読書地図

読書地図

2007年11月24日
XML
カテゴリ: 映画


 歴史映画を撮るにあたって、たいがい誰でも知っていそうなトピックを選ぶ場合と、それほど知られていないものを選ぶ場合があると思います。誰でも知っていそうなトピックで再三映画化されているのは、やはりナチスについての映画でしょうか(日本人にとっては太平洋戦争かな)。これは何より観客がとっつきやすいという利点を持っていますが、同時にまたこの話?と思われてしまうために、新たな切り口がどうしても必要ともなります。例えば手軽な方法としては子供の観点から描くとか。ちなみに、僕はボランスキーの『戦場のピアニスト』をちっとも面白いと思わなかったのですが、その理由の1つは、何故あそこまで類型的なホロコースト映画を今さら撮らなくてはいけないのかが少しもわからなかったからです(唯一評価できるのは、ワルシャワ・ゲットーでの蜂起を撮ったことでしょうか。説明なかったけど)。

 反対に、マイナーなトピックはリスキーです。『君の涙、ドナウに流れ』は、1956年のハンガリー動乱を扱ったものですが、ハンガリー人であれば誰でも知っている出来事であるにせよ、他の国の人で歴史にさして興味が無い人にとっては、それ何?でしょう。背景説明を詳しくするというのも1つの手ですが、そうすると映画的な面白さは大概半減してしまいます。実際この作品も、余計な説明は殆どありません。なのでハンガリー動乱について全く予備知識なしに観に行くと、所々意味がわからないという事態になるのではないかと。個人的にはこういうマイナーなトピックを扱った歴史映画をじゃんじゃん作ってほしいと思うので、この映画自体は歓迎なのですが、さてどれくらいお客が入るでしょうか。ちなみに日本人にとってはあまり重要なことではないかもしれませんが、全編ハンガリー語です(登場するロシア人はもちろんロシア語を話す)。パンフレットによれば、英語で作れば?という意見もあったらしいですが、監督があくまでハンガリー語にこだわったそうです。これも「取っ付きやすさ」と関係あるのですよね。つまりアメリカ人にとっての。『戦場のピアニスト』は全編英語(そして何故かナチスはドイツ語を話す)で、これもまた幻滅した理由の1つでした。

 さてその上で、映画そのものについて。大国の圧制に苦しむ小国の悲劇、それに抵抗する市民、そしてその抵抗そのものが孕んでしまう悲劇・・・というテーマは、どうしても今年始めに観たケン・ローチの『麦の穂を揺らす風』を思い起こしてしまいます(尚アイルランド問題についての映画は数多くありますが、内戦そのものを描いた映画はあまり無いのでは。僕は『マイケル・コリンズ』くらいしか思いつきません)。

麦の穂をゆらす風 プレミアム・エディション
小グループに焦点をあてているというのも似てますね。ただ大きな違いが2つあります。まず1つは、『麦の穂~』が地方の小さなグループの話に限定しつつ、常にアイルランド全体の動きを意識させるように作っているのに対し、『君の涙~』は、学生たちのグループ以外の動きが今ひとつ見えないこと。例えば、ハンガリー動乱を扱った2つの著作、ビル・ローマックスの『終りなき革命 ハンガリー1956』やアンディ・アンダーソン『ハンガリー1956』がどちらも、労働者たちの作った工場評議会の役割を強調しているのに対し、映画はその存在すら感じさせません(もちろん他の知識人の動きなども)。

ハンガリー1956
そのため、何だか下手すると、主人公たちが、若さの余りつっぱしった学生たちの群像、みたいに見えてしまうのです。もう1つは、その小グループの人々が、大国の圧制に対して何を守ろうとしているのか、何を獲得しようとしているのかが、『君の涙~』では今ひとつはっきりしないことです。「独立」はもちろんなのですが、それ以上の価値。「民主主義」というのもあまりに茫漠としています。そして『麦の穂』は、その点も実にはっきりさせていたと思うのです。

 ただし、こうして書くと『君の涙~』はたいした映画では無さそうに思えてしまうかもしれませんが、良く出来た歴史映画であることは間違いないです。ハンガリー動乱の推移と、オリンピックにおけるハンガリー水球チームの活躍の過程を、同時並行で追って行くという手法は、ありがちといえばありがちですが、見事なスピード感を生み出していますし、悲劇性を際立たせることにも一役かっています。また戦闘シーンのリアルさも特筆すべきでしょう。あまりにリアルなので、例えばソ連軍の戦車が爆発するシーンなどではカタルシスを感じてしまいそうになるほど。もちろん、リアルな戦闘描写の最大の目的は、現実の人間が戦い傷つき、死んでいったという生々しい現実を強調するためでしょうし、その目的は十分に達成されていると思います。おまけに監督はまだ39歳。これだけのものを撮れれば大したものでしょう。これからも良い映画を撮ってくれることを期待したいと思います。 


追伸:尚、来年の春にはチャウシェスク大統領時代のルーマニアを舞台にした映画が日本に来るようですね。東欧関連ということでこれも楽しみ。ちなみに題名は『4ヵ月、3週と2日』です。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年11月24日 22時23分59秒 コメントを書く
[映画] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

クレズマー

クレズマー

カテゴリ

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: