歎異抄を学ぶ

歎異抄を学ぶ

2006年07月03日
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私も知らなかったのですが、突然来週私の法話が決まったのでその関係で調べていたのでわかったことを掲載します。

お盆という言葉は、インドのサンスクリット語で「ウランバナ」という言葉を漢字に音写されて、

盂蘭盆(うらぼん)となって、バナの部分を丁寧によんで、「お」をつけて、お盆になったようです。

お盆の由来は、お釈迦さまの弟子に、目連という方がいらしたそうです。

何でも神通力に長けていらして、自分が習得された神通力を使って、母の死後の様子を見たいとお思いになられたそうです。

理由はやはり母親ですので、育ててもらった恩に報いるためでしょう。
もし苦しみなさっていたのならお救いになりたいと思ったようです。

そして、極楽世界から順に見ていかれたそうですが、一向に母親が見つからず、とうとう見つけたのが、「餓鬼道」という地獄でした。

闇に中でやせ衰え、餓鬼となり、のまずくわずの生活に骨と皮になった母を見られたそうです。



そんな母を救いたいと彼は神通力で食べ物を送ったそうですが、その食べ物が火となり母親は食べることができませんでした。

それをみた目連は、お釈迦様に救いを求めます。

それを聞いたお釈迦様は
「あなたの母親は罪深いから、餓鬼になった」と説かれました。

「もし母親を救いたいのなら、7月15日、七世の先祖から自分の両親までの苦しむ人のために、百味の飲食物を供え、十方の多くの僧に供養しなさい」とおっしゃったそうです。

それを実行したことで母親は救われるということだそうです。

ここで素朴な疑問ですが、どんな罪?

って思われますよね。私もそう思いました。

これは、目連の母親だけの罪というわけではないのです。
そうでなければ、これがお盆として行事になるわけないのですから。

この罪は、親ならではの罪です。

ですから自分の子供のために必死に努力します。ですが、これが公平な愛情を持つ仏様の目から見ると、慳貪(けんどん)という罪になるのです。

慳貪(けんどん)というのは、「ものおしみ」ということです。

ですが、母親は慳貪の行為があるからこそ、子供は健康に、そして幸福に育つものです。
それを通して、逆に母親への恩や親への恩を教えるのがこの話のポイントです。

実際にこれをお経にしたのが、盂蘭盆経であるようです。



詳しい話は法話にてさらにしていく予定です。





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最終更新日  2006年07月03日 17時46分15秒


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