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2007年12月18日
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カテゴリ: 読書
さて、ようやく『制裁』について書いてみます。

この前たまたま本屋で目についたので(そして安かったので)、『このミステリーがすごい!』の2008年度版を買いました。『制裁』はベスト40の中にすら入っていませんでしたが、たった一人だけ個人的なベスト5に挙げている人がいました。まあ、そんなもんだろうなと思います。先に書いたように、『制裁』はちょっとミステリとは言い難いので。


確かに『制裁』はミステリの体裁で書かれてはいます。でも実のところ、多くの人がミステリから期待するであろうものに、この本は殆ど応えてくれないのです。例えば前半のプロット。まず残虐な性犯罪歴を持つペドフィリア(幼児性愛者)の男性が、施設から施設への移送中に逃げ出します。たいがいのミステリであれば、ここで、その男性が次の犯罪を犯す前に何とか捕まえようとする警察の必死の操作を事細かに描くでしょう。でも『制裁』ではあっさり一人の少女がその男に誘拐されてしまいます。そして、警察の追跡が殆ど進まないうちに、犯罪を食い止めることも、少女の命を救うこともできなかったことが明らかになるのです。性犯罪者と彼に捕まってしまった少女との行き詰まるような攻防、そして警察の必死の追跡を描いた、キャロル・オコンネルの『クリスマスに少女は還る』などを読んだ人間からすると、この展開の異常な早さは呆気に取られてしまうほどです。

未読の人のためにこれ以上は書きませんが、主な犯罪の過程は前半でさっさと終ってしまい、後半はその過程に対する司法の場での出来事、そしてそうしたこと全体に対する人々の反応について描かれることになります。「謎解き」の要素なんて微塵もありません。




一方ではまた、性犯罪者、とりわけペドフィリアが何故ここまで徹底的に憎悪され、特別な監視の対象となることが許されているのか、という問題についての、多少批判的なコメントも見られます(正確には知らないのですが、アメリカやイギリスの少なくともある部分では、ペドフィリアの犯罪者は、その後も住所等が一般に公開されている筈です)。以下は、刑務所内でのペドフィリアの扱いについて述べたものですが、これは何も刑務所内に限ったことではないでしょう。

「囚人たちは皆、恥辱や自己嫌悪の念を抱いている。そのはけ口が必要だ。塀の外の社会で馬鹿にされるのには、とても耐えられない。だから代わりに、自分とはちがう罪を犯した囚人を馬鹿にしてやる。自分よりも醜く、もっと傷つき、もっとのけ者にされているやつがいる。みんなでそう決めてしまえば安心する。それが、世界中の刑務所に昔からある、暗黙の了解だ。……他人の生きる権利を奪った俺は、ペニスであそこをずたずたに突き刺したおまえよりも、価値ある人間だ。他人を踏みにじったのは同じだが、俺のほうがだんぜんましだ」。

これは明らかに矛盾です。しかし話はそこまで。『制裁』は、現在の司法制度・犯罪対策が明らかな矛盾を抱えていることを丹念に指摘していくのですが、その解決を示そうとはしません。むしろそうした矛盾を、もしくはその矛盾から生まれかねない新たな矛盾の可能性を、これでもかといわんばかりの迫力で1つ1つ丁寧に描いて行くだけ。例えばスウェーデンには死刑制度がありませんから、更正不可能と思われる犯罪者も一定刑期を満了すれば刑務所を出られます。著者たちはだからといって、死刑制度復活を主張するようなそぶりは全く見せません。ただ「更正」という近代的な理念が明らかにあやうくなっている事態を読者に突きつけるだけ。またそうした矛盾に対する市民の反応も描かれます。その反応というのは、まさに性犯罪者(ないしはその恐れがあるもの)を自らの手で罰することで、犯罪を未然に防ごうとするもので、少なくとも近代的な司法制度の理念からすれば決して許されないことです。しかし、そこにはまた現代の司法制度に対する不信、そして現代の犯罪に対する不安感というものが潜んでいることもまた事実であり、その事実を著者たちは決して否定しません。もちろん市民による制裁という考え方を決して肯定はしませんが。そしてその先には、性犯罪者だけが他の犯罪者に比べても劣等な処遇を受けることが公式に認められている、という別の矛盾が続いてくるわけです。もちろんそうした事態を認めるような市民感情が確実に存在することを(ある程度批判的に)認めつつ。

 とにかく出口が見えない。解決の糸口を示すどころか、事態がより深刻になるのではないかという懸念すら伺えます。だから話はとにかくひたすらに息苦しい。最近のミステリは読んでいて苦しいものが少なくないですが、ここまで息苦しいものは正直初めてです。話には救いがこれっぽちもなく、ラストも悲惨。もちろんこうまで行き詰まり感に溢れているのは、著者たちが死刑制度の復活とか、「サイコパス」の隔離とかいった、安易で扇情的な解決策を提示せずに、何とか近代的な司法理念の内側に留まろうとしているからこそだとは思います。そうでなければ、そもそも矛盾など生まれないのですが。でもそれでも、そのどうしようもない矛盾には身体が締め付けられるような思いがします。せめてもの救いというか、驚きなのは、これがスウェーデンのベストセラー・リスト(何位まで載るのかわかりませんが)に14週連続でランクインしたということ。とにかく矛盾を矛盾としてきちんと向き合おうという人たちがそれなりにいるということなのだと思います。出口は見えないままにせよ。





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最終更新日  2007年12月19日 10時45分58秒
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