躰道∞(無限) 

2006年06月07日
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 漫画、ナルトを読んで好きなキャラはときかれたら迷わずに『シカマル』だ。

 ナルトにでてくる『チャクラ』や、ハンターハンターの『念』、コインロッカーズベイビーの『ダチュラ』はまた意味が違う。
 ダチュラは置いといて、チャクラもしくは念というのは何か?と私は考え、ふと思いついた。恋人や友人ではないだろうか。

 恋人はたぶん結婚前の好きな人間か、結婚していても他に好きになった人で、むこうも同じように心から愛し合う二人のことと思う。今日はあえて辞書をひかない。
 常に希望に満ち、勝手気ままにワクワクし、迷惑なほど矛盾した思い込みによる思い込みのための絶望を背負い込む。それが恋人をゲットする前の大事な片思いである。片思いとは想像で、ときには切なく傷つき、またあるときは究極な思い違いで薄気味悪い笑みを漏らす。と、こういったことというのはものすごいエネルギーになるもので、ときには死をも忘れることができる。
 友情も同じくある一定の条件が充たされると発生し、動向におよぶ。ときには恋人への想いも凌駕することだってあるだろう。でも、それというのは実のところ同じものだと私は考える。
 恋人にも、友人にも、もちろん家族にも愛情をもっているだけのこと。

 なんらかのできごとがきっかけで、膜をおおってしまった愛もあるだろう。それでも、逆にそういったことがエネルギーになる場合もある。『怨み』が、そうだ。怨みも片思いと同じで、事実以外のことでつくられることが多いような気がするが、まずもって片思いと同じく強烈に固執し心の中を塞いでいるものがある。それもまた巨大にふくれたマグマには違いない。




 家族がチャクラ、念の場合は自身を補う何かを夫婦間、親子間でもとめるのだろう。そして、他の組織と関わりあう中で、隅に追いやられがちの思考を持った者、まるで思春期の片思いの少年少女のように被害妄想で怨みを練ってしまう者がいる。
 だからこそ、正義が正義とし必要とされるからドラマがある。自身のチャクラ、念の質はどういうのだろう。八方美人で、こういう場面はこう、あーいう場面はあー、これでは良くも悪くもエネルギーはわかない。その場しのぎの思いつき。信念もなく、ただただ、何かの狭間で、誰かの名の陰で。

 夢に向かうエネルギー。ガムシャラの無我夢中。これもまたエネルギーの分泌。





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最終更新日  2006年06月07日 18時17分34秒
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