歎異抄を学ぶ

歎異抄を学ぶ

2006年09月30日
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『教行信証』後序:2回目の続きから。

前述の訳を元にさらに深めていくと、流罪になった、法然と親鸞。
これを「非僧非俗」と宣言された。

非僧とは、僧の身分をうばわれたことによる
非俗は、親鸞自信の自負を読み取ることができる。

そして皇帝(土佐の院)(諱は守成)の御代、建暦元年辛未の歳の十一月十七日に勅免をうけて入洛し、以後は京都の東山の西の麓、鳥部野の北のあたり、大谷の地にお住まいになった。同二年壬申の歳、正月の二十五日正午に入滅された。その臨終にあたっていろいろな奇瑞があったことは一々数えられないほどであったということが別伝に伝えられている。

いったん止めてツ図気は午後に





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最終更新日  2006年09月30日 09時22分54秒
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