歎異抄を学ぶ

歎異抄を学ぶ

2006年09月28日
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ひそかに以みれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は聖道いま盛なり。

 これに因って、真宗興隆(しんしゅうこうりゅう)の大祖源空法師(たいそげんくうほっし)、ならびに門徒数輩(もんとすはい)、罪科を考えず、猥(みだ)りがわしく死罪に坐(つみ)す。あるいは僧儀(そうぎ)を改めて姓名(しょうみょう)を賜(たも)うて、遠流(おんる)に処(しょ)す。予はその一(ひとり)なり。しかればすでに僧にあらず俗にあらず。このゆえに「禿(とく)」の字を持って姓(しょう)とす。空師(くうし)ならびに弟子等(でしら)、諸方(しょほう)の辺州(へんしゅう)に坐(つみ)して五年の居諸(きょしょ)を経たりき。
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【文意】ひそかにおもいみれば、聖道の諸教は、その行証が久しくすたれ、浄土の真宗は証道いま盛んである。そうであるのに、権威をほこる仏教界は、仏の教えにくらく、浄土の真実と方便の門を知らない。知識におごる都の指導者たちは、仏の行にまどい、外道と仏道をわきまえることがない。このようなことだから、興福寺の学僧たちは、後鳥羽院に念仏禁止の訴えをおこさない、土御門天皇の承元元年二月上旬に念仏禁止令が出された。主上・臣下ともに、法に背き道理に違い、怒りをつのらせ怨みにとりつかれている。
これによって、真宗を興隆させたわれたの祖法然上人ならびに門徒数人を、世間のうわさによって罪科も考えず、みだりに死罪にし、あるいは僧の資格を奪い、俗名を与えて遠流に処した。わたしはそのひとりである。そうであってみれば、すでにわたしは僧でなく俗でない。このゆえに「禿」の字をもって姓とする。法然上人ならびに弟子たちは、諸方の辺鄙なところに流され、五年の歳月をへた。

(『教行信証』後序)





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最終更新日  2006年09月28日 19時55分22秒
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