ターシャさん、Our alma materの就職活動の件はタイムリーなので、かなり「なるほど」って読んだよ。えっと、3年前から、キャリアセンターがすごい力を入れていて、今年、「手塩」にかけてきた生徒が3年生になったということを責任者の方に言われました。来年が、Ou alma mater のキャリアプログラムの成功などが決定する大事なメルクマールになるみたい。

本当に一流企業に就職することができた先輩方がほぼ毎週、来てくださっているみたい。責任者の人や先輩達とは先日、少し話す機会がありました。「大学のため」にという強いを思いを感じたし、確かに色々な意見は確かにあるよね。

公務員試験の講座も、週2回でハードみたい。Our alma mater の生徒のためのキャリアアップの力の入れようは年々、すごい。驚いてしまいました。

ターシャさんのBlogありがとうね。そういう視点も大切だよね。 (2008.07.03 05:13:58)

Tarsha's Trace

Tarsha's Trace

2008.07.02
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カテゴリ: カテゴリ未分類




My alma mater が今年より、就職活動に備えた一環として始めたこと。

全学部より選抜された30名の新1年生に対し、一流企業に就職した卒業生を講師として招き、その企業で行われている人材育成のトレーニングを隔週で行っているとのこと。それは彼らの学年があがってもずっと行われるものだ。しかも無料の講座。

つまり、タダで、一流企業が新入社員に対して行っている研修を1年生のときから受けられるということだ。仕事の上で必要とされる論理的思考の方法、and so on...(ほかに何があったか忘れた)、教えてもらえるのだ。


選抜されれば。


彼女は実はその講座の受講者だった。正直に言ってしまえば、話した瞬間に、とてもしっかりした子だなと思った。今回の留学生組で一番しっかりしている。本来ならばすでに就職活動真っ只中の4年生より、しっかりした雰囲気をしている。


:それ、例えば、2年生になってからでも新たに参加できる人いるのかな?

:どうだろう・・・たぶん無いと思います・・・ほとんど1年次に選抜された子達だけだと思います。

:ということは、入りたくても入れない子も出てくるんだねえ。




話はそこで終わった。電車の中、ターシャの斜め向かいに、少しぽぉっとした雰囲気をかもしながら座っていたもう一人の後輩が一瞬、犠牲者にさえ思えた。


私の母校は、一流企業に就職できるエリートを作るつもりだろうか。そうやって大学の名前をあげたいんだろうか。

その講座を受講している彼女が悪いというのではない。彼女のように物言いもはきはきして、しっかりしていたら、文句はない。

でも、それでは一体、大学教育って何なのだろう? 企業が求める人材像を生産する場か? もしくは生産できないから、そうやって特別枠を設けて講座をしているのか? 

それならどうして、希望者全員に開かないんだろう。人数的に無理が出るのは予測できる。でも、たったの30名。1学年、何人だっけ? ともあれ、ものすごい倍率であることは確かだ。ある意味、「特権」だ。そして、受けたくても受けられない学生には「差別」以外の何物でもない。そんな「おいしい講座」を受ける機会を与えてもらえないのだから。

講座を受けられる学生は見事に成長するだろう。彼女のように。そして中には、心のどこかに「特権意識」を持つ「勘違い」学生も出てくるだろう。そして万が一、一流企業に就職できなかった場合、その学生はどう思うだろう?

今の母校の大学教育を全肯定するつもりはまったくない。改善点はいっぱいある。

でもこの講座のあり方は「社会のための教育」になっている。いや、「企業のための教育」「就職活動のための教育」といったほうがいい。

日本は今、どんどん就職活動の時期が早まっている。

フィリピンでは、学生は学生時代は就職活動は一切しない。企業も学生に内定など出さない。学生は卒業してから1年ほど休憩をとりつつ、就職活動を行う。どちらにも利点・欠点があるだろう。日本の「きちきち」したこのサイクルが、その経済を支えているというのも事実かもしれない。でも、学業と同時に就職活動・・・しかも長い。学生は精神的に疲れてしまうだろう。学問の深さを味わう心の余裕も持ち得ないのではないだろうか。就職という目前のターゲットが、プレッシャーと共に常にチラチラしていたら?


以上のように書いたら、少しまずいかもしれないことを承知で、あえて書く。







こんな講座のやり方を考えたのは、一体、誰だろう? 

あまりにも「目先の利益」に走っているんじゃないだろうか。「就活至上主義」だ。








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最終更新日  2008.07.02 21:51:45
コメント(9) | コメントを書く


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ぉぁぁ・・・知らんかった  
それ、うち?
我らの母校のこと?
ぇ・・・

今日ちょうどA先生の授業の時に就職活動の話が出たんだけど、その話は聞かなかったので・・・
全然知らなかった。

国研とかは選抜試験もあるけど、学費も別途かかったよね・・
(入ったことないから、これもわからないんですが)

無料はスゴイんだけど・・・入口が1年生だけで4年固定だとしたら・・・
いろいろ考えてしまった。

応募者どんくらいいるんだろ?
途中で辞めちゃう人とかいないのかな?
無料だからこそモチベーションが続くのかどうか・・・
目的もねぇ・・・なんだろうね、かなりキョーレツな改革ではありますね。

進路指導は早い方がいいって思ってはいたんだけど、内容どんなプログラムになるんだろうね、実施されてみないとわからない部分もあるね。

ちょっと続きが見守りたいです。
良くも悪くも大きなことだと思うね、確かに・・・ (2008.07.02 22:25:29)

なるほど。。。  
Shin さん

Re:ぉぁぁ・・・知らんかった(07/02)  
Tarsha  さん
Skyさん、大変な中、コメントをありがとうね。うん、私もその話を聞いたときは内心、驚いちゃったよ・・・そして呆れた・・・ 真っ先に思ったのが、講座を受けられる30名以外の何百人もの学生のことだったから。もちろん、全員が全員、希望するわけじゃないだろうし、Skyさんが言われるように、進路に対する意識は早めに持ったほうが良いというのは私も同じです。自分がそうじゃなかったからね。フハハハ!(笑)

でも、なんだか結局はすべてが、「就職」という目的に帰せられている気がする。だったら一体、大学4年間の学生生活、それに、実生活とは直接関係のない大学の学問って、どうなるんだろうって疑問に思わずにはいられないんだ。大学における学問は、「生きる」ということに対して、就職活動とはまた違ったアプローチができるよね。でもそこのところ、大学の教職員はどう自覚しているんだろうか? もしかしたら、大学の学問の「生活」と「人間」に対する姿勢が、もっと変わらなければいけないのかもしれない。
(2008.07.03 15:12:29)

Re:なるほど。。。(07/02)  
Tarsha  さん
しんちゃん、忙しいのに、いつもコメントをありがとう。

私も彼女から聞いた話だけで判断しているから至らぬ部分も当然あるし、本当は実際に現状を良く見てから言うべきだったのかもしれないんだけどね。でも、それを差し置いても「嫌だな」と思ったのは、そこに「不公平」「不平等」があることなんだよね。一流企業に就職した先輩方の無料の講座なら、受けられたほうが得するに決まってるじゃん? もちろん、別に他の方法で、出来る限り全員に、似たような機会を補っていく努力をしているならいいよ。でも、その講座を受けられる彼らのようには行かないよね。 

もちろん、私も後輩の成長は本当に嬉しいよ。彼らの成長のためだったら、私が知っている、少ないけれど役に立ちそうなこと、全部教えてあげたいと思うよ。

でも、「大学のために」って一言で言うけれど、一体何だろうね? 後輩に尽くしまくる制度のために、かえって後輩を駄目にする場合もあるよ。物事にはいつも二面性があるから。自分で開拓していく逞しさを養ったり、草創の苦労を知ることができないからね。
(2008.07.03 15:44:59)

ありゃりゃ、長くなっちゃった・・・続きです  
Tarsha  さん
大学が目指していく人材像って、「大学」の掲げる理想や精神を、それぞれの得意分野で現実に展開していく力を持った人間じゃないかな。だとしたら、就職活動はその「場」を得るための、まあ、「方便」だよね(もちろん、その中で自分を成長させていくことはできるから、すべてを手段として一括りにはできないけど、決して、「最終目的」じゃないと思う)。でもいつの間にか、その「根っこ」を忘れてしまうことが起きることもあるんじゃないだろうか、「就活」と言われ続けるとね。

そして、「社会に有為な人材」って何だろう? その「社会」って、どういう社会? そこをよく考えているんだろうか? 

そして大学の学問って、どうあるべきなんだろうね?

なんだかねえ、どんどん、実利に向かないものは隅に追いやられ、排除されていっている気がするんだよ。それが気に食わない。そして、それに対応できない今の大学の学問のあり方も気に食わない。これでは底の浅い人間しか育たないんじゃないだろうか。

仏法でも、「随方毘尼」っていうよね。場所や時代によって変わるものと、変えてはいけないもの、大学教育においても、そこを正しく判断できるようでないといけないと思うんだ。 

長くなっちゃってごめんねえ。 (2008.07.03 15:50:56)

Re:ありゃりゃ、長くなっちゃった・・・続きです(07/02)  
Tarshaさん

>でもいつの間にか、その「根っこ」を忘れてしまうことが起きることもあるんじゃないだろうか、「就活」と言われ続けるとね。

>そして大学の学問って、どうあるべきなんだろうね?

>なんだかねえ、どんどん、実利に向かないものは隅に追いやられ、排除されていっている気がするんだよ。それが気に食わない。そして、それに対応できない今の大学の学問のあり方も気に食わない。これでは底の浅い人間しか育たないんじゃないだろうか。

>場所や時代によって変わるものと、変えてはいけないもの、大学教育においても、そこを正しく判断できるようでないといけないと思うんだ。 

拝読して、私が約20年間考えてきたことが、ほとんどそのまま書かれているのに驚きました。どの大学であれ、一般論で言えば――「時代にきちんと対応すること」と「時流に追従すること」は別でしょうし、「現実に役立つ学問」が「道具的理性に支配された悪しき実学」になってしまうと基礎的学問は「すぐ使えないから要らない」とされてしまいかねません(そうした傾向は、日本の大学では露骨ですね)。どんな時代がこようとも、変わらない学問の価値というのは必ずあると思いますし、そこを大事にしたところ(人)が、20年後、30年後、50年後に「勝つ」と私は信じます。 (2008.07.03 22:03:34)

Re[1]:ありゃりゃ、長くなっちゃった・・・続きです(07/02)  
Tarsha  さん
おぉ、ドラゴン先生、本当に有難うございます。先生にそう言っていただけると、大変心強い思いがします。

>「時代にきちんと対応すること」と「時流に追従すること」は別

本当に大事な一点だと思います。しかし、先生の仰る「悪しき実学」ばかりで、己の思考を深め鍛える「学問」をおろそかにすると、人間は、表面的な変遷に振り回され、時流に「追従」するばかりになってしまうのではないかと危惧します。本当に世界を良き方向へと持っていきたいのであれば、人々の心と時代が希求していながら未だ意識化されていない「表現」をつかみ、それに対して手を打っていけるような先見的な「ビジョン」が必要だと思います。それは、やはり幅広く基礎的な学問によってこそ培われるものではないのかと。

>どんな時代がこようとも、変わらない学問の価値というのは必ずある
>そこを大事にしたところ(人)が、20年後、30年後、50年後に「勝つ」

有難うございます。学問と大学教育に対する、そのようなお考えを聞くことができ、本当に嬉しいです。学問の道において、そのような価値を見出し、あるいは蘇らせ、時代が抱える問題に光を与えられるような教育者、研究者・・・ なるのであれば、そのように自分自身を成長させていきたいです。
(2008.07.04 01:34:32)

そうなんですか  
Hashimoto さん
そうなんですか。私は学部生のシステムはあまり知らないからびっくりしちゃいました。私もよく国研生でけじゃなくていろいろな学生の相談にのったりしてるけど、みんなそれぞれ大変そう。
中にはエリート意識を持っている人もいるみたいだけど…。でも私は、地位や学力なんかがどうであれ一人ひとりが桜梅桃李で勝利できればそれでいいと思うけどなぁ。完璧なものなんてどこにもないんじゃないかしら。私は今いるところが寂光土と信じているわ。そして、これからも一人ひとりを励ませるようにがんばりたい。

何の回答にもなってないかもしれないけど…。ターシャさんもターシャさんに出来ることを精一杯やるしかないわよ。私もがんばる。

いつも元気をありがとうございます。またコメントさせてもらいます。 (2008.07.04 20:01:12)

Re:そうなんですか(07/02)  
Tarsha  さん
Hashimotoさん

コメント有難うございます。仰る通り、完璧なものなどどこにもないですね。だからこそ、思うにまかせぬ厳しい現実と複雑な時代の流れの中で、ここだけは譲れないという「信念」が必要なのだと思います。でなければ、安易な現実肯定か善悪・正邪の規範さえ不明瞭な相対主義に陥ります。そこにどうして発展も成長も変革もあるでしょうか。それは人間においても、大学においても同じことではないでしょうか。

大学においては、それは「建学の精神」だと思います。しかしそれを安易に唱えるだけでは意味がありません。己の中で消化し、自分の言葉と行動で表現していくことが必要です。言っている思想はどんなに立派でも、それを言っている本人に力がなければ、その思想を下げるだけです。

>地位や学力なんかがどうであれ一人ひとりが桜梅桃李で勝利できればそれでいい

私もそう思います。しかし、その思想を現実にどれだけの人が生き方の芯にすえているでしょうか。得てして多勢に流されやすいのが人間です。

また桜梅桃李といいましても、それには、全員が各々の個性を磨いていくための「環境」が整っていることが必要です。

やる気さえあればどの学生も思う存分に自分を成長させていける― 例の講座におきましても、開講するならば、メンバーの「固定化」を続けるのではなく、そのような努力をしていってほしいと私は思います。
(2008.07.04 21:50:16)

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