2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
全7件 (7件中 1-7件目)
1
今日がリミット。 1番目の学年は、あと一人と言うところで、編成替えになった。 やっと落ち着いてきたと思ったのに、残念と言うよりほかはない。 1番目(3年生)の担任は、新採用。去年は聾学校で臨時教員をしていた。 1学期。私の代替をしている先生から、息子の「学級が落ち着いていない」ことは聞いていた。保健室に来る子供が多いと。 でも、私からすると予想はついた。 1・2年生の時、保健室にきていた面々が網羅されていた学級だった。 自分の学校ながら、「ここまで集めるかい?。」と思った学級だった。 「なんでこうなるんだろう?」と、彼も思っていたと思う。 その中で、彼は良く頑張ったと思う。 だからこそ、落ち着いてきたからこそ、4年生はこのまま彼に受け持って欲しかった。同僚として、保護者として。 しかし、この街のこの学校は出入りが激しく。・・・・あと一人、・・・あと一人なのに。 ・・・今日、彼は、「保健室のテーブルを使わせて欲しい」とやってきた。 4年生に持ち上がったら、返そうと思っていた印刷物。「持ち上がって欲しいと」思っていた彼の気持ちが、伝わって来る様で。 「ありがとう、先生」 他の誰が何と言おうと、私はあなたの努力を知っているつもり。多くを語らないあなたではあったけれど。外にはなかなか見えないことだったけれど。 明日から新しく40人近くの子供たちを扱うことになるけれど、大丈夫。あの子供たちと付き合ってきたあなただよ。自信を持って。 周りの先生方に、助けてもらうことだって、時には必要だよ。あなたを助けることが出来る先生方はそろっているんだよ。弱音を吐くことは、決して恥ずかしいことではないんだから。多くの先生方に意見を聞くことは、今のうちしか出来ないこと。 転職を考えていない限り、後30数年続く教員生活。あなたの糧になるようなアドバイスが出来ればいいのだけれど・・・・・・・・。
2003年03月31日
コメント(0)
初めて自分で「あなたが好き」と伝えたのは、22才の冬の初め。 同じ職場に勤めていた彼。 その頃わたしは1校目の産休代替を終え、病院の病棟の受付(クラークと言っていた)のアルバイトをしていた。 レントゲン技師だった彼は、わたしより4歳年上。病棟の患者さんのレントゲンの予約その他で、たびたび彼と顔を合わせる機会が多かった私。背が高くがっちりした感じで、白衣が似合っていた。 2校目の産休代替のはなしがあって、私は病院をやめる事になった。最後の日・・・・だったかな、私は意を決し電話帳を調べ、彼に電話をした。自宅からはつながらなかった。出先の公衆電話を持つ震える手。受話器から聞こえた彼の声。 ためらいながら思いを伝える私。ためらいながら、待ち合わせの約束をする彼。待ち合わせの場所にやってきた私服の彼は、妙に大人に見えて。 それから何度か会い、後ろ髪を引かれるように実家に帰った私に年賀状が送られた。産休代替で赴任した先からも何度か会いに行った。・・・でも・・・。 自然消滅。 結局強い結びつきではなかったのだと思う。 ちょっと苦い思い出ではあるけれど、自分ではじめて自分の思いを伝えたと言うことについては、収穫があったのかもしれない。短い付き合いだったけれど、忘れられない思い出。 「純」の字がつく彼。今はどこでどうしているのか。
2003年03月29日
コメント(0)
ここの町には、学童保育がない。その代わりの児童館がある。学童と児童館をどう区別するのか、基準があるのかはわからないが、隣の市の「学童」では、おやつが出る・・・・らしい。 児童館があるだけまし・・・と言えばそうなるが、定員が少なすぎて現実的ではない。1年から3年まであわせて、15人しか登録児童にはならないんだもの。450人以上の児童がいる小学校の受け皿としては、絶対的に少ない。 この施設が出来た頃にはこれでも良かったのかもしれないが、共働きが増えた今、何とかならないものかと思う。施設の広さからして、学校規模にそぐわないのだから、改築も視野に入れて・・・。 児童館については学校ではなく、町の方に意見が行かなければならないのだが、言う場所がなく、学校のPTA総会で意見が出される。「学校の敷地内に・・・」「空き教室を有効利用して・・・・」などさまざまな意見が出される。 働く親の立場としては、低学年・・・特に入学したばかりの1年生は、放課後になって学校の敷地内に児童館なり、学童なりがあるととても安心できる。ここにいる間は、安全はほぼ守られるから。 財政的に、すぐには無理な話と思うけれど、この先共働きは減ることはないと思う。 それなら、この話を進めていくことが必要なのではないかな・・・。 選挙で、児童館の充実を公約にしてくれたら、1票入れたい気持ちになる親って、たくさんいると思うんだけど・・・・・。
2003年03月28日
コメント(0)
今日、美容院へ行った。 帰って来てから、妹に電話をした。 その辺りから、パートナーの機嫌が悪い。まるで、自分だけが疲れているかのような、被害者であるかのような言い草。 私が3時間家を空けたくらいで、そんな態度とるわけ? わたしが妹に電話をかけたくらいで、そんな態度取るわけ? 子供にアイスクリームを食べさせてと言った位で、そんな態度とわけ? つい言ってしまった。 「そんなに子ども達やわたしといていらいらする位なら、お母さんのとこに行ったらいいじゃない。」 いらいらに任せて子供たちやわたしに文句をいうパートナーの姿を子供たちには見せたくはない。自分の経験からすると、子供にとって父親は、一段違ったところにいる人であって欲しい。子供たちには「失望される父親」であって欲しくない。 家族になるのは簡単だけど、家族でありつづけるのは難しい。
2003年03月15日
コメント(0)
先週末から、またパートナーが調子を崩す。月曜日、体調不全のまま出勤。そして、3番目が発熱。行きつけの小児科で、「インフルエンザB型」との診断。ほんの2週間前にA型にかかったばかりと言うのに・・・・。 一般的にB型よりA型のほうが重傷感があると言うが、パートナーは今回のほうがつらいと言い、3番目も今回のほうがぐったりしている。熱は前回のほうが上がっているが、「だるさ」「こわさ(どうにもならないだるさを、北海道、東北地方ではではそう表現する)」は明らかに今回のほうがつらいようだ。 何よりも、今回は吐気がひどく、処方された薬も吐いてしまい、すぐにまた飲ませたのfだが、熱は3日続いた。 やっとインフルエンザが回復したと思ったら、今度は胃腸炎。 13日に受診した午後、おなかを痛がって、トイレにいたら下痢。14日には、再び発熱。15日また小児科へ。夕方には、39度。 熱があるせいか、いつもより甘えん坊の彼。それでも精一杯の笑顔をしてくれる。こんな時に、気を使わなくてもいいんだよと言いたい気持ちはあるけれど、今このときしか、母を独り占めできないとおもう気持ちがそうさせているかと思うと、彼のしたいようにさせるのが一番の薬かとも思う。 4番目は下痢だけで、熱もなく元気なのに・・・・。普段の食の細さが、彼の体力を左右していると実感。 はかないだけいいが、このまま熱が下がらなければ心配。
2003年03月14日
コメント(0)
内示が出た。 2年越しの希望はかなえられず・・・。行きたい先に空きがないんじゃあしょうがない。 定時制にと言う話はあった。でも、子供たちのことを考えると、イエスとはいえなかった。生活時間が朝しか接点がなくなるのは、私の主義に反する。・・・・ 子ども達がもう少し大きくなっているなら間違いなく希望しただろう。でも今は、子ども達のしつけは、夫婦がその中心でありたい。私が定時に行ったら、しつけはばあちゃん任せになるのは目に見えている。 来年度もまた、パートナーの自家用車通勤1時間半は続く。まあ、1年ごとに子どもも成長して楽になるさと自分に言い聞かせながら、嵐のような日々を過ごすことになるのだろう。 パートナーの無呼吸症候群も心配しながらまた1年、頑張ろうと決意する夜。
2003年03月12日
コメント(0)
いま、すっごい気分が悪い。4日目。 月曜日、仕事の事でパートナーに、なんやかんやと。家にも関わることだから、聞いて欲しかったのに。 「そんなの俺に話しても仕方ないしょ」だって。解決して欲しいわけじゃない意見が欲しいわけじゃないただ、聞いて欲しかっただけなのに自分だって、話しても仕方がないこと判ってる変わるわけないこと判ってるでも、いろんなこと、いろんな思い吐き出してすっきりしたかったでも、受け止めてはくれなかった悪意がないから手におえない自分の行為の何が原因でこうなっているのか、判らないらしい事細かく「@@@だから***なんだ」そう言うまでわからないいつもそうだ家族に一番わかって欲しい、聞いて欲しい支えて欲しいのにそれだけでいいのに
2003年03月07日
コメント(1)
全7件 (7件中 1-7件目)
1
![]()
![]()
