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まずは今回の地震の被災者の方々に心からのお見舞いを申し上げると共に、地震そしてその後の大津波によって命を落とされた方々の冥福をお祈りします。
自分は地震発生時、実家にいました。
最初は地震だとは気付かず、突風が吹いたかと思いましたが、次第にはっきりとした揺れへと変わり、そして、静岡県人でも経験したことの無いほど長い時間その揺れが続きました。
すぐさまテレビを点け、情報を待ちました。
三陸沖を震源とする大きな地震であることが解ると共に、遠い三陸沖での地震で静岡があれほど揺れたことを考えると、その規模は計り知れないものだとその時点で思いました。
その後、余震と思われる揺れがありました。
とりあえず、実家の両親の所在確認と、関東に住む姉・妹家族との連絡を計ろうとしましたが、携帯が全く繋がらず、そうこうしているうちに、それぞれから無事を知らせる電話が実家に掛かってきました。
静岡は揺れは長かったものの、それほど大きな揺れではないと言うか、静岡県人にとっては大きな揺れではなかったのもあり、実家も含め地震自体でのたいした被害はありませんでした。(一部地域でその後停電が発生はしましたが…)
津波警報が発令される頃には報道各局は通常番組を中止・変更して特番へと切り替え、刻々と被害地の情報を伝えていました。
最初の段階での予想される津波の高さはさすがに大きな地震だけあってそれなりに高いものではありましたが、三陸地方は過去の災害もあり、日本の中では津波と言うものに対する備えが最も万全である地域であることを考えると、被害も最小限に抑えられるだろうと思っていました。
そして…
テレビの画面が伝えるその津波の映像はまさしく衝撃的なものでした。
未だ余震が続く中、行方不明者の捜索も難航し、復興のめども立たず、ライフラインさえもまだ復旧していない地域があり、そんな中で避難所で不自由な避難生活をしている被災者の方々、そして未だ孤立した地域で救助を待っている方々…希望を持ってなどという言葉は目の前に広がる被災地を目にすれば実に軽い言葉かもしれません。
かつてわれわれの祖父母達は焼け野原になった日本をここまで復興しました。
その子孫である我々に同じ事が出来ないわけはありません。
頑張ろう日本!頑張ろう東北!
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