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旅に出る理由やタイミングは人それぞれ。僕が今回この旅行を企画したのは簡単に言うと時間があったからです転職のタイミングでした10年ほど同じ会社で勤めていて、入社以来働いて来ましたが、継続して続けることでどのくらい自分は成長できるのか収入的な面、将来的な面でも昨年とても悩んでいて転職を決めました転職先を決めずに退職を会社に申告したため周囲の方々からは、よく驚かれるのですが悩んで決めたことなので、反対を押し切り一歩踏み出した形です転職活動はやはり難しく、自分の無力さを恨みました。会社には尽くして来たけど、それって社会で役立つには無駄なこともあったんじゃ・・みたいなマイナスな気持ちになったりもしましたそれでもいろんな会社の方々とお会いして世の中は広いと本当に感じ、まだまだできないことがたくさんあると言うことを実感できましたマンネリになっていた気持ちを前向きに転換し頑張ろうと言う気持ちになりましたいくつか面接も経験するうちに肌感覚でコツも掴んだため内定も無事にもらうことができました異業界への転職なので、また新しいチャレンジが始まったばかりです。内定も無事に決まったので、計画したのが、今回の国内点々旅行です。元々ブラブラする旅はとても好きだったんですが、行きたくて行けなかったところに行くことができました僕が思う旅をすることのメリットは以下の点です。・新しい知識や感情を発見する。・美味しいものや素敵な人に出会う。・気分をリフレッシュさせる。・体感することで経験値UP。だからまた計画して行きたいな〜いろんなところを旅歩こう〜そして写真を練習しよう(笑)「九州から東京に向けて転々と」終わり
2017.04.15
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朝野新聞社のオブジェ江戸ゾーンから東京ゾーンに移ります明治時代に入り江戸は「東京」という街に変わりました。朝野新聞朝野新聞は1874年から1893年まで東京で発行された、民権派の政論新聞。(参考 wikipediaより)歴史の授業ではきっちり時代が別れていますが、時代は繋がっていて幕末〜明治維新など激動の時代を経て今があります東京日日新聞が現在の「毎日新聞」、日就社が現在の「読売新聞」洋風の建物もできました。海外の重役方をお迎えした貴賓館。主婦の生活に余裕が生まれました。娯楽も発展し邦画も生まれました。1955年くらいから電化製品などが普及し出しました。戦争終結後、急速に高度経済成長期に入り、先進国の仲間入りをしました。家電が生まれ、バブルがあり、ファッション、ゲームなど新しい文化が生まれました。やっぱり歴史は面白いほんの30年前と現在の文化やファッションもすごく違うし、こんな風に俯瞰してみれば、とても楽しいもうちょっとじっくり内覧すれば、1日中楽しめる施設です(個人的には。。)博物館を出て築地に行きます豊洲移転問題がニュースで取り上げられているので築地にある時に絶対一度は行こうと思っていたんですこの旅一番の贅沢ですところが市場が水曜日が休み。。かろうじて空いていたお店でお昼のセット2000円を目指して入店したら見事に3000円のお任せ握りをオススメされてそちらのセットに変更(笑)そりゃ美味いよ。当たり前やん。マグロが違うとのことでした。寿司屋ですし食べたのも久しぶりでしたので堪能お昼を食べたら、ちょうど良い時間に。東京駅〜成田空港へのリムジンバスで空港へ・・名残惜しさと旅の疲れと清々しさといろんな気持ちを思いながら帰路に着きます。さすがに飛行機の中では爆睡です。楽しかったなーでもまた行きたいなーって思うのが旅行ですね今回行けなかったところもたくさん新しい発見や出会いもたくさん歩いた距離もたくさん(今度から測ろうかな。。)最初は海外行くか迷ったけど国内点々旅行も満足でしたまた旅行資金を貯めてぶらぶら旅します次はどこに行こうかなぁ>>今回、旅に出た理由
2017.04.15
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東京は、友人宅に泊めていただきました。新小岩のマンションからはスカイツリーがキレイでした最終日本日は成田より福岡に戻ります。夕方の便なので、少し時間には余裕ありです。東京は仕事でも何度か来ているので、どこかレアな観光地を探していました友人から紹介していただいたのが「江戸東京博物館」北京とありますが、これは当時の展示会のポスターです。初めて来ました。平日でしたが人はまばらです。海外の方が少し。建物は大きく両国国技館の近くにあります駅からも近いです。どんな博物館なのか全くわかりませんでしたが、とりあえず中に入ります結構すごいです博物館の中に江戸時代〜明治を想像させる建物や展示品がずらり芝居小屋「中村屋」のオブジェ。博物館っぽいですね。江戸時代当時の模型が展示されています。教科書にない歴史の事実がたくさん展示されています。そうだ、ここは江戸だったんだ東京という街に住んだ経験はないですが、大都会になるまでには歴史がありました徳川家康が幕府を開いて、現在に至るまで約400年日本の中心都市としての歴史はやはり偉大で興味深いです江戸市中の人口の推移と男女比です。江戸在住の人の4分の1が移住者で人口も増加していきました。家計収支の比較です。江戸時代はほとんどが食費で収入が消えていました。現代は食費以外に様々な項目の出費があることがわかります。江戸時代の文芸です。2色の色を配色するのに工程を倍にする必要がありました。写真や本も存在しない中、絵画が売られていました。江戸時代に商いの仕組みが形成されました。江戸・大阪の都市形成の基盤が江戸時代にはすでにありました。看板という文化が生まれました。文芸も発達しました。歴史の教科書に載っている「富嶽三十六景」庶民の楽しみとして歌舞伎が生まれ、芸能文化が生まれました。「中村座」のオブジェ下からのアングル。歴史って面白いです。今自分が生まれて何となく過ごして来たけど、つい何百年か前からの歴史がいろんなところに残っていてこんな時代があったから現在があるんだなとしみじみ思います僕が生きている間にも本当に色々なことが起きて時代は動いているけどそれがまた何十年か後に世の中で当たり前になっているんだろうなと。。将来は誰もわからないけど、何で今こうなっているのかということはこんなに鮮明に解明されていて、それを知ることで新しいことも生まれる。感慨深いなー。>>明治時代〜現代の展示に
2017.04.15
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昨夜は雪がひどかったので部屋で飲んだため「古い旅館で夜起きちゃったら怖いな〜」とか思っていましたが、ぐっすり眠りました夜が明けましたが、まだまだ大雪。。これは帰りのバスも心配になってきました帰りのバスは余裕を持ってとっていたため時間はあったのですが、まずは大雪の中頑張って歩いてバスターミナルへ。。やはり国道で事故が起きているらしくすごい人でごった返していました時間に少し余裕はあるとしてもこれは困った。。とりあえずバスターミナルで朝ごはんが食べることができました。草津バスターミナルの朝セット。旅館で食べられなかったので嬉しい食べ終わって少し様子を見ていると幸運にも雪が止んできたのですが、バスなどでの移動ができず。。「諦めたらそこで試合終了だぞ」草津を満喫しなきゃということで、また湯畑へ。。湯畑以外どこに行くにも不安な状況でした。。人はいるけど、雪もすごくて(笑)朝になっても天候は良くならず。。溶けかかった雪で靴もビショビショになり。。のんきにブラつくことができなかったという件でも草津らしさはしっかり堪能しました。そう「湯もみショー」です湯畑の脇に「熱の湯」というお宿があります。こちらで有名な湯もみショーが観れます天候のためかごった返してはなかったです。外の空気とは一変して温泉に来た気分になりました2階から観ました。お姉様がたが歌に合わせて湯を揉みます。お客さん体験コーナーも随時開催されています。やっているところを写真に撮ってくれます。湯もみというのは、草津温泉が約50度くらいの高音の温泉ですが、加水するのではなくて湯もみで冷ますということが始まりのようです。なるほど湯もみをすれば、人が入浴できるようになりますね約30分ほどのショーでしたが、演者の方々も慣れていらっしゃり楽しく観覧できました最後にひとっぷろ!この旅で最後のお風呂に入ります熱の湯の隣にある「白旗の湯」昨日見たコレです↓この旅最後の温泉は、「白旗の湯」です。広いロビー、脱衣所、休憩所などあり、立ち寄り湯には最適です!さすが草津!そしてやはり身体にピリピリと酸性のお湯が効いている感じがします。近くの旅館の方なのか、一緒に入浴していた方々の会話などにも耳を傾けながら、大雪で溜まったストレスを解消します風呂上がりは食事ですさっき朝食食べたばかりだけど。。バスに乗る前にもう1食したかったので。「上州麺処 平野屋」 さんへそば屋さんが多いので、食べたくなって入りました(そういえば高山でもそば食ったな。。)「上州豚のつけそば」です。豚の脂が重たくなくて本当に美味しかった。群馬名物こんにゃくがついていて嬉しいさぁ群馬ともお別れです。バスも10分遅れほどで出発することができました。草津を抜けるとすぐに雪も止みやっぱり山間部の雪は大変なんだなぁとしみじみ思った草津滞在でした東京では友人宅にて1泊する予定ですが、明日の予定は決めてません。最終日どうしよう??>>ラスト東京デーは両国へ
2017.04.01
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