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2004年04月24日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
07:00起床。
08:30出勤。
16:00退勤。
17:00大丸物産展。
→ここでは何も買わず、岩田屋でチーズ・ソーセージ・ワインを買う。
19:00嫁さんの実家へ。
→義兄に息子見せる。
20:00帰宅。
→食事。パスタ・ソーセージ。子供と怪獣ごっこ。


・元木トレード。巨人の墓場近鉄行き。ほんとにトレードされたらふて腐れて戦力にならんと思うけど。それよりも高村が巨人にきて役に立つとかな?近年は凄くコントロール悪かった印象しかないけど。

・読んだ本
「カント『純粋理性批判』入門」-黒崎政男-講談社 (20040424現在、P136まで。残りは次回)
・難しい。学生の頃何度もチャレンジしたけど、結局良くわからんかったしなあ。。。
・所々出てくる用語だけは覚えた。
→ア・プリオリ:経験に先立つ、経験に由来しない。
→ア・ポステリオリ:経験に基づく。経験に由来する。
・この頭では、理解して要点を書くなんて無理なので、書きながら読んだ。。。
・結局、「人間が認識するのは「物自体」でなく各人がもつ感性による「現象」である」、ということであるから、「自分」もAさんからみた「自分」とBさんからみた「自分」とでは異なるものです、だから好意的な「現象」として「認識」できるようには(現象を誘導するには)どうしたらいいのか、なんてことは書いてなかった。それは「実践」的すぎる?自分でも何言ってるか良くわからん。
・まだ理解できてない。完読後、別の本もよむ。

-要約-

→この主張では「これまでの形而上学は全て失敗してきた」
・「だから対象が私たちの認識に従わなければ成らないと私たちが想定することでもっとうまく行かないかどうかを一度試みてはどうか」
→「直感がその対象の性質に従わなければならないなら、私には、いかにして人はその対象について何ものかをア・プリオリに知りうるのかがわからない。しかしその対象が私たちの直感能力の性質に従うなら、私はこうした可能性を全く良く思い浮かべることが出来る。」
→「悟性=知性の法則は、ア・プリオリな諸概念として表されるものであって、経験の全ての対象はこれらア・プリオリな諸概念に必然的に従い、それらと一致しなければならない」

・序論での結論


・著者による、カントの基本的立場
1.主観が世界を成立させる
2.その世界は物自体の世界ではなくて、現象の世界である
3.現象の認識は客観的だが、物自体についての認識は主観的なものに過ぎない

・存在するとは知覚されること-実在論と観念論
→カントの主張「観念論と自説は全く異なる」
→「主観が世界を成立させるゆえに現象の認識は客観的である」

→『物があるから、見える』:実在論
→熟したトマトは赤い(ものとして存在する)から、赤いと(感覚器官が)認識できる。『素朴実在論』
→しかし、見る側の条件で有り方が変わるとしたら、感覚に先立って存在するのか?
→感覚(視覚、聴覚、触覚、味覚..)で確かめることが出来るもの:『イギリス経験論』が祖
→『古代懐疑論』:感覚は誤るという考え
→『プラトン的世界観』:「感覚的世界」よりも「イデア界」がリアル
→結局、素朴な実感からは「リアル」「存在」といったものは捉えられない。

→『物を見るから、存在する』:観念論
→バークリー「存在するとは知覚されること」「物体が私によって現実に知覚されない時、それらの物体は全く存在しない」

・経験論と合理論
→『現象』という概念が重要
→「悟性=知性は何も直感し得ないし、感性はなにものも思惟できない」
→「感性と悟性が一致したときのみ、認識が成立する」(単に経験から成立するものではない)

→J.ロック「経験論的発想」
→「心は初め白紙であり、経験によって観念を備えるようになる」

→G.ライプニッツ「合理論的発想」
→「心はもともと多くの概念や教説の諸原理(=知性)を宿しており機会に応じて外的対象がそれらを呼び出す」
→"からすは黒い"という命題の確実性は、確認するからすの数を増やす(経験をます)ことで高まる。
→"三角形の内角の和は180度"という命題の確実性は、多くの三角形を検証しても変わらない。
→感覚から経験を得ることは大事だが、知性には存在などの観念は備わっている

・『現象』
→「物自体、つまり対象そのものが私たちの知覚や直感という認識能力によって捉えられた姿」
→「私たち(各々の)認識能力によって変容されながらも捉えられた物自体」
→『"物自体"についての認識をもつことは出来ず、"現象"(=感性的直感の対象になるもの)についてのみ認識することが出来る。』

・物・客観・対象
→『物(自体)』:物そのもの。(何かによって認識されることとは無関係に)それ自身で存在しているもの。
→『対象』:物のうちで、何らかの認識の対象となっている要素
→『客観』 :「物(自体)」と「対象」の間にありかた。主観の対。

・物自体の認識
→「物自体を知るには人間には無い特殊な知的直感が必要だが、それは持ち合わせていないので結局、物自体は人間にとって無である。したがって私たちの認識の対象である現象は、物自体ではない。」
→「感覚は限定されているから、そのものを把握することは出来ない」


・悟性・知性・理性
→悟性(Verstand:フェルシュタント)=知性(understanding)。
→理性:比較して考える。推論して考える。

・伝統的真理観 理性・知性の優位
→伝統的真理観:「感性・経験に基づくものは全て仮象(イドラ)に他ならず、真理は純粋な悟性と理念との観念のうちにのみ存在する。」

→カントの真理観:単なる純粋悟性や純粋理性からするものの認識はすべて単なる仮象にほかならず、経験のうちにのみ真理は存する。

→「悟性」・「感性」は人間的認識が成立するための契機と捉えなおすことによって現象概念を確立し、客観的認識が成立するために「経験」を取り込む。

→「悟性」・「感性」が成立させる現象に認識の対象を限定することで、人間的認識の客観性を保証。
→真理性の保証を神に求めない。

・空間とは?
→「空間とは、物自体に属する性質でもなければ、また物自体をこれらの相互の関係においてあらわすものでもない。つまり、空間は物自体を規定するものではない。」
→「空間はあらゆる現象の形式に他ならない、つまり、空間は感性の主観的条件である」

→空間は主観的条件=人間側のもの

・時間とは?
→「時間はそれだけで存立する何かではない。客観的規定としても野に付属しているような何かでもない」→「時間は主観的条件に他ならない。主観を度外視すれば、時間は無である。しかし現象に対しては必然的に客観的である」

・時間・空間の実在性と観念性
→「空間は我々に対照として外的に現れるものに関しては(経験的)実在性を持つが、我々の感性の性質を考慮せずに考えられるならば、物に関しては(超越論的)観念性を持つ。」

→時間・空間の『超越論的観念性』
→時間空間を人間認識の主観的条件とは考えずに物自体が存在するために根底にあるもの
→時間・空間は「無」。観念的なもの
→時間・空間の『経験的実在性』
→対象が減少であるならば、時間・空間は客観的妥当性を持つ確実で実在的なもの

・真理とは?
→かならず「惨めな循環論法」に陥る。
→「対象そのものと、認識の合致」を求めようとすると、「対象そのもの」が常に対象に対する認識となり、解を得られないため。
→「こうした要求はそれ自体において矛盾している」

→でも、「『純粋理性批判』の目論見は、全ての個々の具体的な認識に先行し、それを可能ならしめる『超越論的真理』を確定することにある。」

・純粋悟性概念(カテゴリー)
1.分量
a.単一性(Einheit)
b.数他性(Vielheit)
c.総体性(Alheit)
2.性質
a.実在性(Realitat)
b.否定性(Negation)
c.制限性(Limitation)
3.関係
a.付属性(Inharenz)と自存性(Subsistenz)
b.原因性(Kausalitat)と依存性(Dependenz)
c.相互性(Gemeinschaft)
4.様態
a.可能(Moglichakeit)-不可能(Unmoglichkeit))
b.現実的存在(Dasein)-非存在(Nichtsein)
c.必然性(Notwendigkeit)-偶然性(Zufalligkeit)

→「悟性は自らのうちにこれらの概念をア・プリオリに含んでいる」
→このカテゴリーがどうして認識の客観的妥当性を保証するのかを論じるのが「純粋悟性概念の演繹論」

・超越論的演繹論
→「経験は、認識の質料と、この質量に秩序を与える形式(形相)とを含んでいる」
→質料と形相を"結合"するのは悟性の作用
→結合しなければ、太陽はただの石。(世界から受け取った質料をカテゴリで分析した結果=結合)

→超越論的統覚(統覚:知覚を取りまとめる)
→"~と私は考える"と捉える最終的・根源的自己意識。
→統一の役目を与える。

→「感性に関して、全ての直感を可能ならしめる最高原則は、直感における全ての多様なものが空間と時間という形式的条件に従うということである。悟性に関して、全ての直感を可能ならしめる最高原則は、直感における多様なものが統覚の根源的・総合的統一の諸条件に従うということである。」
→「それだから、意識の総合的統一は全ての認識の客観的条件である。」
→『直感が私にとって客観と成るには、直感はこの条件(感性・悟性の直感を可能ならしめる最高原則)に従わなければならない』

→「一切の対象に対して、カテゴリーのア・プリオリな妥当性が説明されれば、この演繹の意図が完全に達成される。」

→『世界は人間の主観が成立させた"現象"である』

・「純粋理性批判」の根源的成果
「経験の可能性の条件が、同時に経験の対象の可能性の条件である。」
→経験が成立する条件=時間・空間・カテゴリは同時に、現象が成立するための条件でもある
→認識の成立と、対象の成立は同時的である
・

-----20040424 P136まで。





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最終更新日  2004年05月19日 09時47分35秒
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Re:カント『純粋理性批判』入門-黒崎政男-講談社(04/24)  
スミマセン。
正直言って難しいです。
事業が上手く行って
ビジネスの世界を引退したら
是非読んでみます。(何十年先かな?)
(2004年04月25日 13時26分20秒)

Re[1]:カント『純粋理性批判』入門-黒崎政男-講談社(04/24)  
再確認  さん
私も今回2回読んでみてぼやっと理解できました。
あと1回はこの入門書読んでからでないと原本理解出来そうにありません。

でも、悠悠自適で哲学思索、いいですね。
事業の成功お祈りしています。 (2004年04月26日 10時30分16秒)

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