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昨日の午前10時頃、起床後初めての授乳の時、おでこの生え際にプツンと赤いぽっち。それほど気にもせず次男の参観日に出かける。 帰宅後の授乳で「そういえば・・・。」と見てみるとその隣にも出ているではないか。最初のぽっちには小さな水ぶくれ。「もしや・・・いや多分!」それから夜までに、おなかにも背中にも次々と出始め、小児科に行くまでもなく水痘疹。 翌日、念のためかかりつけの小児科へ。隔離室(?)で待ち、診断は間違いなく「水痘」。7/3にまた来てくださいとのこと。薬をもらって帰宅。機嫌もそれほど悪くなく熱がないのが救い。 4人目ともなれば少々のことでは焦らないが、それは裏返すと「鈍感・・・?」かなと思ったりして。この前の突発疹と間があいていないので「まさか」っていう気がしたけど、小さければ軽いような気がする。上三人はみんな水痘はしているので、うつる心配はないけれど、その日の朝に三男を送りがてら保育園に行っているので、他人様にうつしている可能性があるのが申し訳ない・・・。
2002年06月29日
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今日は長男のピアノコンクールの日だった。コンクールと言っても、冠大会というほど大きなものではないし、賞取りに参戦しようという欲も持ってなかった。しかしこの日のためにここ数ヶ月、二人三脚で練習をしてきた・・・・と言うと聞こえはいいが、かなり熾烈な戦いもあった。 泣かせるつもりなど毛頭ないが、自分が思うようにひけない事へのいらだちやら、自分だけ・・・と言う思いやら、色々なことが絡まって、彼を飽和状態に近くしていたことは確かだった。 最初は私が音を取らなければ全くわからないので、私の関わり方も、悪かったところがあったと思う。注意しながら言葉も荒くなったことも毎回のようだったけど、ほめて励ましてなだめて、やっとこの日を迎えたのだった。 だから今日で終わったことは親子の関係を悪くしないと言う点では良かった。これくらいで悪くなる関係ではないが、親の顔を想像するときに笑顔が自然に浮かぶ方がいいに決まっている。 習い事をしているとだれでも「やめたい」と思うときがある。色々な考え方があるだろうが、私は「はいそうですか。」と言わない性格だ。小さかったとはいえ、いちどは「やる」と言ったのだ。かわいそうという意見や、いやなんだからと言う意見もあるだろうが、たとえ今はマイナスの気持ちでもいつかは「続けていて・ピアノか引けてよかった。」という日があるのではないかと思う。 「やりたい・やめたい」の追いかけっこにはしたくないという気持ちもある。 しかしいつまでもだらだらと続けるのではなく、一応の区切りは子供には伝えている。中学生になってやめたかったら、そこまで。高学年になって親の指示に従うかはわからないが、小学生のうちは続けさせたい。 親のわがままかもしれないが、私のひとつの方針。
2002年06月23日
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今日は4番目のツ反判定とBCG接種の日。 やっぱり泣いた。でも、針が痛いというわけではなく、針を囲む丸い枠が痛かったようだ。細い腕に判子注射が二つ、痛々しいといえば痛々しい。 私の肩には放射状のBCGの瘢痕・・・と言うと、年代がわかってしまうけど、この話には、ちょっとした母心が加わっている。 普通BCGは腕に傷がある場合が多い。でも私の母は自分の腕に残った大きなBCGの傷が恥ずかしかったらしく、自分の子供達がBCGの時、看護婦さんに「なるべく高い位置にしてください。」と言ったそうな。だから私の傷は肩にある。 私が子供の頃の北海道は今よりももっと涼しかったような気がする。北海道でも特に涼しいところに私は育ったので、夏も半袖になることは数えるほどしかなかった。それでも、その数えるほどしかない半袖の時には、BCGの傷跡はお出ましになることはなく、肩に傷があることのありがたみがわからなかったが、内陸部で仕事を持ち、家庭を持ち自分が母となって、母の気持ちが分かるようになった。 今も肩を出しなれないので滅多にノースリーブは着ないが、年頃になったときの娘の気持ちを思いやって添えた一言に、母が子を思う気持ちの全てが感じられて、ありがたくなる。 我が子が育つ中で、時に嬉しく、時に切なく感じる数々の場面。「お母さんもこうだったのな・・・。」と思っている自分。なかなか面と向かっていえない一言 「おかあさん、私を生んでくれてありがとう。」
2002年06月21日
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今日は4番目の「ツベルクリン反応検査」。三混の時ははいつも泣いていたので、泣くと思っていたのに、泣かずにあっけなく終わった。 注射に関しては2番目までは手を焼かずに過ごしてきた。だから、うちの子は大丈夫と思っていたけれど3番目は違った。いつも大泣きだ。それでも、妹と一緒に予防接種を受けたときには、自分も泣きながら「大丈夫だよ」と妹にいい子いい子していた。おにいちゃんになったんだなあと実感した一コマである。 あさって、今度はツベルクリン反応検査の判定とBCG。当然はんこ注射は受けるだろうけど、今度はきっと泣くんだろうなぁ。
2002年06月19日
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今日は嬉しい!。ここ数年ほしいと思っていた「電線ドラム」が手に入ったのだ!これでちょこっと玄関先を演出できたらいいな。丸テーブルもほしかったので、ラッキー。でも、家の中に入れるには、ちょっと加工しなければ、ボルトとか飛び出ているので危険・・・。交渉してくれた夫に感謝。 ドラムを取り入れた庭作りもカントリー系の雑誌には、よくでているけど、見るのとやるのでは大違い。ああ、それでも夢は膨らむ・・・。
2002年06月16日
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昨日妹に90センチ男の子用の服を送った。うちの3番目とひとつ違いの子がいて、最後に生まれたのが男の子だったので、お下がりにも限りがあるらしく、普段着になる物を送ってほしいといわれていたので。 3人に着せたものなので、本当に普段着にしかならないんだけどね。 でも、妹でも、お古を送るとなるとなかなか難しい。お姑さんと一緒なので、「これ送って、大丈夫かな・・・」なんて。もう12年一緒に暮らしているので、お互いに分かり合えていることは多いようだけど、私には未知の世界というか。 私も近々夫の両親のそばに暮らすことになるけれど、私が「気のつかない嫁」なもんで、きっと「気をもむ」ことが多くなるだろうなぁなんて思ってしまう。うちの義母は、何でも手早くやってしまう人なのである。出身は犬山、先の戦争のなんやかやで、天涯孤独になって北海道に来て・・・義母の話は戦後の悲惨さが感じられる。子供を産んでからは小さかった義母の姿が重なって、いっそう胸に迫る。強くなければ生きてはいけなかった時代をたった一人で生き抜いてきた義母。義母の話を我が子に聞かせたい。今では貴重な話だと思うから。
2002年06月13日
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昨日の最後の「いいたいこと」。 運動会の観覧席でタバコを吸うのはやめてほしい。主流煙・副流煙から逃げたくても、状況的に無理なところでは吸わない配慮があってもいいと思う。小さい子供もいるし、呼吸器系が弱い人もいるだろう。人混みを避けるとかの方法はあると思うんだよね。特に土曜は風が強くて、灰まで飛んできそうだった。昼間からのビールで気が大きくなっているのかもしれないけど、迷惑でしかない。吸う吸わないは個人の問題だけど、吸いたくない人の健康も考えてほしいと思ってしまう。 以上。
2002年06月10日
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今日は長男と次男の運動会。暑かった。今年になって一番暑かったのではないだろうか。 長男にとっては3度目、次男は小学校で初めての運動会だった。長男は去年よりも徒競走の順位を上げ、次男は選手リレーで転ばず、バトンを落とさず無事責任を果たした。良かった。 三男はやはり、お兄ちゃん達よりも「おやつ」。夫は出張でいなかったので夫の妹が応援に来てくれて、ずっと抱っこにおんぶ。長女は初めて長いこと外にいて、一度にトースト。それでも、サンバーンほどではなかったので、良かった。こちらは夫の母に。家族の助けはありがたい。 私はビデオ係。帰ってきて再生してみると、まるで船の上にいるみたい。酔っちゃった。風が強かったもの今日は。 前日の場所取りも今年初めて自分で行った。何せ、水曜から夫はいなかった。火曜だっていないようなもんだった。今週子供が元気で良かった。 とりあえず今日のは事実しかかけない。いいたいことはあるけれど。
2002年06月08日
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(日付が間違っているけど直し方がまだわからないので書き足します。これは6月5日の日記です。) 8日は運動会。今日はその総練習だった。4番目の散歩がてら、様子を見に行った。10時半頃に行ってみると1年生の運命走。当日はどうなるか「運命」だけに祈りたい。長男の種目の綱引きでは、彼の体重を最大限に引き出せず、見ていてもどかしい。どうして後ろを向いてしまうんだぁ。次は選手リレー。次男が一番手。しかし、しかし右手右足でドンするか・・・。当然出遅れたではないか。心の奥でチームに謝る母であった。ちなみに長男は補欠だったので、多分リレーには出られないだろう。 自分の運動会を思い出してみる。 5年生になって急に選手に選ばれてしまった。それまでは競争というものにおよそ縁のなかった私。身長が伸びたことやその他色々な条件がうまく働いてそうなったと思うのだが、当時は(今も)選手リレーと言えば親も子もいっそう力のはいる種目で、それからは中学の運動会も3年間選手で走った。田舎の中学校で早かったというだけで、記録に残るものではなかったが、私が「頑張ればある程度の結果が出る」と言うことを悟ったのが5年生の時の運動会だったように思う。 運動がある程度こなせることは自信になる。だから子供達には運動が好きでいてほしい。すごくうまいこともいいかもしれないが、器用に何でもこなす人間であってほしい。
2002年06月03日
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