読書地図

読書地図

2007年12月15日
XML
テーマ: お勧めの本(8118)
カテゴリ: 読書



例えば、サイモン・ウィンチェスターの『世界を変えた地図』。これはイギリス地質学研究の草分け的存在であるウィリアム・スミスという人の伝記なのですが、むしろ、スミスについて語りながら、当時の地質学、そして博物学の発展、そしてちょうど同時代にあたる産業革命との関り合いを、全体として描く優れた作品になっていたのでした。毛色は少し違いますが、サイモン・シンの書いた『フェルマーの最終定理』も、基本的にはジョナサン・ワイルズという、フェルマーの定理を解いた数学者を中心に話が進むのですが、その過程を通じて最終的には、ギリシャから現代に至るまでの数学の歴史、そして現代における数学業界の様子などが明らかになるという構成を取っていました。どちらにも共通しているのは、ある個人を軸にして、そこに関わる人や物事を書き込んでいくうちに、1つの時代、ないしは1つの領域が全体として浮かび上がってくるという点です。そもそも社会史というジャンル自体、歴史の中で今まであまり重きを置かれなかった領域や主題に光を当てることで、歴史全体を違う角度から眺めることを可能にするものですが、上記の2冊は伝記というスタイルを取ることで、その点をさらにはっきりさせていたように思います。そして、つい最近読んだ、ベンジャミン・ウリーの『本草家カルペパー』もまた、そのような作品といってよいでしょう。



 ちなみにカルペパーというのは、17世紀のイギリスで、当時使われていた薬草の類いについて、その効能を英語で説明する本を始めて出した人です。それまで薬についての知識はラテン語でしか書かれておらず、従ってラテン語を読めない多くの民衆は、薬についての正確な情報を持つことが出来なかったのですが、カルペパーの本によって、薬の、ひいては医学に関する知識をようやく普通の民衆でも手にいれることができるようになったのでした。原題は『ハーバリスト・カルペパー』。つまり多少大袈裟な言い方をすれば、現在日本人の私たちですら何気なくハーブティーを飲んだりしているという事態の、その出発点に彼がいるという訳です。実際ネットで調べてみると、イギリスには「カルペパー」の名を冠したアロマオイルの会社もあるようで、そういうことに詳しい人はもしかするとその名前を聞いたことがあるのかもしれません(最初に掲げた写真はそこのロゴだと思います。例えばにこんな製品も↓)。


 ただ、ハーブに興味のある人が、イギリスのハーブの本?と思って手にとると多分びっくりするかと思います。何せカルペパーが活躍した時代というのは、イギリス市民革命(世界史で「清教徒革命」とか「名誉革命」とかいう名前で習うあれです)の真っ只中。そしてカルペパー自身も、市民革命に巻き込まれるどころか積極的に参加していたため、本の三分の一以上が、市民革命についての、そして市民革命期のロンドンの様子(カルペパーはロンドンに住んでいた)の描写に費やされているのです。もちろん戦争に従軍して王党派と戦うことと、民衆向けのハーブの本を書くことは、カルペパーの中ではしっかりつながっており、そのつながりを説明するのがこの本の眼目ですからそうなるのも当然。そしてそのおかげでこの本は、そこからハーブについての知識はそれほど得られないにせよ、イギリス市民革命という途方もない歴史的事件を当時の医学・薬学の世界から眺め、そうすることで革命の過程自体を非常にわかりやすく、かつ生き生きと描き出すことに成功することになったのでした。もっとも、カルペパーについて書かれた文書が殆ど無いので、そういう社会史的なアプローチを取らないと、そもそも何も書けないという事情もあるにはあるようですが、それはまあさておき。

ちなみに、やはり17世紀イギリスという大変な時代を、スコットランドという「辺境」から眺めた物語として、ローズマリー・サトクリフの『はるかスコットランドの丘を越えて』があります。サトクリフについては、アーサー王物語や、ローマ時代のイギリスを扱った作品で知っている人も多いかと思いますが、優れた歴史文学作家。一応「児童文学作家」ということになっていますが、大人が読まないのは勿体ない。ついでに言えば、『アイヴァンホー』で有名なサー・ウォルター・スコットの『ウェーバリー』なんかも、まさにサトクリフと同じ題材を扱ったものらしいのですが(というかサトクリフはスコットに対するオマージュとしてその本を書いたようです)翻訳は出ていないようです。そうそう、スコットやサトクリフほど偉大ではないですが、ロス・キングの歴史ミステリ『謎の蔵書票』も、17世紀「革命後」のイギリスを扱ったものでした。これもまあまあオススメです。


最後にもう1つ。『カルペパー』を書いたウリーという人は、これより前に、エリザベス一世のお抱え占星術士だったジョン・ディー博士という人の伝記も書いているそうです。カルペパーもまた占星術にそうとう入れ込んでいたようで、そうした今から見れば「うさんくさいもの」を、彼がどういう風に利用したかというのが『本草家カルペパー』のサブテーマでもあったことを考えると、非常に非常に興味深いです。翻訳、出ないもんでしょうか。お願いします、白水社さん。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年12月15日 16時42分25秒 コメントを書く
[読書] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

クレズマー

クレズマー

カテゴリ

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: