読書地図

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2008年02月14日
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カテゴリ: 歴史
「歴史的瞬間に立ち会う」とか「その時歴史が動いた」といった言葉を僕は好みません。理由は至って単純。歴史はいつだって「動いて」いるし、私たちが生きている刻一刻が「歴史的瞬間」だと思うからです。「歴史的瞬間に立ち会う」といった発想は、大きな「歴史的」出来事をつないでいく歴史観を根拠にしています。そうした歴史観ももちろん必要ではあるのですが、そうした「歴史的」出来事にしたって、その前後に営まれている日々の生活の積み重ねの上にあるという、別の歴史観も大切にしたい、と。

 こう書くと、何だか、以前の 「文化史としての歴史小説」 と同じようなことを書いていると思われる方もいるかもしれませんが、その通りです。というか、その後桜庭一樹の『青年のための読書クラブ』『少女七竃と七人の可愛そうな大人』を立て続けに読みまして、少し桜庭一樹が持っている「歴史意識」のようなものについてもう少し書いてみたいなと思ったのでした。


 読んだ方はご存知の通り、『青年のための読書クラブ』は、都内のとある女子高を舞台にした短編がオムニバス形式で並んでいて、それが全体としてその女子高の100年の歴史を描き出しているという構造になっています。ただ『赤朽葉』とは異なり、基本的に歴史はその高校の中で閉ざされており、高校の外で動いている歴史の流れについては簡単に触れられるくらいです。ですから1910年代から2019年までの100年を扱っているといっても、日本の二十世紀を描く!などという壮大な野心を持っているわけではない。それでも感心してしまったのは、たとえ閉じた世界についてのことであれ、こまごまとした歴史の積み重ねとして「現在」というものがある、という感覚が伺えるからです。これは、大きな「歴史的」出来事と現代とをアクロバティックに結びつけるようなやり方(いくらでも例はありますが、例えば村上春樹の『ねじまき鳥』にもそういう技巧的なものを感じました)よりもずっと繊細な歴史感覚ではなかろうかと思うのです。

 『赤朽葉』以前に書かれた『少女七竃と可愛そうな七人の大人』(そういえばこれは「ミステリ」ではありませんでした)の場合は、舞台は現代から動きません。描かれるのは旭川の小さな町の狭い血縁関係。共同体のどろどろした血縁関係を書くというのはミステリに限らず日本の小説の大好きなテーマですが(僕は根拠なく、これは19世紀フランス自然主義の悪影響ではないかと思っています)、桜庭一樹は、そうしたどろどろした血縁関係を描くというよりは、少女七竃が、その血縁関係を知ることを通じて、自分という存在を作り上げて来たものをきちんと見定め、そうして成長していく様を描いているように思えます。単に血縁関係だけにこだわるのではなく、一緒に住んでいる祖父、時々一緒に住む母、そして七竃という3世代のそれぞれの生き方を意識的に比較しているのもおそらくはそういうことで、これもまた歴史意識といって良いのではないかと。実際この「3世代」というテーマは『赤朽葉』にも引き継がれるわけですしね。



 こういう筋の通し方をする作家って、いるようでいない気がします。少なくとも僕はそういう現代の日本人作家を殆ど知らない。相変わらずほめ過ぎな気もしますが、僕にはかなり稀有に思えるこの作家を、もう少し読み続けてみたいと思うのでした。うーんまずは『ブルースカイ』と『私の男』を読まなくちゃ、ですね。

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最終更新日  2008年02月17日 18時42分36秒
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