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世界の大学Ranking さて東大は? 最近偶然にTIMES誌(英国)上で世界の大学ランキング200位までのリス トを見た。このRankingは恒例のもので大学関係者、財界でも注目してい るようだ。 ランキング大好きの野次馬である小生は早速中味を見た。 関心の中心は日本の大学がどの位置にあるか、なかんずく東大、京大はどうなっ ているかである。ランクをピックアップしてみると 1位 ハーバード大学 US 2位 ケンブリッジ大学 UK 2位 オクスフォード大学 UK 2位 イェール大学 US 5位 インペリアル・カレッジ UK 省略 17位 東京大学 25位 京都大学 46位 大阪大学 90位 東京工業大学 102位 東北大学 112位 名古屋大学 136位 九州大学 151位 北海道大学 161位 慶応大学 180位 早稲田大学 197位 神戸大学 となっている。旧帝大クラスと早慶の私学2雄は200位までに収まっている。 しかし小生としては何となく物足りないのである。東大、京大あたりはもっと上 位に、少なくともベスト10には入って貰いたいと思うし、評価者がアメリカ、 イギリスに依怙贔屓しているのではないかと勘ぐったりもするのだが。 しかし、もう少し評価データを子細に眺めると評価6項目の内の教員・研究者の 外国人の割合と留学生比率でスコアー(評点)が上位大学に比して極端に低いの である。これがトータル評価点を押し下げる結果になっている。惜しい! 論文の引用数評価などは上位大学と互角以上に戦っているのだが。
2008年06月02日
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ヘリコプター・ペアレントとは何? 通学途中で急な腹痛を起こした子供を救うために腹痛薬を押っ取り刀で届けると いう薬会社のTVコマーシャル がある。 アメリカではヘリコプター・ペアレト(ヘリコプターに乗った親達)という言葉 があるそうである。つまり子供に一旦事が起これば親がヘリコプターで子供の頭 上に舞い降りるというものである。ともにマンガチックな状況なり言葉であるが ヘリコプターが登場する発想はいかにもアメリカ的ではある。 大学の入学式から就職相談まで付き添う又は口出しする親がこのところ急増して おり、大学当局もこれの対応に頭を悩ませているという記事がA紙に出ていた。 少子化時代を反映しての親の過保護の結果であろうが、昔人間の小生には何とも ため息の出る話である。 ため息ついでに10年ぐらい依前に聴いた話を思い出した。 同窓会か何かの小さな集まりで当時の学長先生が嘆いていた。つまり入学式に付 き添ってきた母親がまるで幼稚園児の保護者意識レベルの質問をしてきたそうで ある。(子供を自転車で通学させたいが交通事故が心配なので安全ルートはない か?等)学長先生は腹立ちを通り越し情けなくガックリした由。 ということは過保護の親とひ弱な学生のペアー現象は今に始まったことではな いのだろう。
2008年05月24日
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教育振興基本計画がいよいよ動き出すか? 教育振興基本計画に向けて文部科学省の原案が明らかになったと各紙が報じてい る。 2008年から2012年にかけて教職員を2万5千人増やすなど国内総生産 (GDP)に占める公的支出を現在の3.5%から今後10年間のうちに5.0 %を上回るようにするという目標を立てているとのことである。 そこで各国のGDP対公的教育支出のデータをOECD「図表で見る教育200 年版」でみると次のようになっている。 日本は対GDP公的支出で3.5%OECDの5%に及ばず、私費負担を含む合 計対GDP比率で4.8%で OECD平均 5.7%にこれまた及ばない。 資源小国の日本が世界に貢献しながら生き抜くすべては人材力にかかっていると 思うのだが、その人材力を支える教育支出がOECDの平均に及ばないというの が現状である。 先頃スイスの経営大学院IMDが世界の競争力ランキングを発表したが日本は2 2位と低迷している。教育費支出対GDPと競争力ランキングとの密接な相関性 を小生は見いだせないがきっと将来反映すると思えてならない。文科省頑張って 頂戴。 付表1:全教育段階公的支出対GDP比率順位(国は筆者による勝手なピック・ アップ) 1位 アイスランド 7.2% 5位 フィンランド 6.9% 13位 USA 5.1% 16位 韓国 4.4% 24位 日本 3.5% OECD 平均 5.0% 付表2:私費負担を含む合計対GDP比率順位 (筆者による勝手なピック・ア ップ) 1位 アイスランド 8.0% 2位 USA 7.4% 3位 韓国 7.2% 9位 イギリス 5.9% 15~16位? 4.8% OECD平均 5.7% 注)付表1,2は「図表で見る教育2007年版」
2008年05月24日
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易しそうでも読めない漢字 つい最近の新聞紙上で常用漢字表に追加される可能性のある候補漢字のリストが 出ていた。ざっと眼を通した感じでは日頃お目にかかる漢字ばかりとの印象であ った。 小生近頃はワープロに頼ることが多く感じがどんどん書けなくなったが読むのは いささか自信があった。しかしながら当の漢字が一字単独では読みづらい字も可 成りあった(小生個人の場合)。 例えば「稽、貌、蘇、顎、阜、傲、套、填、彙 etc」である。 考えてみると上記の例に限らず漢字は2字乃至4字の熟語で読んでいることが多 いので相棒の漢字と合わせて読むのに抵抗がない。これが1字漢字となるとウー ンと詰まる感じである。それはそれとして地名や名前には読み方に難儀すること がある。 最近ぶっつかった例として地名で千葉県にある市名「匝瑳市」(そうさし)、人 名では中国四川大地震に関して東大地震研究所の「纐纈」(こうけつ)教授であ る。 匝瑳市も纐纈先生も紙上ではでは振り仮名がついていなかった。纐纈先生の場合 はテレビでは最初は振り仮名が付いていなかったが次に見たときはちゃんと振り 仮名を付けていた。やはり読めなかったのは小生だけではなかったと心中ニヤリ とした。多分視聴者から文句が出たのではなかろうか? ともあれ新聞、雑誌、単行本や学術論文などももう少し振り仮名をサービスした らどうだろう。このままだと漢字が読めないが故の読書離れが進むのではないだ ろうか。
2008年05月15日
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どうなる日本の学力は? つい過日NHKで「日本人の学力はどうなるか?」との趣旨の討論会番組が3時 間近く行われた。学者、教員、一般人及び現役の中高生をまじえての侃々諤々の 大論議となった。 きっかけは「OECD生徒の学習到達度調査(通称PISA)」における日本の順 位が毎回下がってきており学力の低下を危惧する声が高まってきているのを受け てのことのようである。この調査の結果を待つまでもなく学力の低下は各方面か ら指摘されており、小中高の授業時間の見直し、ゆとり教育の反省がいわれてい る。 NHK番組での諸氏の発言はそれぞれ「なるほど尤も、もっとも」と思わせるば かりで小生なりの結論を生むには至らなかったが、諸氏の発言の中で特に気にな ったのは 1)GDPに対する教育費支出比率が日本は諸外国の中でも低い 2)先生が雑務におわれて授業に割く時間が充分取れない 3)親の経済力が子弟の学力の格差に反映してきている 等である。そこで各国のGDPの教育費支出(2004年度)とPISA(20 06年度)を並べてみた。 又参考までにIMDによる「国際競争力」と「大学教育」のランキングも載せて みた。 統計学ないし統計分析にズブの素人の小生にはこれらのデータから明確な有意性 を見いだすことが出来なかったが、ただひとつ、もっと教育費支出対GDP比率 を上げて欲しいという願望が強くなった。前項の3)に指摘されているように、 このままでは学力格差の固定化、拡大再生産になる恐れが充分にある? 膨大な予算を喰い実用効率の悪い1~2本の道路建設を止め、その金を教育費に 回せば問題はかなり片付くと思うのだが如何でしょうか? 付表1:全教育段階公的支出対GDP比率順位(国は筆者による勝手なピック・ アップ) 1位 アイスランド 7.2% 5位 フィンランド 6.9% 13位 USA 5.1% 16位 韓国 4.4% 24位 日本 3.5% OECD 平均 5.0% 付表2:私費負担を含む合計対GDP比率順位 (筆者による勝手なピック・ア ップ) 1位 アイスランド 8.0% 2位 USA 7.4% 3位 韓国 7.2% 9位 イギリス 5.9% 15~16位? 4.8% OECD平均 5.7% 注)付表1,2は「図表で見る教育2007年版」 付表3:大学教育のランキング(2005年度版) 1位 フィンランド 2位 イスラエル 3位 アイスランド 4位 USA 5位 アイルランド 6位 スイス 7位 シンガポール 8位 カナダ 9位 オーストラリア 10位 ベルギー ・・・・・ 28位 フランス ・・・・・ 38位 イギリス 39位 ドイツ ・・・・・ 56位 日本 注)IMDの資料より 付表4:PISA 2006年ランキング 数学 読解力 科学 1位 台湾 韓国 フィンランド 2 フィンランド フィンランド 香港 3 香港 香港 カナダ 3 韓国 4 カナダ 台湾 5 オランダ NZ エストニア 5 日本 6 スイス アイルランド 7 カナダ オーストラリア NZ 8 マカオ リヒテンシュタイン オーストラリア 8 リヒテンシュタイン 9 ポーランド オランダ 10 日本 スエーデン リヒテンシュタイン 10 オランダ 韓国 ・・・・ 15位 日本 注)文科省のホームページより
2008年03月13日
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留学生受け入れに熱心も良いが出て行く日本人留学生にもっと支援を 先日の紙上に次のような記事が出ていた。 「博士養成、ベトナムから1千人 政府、ODAで受け入れ」 「政府は08年度から20年度にかけて、途上国援助(ODA)を使ってベトナ ムの若者1000人以上を日本の大学院に入学させ、博士を養成するプロジェク トを始める。ベトナム戦争などの影響で高等教育を受けた人材が少ないベトナム 側と、少子化が進み海外から優秀な学生の受け入れを模索する日本側が「戦略的 パートナー」(外務省幹部)になろうという試みだ。 日本はこれまでタイ、マレーシア、インドネシアの学生計約3000人を対象 に、留学生受け入れのための円借款を実施しているが、博士課程のみを対象にし た枠組みは初めて。グエン・ティエン・ニャン副首相兼教育訓練相が3月下旬に 来日する際に正式に合意する予定だ。 外務省などによると、ベトナムが求めているのは主に理系の分野で、情報技術 (IT)、機械工学、素材、ナノテクなどの先端技術をはじめ、全般にわたる。 ベトナムから国費で受け入れている博士課程の留学生は現在年25人程度だが、 この枠を08年度から徐々に拡大し、3年後をめどに大規模な受け入れを目指す。 受け入れに前向きな主な大学院は東京、京都、早稲田、慶応、立命館、長岡技 術科学など。日本側は200億円以上の費用が必要とみられる。 ベトナムは米国との戦争を経て86年からドイモイ(刷新)と呼ばれる改革開 放路線に転じた。経済成長率は8.5%(07年)と高いが、戦争などで多くの 知識人が国外に流出したため、博士学位取得者は国内に約6000人しかおらず、 今後の発展のネックになっている。 ニャン副首相は昨年、20年までに計2万人の博士を養成するプロジェクトを 立ち上げた。うち日本と欧米など国外で計1万人を養成する考えだ。 日本側としては、優秀な若者を日本で育て、両国の関係を深めたい思惑がある。 資金や人材の流れを拡大し成長につなげる「グローバル戦略」を掲げる福田首相 は、07年度は約12万人の日本への留学生を30万人にする方針を示している。 」 ここ数年の日本企業のベトナム進出を反映したものでもあろう。ともあれ外国か らの日本留学生の増加支援は結構なことと思う。 しかし一方で日本から海外の大学への留学生数は減少気味だという。 日本の若者が内向きな、大袈裟に言えば引きこもり現象を起こしているのではな いかと危惧するのである。 福田首相は海外からの留学生30万人を近年中に達成したいと声を上げているが、 それならば同時に海外への日本人留学生を増やす施策をとって貰いたいと思う。
2008年02月27日
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クジラを安く喰いたい 最近のA紙に次のような記事が出ていた。見出しを追うと次のようである。 「鯨肉さばけぬ悩み」「供給増えたが流通広がらず」「国策販売会社、赤字続き」 「在庫6000トンまで増加」とある。 小生のように少年期に近くに近海捕鯨基地があり、県内に南氷洋捕鯨基地を持つ 地域に育ったものとしては鯨肉は馴染みの味であった。今も無性にクジラが食べ たくなることがある。スーパーのチラシでクジラベーコン等の宣伝を見かけると 出かけてみるが、その値段の高さに思わずひるんで仕舞う。そして無性に腹が立 つ。 調査捕鯨の名目で細々と捕っているので値段の高さも仕方がないかと思っていた が、この記事を見るとそうでもなさそうである。 鯨肉が学校給食用を含めて、一般消費者に渡るルートを示す図が同記事に載って いたが、それによると販売の大本がお役所系である。そして大本の卸値を決める 考え方が「調査捕鯨の費用を賄うためにはこの価格で売らねばならない」という 「初めに値段ありき」のようでもある。 そこには「市場原理」(小生は市場原理を全面的に支持しているわけではない) の考え方はないようである。 反捕鯨キャンペーンのブーイングの中で調査捕鯨などとの姑息なネーミング、旗 印を降ろし、堂々と商業捕鯨を打ち出したらよい。但し資源保護の立場から収穫 量を打ち出し全世界に公表する。世界中の海からのマグロの捕獲量に比べれば微 々たるものではないかと素人は考えるのだが。 捕鯨の現場から販売まで市場主義で貫けば末端価格を安くなり諸費者も戻ってく るのではないだろうか?その戻ってくる消費者の先頭に立つのはクジラの味を忘 れかねている、懐かしがっている層ではないか?そしてこれらの層にクジラの味 を諦めさせたら味の世代継承は途切れ、もはやクジラは永遠に食卓に帰ってこな いだろうと憂えるのである。 ともあれ神さんに晩酌のおかずにクジラを買ってくれと気軽に云えるようにして 下さい。
2008年02月23日
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クジラを安く喰いたい最近のA紙に次のような記事が出ていた。見出しを追うと次のようである。「鯨肉さばけぬ悩み」「供給増えたが流通広がらず」「国策販売会社、赤字続き」「在庫6000トンまで増加」とある。小生のように少年期に近くに近海捕鯨基地があり、県内に南氷洋捕鯨基地を持つ地域に育ったものとしては鯨肉は馴染みの味であった。今も無性にクジラが食べたくなることがある。スーパーのチラシでクジラベーコン等の宣伝を見かけると出かけてみるが、その値段の高さに思わずひるんで仕舞う。そして無性に腹が立つ。調査捕鯨の名目で細々と捕っているので値段の高さも仕方がないかと思っていたが、この記事を見るとそうでもなさそうである。鯨肉が学校給食用を含めて、一般消費者に渡るルートを示す図が同記事に載っていたが、それによると販売の大本がお役所系である。そして大本の卸値を決める考え方が「調査捕鯨の費用を賄うためにはこの価格で売らねばならない」という「初めに値段ありき」のようでもある。そこには「市場原理」(小生は市場原理を全面的に支持しているわけではない)の考え方はないようである。反捕鯨キャンペーンのブーイングの中で調査捕鯨などとの姑息なネーミング、旗印を降ろし、堂々と商業捕鯨を打ち出したらよい。但し資源保護の立場から収穫量を打ち出し全世界に公表する。世界中の海からのマグロの捕獲量に比べれば微々たるものではないかと素人は考えるのだが。捕鯨の現場から販売まで市場主義で貫けば末端価格を安くなり諸費者も戻ってくるのではないだろうか?その戻ってくる消費者の先頭に立つのはクジラの味を忘れかねている、懐かしがっている層ではないか?そしてこれらの層にクジラの味を諦めさせたら味の世代継承は途切れ、もはやクジラは永遠に食卓に帰ってこないだろうと憂えるのである。ともあれ神さんに晩酌のおかずにクジラを買ってくれと気軽に云えるようにして下さい。
2008年02月23日
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探鯨水上飛行機「バタバタ号」 水上飛行機バタバタ号の想い出 最近の新聞紙上やTVで捕鯨関連のニュースがよく出る。 この類の記事や画面を見ると遠い昔子供時代のある光景を思い出す。 郷里の隣町に近海捕鯨の基地があり、そこは捕鯨銃を使う近代捕鯨の発祥地とも いわれている。もっともこの事はずっと後年になって知ったことで子供の小生に は知る由もない。その捕鯨基地に付属していた探鯨用の水上飛行機が表題のバタ バタ号である。 尤もこのネーミングはそのエンジン音から子供たちが勝手に付けた名前である。 その時代(昭和12年~16年ぐらい)にしてもいかにも古い飛行機である。 中古のお下がり、お下がりを重ねての最後のご奉公なのであろう。 そのバタバタ号が何らかの理由で近くの川に着水することがある。 そのバタバタという息絶え絶えのエンジン音で子供たちは一斉に河岸に向かって 走り出す。川の中程に着水した飛行機は一休みすると間もなく又バタバタと喘息 を抑えて飛び立つ。多分一休みすると気を取直してよいこらショット飛び立つの である。 そんな想い出に浸りながら新聞・TVを見ていると捕鯨に対する日本の当局者の 対応は 何とも中途半端である。このあたりのことについては別の機会に意見を 書きたい。
2008年02月21日
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2月3日のNHKのニュースで大学生と授業・読書量らについての東大の研究グ ループによる調査結果を流していた。それによって日本の将来はどうなるんだと 恐怖に近い感情を持ったのは小生だけではないだろうと思う。 その調査の概要は次の通りである。 調査主体:東京大学研究グループ 調査対象:全国の国・公・私立127大学 大学生5万人 調査質問と答え: 1)「授業に興味・関心がわかないか?」 答え:「よくある」 17% 「時々ある」 45% 2)一日の勉強量は? 答え:「1時間以下」 64% 「全くない」 13% 3)1ヶ月の読書量 (漫画は除く) 答え:4冊以上 16% 1冊のみ 28% 読まない 29% この結果を見て小生は考えた。 大学全入時代を迎えて ・もともと勉強が好きでない子、他に熱中し勉強する時間がなかった子(例えば 体育会系)・読書が嫌いか種々の理由で読書になじめなかった子 ・自分のやりたいことが分からない、分かっていない模索中の子 等も偏差値を頼りに難関大学から入学容易な大学まで選択肢はいくらでもある。 ともかくどこかの大学には入れるのだ。 小生にとって一番ショックだったのは月に一冊も本を読まない学生がいることで ある。 上記の質問1)、2)と読書量との相関はデータとして表示されていないので軽 々にものは云えないが、3)の読書量は1)2)の結果ではなかろうかと思えて ならない。 世間には自分のハッキリとした将来像を描いている18歳もいれば目下模索中の 子もいるだろう。一番困るのは将来像どころか何も考えていない、考えようとし ない子である。何が何でも大学だけはと親や学校にいわれて偏差値相当の、或い は推薦で入学する。 そこには専攻コースと自分とのミスマッチの場、或いはミスマッチ以前の問題が ある。 しかし、18歳を責められるだろうか?今の日本には迷える18歳はまだしも、 迷いも意識しない18歳がゴロゴロいるのではないのか? がともかく大学には入ってくる。そして早晩ミスマッチに気がつく。 このミスマッチを救済する大学システムこそ大事ではないのか? 結論を急ごう。 入学後の1~2年に転入学・転科が容易に出来る大学間の制度を設け、且つ出口 を狭める即ち卒業時のレベルを高めるべく大学は学生の質を担保する。
2008年02月05日
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入り口と出口の品質保証 「大学入試の国際比較」コラムを読んで 2月に入って大学入試も本格化してきた今日この頃である。 たまたまWEB上のコラム「大学入試の国際比較」(大和総研公共政策研究所 宇野健司氏:http://www.dir.co.jp/publicity/column/)が眼についた。 以下抜粋を紹介すると、 「アメリカの大学入学には、かなり多面的な要素が考慮される。大きく分けて(1) 高校での成績(日本でいう内申書の平均点と、学内順位)、(2)全国統一学力適 性テスト(入学の1年前~3ヶ月前まで、年7回程度実施している。複数回受験し ても良いが、その場合はそれまで受けた回の成績も大学に送付される)、 (3)推 薦状、小論文、面接など、の3分野から総合的に判断される。(2)は主に国語(つ まり英語)と算数(日本の中学校レベル)で、大学で学ぶのに必要な程度の学力 が身についているかを判断するための適性テストなので、日本の大学入試問題ほ ど難しくはない。そのため有名大学に進学するためには、(1)や (3)も重要な要 素となり、高校での学習態度や課外活動などにも力を入れる生徒が多くなる。 そのような背景もあって、アメリカでは予備校や塾などの受験産業はあまり発達 せず、大学入学前のいわゆる受験戦争は相対的にあまり激化していない。(浪人 をしても意味がないので、浪人生もほぼ存在しない。)むしろ、大学入学後のプ レッシャーの方が大きく、1コマの授業ごとに数十ページの事前予習を週10コマ 前後要求されるので、一週間に数百ページの読書が必要となる。また、大学院で はそのプレッシャーが一層きつくなる。 一方、アジアの国々はどうであろうか。中国の大学入試は、毎年6月に行われる 「高考」(大学入試の全国統一試験)の一発勝負である。韓国も同様に「大学修 学能力試験」のウエイトが非常に高く、試験当日は国をあげて受験生の輸送サポ ートをしたり、騒音対策のために飛行機の運航の規制をしたりするほどの気の使 いようである。日本でも、推薦入試やAO入試は別として、難関大学の一般入試 は、センター試験や2次試験のみの選抜となる。 結果として、これらの国ではアメリカとは反対に、予備校や塾などの受験産業が 大きく発展し、受験戦争は加熱化し、大学入学前にプレッシャーのピークがやっ てくる。入学後はケース・バイ・ケースだが、日本の場合、大学での成績が就職 には直結しないこともあって、特に文科系学部などでは勉強面では一息いれるこ とが可能となる。」 大学全入時代とはいえ東京大学をはじめ国・公・私立の難関大学の入試競争の厳 しさは変わらない。実質競争率数倍以上の大学における入学生の学力品質は或る 程度保証されているであろうが、問題は卒業時の学力・人間力の保証は如何だろ うか? 就職受け入れの企業を含めて社会全体が求めるのは「卒業時の学力・人間力」で はないだろうか? つい先頃も「文科相の諮問機関である中央教育審議会が「各大学に責任を持って 卒業者=学士の質・レベルを維持するよう求める」という記事が出ていたが、こ れなども「卒業時の学力・人間力」に対する危機感の表れではないだろうか? こうなると「大学入試センター試験」ならぬ「大学卒業学力保証センター試験」 なるものが必要になる?
2008年02月01日
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下町の七福神巡り 学友と月一回の歩く会を持っている。出欠自由で気楽な会である。故にその時の 体調や予定コースの難易度(というほどの大袈裟なものではないが登り・下りの キツサ)で参加したりしなっかったりである。 一月も終わろうというある日、東京谷中七福神巡りのコースが設定された。街中 だから登り・下りもないだろうということで参加した。 東京都の郊外に住んでいる身として下町は久しぶりである。 天気晴朗なれども風強しの中を山手線の西日暮里駅から出発して東覚寺から忍ば ず池弁天堂に至る七福神を巡り足を伸ばして湯島天神を訪ねる。 この一帯は神社・お寺だらけでよくもこれだけ集まったものだとおもう。経営は 大丈夫かね?と人ごとながら心配する。 途中の谷中銀座は歩いて数分の短い一角だが下町の商店街の雰囲気は保っている。 ここでカリン糖を土産代わりに買う。 谷中墓地を通り抜ける。墓地の規模の大きさに驚く。○○家代々の墓に混じって ◇◇氏の墓とあるのは多分に先祖が幕府御家人家の墓だろうか? 最後の湯島天神では折からの受験シーズンなのか合格祈願の絵馬がびっしりとぶ ら下がっていた。仲間の一人が母校の名前を祈願した絵馬が見あたらないとぼや いていた。 夕刻になり空気はますます冷え冷え、風は相変わらずで居酒屋を恋い求める。 居酒屋モドキを見つけ一同なだれ込む。一人お銚子一本と若干のつまみで勘定一 人当たり¥700。安い。もう少し飲めば良かった。
2008年01月29日
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英語リスニングテストよりも国語リスニング 大学入試のセンター試験が終わったばかりであるが英語リスニングであちらこち らでトラブルがあったと報道されている。 そして今度は高校入試に国語リスニングテストを課す公立校が増えていると報じ られている。国語リスニングテストを取り入れる理由は小中学校の国語授業では 「話す」「聞く」も重視されているのに対話する能力がなかなか身につかないこ とに現場の先生が悩んでおり、解決のきっかけとしてリスニングテストを課する ということのようである。 国語の先生の指摘として「人の話を聞かない、聞けない」「長い話の要点が掴め ない」生徒が多くなったという。 大学入試におけるセンター試験で英語のリスニングテストの必要性に関しては、 いささかの疑問を持っている小生であるが高校入試の国語のリスニングテストに ついては大賛成である。人の話を良く聞き要点を理解する能力またはその訓練、 習慣は社会生活のためのコミニケーションの基礎であり、このテストはその重要 性を生徒本人、保護者に認識させるきっかけになると思う。 大学入試センターにおけるリスニングテストは果たして受験者の語学力の物差し の一つになるのだろうか? 「読む」「書く」「話す」「聴く」はコミュニケーションの基本であるとの認識 に異論はないが「話す」「聴く」は受験者のそれまでの被教育環境、或いは機会 に大きく依存するのではないかと危惧するものである。つまり不公平ではないか? 「話す」「聴く」は入学後の本人の必要意識や好みに任せれば良いと思うし、受 け入れ大学もコース、場を用意すべきであると思う。
2008年01月28日
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いつの世も「読み書き」が 大切 1月24日朝日新聞朝刊に次のような記事が出ていた。 「全国学力調査で成績の良い学校は読み書き授業に力を入れていた」 小学校6年生と中学校3年生を対象に昨年4月に行われた全国学力調査で、国語 と算数・数学の平均正答率がいずれも高かった学校は国語の授業で「書く習慣」 や「様々な文章を読む習慣」を身につけさせる授業をよく行っていたことが文部 科学省の調査分析で分かった。同省は「書く力や読解力は国語だけでなく、他の 教科の学力でも重要であることの表れ」とみている。 この記事を読んで真っ先に思い浮かんだのは数学者藤原正彦氏の著作のどれか に書かれていた「一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数」という趣意の 文章である。 ご本人が数学者であるだけに、説得力があると感心したものである。 文科省の調査結果は図らずも同氏の発言を裏付けるものとなった。 いま小学校から英語教育を取り入れる事になったようであるが、くれぐれも「国 語の読み書き」が基本であることを心したい。
2008年01月24日
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遠くて近い国トルコ 最近の朝日新聞朝刊地域多摩版で次のような記事が目にとまった。 「118年前和歌山県串本沖で遭難・沈没し、600人近い犠牲者を出したトル コの軍艦の遭難事故があった。そのなかで地元民によって救出された生存者69 名を母国トルコに送り届けた功績に対して当時のオスマン・トルコ皇帝から海軍 士官に贈られた勲章やメダルがその士官の親戚宅に保管されていることがわかっ た。この遭難事故に対する当時の地元民や日本国政府の対応が日本とトルコとの 友好親善の原点になっている・・・・・」 この記事を読んで数年前の友人達との旅行で遭難現場近くに建てられている記念 碑と記念館の側を通った事を思い出した。 記念碑は一回りし眺めたが記念館には入らなかった。その先の灯台見物に気がせ いたのだろう。今この記事を読んで記念館見物をパスしたことが悔やまれるのだ が、この記事は同時にこの遭難事故を通じて日本とトルコの友好の歴史を辿る 「エルツールル号回顧展」(エルツールル号とは遭難事故のトルコ軍艦)が三鷹 市の中近東文化センターで開催されているという事を知らせてくれた。。 そこで早速出かけてみた。 展示品、展示解説文を丹念に読んでいくと「トルコ国民は日本に対して友好感情 をもっている」という小生の漠然たる概念が間違いではなかったとわかった。 この遭難事故に対する日本側の対応以外にトルコ国民の親日感情の醸成に大きく 影響したのは日露戦争で日本が勝利した事である。当時トルコはロシアに圧迫さ れ苦しめられていたという。極東の一小国日本が大国ロシアに勝利しトルコ国民 は溜飲を下げたとのこと。トルコには勝利を決定づけた日本海海戦の東郷元帥の 名前を付けた「トーゴー通り」という街路もあるという。 こんな親日感情が何十年の時を隔てて遺憾なく発揮されたエピソードがある。 1980年代イランとイラクで勃発した戦争通称イラン・イラク戦争(イライラ 戦争)当時イラン在住の外国人(日本人も含まれる)は急遽イランから脱出を迫 られたが、当時日本から直接乗り入れる航空機便はなく外国航空機便を使わざる を得なかったのだが、どの国も自国民か隣接国民の搭乗を優先したため、在留邦 人は脱出出来ず途方に暮れたのである。その時トルコ航空がテヘランに飛来し多 くの邦人を救出したという事実があった。 まさに エルツールル号遭難事件の旧恩に酬いてくれたのである。 ともあれ距離的には遠い感じのトルコだが歴史のなかのエピソードを知るにつけ その距離が小生の中では一気に縮まった。
2008年01月16日
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緊急入院その2: 管に始まり管に終わる: 緊急処置が終わりどのくらい時間が経ったか分からないが覚醒した時に真っ先に 気付いたのは口に差し込まれた2本の管、これは肺にたまった水と痰を時々吸い 上げる管ともう一本(この管は何用なのか分からない)、静脈の注射針から伸び 点滴棒にぶら下げてある点滴液に繋がる輸液管、胸部につけられたセンサーから 心電計に繋がるワイヤー、そして小便自動排泄用の管、これは男性器の小便排泄 口に突っ込まれいるもので、その存在は私自身の一番最後に発見しかつ一番驚き 且つ苦笑せざるを得なかったものである。 ということで体中を管、電線でがんじがらめになっており不自由この上もない。 一番不自由を感じたのは口に差し込まれた2本の管である。このため口がきけな いのである。コミュニケーションは看護師の手の平にカタカナで水が欲しいとき に「ミズ」と書く最低限の意思疎通である。 これらの管類も快復にともない一本ずつ抜いて貰えるのだが、なんと言っても口 に突っ込まれた管が医師の「もういいでしょう」という指示で抜かれたときは嬉 しかった。口が聞け、かつ鬱淘しさからの開放感は云いようのないものであった。 口から管が抜かれ「オヤッ」と感じたことがある。舌で口の中を探るとどうもお かしい。上唇とその下にある前歯と順にたぐると判った。前歯の3本が脱落して いたのだ。 管を差し込む際にこの前歯3本が邪魔で医師の「歯よりも命、一刻も早い処置が 大切でしょう」と家内の承諾のもとにあっさりと抜かれたと家内から聞いた。 尤もこの3本の前歯は30有余年前に処置した差し歯であり、最近ぐらぐらして きており何とかせねばならぬと考えていた矢先であったので別に惜しいとは思わ なかったのである。医師もぐらぐら歯なので躊躇なく抜いたのであろう。 前歯3本が抜けると何とも間の抜けた顔になり、家内に言わせると10歳老けて 見えるそうである。入れ替わりにやってくる友人や後輩の見舞客に間抜面とふあ ふあと不明瞭な発言が何とも無様で慚愧に堪えなかった。 退院後早速歯科医院に駆け込み入れ歯を頼んだ。今日現在は借り歯が入っており、 歯をむき出さなければ他人には判らない程度にはなっている。 口からの管が抜けると次は点滴用の管である。これが外れると点滴棒と一緒でな くて動きの自由度がうんと増す。そして最後は小便管である。これが抜かれると 尿意を催すといちいちトイレに通うことになるが、自然の開放感の方がやはり有 り難い。 心電計センサーは最後まで付けていたが体の動きを邪魔するわけではないが無線 送信機がぶら下がっており、センサーが外れると看護師が飛んでくる。無線送信 機かナース室のモニターにセンサーの剥離を知らせるのである。看護師がやって くるのは昼夜を問わずであり、真夜中就寝中に胸のあたりがゴソゴソと弄られて 眼をさますと看護師がセンサーを付け替えている。寝相の悪い小生はこの真夜中 の白衣の天使のお世話に何回もなったのである。(続く)
2007年11月13日
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10月10日某医大付属病院に緊急入院した。 救急車で運ばれ 、集中治療室に放り込まれ危機を脱した後、20日有余の入院 生活を余儀なくされた。 我が人生75年で救急車のお世話になることも20日有余に及ぶ入院生活も初め ての体験である。いままで風邪引き等の小さな病気はあったものの健康優良児を 自負していた小生としては、この体験はいろんな事を考えさせてくれた。 特に同年配の人達とその配偶者に告げたいことは、どこか今までにない体の異常 を感じたらためらう事なく救急車を呼び救急病院に放り込んで貰うことである。 なまじ我慢をし様子を見ようなどと考えぬ事である。 小生の場合危機を脱した直後医師に言われたことは、もう少し手当が遅れていた ら「危なかった」である。 日頃は健康に自信のある人ほど小生と似たような状況に陥ることが多いのでは無 かろうか? 以下何回かに亘る駄文は僭越ながらのご同輩に対する警告のつもりである。 ここは何処だ? ふと眼がさめた。周りに白衣を着た男性・女性が動いている。キビキビとも云え るし、ふわふわとも感じられる動きである。一様に背丈が低く頭髪はもじゃもじ ゃである。 俺はいったい全体何処にいるのだ。口には管を2~3本咥えており口もきけなけ れば身動きも出来ない。 何処かに誘拐されて人体実験をされているのか?ここは昔見たことのある映画 「猿の惑星」なのか?周りに動いている男性・女性からそんな連想が浮かぶ。 次に考えたことは、「今俺は夢を見ているのだ 」である。 夢を見ているのなら納得だが、一つだけ納得できない事がある。それは周りを取 り囲んでいる器材の現実感である。金属材質のピカピカ感、筒状器材の直線・折 り曲げ角度の圧倒的な現実感がこれは夢ではない、現実なんだと教えてくれる。 さらに意識がハッキリしてくるとベッド脇に家内と娘婿がいる。 「ここは何処だ?何故俺はここにいるのだ?」と聞きたくとも口に管状のものが 2本突っ込まれており口がきけない。聞きたいことがあると察した家内が手のひ らを差し出す。 「ドコ」と「ナゼ」と手のひらに書く。 「昨夜真夜中に急に咳き込み始め、ぜ ーぜーと息が苦しそうだったので、貴方は最初渋っていたが救急車を呼んでここ に運んで貰った。ここは東京医大付属の八王子センター」との答えで 一遍に状 況を把握できた。そうだ昨夜の真夜中に喘息の激しい症状に似た呼吸困難に陥り シブシブ救急車に乗った事を思い出した。 運ばれる途中から目が覚めるまで意識がなく、口の周辺は紫色をしていて生色が なく、もう少し処置が遅れていたら危なかったと後でいわれ、ぞっとした。 ともあれ意識も取り戻し、顔色もやや正常に戻った。そしてあらためて周りの看 護師さんや時々見回ってくる医師を見ると「猿の惑星」など甚だ失礼な連想だっ たことを看護師さん達にお詫びをしたい。 現実の看護師さん達は一様に美人で且つ65キロの小生を二人がかりとはいえ持 ち上げ移動させる事の出来る力持ちである。 続く
2007年11月12日
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学士様ならお嫁にやろか? 遠い昔、といっても明治・大正時代ぐらいまでだろうか「学士様ならお嫁にやろ か」という言い方があったそうである。今の若者にはなんの事やらわけがわから ないだろう。 その時代は大学卒つまり学士様には最愛の娘を嫁にやろうと親は考えたのだ。 そのぐらい学士には値打ちがあったのだろう。 今はどうだろうか? 1950年代から大学進学年齢者が増え続け大学も新設、学部増設と供給側も受 け入れ側も歩調を合わせて増え続けてきた。 特に過去十年を見ると大学数は586校から756校に増えたが、少子化の影響 で大学志願者数は逆に82万人から69万人まで減ったそうである。 つまり数字からいえば志願者はえり好みしなければ全部入学できる事になった。 いきおい大学側もいろんな名目で入学を易しくせざるを得ない大学が増えたわけ である。必然的に学士の下方水準は下がる一方となったのである。 というわけで、文科相の諮問機関である中央教育審議会が「各大学に責任を持 って卒業者=学士の質・レベルを維持するよう求める」という記事が最近の日刊 紙に出ていた。 小生に言わせれば、今更遅いよと言いたいのだが、良い方向に向かうのなら是非 にも道筋をつけて貰いたいと思うのである。 新聞記事によれば審議会は具体策として学部教育で身につけるべき能力として 1)日本語と特定の外国語を使って「読み」「書き」「話す」が出来るコミュニ ケーションスキル 2)情報や知識を複眼的、論理的に分析、表現できる論理的思考力 3)自己の良心と社会の規範やルールに従って行動できる倫理観 を挙げている。 3)については、どうも分からんというのが小生の率直な感想である。 1)の「国語と外国語によるコミュニケーションスキル」2)の分析・論理的思 考力の向上を求めるのは、裏返しに言えば、学士として、この面の教育・訓練と 自己研鑽が足りないということであろう。つまり学力が足りないということだろ う。 3)の倫理観は小・中・高校でとっくに身につけておくべき事で学士の学力とは 関係ないと思うのだが。 小生の解決策は単純である。「入りたい奴はいれる。学力が足りない奴はその レベルに到達するまで何年かかっても卒業させない」というものである。 学生が勉強しないのは「何を勉強したらよいのかわからん」のが実情であろう。 これの解決策は「長期インターンシップ」である。この長期インターンシップで 或る程度の数の職場を経験し何を勉強すべきか把握させる。また今の専攻学科が 自分に向いていなければ転科、転大学をさっさと行う。そのために卒業が2~3 年遅れてもやむを得ないし大学制度ももっと柔軟な対応すべきではないか? この考えで一番の欠点は経済的な問題になんの答えも提示してないことはよく分 かっているのだが。 易しいからと入学し、勉強もそこそこに卒業し、就職し、自分に向いていないと 止める。あげくはフリーターになって技能‥技術を身につける機会を失いズルズ ルと失われた十年を過ごすのなら 「長期インターンシップ」のようなシステム で自分の身につけるべき知識・スキルと社会との関係を把握することが肝心で 「急がば廻れ」と愚考する次第である。
2007年09月12日
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漢字は書けなくとも慣用句は間違わないで! 文化庁が毎年行っている「国語に関する世論調査」の平成18年度分の結果発表 があった。有効回答者数約2000人、全国の16歳以上の男女を対象の個別面 接の結果である。 それによると各年代を通じて漢字が手書きでは書けなくなったとの嘆きがうかが える。 小生の嘆きでもある。 その代わり、情報機器即ち携帯電話、パソコン(ワープロ)や電子辞書の漢字変 換機能の助けを借りて手書き時代よりもより多く漢字を文章中に使用するように なった。 特に10代~30代の若者は携帯の漢字変換機能や内蔵の国語辞書(機種による) 利用率が高いとのこと。小生もこのことは初めて知ったのだが、成るほど成るほ どと感心するばかりである。小生も手持ちの携帯を調べてみたらちゃんと国語辞 書は内蔵されていた。これも初めて知った。迂闊である。 ともあれ漢字が手書き出来なくなる傾向は押しとどめようがないのではなかろう か? 国語特に漢字教育のあり方に変革を迫るものであろう。さりとて、こうすればよ いとの答えは小生は持ち合わせてはいないのだが。 もう一つ小生の個人的な悩みは、似たような悩みは他にも沢山の人が抱えている ようでもあるが、手書き文章が何とも乱筆で 「ミミズののたくった」の表現を 通り越し「生け簀の中のウナギの絡み合い」状態で 読む人に苦痛を与えている のではなかろうかと忸怩たる思いをしているのである。 通知状とか同文配布の文章等はパソコン書きで苦にならないのだが、個人的な頼 み事や消息の手紙等は手書きにならざるを得ない。実に苦痛である。 英文のように文章内容の如何を問わず最後に本人自筆のサインをもって失礼にな らない?という具合にならないか と願っているのである。 さて漢字の問題と小生の嘆きは別にして慣用句の誤用の実態がこの調査で分かっ た。 この誤用には大別して2通りあるようだ。 例えば次の慣用句で1)2)の正しい慣用はいずれもBである。ところが答えは 下記の如く誤用の%が多い例がある。 1)「夢中になって見境がなくなること」を A:熱にうなされる 48% B:熱にうかされる 36% 2)「彼には役不足の仕事だ」を A:本人の力量に対して役目が重すぎること 50% B:本人の力量に対して役目が軽すぎること 40% 1)の場合は誤用があったとしても実害はなさそうであるが、2)の誤用は問題 である。 例えば、組織の中でのこの誤用は「彼」にとって良否に別れた評価になり悲劇を 生みかねない。 「慣用句辞書ー慣用句の正しい使い方」が携帯に必要かも知れない。
2007年09月11日
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小学校卒業名簿が来た・・・65年前のクラス名簿 郷里の小学校時代の同級生K君から突然電話を貰った。用件は小学校卒業名簿を 送る、同窓会も開くので出席の可否を知らせてくれとのことであった。 K君とは旧制中学から新制高校と同級生で且つ郷里での高校のクラス会で1~2 度会ったことがあるのだが、小学校の同窓会の件にはいささか戸惑ったのである。 高校時代の同窓会は郷里在住者も東京在住者もほぼ毎年行っており郷里・東京の 同窓会同士の交流もあり、お互いの消息はほぼ掴めているのだが、小学校の場合 は卒業以来60有余年を経て、その間一度も同窓会の話はなかったと思う。それ が今回の話である。戸惑わざるを得ないわけである。 多分出席は叶わぬとK君には伝えたものの 名簿だけは是非欲しいとねだった。 数日後送られてきた名簿は小学校6年卒業時の名簿とのことである。 早速、男子4組、女子3組(それぞれ組名があり男女別々の組み分け)の名前リ ストを辿ってみた。 同期の児童数約360余名で当時でも県下の有数の大規模校と言われていたよう だ。 余談だが、1年入学式の校長先生の訓辞の一節「この学校の生徒数は2600名、 今年は紀元2600年(当時の皇国史観での年号)のお目出度い年に君たちは入 学した」との話を未だに覚えているのは当時6才の頭が数字の語呂合わせに妙に 納得したのだろう。 ともかくリストを辿っていくと記憶にあるのは旧制中学に進学した連中で彼等の ほとんどとはその後6年を 過ごしたわけだから当たり前であろう。 問題は商業学校・高等女学校或いは小学校高等科に行った人達とは狭い町ながら あまり交流はなかったので、大半は記憶にないのである。 しかし、はっきりと懐かしく想いだす人もいて、じっと暫く名前を見つめ、あの とき、この時の記憶を辿るのである。 特に通学路が同じで行き帰りにふざけ遊びながら過ごした人達数人である。 ところが残念なことに名前は記載されているが住所等が空白つまり消息不明なの である。 彼等の内MとT君の消息は是非知りたいと思い冒頭のK君に消息追跡を図々しく もお願いしたわけである。 それにしても死亡と記載されている人達が50名ばかりいる。消息不明者の中に も既に故人となった人も相当数いると察せられる。 合掌。
2007年09月05日
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お猿さんは立派なアスリートだ!! 焦熱の大阪国際陸上大会が終わった。最終日の9月2日まで日本はメダル1ヶも 取れずに終わるのかと、誰しも悲観していたが、土佐礼子さんの必死の頑張りで 女子マラソンの銅メダルが取れた。土佐礼子さんに天晴れを差し上げたい。 話変わって私の住まいの最寄りの京王線南大沢駅前のスクエアーに猿回しが出演 している。土日祝日が主だが夏休み期間中は平日もやって来ている。 お猿さんも何匹かいて、ペアを組んだお兄さん、お姉さんと共に入れ替わり日替 わりに出演している。 よく見るとお猿さん毎にパフォーマンスのテーマが違う。つまりそれぞれ得意 芸があるということであろう。その芸で観衆から拍手喝采を受けるのは 1)身長の2倍以上にセット(約1.2メーター)されたバーを飛び超える。走 り高跳びに対応 2)2メーターから2.5メーターぐらいの離された飛び台を飛び渡る。走り幅 跳び 3)3メーターぐらいの竹馬を乗りこなす。棒高跳びに対応(この対応はチョッ ト無理か) 等のパーフォーマンスである。その素晴らしさに感心したので、あまり意味は ないのだがフト折からの陸上競技と比較してみた。 資料によると走り高跳び男 子の世界記録は2メートル45センチ(ハビエル・ソトマヨル、キューバ、19 93)走り幅跳び8メーター95センチ(マイク・パウエル、USA,1990) 棒高跳び6メーター14センチ(セルゲイ・ブブカ、ウクライナ、1994)で ある。 お猿さんの平均身長は54~61センチ(オス)である。選手の平均身長は手持 ちデーターがないので正確ではないが、少なくとも1メータ90センチ以上では なかろうか。 身長対パフォーマンスを比較すると 選手 お猿さん 1)2.45/1.90 =1.29 1.20/0.6=2.0 走り高跳び 2)8.95/1.90=4.7 2.50/0.6=4.2 走り幅跳び(お猿さんの助走距離は 1~2メータ) 3)6.14/1.90=3.23 3.00/0.6=6.0 棒高跳び となり、お猿さんの飛んだり跳ねたりの能力の高さを実感する次第である。 (お断り)この比較は、あくまでもお遊びである。またお猿さんのバーの高さ、 跳び台の離れ距離はあくまでも筆者の目測であまり当てにはならない。ゴメン。
2007年09月04日
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電話トラウマがSkypeで癒やされる? 私は電話が苦手である。発信も受信も苦手であるが、どちらかといえば 発信す ることに抵抗感がある。ビジネスの世界で電話が苦手では困るわけであるが、そ こは何とか 過ごしてきた。永年苦しんできた(ちと大袈裟か?)この感覚はど こから来たか? 私には解っている。 今を去ること未だ幼児であった70年前、当時は電話も特に田舎ではそれほど普 及はしていなかったと思う。そして電話代は当時の物価の中でも高かった筈であ る。 そんな時代、隣り近所でも電話があったのは商店を営んでいる我が家だけであっ た。 隣近所の人が時どき電話を借りに来て、通話が終わったら電話交換手にもう一度 電話をかけその時の電話代を確かめ、その金額を払っていった。反対に外からの 呼び出し電話を近所の家に知らせに走らされた事もチョイチョイある。 そんな状況の中で親から電話代は高いものだと刷り込まれて育った私である。か くして電話トラウマが私の中に定着したのだ。そんなわけで、とりわけ長電話や 国際電話は苦手で電話代が気になってしかたがなかった。。 翻って周りを見渡すと今時、どうも電話トラウマ患者は私だけのようである。 世間一般の人にとって電話(機)はまるで例えれば飯を食べるお箸のようなもの なのだろう。電車に乗れば乗客の少なくとも2割は携帯電話を弄っている。通話 をしているわけではなく、なにやら親指を器用に動かしている。これを親指文化 というらしいが、その様子はまるで携帯電話機はその人の体の一部の器官にも見 える。 そんな電話トラウマ患者の私にも救いの手?が差しのべられてきた。 それはインターネット電話の一種であるSkype電話である。Skype電話 は始まって既に2~3年ぐらい経っているようだが最近ある人に教えられて導入 してみた。 私の娘家族はメキシコに在住しており、何か用件があれば国際電話をしていたわ けであるが電話トラウマ患者の私は手短に用件のみを話すのみだが、これが家内 と娘の間になると簡単手短と言うわけにはいかない。両者がお互いの話の内容確 認を繰り返すので長々とお喋りが続く。そして請求書を見て私も家内も眼を剥く 次第である。 ところがSkype電話の存在を知りメキシコ側にも導入を命じてSkype電 話での遣り取りとなったのだがSkypeの謳い文句のごとく一文もかからない。 これは請求・引落領収書を見るまでは半信半疑であったが確かに請求もされなけ れば引き落とされてもいない。どうしてそうなるのか技術的なことは私にはよく 解らない。なにはともあれ、今まで5千円~一万円かかっていたものがロハとは 有り難い。これで私のトラウマも少しは癒やされるかな。 この駄文はSkypeの宣伝のつもりではなく、正直驚きの気持を表明したもの である。
2007年08月31日
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「 薩摩ステューデント 西へ」を読んで 最近「 薩摩ステューデント 西へ」(著者 林望氏)を読んだ。薩摩藩の選抜さ れた英国への密航留学生の物語である。(1865年慶応元年鹿児島県」羽島の 浦から出帆) もともと幕末維新の時代には大変興味があり、この手のテーマの本にはつい手が 伸びるのである。小生の生まれが明治維新の起爆地の一つ、長州萩の故かもしれ ない。 著者林望氏(通称リンボウ先生と呼ぶらしい)は英国学者ぐらいにしか認識がな かったのだが、なかなかの力作だと思った。 しかし小生が一番感銘又は衝撃(大袈裟に言えば)を受けたのは巻頭に掲げられ ていた留学生達の二葉の内1枚の写真である。それは凝視するまでもなく二人の とりわけ若い少年のあどけない顔立ちが目に飛び込んできた。いったい誰でいく つぐらいかなと本文を読み進めていくと一人は町田清蔵一五才、もう一人は礒永 彦輔(長沢鼎・後のカルフォニア ワイン醸造業の創始者)一三才とわかる。 この年頃は今の中学一年と三年生相当である。ケータイとゲームに夢中の年頃で ある。 激動の時代の、しかも例外的な存在かも知れないが本人も家族も相当な覚悟をも って この企てに参加したものであろう事は疑う余地もない。 ウーンと呻っている内に、もう一つの似たようなケースを思い出した。 それは維新が出来たばかりの明治四年(一八七一年)の岩倉使節団に同行した五 人の女子留学生のことである。これまた五人のうち三人、即ち津田梅子(津田塾 大学創始者)八才、永井繁子九才及び山川捨松(後の大山厳元帥夫人)11才で ある。 実際写真を見ると薩摩少年よりももっと、痛々しいほどのあどけなさである。普 通ならお手玉をして遊んでいたり、母親にしがみついている女の子である。 薩摩にしろ岩倉にしろ、世界に目を向け世界に伍して行かねばならぬという時代 の覚悟が生み出したケースではあろうが、何とも「エライ!」と 子や孫に甘い ばかりのジジイの、この本の主題からは外れた感慨である。
2007年08月27日
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迷惑メールにはウンザリだが・・・ この一・二年 の迷惑メールの急増には全くウンザリである。 迷惑メールにはいろいろあるが特にひどいのが、なにやら妖しげな薬品の宣伝・ 販売勧誘である。大半は英文なので、どうやら外国発と思われる。 それにしても小生のアドレスをどうして手に入れたのだろうかと思う。 このあたりの事情に詳しい知人に聞いてみると、いろんな手段でメールアドレス を蒐集しそれを販売する専門業者が存在するそうである。個人的にホームページ やブログを立ち上げている人は狙い目だとのことだそうだ。 友人にはこの迷惑メール(スパムメール)に根を上げてアドレスを代えたのがい る。アドレスを変える事は契約しているプロバイダーを変更する事だし、いわば 実生活上の住所変更に近い。小生もアドレス変更を考えたことがあるが変更後の 手続きや今までのメール相手への告知の手間と相手にも少々の手間を強いること を考えると踏み切れないでいる。 そんな折、総務省が迷惑メールの規制強化に乗り出すべく、研究会を開いたとい う記事がでていた。大いにやって下さいと諸手を挙げて賛成するわけであるが、 迷惑メールの大方が海外発の実情から外国の当局との協調、協同が是非必要で、 これなくしては効果が得られないと思う。総務省さん、宜しく。
2007年08月25日
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非常勤語学教師の薄給を憂う 先日の日刊紙に「大学非常勤講師、年収300万円未満、厳しい実態」なる小記 事があった。それによると、平均年齢45才強、年収300万円未満、半数が突 然クビになった経験あり。これは首都圏大学非常勤組合のアンケートで明らかに なったとのこと。 アンケートに答えた非常勤講師1000人強の内約60% は専業である。平均 年齢45才強、勤務歴平均11年である。担当教科は語学が7割強である。 こに記事を読んで小生はウーンと呻った。 それは、この実態は事の是非は別として「分かるなーと納得する部分」と、こん な事で大学の語学教育はどうなるんだと人ごとながらも怒りのようなものを感じ るのである。 「分かるなーと納得する部分」は50年以上前の小生の経験から来るもので現実 の実態とは関係ないであろうと願うのだが。 小生又は小生達の経験とは大学の教養科目の担当には非常勤講師が2~3割いた と思う。概して彼等の授業態度はおざなりで且つ欠講も多かった。学生側から見 ると、大して興味のある科目でもなし単位を稼ぐための出席なので(出欠を取ら ないことが多かったと思う)おざなりも欠講も差し支えなかったのだが、今で言 う「給料ドロボー」の思いはぬぐえなかった。再度述べるが、この過去の実態が 現在の実態と関係ないと願うのである。 問題は非常勤講師の7割が語学担当である事だ。大学の語学担当教師の可成りの 部分が非常勤講師で且つ問題の年収レベルで且つ不安定雇用の実態である。 このような条件で果たして熱意のある授業が出来るだろうか?熱意のない教師の 授業を受ける学生もまたその授業には情熱を失うであろう。 小学校から英語授業を始めるという趨勢のなかで 、このような実態は矛盾も甚 だしいと言わざるを得ない。文科省さん、何とかしてください。
2007年08月20日
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近頃見慣れたうんざりする風景 今に始まったことではないが、近頃特にうんざりする新聞紙上やTV画面での風景があ る。それは複数の熟年者が一列に並んで叩頭して謝っている風景である。 どんな時と聞かれても思い出すだけでも不愉快でいちいちあげつらう気にもなれない。 謝罪の場に引き出される当該の企業幹部や公的組織(社会保険庁等)の幹部も、中には 「なんで俺が」と割り切れない思いをしたり、「どうしてバレたのだろう、なにをいま さら」と、あまり罪悪感を持っていない人もいるのではなかろうか? それは記者会見の場での発言のニューアンスにも表れている。 確かに10年~15年前までは問題にされなかったであろうケースもある。しかし、そ れは問題がなかったわけではなく、表沙汰にならなかっただけである。 つまり内部告発が難しかったり、告発者に相当な覚悟を強いるレベルの社会であったか らである。翻って現在はどうか?インターネットを中心とする通信手段、発表手段で簡 単に匿名で告発出来るようになったのである。当然行き過ぎた根拠のないためにする非 難中傷もある。 云いたかったことは企業なり組織集団の中で脱法的な、反モラルな、或いは不公平な処 理は長くは隠蔽出来ないであろうということで、組織のトップ、幹部は心すべきであろ う。何も今更の話である。
2007年07月04日
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定年男性は家にいてばかりだと嫌われるよ!最近の某日、「OB人材活躍の場フォーラム2007」なるフォーラムが都心で行われたので出かけてみた。作家・評論家の江坂彰氏の「段階世代OBのパワーに期待する」、続いて企業等OB人材マッチング東京協議会事務局の社会保険労務士の坂上秀夫氏の事業説明があり、最後に東京家政大学名誉教授の樋口恵子氏の「定年男性が家に居ると何故嫌われるのか」と題しての講演があった。この表題を見てドキッとする定年OBも沢山いそうなので同氏の話を要約してお伝えしましょう(もっとも非才の身、樋口先生の意図を十分且つ正確に把握したかどうか自信はない。乖離したものがあればひとえに私の責任である) 同氏は云う、「今や人生をスポーツゲームに例えれば野球的直線ゲームから 前半戦と後半戦に別れているサッカーゲームのようになっている。即ち定年時をもって人生ゲームの大半終了ではなく、長寿国日本の寿命の伸びから定年後の時間がウンと長くなっている。統計的に見ても65才以上の人のいる世帯で約3割が夫婦のみである。そしてこの傾向は長寿社会の進展によってますます強まる」さらに同氏は自称「定年後男性ウオッチャー」としてこの39年を振り返ると1980年頃は定年男性で家でゴロゴロしている人は「粗大ゴミ」とあだ名されていた。中にはもっとキビシク「産業廃棄物」と名付けた某女性評論家もいたそうである。この年代の男性は大正中期生まれである。時代は10年下って1990年前後には「ぬれ落ち葉、わしも族」と揶揄された大正末~昭和ひと桁生まれがいた。2000年前後になると昭和2桁族が定年を迎える。都内のとある団地の藤棚の下に職場から解放された彼等が三三五五と集まりそれぞれ勝手に何かをしている。例えば読書、囲碁はたまた体操等。そこに、これから出勤する現役が通りかかると皆一斉に何かしていることを中断しその現役者が通り過ぎるまでジッと見守る。いつしか彼等に付いたあだ名が「藤棚族」である。見守られる現役にとっては「針のむしろ」を踏み亘る気持ちであるとの事で、この場所は「藤棚の関所」と呼ばれるようになる。 確かに表題のように家庭を奥方に任せて来た男が定年になった途端、何することもなく家の中に居座っていられると、それはそれまでに築きあげてきた奥方の家庭リズムに対する重大な侵害であろうと云われてみればそうかなと男性たる小生も理解できる。要は定年男性は何らかの有用性をもって外に出、奥方のリズムを尊重し且つ或る程度の収入を得なさいと樋口先生をはじめ本日の各講師は云っているのだろう。長寿化とともに定年後の生存期間も長くなる、年金も怪しくなるでは、或る程度外に出て若い人の職場を奪わない形で働くのが家庭円満と国家財政に対するささやかな貢献=社会貢献の初歩だろう。
2007年06月28日
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定年男性は家にいてばかりだと嫌われるよ!最近の某日、「OB人材活躍の場フォーラム2007」なるフォーラムが都心で行われたので出かけてみた。作家・評論家の江坂彰氏の「段階世代OBのパワーに期待する」、続いて企業等OB人材マッチング東京協議会事務局の社会保険労務士の坂上秀夫氏の事業説明があり、最後に東京家政大学名誉教授の樋口恵子氏の「定年男性が家に居ると何故嫌われるのか」と題しての講演があった。この表題を見てドキッとする定年OBも沢山いそうなので同氏の話を要約してお伝えしましょう(もっとも非才の身、樋口先生の意図を十分且つ正確に把握したかどうか自信はない。乖離したものがあればひとえに私の責任である) 同氏は云う、「今や人生をスポーツゲームに例えれば野球的直線ゲームから 前半戦と後半戦に別れているサッカーゲームのようになっている。即ち定年時をもって人生ゲームの大半終了ではなく、長寿国日本の寿命の伸びから定年後の時間がウンと長くなっている。統計的に見ても65才以上の人のいる世帯で約3割が夫婦のみである。そしてこの傾向は長寿社会の進展によってますます強まる」さらに同氏は自称「定年後男性ウオッチャー」としてこの39年を振り返ると1980年頃は定年男性で家でゴロゴロしている人は「粗大ゴミ」とあだ名されていた。中にはもっとキビシク「産業廃棄物」と名付けた某女性評論家もいたそうである。この年代の男性は大正中期生まれである。時代は10年下って1990年前後には「ぬれ落ち葉、わしも族」と揶揄された大正末~昭和ひと桁生まれがいた。2000年前後になると昭和2桁族が定年を迎える。都内のとある団地の藤棚の下に職場から解放された彼等が三三五五と集まりそれぞれ勝手に何かをしている。例えば読書、囲碁はたまた体操等。そこに、これから出勤する現役が通りかかると皆一斉に何かしていることを中断しその現役者が通り過ぎるまでジッと見守る。いつしか彼等に付いたあだ名が「藤棚族」である。見守られる現役にとっては「針のむしろ」を踏み亘る気持ちであるとの事で、この場所は「藤棚の関所」と呼ばれるようになる。 確かに表題のように家庭を奥方に任せて来た男が定年になった途端、何することもなく家の中に居座っていられると、それはそれまでに築きあげてきた奥方の家庭リズムに対する重大な侵害であろうと云われてみればそうかなと男性たる小生も理解できる。要は定年男性は何らかの有用性をもって外に出、奥方のリズムを尊重し且つ或る程度の収入を得なさいと樋口先生をはじめ本日の各講師は云っているのだろう。長寿化とともに定年後の生存期間も長くなる、年金も怪しくなるでは、或る程度外に出て若い人の職場を奪わない形で働くのが家庭円満と国家財政に対するささやかな貢献=社会貢献の初歩だろう。
2007年06月28日
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社会保険庁バッシングで遠い記憶が・・・・ 今、年金管理のズサンさを指摘され社会保険庁バッシングが盛んである。 諸報道を見たり、聞いたりすると成る程その杜撰さ加減は大変なものである。 そんなことを考えているうちに、ふと昔の事を思い出した。 約10年前?の事である。年金について社員から質問をされたことがある。この手の質 問には会社で契約している社会保険労務士の先生から応えて貰うのだが、生憎と直ぐに 連絡が取れなかった。特に緊急の事でもなかったが、一つ勉強のためにと、直接社会保 険事務所に問い合わせてみた。 もともとこの方面については専門的な知識が無い、即ち専門用語で的確な質問が出来ず 電話口でモタモタした小生に非があるのだが、電話の向こうの女性(声の調子から見て 年配を感じさせた)の応対の冷たさにたじろいた。 曰わく「仰る事が判りません、今忙しいので」ガチャンと電話を切られた。 私も仕事柄他の官庁事務所の窓口に出かけたり、電話をすることもままあるが、このよ うな応対を受けたことはなかった。特にここ30年ぐらいは役所の窓口の応対は著しく 良くなっていただけに、この応対には唖然としたものである。いま思うにこの態度はそ の女性だけのものではなく、この役所のもつ公僕意識の無さの表れだろう。 全国に散らばるリゾート箱物の大赤字の末の廃止や投げ売りから現時点の年金管理の問 題までに共通する、某評論家の「社会保険庁は諸官庁の中での最低の役所」との言葉に 肯かざるを得ない。
2007年06月11日
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世界における日本の競争力 毎年この時期になるとスイスのローザンヌ大学国際経営大学院IMDから各国の世界に おける競争力のランキングが発表される。 それによると日本は24位で昨年の16位から後退している。昨年・今年と1位米国 のスコアー100点に対して日本は72点である。 このランク付けの根拠に対して素人の小生は何ら評論する能力もないが、ランク・リス トを瞥見すると面白い結果がある。 米国の第一位は別として2位シガポール、以下香港、ルクセンブルグ、デンマーク、ス イス、アイスランド、オランダ、スエーデンと上位を占めている。 決して経済大国ではない(失礼)と小生は思うのだが、それなりに高得点を得る要件を 持っているのだろう。一方で日本の相対的に低い?(と小生は思う)評価はどこから来 たかと気になるわけである。そこでIMDのホームページを見てみるとIMD研究員の スザンヌ・ロセレット・マッコウリ女史の一文が目についた。以下概略。 日本はバブル崩壊後の15年を経て2002年の27位の位置から2006年の17位 まで回復した。(2007年は24位)しかし克服すべき弱点・問題点を抱えている。 それらは次のような点である。 1)財政赤字 GDPの6%に達する。これは61地 域、国の56位とGDPの120%に及ぶ借金(国債発行残高?) 2)企業に科せられる課税率 59位 3)報酬の高さ 58位 4)新規起業 57位 5)マネージャー層の国際感覚欠如 52位 6)ビジネスにおける女性の参加 47位 7)会計監査に対する不信感 51位 8)外国に対する閉鎖性 54位 9)グローバリゼーションを目指す志向・態度(14位)にも拘わらず厳しい移民受け 入れ関係法 55位 ざっと以上の諸点について評価が低いので日本のランクを落としていると云うことな のだろう。財政赤字はともかくその他の点について一般の日本人は気が付いていないか 気にしていないのではなかろかと考えるのは小生のみか?
2007年05月21日
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漢字の書けない小学生を笑えるか? 最近の新聞に「漢字の書けない小・中学生」という記事が載っていた。 日本教育技術学会なる学会が全国の公立小・中学校生3万8千人 を対象に調べた結果 だそうである。 小学生の書けない漢字のワースト3の表がリストされていた。それによると、例えば 1年生:一つ(一)五つ(五)青しんごう〔青)から始まって 6年生:従来(従)沿線(沿)客層(層)の括弧()内の漢字の正答率が低い(ワース ト3)という事のようである。そして中学生以上では漢字の書ける子と書けない子の差 が開いてきており心配である由。 この記事を読んでウーンと考えた。この結果を見て、今時の小・中学生はどうなってい るのだと云える大人がどれだけいるかと思うのである。 かく云う小生も漢字の書き取りはもともと苦手であった。私信や簡単なメモ以外の文書 (大体の目安として50字以上)はもっぱらパソコンワープロに頼っている。 その所為だろうか、 どんどんと漢字の書き方(読み方ではない)を忘れ、さらに加齢 に追い打ちを掛けられているようだ。そんなわけで小・中学生をとても批判できないの である。 さて書き方はどんどんと忘れていくのだが、読むのは自信を失ってはいなかった。 ワープロを使っている限り「漢字」で困ることはなかった。 確かにワープロを使っているとゾロリと候補漢字が出てくる。 例えば「廠」が意図する漢字だとすると候補は約110字(ATOKの場合)出てくる。 110ヶの候補漢字から「敞」と区別し 「廠」を選択するのは、やはり漢字の読み力 (読解力)或いはパターン認識力ではなかろうか?従ってワープロが使える環境ならば 漢字の書き方は重要ではない、書き方を覚える努力量をもっと他に回した方がよい、例 えば読み力に・・・と漠然と考えていた。 しかし、その読み力(候補漢字からの識別・注出力、またはパターン認識力)の基礎は どこから来るかを考えると、それはどうやら書き方の訓練の賜物と読書による漢字との 接触量によるのでは なかろうか?少なくともパターン認識力は読書量から涵養される と愚考するのだが。 さて前記にワープロを使っている限り漢字の読みには自信があり、書きには困ったこと はないと自惚れていたが、ごく最近ガツンとその自惚れに鉄槌を喰らった事柄が起こっ た。 ある事情があって近隣の私立高校の情報をネットで集めていると、未だかって読んだこ とのない漢字に出くわした。それは「頴○○高校」の「頴」である。keiと読むのかな とあっさり読み過ごしたのだが、どうやら違うようでもある。 さて「読み方」が判らなければワープロでの候補漢字を引き出しようがないのである。 (この校名をワープロで書き出すことを想定したら) そこでしばらく使ったことのない漢和辞典を引っ張り出し、部首の「禾 のぎへん」か らようやくei と読むことが判った。なんと第一水準の漢字で、読めなかった事を恥じ 入るばかりである。漢字の意味も「優れた、飛び抜けた」と判った。 命名者の願いが込められた学園に相応しい良いネーミングだと思う。 そこで漢字を真面目に?勉強しようとして今はやりの電子辞書S社製を買って 遊んで いる。(何せ従来の辞書は字が小さくて老生には辛いので) とても優れものだと思う。遊んでいるうちにいろんな発見があり、それらはまたの機 会に書きましょう。
2007年05月09日
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桜のメモリは正確だ 暖冬異変で桜の開花が10日も早まったとの観測がなされ世の人々はそれを信じた。 ところが開花予想日の直前になって寒さのぶり返しが2~3日続いた。 結局開花日はほぼ平年並みとなったようだ。聞いた話だが桜の木は温度の全蓄積量を正 確に記憶しており、開花の量に達した時に初めて花開くそうである。 小生の住まいの近くの首都大学東京(前都立大学)の正門前沿いの桜並木もやはり平年 並みの4月1~2日に満開となった。 正門脇の桜は一際貫禄があり一足先に満開となり木の姿も良いので臨時写真家は皆この 木の桜を撮影していた。
2007年04月02日
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お猿さんの特技それぞれ: 一猿一芸をご覧じろ 南大沢駅前の駅前広場に土日恒例のようにやって来る猿回しのが入る。 その口上によれば「反省猿」で有名な太郎次郎一門とのこと。 お猿さんと猿回しのお兄さん、お姉さんの組み合わせは日によって違う。 組み合わせは4組である。 お猿さんは年齢10歳ぐらいから生後1~2年の小猿までいる。 毎回15分前後の芸を披露し、午後から夕刻まで7~8回繰り返す。 お猿さんにもそれぞれ特技があってその特技をメイン演技として、その他をあわせて1 5分ぐらいをワンクールとしている。 特技のその1は2メートルぐらいの高さの竹馬に乗り、器用に歩く。但し自分では降り られなくお姉さんの助けがいるという口上に観客はどっと笑う。 その2は走り高跳びで自身の身長の3倍ぐらいをたいした助走もとらずに飛び越える。 着地の仕方も見事で衝撃を和らげる、あたかも柔道の受け身そっくりである。 その3はバイオリン弾きである。やたらと引きまくるのだが騒音にはならず、一応楽音 に聞こえるのがミソである。もっともお猿さん自身はバイオリン弾きは苦手というか嫌 いのようで、しばしば途中でバイオリンを放り出し、お兄さんに反抗したり叱られたり、 その様子がまた観客の笑いをさそっている。 その4は走り幅跳びである。とても飛べないだろうと思える距離およそ4メートルの台 間を飛びつく様で観客の大きい拍手をもらっている。 走り高跳びと幅跳びはオリンピック 出場の選手以上だと感心してしまう。
2007年03月27日
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学会主催の臨時小動物園 近くの大学で日本動物学会が開かれ、その一環でペンギンが触れられるというミニ水族 館(臨時)が「動物学ひろば」と称して開かれた。 折から幼稚園児の孫二人が来ていたので連れて行った。 沢山の子供が保護者に連れられて来ていた。 目玉はペンギンで入り口でお客さんを出迎えていた。 横浜の八景島シーパラダイスからの出張してきた由である。このペンギン君(嬢?)は 生まれは八景島だそうだがルーツはケープペンギンの名が示すごとく、遙か南アフリカ のケープタウンである。ひときわ小型で可愛いペンギンである。 建物内にはサメ、ウミガメやヒトデ、ナマコや宿カリ等が 水槽におり、それらは手で 触れる。元気よくむんずと掴む子もいれば、おそるおそる手を出す子もいて、その様子 を眺めるのも一興である。 その他人間の間近に生息している小動物がいろんな形で展示されていた。 XX学会主催などといわれると堅苦しいイメージだが この催しは小さいながら子供達が (大人も)動物への理解や愛情を育てるのに役立つと思った。 いろんな学会が存在するが、その学問領域に理解を得るにはこのようなイベントも有益 だと思う。
2007年03月26日
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ボンバルディアー機に乗った 最近起こった高知空港での胴体着陸が事件発生後もニュース面を賑わせている。 過去にも似たようなトラブルが頻発しているとのことで、そのことがニュース面を賑わ せている。 そんな時TV画面を見ていて、どうも見たような機体だと思っていたら、天草空港発熊 本空港着の同機が車輪が出なく、手動操作で車輪を降ろしたとの報道が叉叉あった。 天草空港で思い出した。3年前友人数人と天草に遊んだことがある。福岡空港から天草 空港の往復便に同機に乗ったわけである。 双発のプロペラ機で私としては珍しいと感じた事を覚えている。報道によるボンバルデ ィアー機シリーズが日本のローカル線に導入されたのは4~5年前の事だという。 ということは福岡ー天草で我々が搭乗したのは導入ホヤホヤに時期であったのだろう。 その時は何らの不安も感じることなく、むしろ小型のプロペラ機に興味津々で搭乗した わけである。 聞けば同機は燃費もよく小回りがきくと云うことで方々のローカル線に採用されている ようである。燃費が良いのはきょう日のエコ思想にマッチして結構であるが安全面もし っかり頼みますよ。
2007年03月22日
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流人の島、八丈島に遊ぶ 初春の一日、同学の仲間と八丈島に遊んだ。 八丈島といえば戦国時代から江戸時代、明治ひと桁期までの流刑地であったことはよく 知られている。現在は一日4便の全日空機が飛んでいる観光地である。飛行時間は約4 0分であっという間に到着する。箱根・伊豆の観光地に行くよりも早い。 そんな島にたどり着いた一行7名はレンタカーを借りて島内ドライブにでかけた。 島の面積は東京山手線内側ぐらいとのことで島を一周するにはせいぜい3時間ぐらいか。 島の人口は8千人ぐらいで車の通行も少なくスイスイである。 島内の観光名所、旧跡は数々あれど、やはり流人に関するものが多いが、案内書やパン フレットで紹介され尽くしているので、一つ一つ取り上げる気にはならないが、いささ か感興を覚えたものだけを記しておきたい。 1)八丈島の地熱を利用した発電所は島内の電力需要の30%を賄っているそうである。 もともと火山島なので地中奥深くは煮えたぎっており、地熱量には事欠かないが、取り 出すためには地殻構造に一定の要件があるそうで、この場所はそれを満たしているとい う事を係のお嬢さん?が誇らしげに説明してくれた。発電所の一部である風力発電用の 大風車は高さ65米、ローター直径40米の偉容を誇っているが残念ながら目下故障中 とのことで説明お嬢さんは申し訳なさそうな顔をした。 2)黄八丈染め元に入りお土産を物色するが、なにせ黄八丈は高いので有名である。 染め上げるのに半年もかけるそうで高いのもしょうがないかと納得する。 結局一番安い小銭入れを¥2000でゲット。気は心だと貰う側の言い分を唱えて安物 買いを正当化する。 3)玉石垣はドライブのあちこちで見られた。これらの石は長い年月をかけて摩耗して 丸くなったものである。流人達が海岸から運んで石組みをしたとのことで、その事実を 知れば独特の景観もなにやら哀れを催す。 4)ふれあい牧場は八丈富士の裾野に広がった牧場で、あちこちに牛がのんびりと寝そ べっている。ただ悲しい風景は風力発電機の風車(フランス製)の4基が無惨にも羽根 が千切れていたことである。どうやら耐風力の設計ミスのようである。牧場の電力の一 部を賄う目的で設置されたようだが、これが折角のエコ思想に水を差さなければよいが と思う。 5)歴史民俗資料館は流人の歴史に興味があれば見逃せない。 流人の歴史のみならず島の自然、生活、産業等全般にわたっての資料、展示物が並べら れている。建物はかっての村役場とのことで外観はまさに古色蒼然たるものであり、歴 史民俗資料館の名前に相応しい。 目玉はやはり流人関係で流人第一号の宇喜多秀家から明治初期までに1800人が流さ れた。その歴史事実が絵巻物風に展示してあり理解を助けてくれた。 6)宇喜多秀家と妻豪姫の碑は大潟浦海水浴場にある。秀家の故地岡山に向かって相並 んで端座している。この地に83才で没するまでの50年間を過ごした秀家は故郷に向 かって何を思ったか。
2007年03月08日
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中小企業出身者はOB人材になれない? 直近の日刊紙に日本商工会議所の「商工会議所の企業等OB人材マッチング事業」のO B人材登録を呼びかける広告が可成り大きいスペースで載っていた。 事業の趣旨は「経験豊富な企業OB人材」をして様様な問題を抱える中小企業を支援し ようというものである。 大変結構な趣旨であり、特に2007年問題で象徴されるような大量の企業OBの定年 退職が始まる時に時宜を得た事業であると云えると思う。 ところが広告文を読んでみると気になる表現が私には感じられた。 OB人材とは・・に始まる文章に「大企業や中堅企業、公的研究機関で豊富な実務経験 やノウハウを有し、退職後も高い志をもって中小企業を支援しようとする人材です」と ある。人材を大企業、中堅企業や公的研究機関出身者に限定しているかのような表現で ある。 現実の支援を求める中小企業で歓迎されるのは 「豊富な実務経験やノウハウを有し、 退職後も高い志をもって中小企業を支援しようとする人材です」でOBの出身母体が大 企業、中堅企業や公的研究機関でなくてもよい。むしろ中小企業出身者の方が目線が会 って馴染みやすいと評価されている現状である。むしろ大企業のお偉いさん出身のOB は「顎を振って人を動かしてきた」気分が抜けきれず現場レベルで敬遠されるという実 態が多いと聞き及んでいる。 さらに広告文に曰わく「中小企業経営の特質を理解し、企業風土等への順応性が高く、 中小企業の目線でアドバイスできるOB人材を求めています」とある。 このOB人材像に一番近い人材は中小企業出身のOB人材ではなかろうかと思うのであ る。この広告文を作成した人は「大企業社員は優秀、中小企業社員はそれよりも劣る」 という古い固定観念 があり、このような前後矛盾した文章を何ら違和感なく作成した のだろう。 是非一考して貰いたいと思う。中小企業出身者はOB人材になれない? 直近の日刊紙に日本商工会議所の「商工会議所の企業等OB人材マッチング事業」のO B人材登録を呼びかける広告が可成り大きいスペースで載っていた。 事業の趣旨は「経験豊富な企業OB人材」をして様様な問題を抱える中小企業を支援し ようというものである。 大変結構な趣旨であり、特に2007年問題で象徴されるような大量の企業OBの定年 退職が始まる時に時宜を得た事業であると云えると思う。 ところが広告文を読んでみると気になる表現が私には感じられた。 OB人材とは・・に始まる文章に「大企業や中堅企業、公的研究機関で豊富な実務経験 やノウハウを有し、退職後も高い志をもって中小企業を支援しようとする人材です」と ある。人材を大企業、中堅企業や公的研究機関出身者に限定しているかのような表現で ある。 現実の支援を求める中小企業で歓迎されるのは 「豊富な実務経験やノウハウを有し、 退職後も高い志をもって中小企業を支援しようとする人材です」でOBの出身母体が大 企業、中堅企業や公的研究機関でなくてもよい。むしろ中小企業出身者の方が目線が会 って馴染みやすいと評価されている現状である。むしろ大企業のお偉いさん出身のOB は「顎を振って人を動かしてきた」気分が抜けきれず現場レベルで敬遠されるという実 態が多いと聞き及んでいる。 さらに広告文に曰わく「中小企業経営の特質を理解し、企業風土等への順応性が高く、 中小企業の目線でアドバイスできるOB人材を求めています」とある。 このOB人材像に一番近い人材は中小企業出身のOB人材ではなかろうかと思うのであ る。この広告文を作成した人は「大企業社員は優秀、中小企業社員はそれよりも劣る」 という古い固定観念 があり、このような前後矛盾した文章を何ら違和感なく作成した のだろう。 是非一考して貰いたいと思う。
2007年03月07日
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漢字が書けなーい! 最近とみに漢字が書けなくなった。徐々に進行するボケの所為かと思ったりするのだが、 どうやらそれだけではなさそうである。 最近といってもワープロ・パソコンを使い出して十数年、文章書きはほとんどワープロ ・パソコンに頼っているので、自ら手書きのチャンスがうんと減ったのである。 しかしワープロを使う以上ワープロが提示してくれる漢字群から正しい目的の漢字を選 択する必要がある。今までのところ、大体正しい字を選んでいると自信を持っている。 と云うことは書ける漢字は減ってきているものの漢字の選択力即ち読解力は落ちていな いわけである(と思う)。 この読解力の元はどこから来たか?自問自答してみる。 小生、愚考するにそれは小、中及び高校の漢字書き取りの練習の賜物であると思う。 漢字の書き取りは苦手で、概して成績のよかった国語のマイナス点をこの書き取りで稼 いでいたと思う。そんなわけでワープロの出現は小生にとっては福音でもあった。 ワープロ出現以前に漢字の書き取りで苦労した人達は、まあよしとしよう。 ところがである。これからは、いやとっくにそうなっていると思うのだが、文章書き= キボード打ちとなっている現在、キーボード世代に「書けなくても読める」漢字を如何 に教えたらよいか?如何に自得したらよいのか?という疑問に突きわたるのである。 結局ワープロはワープロとして大いに使えばよい(そういう世の中だ)。しかし小、中 学校では漢字の書き取りとその意味をしっかり教えるべきだと思う 。 さもないと当て字漢字だらけの奇妙きてれつな文章が氾濫するようになるのではなかろ うか?何か妙案があればご教授願いたい。 このブログは最近の朝日新聞夕刊紙上、一橋大学安田助教授の(ITで「書く」から 「打つ」世代増え「読める漢字」追認か?という寄稿文を読んでの感想である。
2007年03月02日
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「ウイキペディア」を鵜呑みするなかれ 「ウイキペディア」はよくできたプロジェクトであると思う。手軽に即知りたいことが 引き出せるので私もしばしば利用させてもらう。時たま項目が未記述の事もあるが。 市販の百科事典とはひと味違った趣があり、沢山の人達ボランティアの書き込みによっ て成り立っているので、文体も記述量の配分も型にはまっていないかもしれないが、私 は特に違和感を感じたことはない。 本日2月23日朝日新聞朝刊に私にとって2重の意味で興味ある記事が出ていた。 ニューヨーク江木記者発。要約すると 米バーモント州の名門ミドルベリー大学の歴史学部でウイキペディアをテストやレポー トに引用することを認めない措置を取った。そのわけは日本史の担当教授のテストで共 通の間違いをしている学生が複数おり、その間違いというのはウイキペディア(英語版 )の「島原の乱」の項目において「イエズス会が反乱勢力を支援した」という記述にあ ると云うことが分かった。「当時イエスズ会が九州地方でおおっぴらに活動出来る状態 ではなかった」のが史実であるので、学生がウイキペディアの記述をそのまま信じて答 案を書いたものらしい。同教授は「調べごとの導入に使うことには異存はないが、学生 は自らの提供する情報の正確さには責任を持つべきで、情報源の誤りの言い逃れは出来 ない」として、同歴史学部は引用禁止を通知したという。ちなみに「島原の乱」をめぐ るウイキペディア英語版の記述は直ぐに修正されたそうである。 私がこの記事に2重の意味で関心を持ったのは、一つは、つい先日のブログ記事で、卒 論やレポートにWEB上からの盗用がが多く、大学の先生もこれに悩んでいると云う話 を書いたばかりであったからである。似たような話だなと感じた次第である。 も一つは、3年前、同学の仲間と天草に遊び、天草キリシタンの遺跡、足跡をたどり、 それ以後、キリシタンの事績に興味を抱いていた。そんなわけで、天草・島原キリシタ ンに関する本は小説仕立てや研究書を読んで来たが、たまたま同研究の労作「天草キリ シタン史」(北野典夫著)を読んでいる最中に同朝日新聞記事に出くわしたわけである。 早速、同書上で「島原の乱」と「イエズス会」の関わりを 探したが「イエズス会」が 「支援した」という記述は見いだせなかった。何となくホットとした次第である。 私もウイキペディアを引用する時も鵜呑みはやめよう。
2007年02月21日
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我がナイトメアー(悪夢)の3パターン 夏目漱石の短編に「夢十夜」がある。漱石自身の見た夢?を 10夜に分けての話であ る。対して小生の夢は文学的香気のかけらもない情けないものである。 夢は3つのパターンで不定期に繰り返される。他の人にも似たような事があるのだろう か?かねて疑問には思っているのだが他人に聞き合わせたことはない。 如何なる夢か? 第一には期末試験で さっぱり解答が書けず立ち往生している夢である。どうやら大学 時代の事のようで科目も数学とか電磁気学である。これらの科目はもともと苦手であっ たので夢ながらも納得である。 ハットと目が覚めて「あー、よかった、もはや学生ではない」と安心する。もっとも、 この夢は最近は出てこないものの卒業後30年ぐらいは悩まされたと思う。 2番目には会社で一向に営業成績が上がらなく、同僚の手前恥ずかしい思いをしている 夢である。目が覚めて「あー、俺はとっくにサラリーマンを卒業しているのだ」と思っ て胸をなで下ろすのである。この夢は若いときは頻繁に現れたが、段々に少なくなった ものの今でも出てくる。 3番目の夢は、かなり現実感がある。 それはビジネス出張にしろ行楽にしろ旅先でお金がなくなり、帰るに帰れなく、これま た立ち往生している夢である。見た夢によってディテールは異なるが、お金が無くなっ たのは、飲み食いのし過ぎや滞在日数をだらだらと延ばし宿泊代が足りなくなったとい う、お決まりのパターンである。目が覚めて「あー、俺はいま家にいるんだ」とフーと ため息をつく。 自身のだらしなさが夢に出てくるわけである。何とも忸怩たるものである。
2007年02月19日
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カンニングもWEB2.0時代に 2月13日朝日新聞夕刊で明治学院大学の稲葉先生のコラムを読んでWEB時代はここま で来たかと、いささか時代遅れかもしれない感慨を抱いた。以下稲葉先生のコラムの一 部を引用する。 「パソコンとネットの普及に伴う、リポート、卒論における盗作の安易化は、大学教師 の頭痛の種だ。もちろんこの手の盗作・代作は今に始まった事ではないし、ごく少数な がらプロも存在していたが、いまや堂々とネット上で店開きをしている。 ところがインターネットの普及下、Googleに代表される高度な検索技術が出現して以降 の、いわゆるWEB2.0状況においては、問題は新たな局面を迎えた。 (中略)かっては盗作においても書き写す手間だけは省けなかったが、いまや瞬時にデ ータをコピーすることが可能になり、盗作者の労力は劇的に削減された。そしてWEB 2.0 である。盗作のネタ探しの労力も劇的に減った。他人の文章・データをコピー・ペース ト、略してコピペのレポートがかくして量産される。 もう一つ重要なファクターがある。かって学生による盗作の元ネタは、圧倒的にプロの 出版された著作であり、まる写しは、プロである大学教師にあっさり見破られた。教師 はプロの論文とおぼしきレポートと出会うが、そうゆうものはたとえ元の論文を読んで いなくとも、かなりの確率で見破れる。悲しいことに学生の論文が「出来すぎている」 と思った時、我々は元ネタをGoogleで検索する習性を身につけつつある。 ところがいまやプロならぬ学生や普通の人人が自分の論文やエッセイをホームページに 載せる時代である。そして今やプロらしからぬ稚拙なレポート・論文を集め利用しやす くサイトまで出てきた。(中略)そして興味深いのは質の低い論文・レポートにも相応 の需要が存在することである」 このコラムを読んで外国の大学で教師をしている娘がしてくれたある話を思い出した。 ある試験の出来事である。そっくり同じの答案が出てきた。教師である娘から見ると 明らかにカンニングした学生(あまり授業に出ていない)とカンニングさせた学生(良 く出来る)は一目瞭然である。当然カンニングした方の学生には零点を与えた。話はこ れからである。カンニング学生が抗議してきた。曰わく「彼(カンニングさせた学生) とそっくり同じ答案なのに彼は合格点で何故僕は零点ですか?」娘は返事のしようがな かったそうである。一瞬の間をおいてハットと気づいたカンニング学生は「済みません」 と云ってすごすごと引き上げたそうである。この話からすると昨今のWEB時代のカン ニングはする方=利用者と、させる方=供給者のお互いが見知らぬ同士で金銭の遣り取 りのみがあり、なにかそこに空漠たるものを感じるのである。友人同士のカンニングは 人間味があってまだしも救いがあると思うのは、ウン十年前のできの悪い学生だった私 だけだろうか?
2007年02月14日
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団塊世代よ もう一踏ん張り 2月1日、八王子市で「多摩発 共に団塊の世代をかんがえる」というシンポジューム が行われた。 読売新聞特別編集委員 橋本五郎氏の基調演説を皮切りに、コーディネーター 中村克 洋氏(元NHKアナウンサー、現廣島経済大学教授)、パネリスト 八王子市長 黒須 隆一、亜細亜大学教授 栗田充治、語り部・カタリスト・キャスター 平野啓子、全国 生涯学習ネットワーク会長 高原北雄の 各氏によるパネルディスカッションが行われ た。 挨拶、基調演説およびパネルディスカッションを通じての各氏の発言で小生の記憶に残 ったものを紹介しよう。(もし発言者諸氏の意から外れているものがあったら、それは ひとえに小生の浅はかな誤解で発言者に お詫びします) 黒須市長:市制90年を迎え、八王子市は現人口約54万、毎年少しずつ人口が増えて いる。大学・短大・高専の数は23校(或いはキャンパス)、学生数11万人でこの集 積はまさに学園都市といって誇って良い。 先端技術企業 も中小企業総数の1割に達する技術集積都市でもある。 団塊世代の3万人がこれから地域に帰る。この八王子市の土壌特性を生かして地域に貢 献されることを期待している。 小生の余談:数年前外国人のお客を家庭に迎えに八王子駅 にいった。賑やかな駅風景 を見て驚いたその外国人から「人口はどのくらい?」と聞かれたが小生の不勉強の故に 返事が出来なかった事がある。後で調べて約50万人と知った。八王子在住25年の市 民の一人として慚愧。 橋本五郎氏:定年を迎え大事なことが2つある。これからの長い人生を健康であること。 X線検査で見つからなかった胃ガンが内視鏡検査で発見され胃の摘出手術の結果今日健 康でいる。検査は内視鏡検査を絶対お薦めする。 もう一つは預金通帳の残高をしっかり把握しておくこと。奥さんが離婚準備に預金を下 ろしているかもしれない。 これは自分の病歴からの教訓、次は最近離婚した友人のケースからの教訓である。 小生の所感:さすがベテラン新聞記者でTVのコメンテーターとしても令名高いのも宜 なるかなと感じた。
2007年02月04日
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もう一度勉強したい 1月31日朝日新聞多摩版に「卒業生の再入学 優遇制度を導入 東京農工大」という 見出しの小記事が出ていた。 「社会に出たけれど、もう一度母校で学び直したい。東京農工大学は、こんな希望を持 って研究生や科目等履修生として大学に戻る卒業生に対して、入学料無料、授業料半額 の優遇制度を導入し、1月から募集を始めた」 「結婚して家庭に入ってるけれど、もう一度ブラッシュアップして再就職したい、定年 後に時間ができ、最先端の技術を勉強し直したい」等の意欲に応え、学士の負担を軽減 し、母校として応援するというものである。 小生はこの記事を読んで「ウーン」とうなった。農工大さん、なかなか、やりおるわい というのが実感であった。この大学は名前が地味な印象を与えるが、なかなかどうして 産学共同研究の資金獲得や文部科学省の各種プロジェクトの採択数においても常に上位 に健闘している。 それはともかくとして小生の回りのシニア連にも、もう一度勉強し直したいという希望 を持っているものが結構いる。それで何かの資格でも取ってというわけではない。純粋 に興味のある事に関係する学問に触れたいということである。 ちょっと視点を変えると、このような老書生がキャンパスに帰って来、真摯に勉強する 姿は若者現役学生に 良い影響を与えるのは間違いないと小生は考えるのである。 小生に限っていえば、母校の売り物の専門課程には興味はないが、むしろ教養課程(い まはなくなった?)の科目(例えば語学、文化人類学等)に魅力を感じているので、農 工大と同様なシステムを提供してくれるのなら是非にも再入学したいと思っているのだ が・・
2007年01月31日
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内視鏡検査大好き 先日大腸内視鏡検査を東京都がん検診センター(府中市)で受けた。 今回で3回目である。胃の内視鏡検査を十数回になる。近年は毎年ごとに受診し定時検 査の感じである。 内視鏡検査(胃)の第1回は約40年前位に受けたのだが、その時は苦しかった。体は 動かせないのだが、気持ちは七転八倒の思いであった。 今思えば、その時のカメラの撮像端の大きいこと(親指の大きさ)、ケーブルの太いこ と。 確か今のようにビデオで映し出され患者が胃の内部を医師と同時に見るようにはなって なかったと記憶している。とにかく何がどうなっているのか分からないという不安も苦 痛を増幅させていたのではなかろうか? 数十年経ち、今のように毎年のように定時検査を受けるようになったわけだが、その間 の医学の進歩、この場合検査器具=カメラシステムの進歩には感心するわけである。 カメラも小さくなり(赤ん坊の小指ぐらい)、ケーブルも細く柔軟性がましているよう である。 カメラが挿入される時もスイスイと入り 逐次内部がビデオに映し出される。この画面 は医師と共有しているわけである。といっても医師から小さなポリープを指摘されて初 めて「ああ、これがポリープか」と納得する。「ほんの1~2ミリの小さいポリープだ から全然心配しなくて良い」という医師の説明でホットとする。 しかし今回は前回に比べて時間が長いと感じた。検査後の医師の説明「前回の検査で見 つかった小さいポリープの部位に今回は見つからないので探すのに時間がかかった。ど うやら大腸の襞に隠れているようだ、襞に隠れているぐらいだから、これも小さいので まず心配入らない」とのことであった。 大腸の中味の次から次へと映し出される画像を見ているのは、何がなんだか分からない ものの面白いと思った。 ともあれ検査は無事に終了したわけだが、むしろ苦しいのは検査前前日からの禁酒、節 食と当日の下剤・腸洗浄液(約2リッター)の飲み干しである。 医学の進歩でこれが何とかならないかなー。
2007年01月22日
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発明キッドのはじける声晴れた土曜日の午後、母校の電通大同窓会館に所用のため立ち寄った。館内にはいると上階からはじけるような子供達の声がする。何事ならんと所用は後回しにして3階まで上ってみるとホール一杯に子供達が溢れている。なにやら工作しているようだ。子供達の数人1組にOB(子供達から見るとおじいさんの年齢)が一人ついて見守っている。子供達は小学生中級から中学生と見受けた。この工作教室はUEC子供発明クラブ(調布少年少女発明クラブ)主催で特許庁委託モデル事業である由、れっきとした国家事業である。スローガンは「平成のエヂソン出でよ」である。クラブに参加する子供を募集すると定員50名?に対して応募数百名と数倍の倍率だそうである。抽選で決めるそうであるが、競争率からいえば大学入試より難しいとOB指導員の一人がいっていた。元学長の有山先生も指導員の一人として汗を流しておられる由、脱帽。可笑しかったのは(決して冷やかしているのではない)終了後の反省会・打ち合わせ会にキッズの一人が参加してなにやら意見を述べていた。思わずニヤリとした。ともあれ、このキッドの中からエジソンが出れば楽しいな。
2007年01月16日
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さん: ビル・ゲーツを超えろ 天才プログラマーよ 1月11日の朝日新聞朝刊に「天才 世界に挑戦状」という見出しが躍っていた。 「日本のビル・ゲーツに」。そんな期待を背負う弱冠22才の天才プログラマーが筑波 大学にいる。登大遊さん。基本ソフトならマイクロソフト、高速演算処理装置ならイン テル、検索エンジンならグーグル。 米企業発の技術ばかり目立つ今のIT業界に風穴を開けようと、学業の傍ら「世界標準」 の通信ソフト開発に取り組んできた。この春いよいよ英語版を公開し、世界に打って出 る。 この記事を読んでトロンOSのことを思い出した。いまトロンOSシリーズはさまざ まな分野で使われているが、そのうちの一つパソコン用基本ソフトBTRON (Business Toron)が 小学校の教育用パソコンへの導入が決まりかけていたが、1989年 の日米貿易摩擦によって、米国の非関税障壁の候補として挙げられ、実現しなかった (ただし、のちに非関税障壁にはあたらないとして、候補から外されている)という事 実である。 これには日本のIT業界のさる人物が米国の利益を代表して猛烈なロビー活動をしたと いう話も伝わっている。 思えば上記の技術のみならずIT関連のビジネス・モデルにおいても国産の有力モデル はほとんど無いといっても過言ではないと思う。敢えていえば物まねではないか? 今日本の大手IT企業と関連省庁がグーグルに対抗しうる国産検索エンジンを開発しよ うと躍起になっている由。おおいに頑張って貰いたいと思う以上にこの天才プログラマ ーの通信ソフトが世界を席巻することを夢見たい。
2007年01月11日
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団塊世代のこれから10年は黄金の10年か?2007年の年が明け、前々から騒がしかった団塊世代の大量退職に伴う諸問題に対する議論が新聞・TV上を賑わせている。団塊問題の議論については登場人物としてはずせない人がいる。御存知の「団塊世代」の名付け親である堺屋太一氏である。2007年に60才になり定年を迎える団塊世代は団塊総数の約3分の1、250万人とされている。もっとも彼等が全部一斉に退職するわけではない。自営、継続雇用や新規起業で働き続ける人達も多いと見られるので、業務知識・ノウハウの継承等心配されている諸々が一遍に吹き出るとは思えない。しかし日本の産業界がかって経験したことのない大量定年退職も現実であろう。議論の中心はこの大量退職にまつわってなされているようであり、悲観論と楽観論が交叉している。その楽観論の旗頭が堺屋太一氏である。曰わく、「定年退職者はこれからは自分の好きなことを、楽しい事を仕事にして今後10年を過ごしなさい。今までと同じレベルの収入は期待しないこと。この好きなこと、楽しいことによるマーケットが創造され社会もそれだけ活性化する。団塊世代のこれからの10年は黄金の10年である」 ごもっともであるが、気がかりなことがある。それは「好きなこと、楽しいこと」で「仕事が出来る人、稼げる人 」が全部ではないと思われるからである。好きなこと、例えば趣味を仕事に出来る人や楽しいと思われる事を仕事に出来る人が同氏のイメージする人達であろうが、無趣味な人や自分は何が好きなのか分からない人も沢山いると思う。その人達を今更責めても始まらないし、第一彼等の責任でもない。今まで企業戦士として高度成長を支えてきた人達で趣味を待たなかった、或いは持てなかった人達であろう。ではもう遅いかというとそうでもないと思う。退職したその翌日からというわけにも行かないが、退職前から退職後のある期間に何かを見つければと切に願うものである。
2007年01月09日
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廃社(?)復活? 2007年新年そうそうの賑わいを見せる南大沢駅周辺での人の流れに奇妙な流れが加わった。日頃は車こそ頻繁に行き交うものの人は滅多に通らない坂道の側道にひっきりなしに行き交う人の流れが出来ていた。何事ならんとその流れを辿っていくと長い行列にぶっつかる。なんとそれは坂道の中頃にある神社への参拝客の行列である。車で通り抜ける時、この小さな、本当に小さな神社を横目で見ながら、なんと古色悄然としたお社だと思っていた。事実、人が参詣しているところをそれまで見たことはなかったのである。日頃は無神主の神社なのだろうが、お正月だけは眠りから覚めて本来のお役目を果たす神様なのだろう。それにしても、かくも沢山の善男善女に押しかけてこられ神様も目を覚まし甲斐があるというものだ。神社の名前は南大沢八幡神社という。
2007年01月03日
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年賀状を書き終えて今日ようやく年賀状を書き終えた。パソコンの年賀状ソフトを使っているので、正確には「書き終えた」でなく「作り終えた」であろうか。終わって気が付いたことがある。年賀状の宛先は●仕事関係●親戚・知人・友人のグループに大別され、それぞれ文言も違えている。最近までは●仕事関係が一番多く●親戚・知人・友人の倍近くあったが、今年はその関係が逆転した。なかでも友人関係が極端に増えた。それは永年のご無沙汰から復活したり、同窓会でウン十年ぶりに再会しての新規参入組があったからである。そして仕事関係が徐々に減った故の逆転である。結局トータル枚数はほぼ例年通りである。そう、もう一つ際だった事がある。それは暮れ近くになると舞い込んでくる「喪中につき年末年始のご挨拶は失礼します・・・・」の文言葉書である。この葉書で初めて知人、或いはその関係者の訃報を知ることもある。今年は例年以上に多かったような気がする。
2006年12月27日
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年賀状を書き終えて今日ようやく年賀状を書き終えた。パソコンの年賀状ソフトを使っているので、正確には「書き終えた」でなく「作り終えた」であろうか。終わって気が付いたことがある。年賀状の宛先は●仕事関係●親戚・知人・友人のグループに大別され、それぞれ文言も違えている。最近までは●仕事関係が一番多く●親戚・知人・友人の倍近くあったが、今年はその関係が逆転した。なかでも友人関係が極端に増えた。それは永年のご無沙汰から復活したり、同窓会でウン十年ぶりに再会しての新規参入組があったからである。そして仕事関係が徐々に減った故の逆転である。結局トータル枚数はほぼ例年通りである。そう、もう一つ際だった事がある。それは暮れ近くになると舞い込んでくる「喪中につき年末年始のご挨拶は失礼します・・・・」の文言葉書である。この葉書で初めて知人、或いはその関係者の訃報を知ることもある。今年は例年以上に多かったような気がする。
2006年12月27日
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