風、赤痢などの薬として使われて珍重されていました。日本では三味線の撥に見立てられた「実」ですが西洋では「bursa-pastoris : 羊買いの財布」に見えたようです。【御形:ごぎょう】「母子草」が正式名のようですが、何でそう呼ぶのかはよく判りません。花の形が「母」と「子」の人形(ひとがた)に似ているからとの説があるそうですが、『「母」と「子」の人形 』自体が独酌には解りません。それよりは別名の「ほうこぐさ」の方が判り易いです。茎も葉も白い細かな毛におおわれている為、「ほうけた」ように見えるところからこの名がありますが、学名もGnaphalium affine で、属名のGnaphaliumはギリシャ語の「gnaphallon:一握りの尨毛(むくげ)」が語源となっています。昔は草餅の材料だったが、明治頃から次第に「蓬」に取って代わられたそうです。【繁縷:はこべら】タンパク質、ビタミンB,Cなどに富み、非常に有用な植物で昔は食用にしていました。また、これを炒った粉に塩を混ぜて歯磨き粉としても用いたそうですが、現代でも食べた方が良いと独酌は思います。「はこべら」という妙テケレンな名は「蔓延芽叢:はびこりめむら」が変化したものだとか。茎がよくはびこり、種が落ちるとその年の内に芽が出て繁茂する様から付いた名前だそうです。そんなに繁殖力が旺盛なら野菜として栽培するのも簡単そうだけどなぁ。「カナリヤの 餌に束ねたる はこべかな」by 正岡子規とりあえず鳥は食べてるようですね。朝日が当たると花が開くことから「朝開け」、それが変化して【朝しらげ】という別名もできました。また「日出草」と書く事も。【仏の座:ほとけのざ】通常「田平子:たびらこ」と呼ばれますが、正式には「小鬼田平子:こおにたびらこ」です。田んぼや畦に生えますが、葉が放射状に平らに広がるところから「田平子」の名がありますが、「胡瓜草」も別名を「田平子」と言います。更にややこしい事に【仏の座】というシソ科の植物があり、こちらは【ホトケノザ】が正式名称です。上の方の2枚の葉のつきかたが仏サマの円座に似ていることから「仏の座」になったようです。更に更にややこしい事に「鬼田平子:おにたびらこ」という全く別の植物もあります。【菘:すずな】花だけ見ると判らないかも知れませんが、簡単に言えば「蕪」です。「すずな」は蕪の昔の呼び名で「鈴菜」とも書きます。【蘿蔔:すずしろ】見れば判りますがいわゆる「大根」です。「すずしろ」は大根の昔の呼び名で「清白」とも書きます。中国経由で日本に渡来し「古事記」には「大根(おおね)」という名で出てきます。大根を千切りにする事を「千六本」と呼びますが、他の食材がただの「1000」なのに何故に大根だけが「1006」で+6なのか?疑問に思い以前に和食の料理人に尋ねたら、「千六本」は元々は中国語なのだそうです。中国では大根を【蘿蔔:ロープ-】と書きます。また物を千切りにする事を【繊:チェン】と言います。つまり「大根を千切りにする」は「チェンロープ-」となるのですが、これが日本に伝わり「千六本」となったそうです。中国語の発音はあくまで独酌の耳に聞こえた感じを解り易く書いたものです。悪しからず。以上の7種類の植物をお粥に入れたものがイワユル【七草粥】ですが、本来は七草と書いた場合は「秋の七草」を指し、正月七日のものは【七種】と書いて「ななくさ」と読むのだそうですが、一般には「春の七草」と書かれてます。邪気を払い万病を除く占いとして食べるのが本来の意味ですが、暮れから正月にかけての暴飲暴食で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという先人の知恵も込められています。元々は中国の風習ですが、日本にも平安時代には伝わっていたようで【延喜式】にも記載されています。古来中国では、正月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていた。そして、7日目を人の日(人日)とし、犯罪者の処刑は行わなかった(もっとも次の日に首を切られて死刑なんですけど)そうです。これが五節句の一つの「人日の節句」となりました。1月7日は昔の中国の官吏(役人)の採用試験の合格発表の日で、当日の朝、受験者たちは【七種菜羹:7種類の野菜を入れた羹(あつもの)】を食べて合格を祈願したそうです。これが民間に拡がり【七種菜羹】を食べて無病を祈る習慣となり日本へ伝わったようです。ただ日本に伝わった当初は米・粟・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻・小豆の七種の穀物を「ななくさ」と呼んで粥に入れていたようです。四辻善成が1362年(頃?)に書いた【河海抄:『源氏物語』の注釈書】に「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」・・・これが基で今の「七種」が決まったようです。江戸時代頃には武家や庶民にも定着し、幕府では公式行事として、将軍以下全ての武士が【七種粥】を食べる儀礼を行っていました。七種は、前日の夜に俎に乗せて「囃し歌」を歌いながら包丁で叩き、当日の朝に粥に入れるのが正式だそうです。「囃し歌」は「鳥追い歌」に由来するもので、七種粥の行事と、豊作を祈る行事が結び付いたものと考えられているそうですが、前の晩に叩いたら「アク」が出そうな気がするけどなぁ・・・七種の行事は「子(ね)の日の遊び」とも呼ばれ、正月最初の子の日に野原に出て若菜を摘む風習の事だそうですが「草摘み」なんかしないもんな今は。ヨメが知らんのもしょうがないのかな? それにしてもヒトツも知らんとは・・・よく国立大に入れたなぁ。「何~によ、偉そうに。だったらコレ解る?」「○×△◎▲□×・・・」何かの表面に流れる電流の量を求める公式らしいがサッパリ解らん。仕方ないので「じぇんじぇん解りません」と正直に言ったら、「ほーら!、自分だって解んない事あんでしょ!、判ったらエラソーな態度はとらない方がいいわよっ!」・・・と、大分エラソーに言われた。解らないついでに、「秋の七草」は独酌も全部は知りませんでした。萩・尾花(ススキ)・葛・女郎花・藤袴・桔梗・撫子の7種類を指すのですが、見ての通り食べられません。秋の野の花が咲き乱れる野原を「花野」(はなの)といい、花野を散策して短歌や俳句を詠むことが、古来より行われていたそうです。「秋の七草」は、それを摘んだり食べたりするものではなく、眺めて楽しむもので、今でも【観月宴】などでは飾られています。お粥もオヒタシもないのか。風流なこって・・・道理で知らん訳だ。これも食べ物に関係ありませんが、1月7日は「新年になって初めて爪を切る日」ともされ、七種を浸した水に爪をつけて柔かくしてから切るとその年は風邪をひかないと言われているそうです。朝の残りの【三草粥】(家にあった芹・大根の葉・蕪の葉だけを入れて作ったお粥)を温め直しながら思う独酌でした。今年も「飲み食い」の事ばかりの日記になりそうですが、宜しくお願い致します。
2008年01月07日
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今晩は。独酌です。約一週間のご無沙汰です。ONの皆様へ新年、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。OFFの皆様へ週明けの7日からは平常モードへ戻れそうですので、新年会は誘ってね! 今年も宜しく!12月31日に祖母が亡くなり、唯でさえ引越しでバタバタしているところトドメを刺されました。え~と、本来なら喪中なので新年のご挨拶は遠慮させて頂くのが普通なのでしょうが、正直なところ、哀しいとか寂しいとかの気持ちはあまり湧かず、「何で今よ!?」とバチ中りな事を考えた独酌です。(御免ねバアチャン)でも、まあ96歳ですから大往生と言って良いでしょう。そんな訳で除夜の鐘を聴くヒマすらなく新年を迎えたのですが、元日の昼過ぎにヨメから「叔母が亡くなった・・」の電話が。「何でやねん!?」思わず関西弁になってしまいましたがホント「何でよりによって今日よ?」そう思いましたよ。大晦日&元日はねぇ~だろう。ヨメの叔父の連れ合い(奥さん)で、それほど親しい付き合いをしていたわけでもないという事で弔電と香典で勘弁してもらう事に。宮城県なので行って行けない距離ではないのですが、気力が・・あっちにもこっちにも不義理をしてる独酌です。週明けには幾らか落ち着けそうなので、皆さんのところへはそれからお邪魔します。OFF連は変な遠慮はしなくて良いので【引越し祝い】を持ってサッサと来るように。何にしてもON&OFFの皆さん、重ねて本年も宜しくお願いします。追伸:持って来たその日に自分達で飲んじゃう酒を【引越し祝い】とは認めません!そこんとこヨロシク!
2008年01月04日
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