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2007年12月01日
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カテゴリ: 読書


もう1つ、『真説ラスプーチン』は、ラスプーチンが完全ないかさま師でもなければ、かといって現世を超越した聖者でもないという立場を一貫して守っており、そこには好感が持てました。ラスプーチンのような人は、自ら誇張していたかもしれないにせよ、確かにある種の「能力」は持っていたのでしょう(それを超能力とか霊能力とか言うかどうかは別にして)。例えばここにアップした写真を含めて、ラジンスキーも書いているように、彼の写真は全てその「目」が凄いです。でも、そうした凄さや「能力」は、彼が何も現世を超越していたということにはならない。そんなことよりずっと重要なのは、そうした「能力」の持ち主と、その周りの人たちが、その「能力」を、特定の歴史的・社会的状況においてどう利用するか(ないしは利用されるか)、ということなのだと思います。ラスプーチンの場合は、おそらくありとあらゆる意味において、その「利用」は悲劇的なものになってしまった訳ですが(そして付け加えると、『石のささやき』もそうなのですが)。

そうすると思い出すのは森達也の名作『職業欄はエスパー』(単行本時の題名は『スプーン』)。
職業欄はエスパー

元スプーン曲げ少年の清田益章、UFO・宇宙人評論家の秋山真人、ダウジングの堤裕二という3人の「超能力者」の「日常」を追ったドキュメンタリーを制作する中で、森達也は、自分の目の前で説明のつかない事態が次々と起こるのにも関わらず、最後まで「超能力を信じるか」という質問に「わからない」(時に「信じない」)と答え続けます。彼らはある種の「能力」を持っている、でもそれが「超能力」なのかどうかはわからない、と。それは、彼らが単なるいかさま師でもなく、けれども特別な人間でもないという立場と言ってもいいでしょう。森達也の関心が、「超能力者」という肩書きを(ある程度までは本人たちも不本意なままに)与えられてしまった人が、そもそもどういう「人間」であるかを探ることにあった以上、「超能力」があるかないかという議論には加わらないというのは全く正しい。そしておそらく彼にしてみれば、「超能力」は存在するかどうかという議論の設定自体が、彼らのもつ何らかの「能力」をメディアが「利用」する1つの仕方なのでしょう(もちろん秋山さんのようにその「能力」を「利用」して生計を立てている人もいるわけですが)。そして彼は「超能力者」たちを「人間」として描くことによって、その「利用」に批判的に対置させようとする訳です。

・・・もう少し書きたいことがあるので、次回以降に続きます・・・
なお、森達也がテレビ用に撮ったドキュメンタリー『職業欄はエスパー』はYoutubeで見れます↓ あと関係ないけど、森さんはこの頃が一番面白かったなあ・・・。
http:// www.youtube.com/watch?v=IRYHfNU1rws





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最終更新日  2007年12月01日 16時06分51秒 コメントを書く
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