1、サポート教員が必要な状況だが・・・。
私はさいたま市の小学校で サポート臨時教員補助員 として働いて今年で6年目になります。勤務時間は9時40分から3時25分の5時間です。時給は1210円です。夏休みなどの長期の間は仕事がきられるので、年収が80万円にもなりません。ダブルワークもしましたが、教育の仕事に専念したくて、サポートの仕事についた6年前から生活保護を受けてなんとか生活しています。
職場では算数の授業に担任の先生と一緒にクラスに入り、わからない子ども達に個別に算数を教えたり、時には、先生と交代して授業を進めたりもしています。忙しい先生のかわりに、授業の導入で使う具体物や復習用のプリントなどを準備したり、教室にはる学習している単元に必要な掲示物を作ったりしています。
サポートに入っている正規の先生方が 「忙しすぎて、自分のやりたいことの半分もできない」「提出する書類や親との対応など体面ばかりを保つことばかりが、重視され、子どもとの関わり方こそが大事なのにそれは大事にされない。こんな教育現場でやっていけるのかと辞表をかばんに入れて毎日学校にきている。」
と話しをされる方もいるのです。このように、忙しすぎる現場で悲鳴をあげている先生達を目の当たりにして、なんとか負担を軽くしたいと、授業のことや、子ども達のことなどなるべく話をしながらまた、先生達の話も聞きながら、サポートの仕事をやっています。
また、 勉強の保健室
という所で、放課後の補習を任されています。勉強をもっとわかりたいという子ども達が10人前後やってきます。なかには2年生なのに、1年生の足し算、引き算ができないという子どももいます。お母さん方がお迎えに来て、勉強に遅れがちな子どもの話や子育ての不安など話をされていきます。中には、授業中に教室にいなくて、保健室に来るMちゃんという子どもがいて、担任の先生とその子の対応について話をしながら「一緒にMちゃんをみていきましょう。」と担任の先生から話をされたりしています。大変な子ども達が増え、忙しい現場では、私達サポートの必要性は、年を追うごとに大きくなっているのではと感じています。当然勤務時間はオーバーし毎日サービス残業となっています。
2、サポート教員としての働き方は・・・
今年は1年生と4年生の算数の授業に担任の先生と一緒に授業に入っています。同じ学校に2年目ということもあり、管理職の先生が代わったとはいえ、人間関係ができている先生もいて1年目より自分の居場所を感じることができ気持ちの点で随分と違います。立場が正規の先生と異なるだけに、同じ学校で仕事ができ余計な気苦労(自分は役にたっているのだろうかという思い)が少なく、その分、何か自分にできることはないかなと回りの様子をみることができるようになりました。
1年生や4年生の算数では、授業について 「こんな所で子ども達が躓いているようですね」 とか 「こんな用具を使ったらどうですか?」 と自分の意見を言ったりしています。先生がやり易いようにというより少し意見が違っても子ども達にはこれが大切とおもうことについて話すようにしています。その点が昨年と違う点です。そのような対応でよいのか分からないのですが、自分が主で教えた場合はどう教えるかということを考えながら授業に関わっていると、知らず知らずのうちに先生に自分の感想や子ども達の様子など言ってしまいます。
ある時、4年生の先生に、子ども達がわからない様子なので 、「別のやりかたでやってみては・・・」
といったので 「月曜日は加藤先生が授業をやってください
」
と言われサポートなのに余計なことを言ってしまったかと悩みました。しかし、当日は 「加藤先生の授業を楽しみにしています」
と担任の先生にいわれ夢にまで見た授業ができとても幸せでした。
サポートは 、「あくまで、担任の先生の補助であり、担任の先生がやり易いようにやるべきなのでは」 と同じ仲間のサポートの方に言われたりもしました。しかし、私は 、「同じ教育を担う教師としては、対等ではないか」 と考え、自分の意見や指導方法などサポートという立場ではあるけれども、自分の意見をだすようになっていきました。
3 仲間づくりがすすまない!
いろいろな働きかけをしましたが、なかまづくりは思いように進みませんでした。
その大きな理由は私自身の中にありました。 「仲間を大切にする」「仲間と話し合いをしながら、仲間の願いを大切にする」
と言うことを全臨教の集会に来るたび全国の仲間から教わりながらここまできたのだが、どうしても自分の思いで仲間を引っ張ってしまうことが続きました 「何のために話し合うのか!」
という位置づけもできず、仲間にも語ることができず、それぞれの思いを大切にできず何年も経ってしまいました。きちんと自分の思いを語り、相手の思いも充分に聞き、一致する所はどこなのか、どこが違うのかはっきりさせながら、話合いを積み重ねていかなくてはいけないのではないかと思いました。
私の中に埼玉の仲間に言われるように 、「0%か100%か」
という考え方が根強くあり 、「どうしても自分と意見が合わないと、駄目な人、」「この人と自分は違うから駄!
」
というように相手を切ってしまいます。そんな私にとって、人と関係を作っていくのが自分の大きな課題でした。自分にとって都合がよければ良い人、一緒にやっていける人という考えからどうしても抜け出すことができずにいました。どんな人とも手をつないでやっていくことや、例え30%でも良いから進歩したことを大切にしてやっていくことができないでいました。
4、本当の自立を求めて
試行錯誤を続けながら、サポートの仲間作りを続けてきましたが、教職員の組合で私達非常勤だけでなく、さいたま市で働く28種類もの非常勤、派遣の方を対象とした 「話しを聞く集い」 をひらいてくれることになりました。それへ向けて、サポートの方の意見を聞きました。自分の意見だけでなく、仲間の意見として次のような意見をまとめることができました。
このまとめた意見を教職員組合で開いてくれる 「話を聞く集い」 にもっていくつもりでいます。
自分の思いを大切にするのではなく、 「自分はさておいて、相手を大切にする中に本当の自立がある」 と仲間にいわれ、その言葉の本当の意味はまだ分からないのですが、目指すべきは、長い間自分がそうなりたいと願っていた 「本当の自立」 です。
これまで、埼玉の臨時教職員の仲間や 、「埼玉県臨時教職員制度の改善をすすめる会」 のメンバーを中心に臨採の雇用年齢撤廃、採用試験の受験年齢撤廃と次々と運動を推し進めてきました。その運動のお陰で、私は6年ぶりに採用試験を受けることができるようになりました。しかも、教員ではなく一般職員の扱いとしかみなされていなかったサポート教員が、特別選考の対象になり筆記試験が免除となり、受験できました。それは、「臨教運動というのは加藤さん自身の成長にある」といわれそれぞれ不充分なものを抱えながら、仲間が、協力し、支えあったからこそ、少しづつ、前進してきたからこそと思います。また、「自分自身のそれぞれの課題をお互いが、学びながら、運動を、より良い方向へ向かって、改善していった」ということの中にあると思います。
臨時教職員の運動は決して一人ではなしえない事です。だからこそ、お互いがそれぞれの良さや不充分性を認め合いながらやっていかなければ本当の前進はないものだと思いました。一人でもこの運動をやるという思いと仲間の思いを大切にしながら思いを重ねて、つなげていくことが大切ではないかと思いました。その運動の中に「本当の自立」があるのではないかと思いました。まだまだ不充分な自分ですが、仲間と共に成長しながら、サポート教員の待遇改善を求めて、仲間を信頼し、運動を進めていきたいと思います。