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Sさん、おはようございます^^ 『最近良く目にしたり耳にしたりするようになりましたが、実際に時間の経過がどんどん早くなっているように身をもって感じています。 前回のメールからあっという間に1週間が過ぎてしまいました。 自我の反発が強くなって、自分にとって必要性が高いと思える事柄ほど行動に移せず、どうでもいいようなことや時間の融通が利くことを先にやろうとしたり、自分のコントロールができなくなっているようです。 このメールも29日午前中に書こうと思いながら、気が付くと書き始めたのは30日零時過ぎ。 その間、何度もパソコンの前に座っては、いつの間にかインターネットに接続している自分に気づいたり、いつの間にか雑誌を読んでいたり、食事の用意を始めたり、メールを書き始めようとしてもつい考え込んで、気が付くと無意識に席を離れ、冷蔵庫を開けたり・・・・ そのたびに、はっと気が付いて「1日かけて何もできてないじゃないか・・・」 さすがに、頭かきむしりたくなってしまいます。 自分が許せず、感謝や喜びが心の中からどんどん消えていきます。 *無理やり書こうとしなくてもいいのですよ^^ わたしもそんなことがよくありました^^; 書かなければと思えば思うほど、頭は混乱して収拾がつかなくなる(><) いろんな想念や文章が表れては消えていきます。 ある時から、想念が醗酵熟成するのを待つことにしたのです。 文章を組み立てるという行為さえ、自我でやろうとすると支離滅裂になっていきますもの^^; 自我を黙らせて待っていると、急にスラスラと自我では書けない内容の言葉が出てくる時期がきますよ♪ 書き終わってから読み返す時、いったい誰がこの文章を創造してくれたんだろう?と怪訝になる時がありました。 わたしの顕在意識にはこんな思いはなかったのに・・・・ってね(笑) うふっ、真我が書かせてくれるまでおとなしく待ってたほうが良いかも~♪* それでも、瞑想に限っては何とか毎日続けることができています。 その中に、自分なりのよりどころを見つけたのかも知れません。 もしくはすがっているのかも知れません。 すがる心に見返りはないと判っていながら・・・・・ う~ん、イカン! 気を取り直して、24日以降の経過を箇条書き風にまとめてみます。 愚考の羅列に過ぎないかも知れませんが・・・ *Sさんは、そのままで完全なんです♪ 自分を守ろうとする癖が抜けませんよね~あはは、わたしにもまだ残っていそうですけれど・・・・(笑) お互いに、自分への言い訳、ぼつぼつ意識して止めていきましょう^^ それが自我の表れだと思いますよ^^* ○3月24日 11:59~13:11まで瞑想 いままで、1時間経過前にトイレに行きたくなっていたのが、いまでは気が付くと1時間過ぎている。 しかし、ちょうど1時間くらいから、自我というか思考が活発になり断念。 瞑想後に思ったこと 無の中にこそ最大の創造のエネルギーが潜んでいる。 それは手放すことで得られるエネルギーで、目的を持っていては得られないというパラドックスがある? すべての目的が、心の喜びのためなら、ポジティブなことのみにエネルギーを使えばいい? ミスを責めるのではなく、ミスをカバーできなかった自分を恥じて詫びるのが大和心(Great harmony heart?) 正しい宗教は反発を生まない。それは宗教ではなく真理だから・・ 真理を説ける人は、見返りがないことを喜べる人。 心に残った言葉。 司馬遼太郎の 「微弱なる電流を強く」 *Sさんってどうしても何かを考えたい人なんですね^^; 瞑想後に『考える』ことを手放しませんか? 何かを掴もうとすればするほどに、泥沼に入り込んでしまうように感じます。 ただ座ればいいだけですし、呼吸を観察し、皮膚の微弱な電量を感じられるようになることが大切だと思います。 呼吸も皮膚の微弱電流も「イノチ」を観察することに通じています。 Sさんが掴みたいことは、頭ではなく身体が自動的に感受しますので、瞑想後は難しいことは一切考えず、次の行動?に移ってくださいませ^^* ○3月25日 午前9:53から11:09まで約1時間 明けて深夜1:55から3:10まで約1時間 早朝時間帯の瞑想は寝る前から起床後に変更したいが、生活サイクルの変更が手 強い課題。 ○3月26日 14:58~15:33 15:37~16:38 (3/27)2:15~5:30 瞑想後感じたこと 呼吸は考えず、感じる。 この部分のたあこさんの表現 《吸う息、吐く息によって鼻腔内に微かですが空気の通る感覚が発生します。また、上唇の上から鼻孔までの間にあるうぶ毛にも空気が触れていきます。 その微かな皮膚感覚を感じ取れるように、神経を研ぎ澄ませてください。》 は自分にとって絶妙。 呼吸に集中といわれると、「吸って~~、吐いて~~」と言葉に変換して「思考」してしまうが、たあこさんの表現に従うと、「感じる」ことができる。 また、座布団を2枚重ねにしたりして尻の位置を高くすると、いつの間にか背中が前屈みになっていく頻度がかなり減ってきたように感じる。 途中から、腰下から両膝にかけてプルプルっていうかワナワナというようなそんな震えが断続的に続く。 ついつい意識が震えに行ってしまい止まらなかったが、呼吸を感じる方に意識の切り替えできると自然に止まる。 午前零時過ぎにベッドに入るが眠れず午前2時過ぎから瞑想。 鼻腔の奥が乾燥していて息を吸うとひりひりして痛い。 自家製のミネラル水溶液を鼻腔にスプレーして何とか落ち着く。 その後、初の連続3時間を経験。 やはり、たあこさんがいわれる様に、瞑想は夜中が適しているように思う。 できれば、起床後に・・・ ○3月27日 11:50~12:51 ○3月28日 10:28~11:23 11:27~12:07 14:39~15:23 瞑想後(中?)に感じたこと 以前、瞑想中に何度か感じていた、頭頂から全身に広がる感覚(鳥肌が立つときや、宇宙のエネルギーとつながるために両手をあげたときに体に走る電流のようなしびれというか波動)が、息を吸うごとに全身に走るようになり、だんだん強くなっている様な気がする。 じ~んと拡がる感覚が心地よく、つい、その感覚の理由やその後の変化に思考が走ってしまうが、たあこさんの言葉を思い出す。 《雑念より厄介なものが、見える、聞こえる、感じるという妄想です。 それが心地よいと、そこに意識は執着してしまいがちになります。 自分の性癖で心地よいと感じるものさえも、雑念と同じ扱いをしてください。》 この言葉で呼吸へと意識を戻す。 《何度でも戻ればいいのです。》の言葉に救われる。 当日はヒーラーのミーティングに参加、メンバー全員が輪になってエネルギーを流す最後のレイキサークルで、いつもより回っているエネルギーが強いとの感想を聞く。 「もしかして俺のせい?」なんて図々しく・・・でも口には出せない(笑) ○3月29日 11:59~13:16 瞑想後(中?)に感じたこと まだまだ、瞑想中に思考が絶え間なく浮かぶ。 呼吸へと行ったりきたりの繰り返し。 自分にとって自然な呼吸とは、宇宙にすべて委ねた呼吸・・・すべての力を抜いた呼吸・・・寝息のような呼吸・・・の様な気がする。 *・・・・・・* 呼吸によって取り入れる「空気」 「空気」とはまた、深い文字だなと思う。 「空」(くう=無?)の中の「気」(波動) この途切れなく十二分に与えられ、何の見返りも求められない、命に最も大事な見えない波動を、何の苦労もなく取り入れ、確実に自分の命をつないでいる。 偉大な宇宙の愛に満たされている。 この波動が元となってすべてを創造していく。 空(くう)の中の波動、創造エネルギー、まさに瞑想とシンクロし、瞑想はその呼吸のみを感じる意識的な行動?もしくは無意識な同調方法? 自分だけの為なら、とっとと呼吸に戻るべきでしょうが、人目に触れるということで有ればこんな愚考も何かのきっかけになるのではないかと思い並べてみました。』 お気づかい、ありがとうございます^^ Sさんの優しさなんですね^^ ありがたいのですが、そんなことを気にされていたら前に進みにくいのではないでしょうか? どうぞご自分のために座ってくださいませ。 最初にも書きましたが、無理にわたしへの報告もしなくてもいいのですよ♪ それよりも、Sさんに「我即宇宙也」「宇宙即我也」を感受していただけることを楽しみにしています^^ それは自己(自我)を滅して座り続けることで、突如表れます。 言葉や知識は何の役にも立ちません。 「それ」を経験したら、人に伝える言葉の薄っぺらさがおわかりになると思います。 たとえ一瞬のことであっても「それ」を経験すれば、身体が「それ」を記憶します。 その積み重ねで、真我が日常の暮らしにも顔を出し始めますので、人生の彩りが「それ」を感じる前と全く異なってきます。 でもそれらは自分でわかることであって、人に伝えても同じ経験をしている人でなければ伝わりません。 「それ」を伝える言語はないのです。 どうぞ御自分のために座り続けてくださいませ^^ 気になることがあれば、御連絡くださいませ。 わたしの経験からのお話をさせていただきます^^ ご一緒に座れる場があるといいですね♪
2009.03.31
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衣服で世界平和を実現することを目的にエネルギーの高い個性溢れる衣服を創造してくださる「うさと展示販売会」に出展するようご連絡が再度入りました♪前回訪れた京王線下高井戸駅から数分の距離にある「本應寺」での開催です。本應寺の住職さんや尼さんたちが、これまたユニークで素敵な人たちなんです^^夕方5時半から毎晩「念仏瞑想」が始まりますので、興味のある方はご一緒してみませんか?今回は、いつものミューア製品と、新たに「蓮の花ミューア」も持参しますので、ぜひご自分の身体で体感してくださいませ~♪会社の業績が苦しかったある企業のオフィスに蓮の花ミューアを設置したら業績が持ち直してきたとの報告もいただいていますし、教室に置いたら子供たちの集中力があがり成績もかなり上昇したという報告も~♪懐かしい皆様、ぜひ遊びにきてくださいな^^スケジュールは以下のようになっています。≪ミューア製品無料体験会(うさと展示販売会場にて実施)≫期間:4月10日(金)~4月12日(日)時間:午前11時~午後5:30 (念仏瞑想は午後5時半から)場所:本應寺 東京都杉並区永福 1-7-203-3321-7860 地図のアドレスは以下の通りhttp://maps.google.co.jp/maps?f=q&source=s_q&hl=ja&geocode=&q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%9D%89%E4%B8%A6%E5%8C%BA%E6%B0%B8%E7%A6%8F1-7-2&sll=34.779637,135.468228&sspn=0.005252,0.012381&gl=jp&ie=UTF8&ll=35.676681,139.642067&spn=0.020777,0.049524&z=14&iwloc=addrわたしの個人的なスケジュールは、以下の通りです。4月9日:午後3時以降に本應寺に入り、会場の設営などを行います。 お手伝い、おしゃべり、大歓迎^^4月10日~12日:早朝から午前10時半までと午後6時以降なら下高井戸駅近くの喫茶等でお目にかかることは可能です。4月13日:早朝から午後3時までなら、時間空いていますよ^^4月14日:ホテルをチェックアウト後、小豆島に帰ります♪逢って話したいなと思ってくださる方がいらっしゃいましたら、お気軽にご連絡くださいませ♪
2009.03.30
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春ですから畑創りを進めています^^なにせ素人なので何時頃夏野菜の種や苗を植えられるようになるのか、皆目見当もつきませんけれど^^;キューリやナスとくると、やっぱり糠漬けを食べたくて^^観音経写経が終わり、浅草寺に送りましたので・・・・(習字って小学校の授業の時しかやってなくて墨を磨る時、ふと気づきます。 墨を磨るにも作法があるのかもと・・・・筆使いや、墨の含ませ方など知らないことだらけ・・・・最初はほとんど進みません。ただなぞって書けばいいだけなのに苦手意識が身体を固めてしまうのでしょう、文字が微妙に震えています^^;書き続けていると、力も抜け、一文字一文字からのエネルギーがわかるようになってきました^^写経っていいものですね^^へたくそで恥ずかしいのですが、筆文字って真剣にやり始めると瞑想と同じで無に入っていくようです^^これからもチャンスがあればトライすることにします^^)次は糠床創りとストーブの清掃&片付け^^過去何回か糠床を作りましたが、出張が仇で毎回駄目にしていました。今回は、女3人いるんだからなんとかなるかも~♪あはは~、3人共に漬物大好きだし、日本の伝統食でもあり、健康の源でもある漬物アラカルトに挑戦しま~す♪過去作ったことのある梅干し、大根の糠漬け、べったら漬け、福神漬、白菜漬け、白菜キムチ、・・・・・想像しただけでみんなの幸せ顔が浮かんでくる^^季節折々の即席漬けもたまらなく美味しいし、野菜のすごさに感動♪漬物文化を作ってくださった古えの食通の方を尊敬しつつ感謝する♪幸せを与えてくれる野菜の自家栽培に心が弾む春日和に感謝~(^^)/
2009.03.30
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福岡スピマから帰ってきてからというもの、3月いっぱいは畑に集中すると決めていましたので、連日鎌や鍬を持って畑作りをしていました。 植物さんたちが大地の守護者として、抜いても抜いても新たなるメンバーさんたちが豊かに?地面を覆い尽くしていく様子を半ば感動しながら観察してきました。 全体構想が感じられていなかった時はそのままにしてあったのですが、全体が感じられたことで、後はそのビジョンに沿って焦らず絶ゆまず行動し続けていくだけ~♪ さびついている肉体をだましだまし、それでも嬉し楽しで続けていました^^ あはは~、3月20日には、これまで手をつけることもできなかった周辺部分に鎌を持って入っていきました。 そこは、各種球根のテリトリーです。 球根のある場所はかなり深いことはわかっていましたし、かといってそのままにしておくと畑全体を覆い尽くしていきそうな生命力がみなぎっていたのです。 地中奥深くにある親球根たちと浅い層に群生している子球根たち! ねずみ算という言葉が思い出されるくらいに、それはそれは見事な数の子球根たちでした。 「ごめんね。 今は野菜さんたちを育てたいから協力してね。 今日まで土を守ってくれてありがとう~」と伝えつつ球根たちを排除していきます。 汗が滴り落ちてくるのを、農業用手袋の甲で拭いながら集中していました。 その日の夜あたりから、顔のあちこちにかすかなチリチリ感が出始めていたのですが、たいして気にもせず続けていたら・・・・・ 22日の夜から、顔のあちこちが赤くただれ張れてきはじめ、23日には頬はまるで象の皮膚を思わせるほどに真赤になって皮硬し、猛烈なかゆみが(><) その後は顔のすべてを覆い尽くさんばかりの勢いで広がってきました。 額の生え際、眉の中、目の中までに入り込みそうな勢いで目の周辺、頬の全体、鼻柱の上、鼻孔の下から唇の間、唇の周囲、顎、顎下、耳、首、・・・・・ そのうち、時間の経過とともに身体の柔らかい部分、腕の内側、腹、脚付け根の内側、膝の内側などにも広がって・・・・(><) これほどの経験は初めてのことです。 PCで調べてみると、植物は種類に限らず毒性を持っていますと書かれていました。 なるほどねぇ~、そういうことですか^^; 毒と薬は神?一重だものねぇ~^^; 以前、ある断食道場に誘われて行った時、重度のアトピーからの回復を願って入所していた女性に合ったことがありますが、わたしの外観はまさにその姿になっていました。 農業用手袋に染み込んだ植物エッセンスを顔の汗を拭くときに、どうやら皮膚につけ続けていたらしいことがわかってきました。 薬効(毒でもあり薬でもある)エッセンスが皮膚を通して血管にも侵入してしまったらしいことに気づき、本格的なセルフ・ヒーリングを開始することにしました。 自分に起きてくる不都合な身体状況は、自分で癒すことで知恵が生まれると思っていますし、どんな不都合な事態もこれまでセルフ・ヒーリングによって解決してきました。 人としての肉体が消えるかも?との症状が出た時も、病院へは行かず、自己のイノチを天に委ね、「わたしの肉体が、この世で不要ならどうぞ召し上げてくださいませ。 まだこの世でやれることが残っているなら、生かしてくださいませ。 どちらであろうと天の意識にお任せいたします。」と心で伝えたところ、3日後には脳内部にできていた硬いたんこぶ状のものと首の後ろ左右にあるリンパの腫れが消えていったことがあります。 (頭を強打したというようなことなど全くなく、山形へ向かう車の中で突如それが発生したのです。 そして翌日山形での瞑想会の最中に天を舞う母フェニックスのビジョンが表れ、黄金色に輝くフェニックスが天から急降下し、わたしの肉体と合体したのです。) 今回実施したセルフ・ヒーリングは以下のようなものです。 (実施した順に記しました) 1、 呼吸瞑想―瞑想中に痒みは消えてしまいますが、やめると痒みは復活しました。 (3月24日) 2、 10ミクロン(てんみくろん)の波長を一定して放射してくれるホームサウナ(温度は低く設定)の使用(10ミクロンの波長は、森や海など自然が放射している調和エネルギーであり、血液を浄化してくれます。 多くの方たちー数万人に及ぶーが毎日使用し続けることにより健康を取り戻していらっしゃいます) (3月25日) 3、 自家製醗酵水を浴槽に加えての入浴をしたり、飲用しています。 原因であるらしい微生物さんたちと合流し、調和能力を高めるためです。 血液の調和・活性化を目的にしています。(3月25日) 4、 海水温泉に浸かってきました。(3月26日) 小豆島の土庄港近くにある温泉施設です。 3時間入浴して、暴れていた皮膚が鎮静化してきました。 温冷浴を1時間^^(サウナと水風呂の交互浴で以前化粧品カブレを2日間で回復させたことがありますので~^^) 5、 畑作業を一時中止していますので、浅草寺で購入してきた観音経写経を昨日(3月27日)スタートしました。 面白いですね^^ 一字一字丁寧に書いていると、脳の周波数がどんどん上がっていくのですよ~^^ なるほど、そういうことなんだと身体で識りました♪ あはは~、現代医療では、炎症を起こしている時には、身体を温めてはいけないと言われますが、わたしは不都合を癒してくれるのは血液の力だと思っていますので、個人的は逆のことを実施しています。 自家製醗酵水入りの入浴をした後は、顔以外の身体部分に発疹が広がりましたが、体内の不調和因子を早く表面化させ、排出に向かわせてくれたとむしろ歓迎しています。 かつて川崎に住んでいた頃、友人が沖縄旅行を1週間後に控えて足を骨折し、病院からは1か月間は安静にするよう言い渡されSOSを訴えてきた時も、彼女を1週間我が家に預かり、毎日朝から夜まで10ミクロンのホームサウナの光線浴をさせ続けました。 1週間後、彼女はギブスを外し、元気一杯で沖縄へ旅立ったことがあります。 わたしのセルフ・ヒーリングは、どこまでもイノチの流れを重視し、自然治癒力を活性化させる方法をとっています。 イノチの聖なる力を信じているからです。 お陰様で今日3月28日には、終焉の確かな手応えを身体から受け取りました。 これでなんとか4月9日からの東京出張は無事に実施できそうです♪ 千草さん曰く「これで今までに溜めていた体内の汚れも一掃できたかもねぇ~^^」 うふっ、そうかもしれませんね♪ 自分の身に起きてくることはすべて必然だと思っていますので、天の意思(自己のシナリオ)を受け入れて行くだけです。 畑への想いが増していくにつれ、畑から愛の洗礼を受けたのかもしれません^^ 何にせよ感謝です♪ かなり安定してきたとはいえ、まだ顔は赤く、皮膚はボコボコ状態ですが、いずれ近い内に消えていくことでしょう。 しばらく休んでいた畑作業を今日の午後から再開しました^^ そうそう、ジャガイモ(男爵とキタアカリ)を植えましたよ^^ 収穫できる日が楽しみで~す♪
2009.03.28
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Sさんって、素直で誠実、ちょっとお茶目で可愛い人ですよね^^こんな話は、本来は堅い内容になりがちになるところを、各所で笑わせてくださいます^^ありがたい仲間に出逢えたこと、改めて感謝しています。『今日も貴重なアドバイスありがとうございます!それにしても、なんと勝手な瞑想もどきをやっていたか・・・(^^;)たあこさんの体験談、いま自分自身に起こっていることと重なる部分では安心させられ、未体験部分に関しては事前知識として本当に助けられます。実は昨日、夜通しで瞑想をやってみようと思い、手始めに夜7時位からやってみました。いつもやり終えている1時間が迫ってくると、「トイレ行きたいな~・・・でも、あと8分で1時間。 もうちょっと我慢我慢。」・・・しかし、その8分間は呼吸ではなく膀胱に意識がいってしまい瞑想もへったくれもありません。 やっとの思いで8分を耐えてトイレでの開放感。*あはは~、トイレにはどうぞご自由に行ってくださいませ(笑)時間にしても、そんなにこだわらないでゆとりを持ってくださいませ~^^トイレから戻ってきて、身も心もスッキリとして再度思うままに座られるといいと思いますよ♪そのこだわり心(一種の執着心)は、必要ないですよ^^わたしの経験ですが、呼吸に意識が集中していれば、そんな身体反応は起きてこないと思います。座り始めの頃(決心していない状態)、わたしは30分置きにトイレに立っていましたが、決心後はトイレに立つことなく2時間でも3時間でも座り続けられるようになりました。集中できているかどうかの問題ではないでしょうか?*いつもは勝手に満足してこれで終わるんですが、昨日は違います。トイレから戻って2ラウンド目。(なかなかいいぞ~!)で、再開して約30分・・・・「はら減ったなぁ~・・・そうだ、晩めし食ってない・・・」そうなるともう、意識は呼吸ではなく胃袋へ。「このままじゃ、イカン。まだ、夜も長い。何とかしなければ・・・・よし、食べるしかない!」(なんと、へたれな・・・)*どうぞゆったりと瞑想に入ってくださいませ(笑)食事もトイレも済ませて、座る場も整えて(必要なら水ボトルを傍に置いておき、汗が噴き出た時用のタオル、寒くなってきた時用のブランケットなども近くに用意されていると良いですね^^)、後顧に憂いを残すことなく、平安な意識でお座りくださいませ^^*そして、夜中の長い瞑想に備えて食事をすませ、3ラウンド目。(3ラウンドに至るまでの時間、約4時間半・・・)時刻は午前2時。瞑想にうってつけの時間到来です。おもむろに始めて、午前3時間近、またまた意識が膀胱へ・・・*あはは~、爆笑してしまいました。 ごめんなさいね^^;*トイレをすませ、再開。いつものことですが、しばらくすると背中がいつの間にか丸くなっているのに気づき背筋を伸ばします。 何度か繰り返している内に背中が痛くなってきます。毛布を畳み充分柔らかい座布団代わりにして座っていても、おしりが痛くなってきます。あぐらをかいている足もしびれてきます。*座り方は自由にしていただいていいですよ^^わたしは余裕があれば座布団を2枚つかいます。 1枚はそのまま畳に置き、2枚目を半分に折って、最初の座布団の上に重ねておきます。 3枚重ねになっている部分にお尻をのせるのです^^足はあぐら組みのようにしますが、1枚目の座布団の上で足を上下に重ねないで平行にしています。 身体のセンターライン上に右足左足のかかとが前後に並ぶ形にしています。正座が得意な人は正座してもいいですし~*丸くならないように壁に背中を預け、足をのばして続けます・・・・・いえ、続けたつもりでした。*壁に限らず、背中を何かに預けるのはやめたほうが良いですね。背骨は、骨盤の中心(仙骨からの延長上)から、伸ばしてください。 頭頂まで、まっすぐにすることも意識してください。 そのためには、顎を首と直角になるように引き揚げる感じになるかと思います。壁や椅子の背もたれに身体を預けては、この姿勢を維持することはできないと思います*気が付くと、とうに夜は明けて背中は壁ではなくベッドに・・・・この失敗の原因はどうも、3ラウンド目の前に食事と一緒にとった、古代シュメール時代の御神酒(ビール)と日本の御神酒(日本酒)の分量を間違ったことにあるようです。(というか、以前にも失敗しているし、御神酒は必要ないみたい。)*御神酒であろうとなかろうと、瞑想にはアルコール類は一切必要ないですね(笑)*目が覚めて、気を取り直し瞑想開始。意識がまだまだあっちこっちに行きそうなのを何度も呼吸に戻しながら、気が付くと約1時間半、いつもより時間の経過が早い様な感じです。*そうですね^^ 呼吸に集中できると脳の周波数が変化しますので、時間は消えていきますよ^^ コツを掴んでいただけたようですね♪ 嬉しいです^^*出かける用事もあったので、瞑想の際の姿勢など質問事項を考えて、たあこさんのブログをのぞいたら、まさにシンクロ! すべてお見通しという感じですでに答えが書いてありました。《「決心」後は1時間座っても2時間座っても、不思議なことに足も腰も背骨も全く痛みが起きてこなくなりました。》(うう~、「決心」できとらん・・・・)《絶対界への思いは、いったん押し入れにでも納めておいてくださいな^^;》 (そうですよね。まずはゼロに戻らないとなにも始まらない・・・)《雑念より厄介なものが、見える、聞こえる、感じるという妄想です。それが心地よいと、そこに意識は執着してしまいがちになります。自分の性癖で心地よいと感じるものさえも、雑念と同じ扱いをしてください。 それらは消えさる蜃気楼のようなものです。イメージ瞑想をかなりやっていらっしゃる人の落とし穴となります。》(やってました。 ろうそくの火を見つめてみたり、太陽の光を浴びれるところでとか、カットガラスの反射光を見てみたり・・・)《座る時間は最低1時間から始めてください。》(いままでのは、最低限だったのかぁ・・・でも、呼吸に集中することで時間が早く過ぎるような感覚はここ何度かの瞑想でつかめてきたような気がします!)*時間は人が作った意識です。 宇宙には時間はありませんし、集中していれば時間は消えますよ♪ あはは~、肉体も消えて素粒子(あるいは量子?)しかない無限の宇宙に我の意識があるだけです。*《呼吸を自意識でコントロールしないでくださいね。日常、無意識で呼吸していますが、その自然な呼吸のままです。今、吸っている~今、吐いているということを感じ続けるだけです。 背骨はまっすぐに立ててください。呼吸は鼻から吸い、鼻からは吐きます。 口は使用しません。》(呼吸、思いっきりコントロールしていました。 できるだけゆっくり鼻で吸えるだけ吸い込み、口で長く吐くというように・・・)《座ることに慣れてくるにつれ、ちりちりとした皮膚感覚が分かるようになってきます。》(しばらくやっていると、吸う息に合わせて、頭上から背中へちりちりというか、ジーンとしたしびれの様なものが拡がっていき、最近それが少しずつ強くなっているような気がしています。)*すばらしい^^ 呼吸によって吸入した新鮮な酸素(イノチの源―あるいはプラーナという言葉で表現されたりしますが・・・)が鼻から脳へ、そして全身に循環していく振動を感じられはじめたのではないでしょうか?顔面上でも、ちりちり感がわかるようになるはずです。日常の粗雑な意識では何も感じられないけれど、精妙な振動を感じられるようになるといろいろな扉が開き始めることでしょう^^同じ場、同じ人でありながら、Sさんの振動波が上昇していることを意味しています。あはは~、粗雑なエネルギーから精妙なエネルギーにシフトしていることに気づくことができるようになりますよ^^日常生活においても、意識さえすればそれを感じられるようになったら、教えてください^^*そんなこんなで、昨日の夜の試みは惨憺たるものでしたが、そこにもすかさず・・・・《やっぱり俺は駄目な奴!な~んて自己を責めないことです。》恐れ入りました(^^;)今日のブログのおかげで、また多くの修正ができました。どんどんシンプルに、やりやすくなって行くような気がしています。ありがとうございます。』本当の自己をまざまざと経験する道は、イメージ瞑想のように簡単ではありませんが、呼吸に意識を合わせるトレーニング(座る、動くに関係なく気がついたら呼吸に意識を合わせる)に弾みがついてくれば、誰でも究極の真実を自己の内に見出すことができると感じます。一時の感情にとらわれないよう、自分の心の動きを冷静に観察し続けてくださいね^^決心して楽しみながら、誠実に続けてくださいませ~^^
2009.03.24
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友人から送っていただいたオーガニックスパゲッティ^^3月3日の昼食用として娘が作ってくれました。冷蔵庫内にあったキャベツ、ベーコン、えのきだけを使って・・・・料理のレパートリーを徐々に増やしてくれています^^本人も意欲を見せてくれており、嬉しいですね♪そして二つ目は、昨夜わたしが夕食用に作ったミートソースパスタです。あはは~、毎日毎日4~5種類作り続けることに少々疲れてしまって、ある意味では手抜き夕食だったのですが、娘がおいしいと感動の声をあげてくれました^^「これまでに食べたどこのミートソースよりも一番おいしい♪」と~(笑)娘なりにわたしに気を使っているのかなぁ~^^手創りのトマトソースは、とっくになくなっていますのでトマト缶を使ったのですが、手創りバジルソースはまだ冷凍庫に残ってますので、それも使用しました。かなり煮込みましたので、まろやかさが出ていて上出来の味になっていました♪写真には登場していませんが、屋久島の友人から届いたタンカンがデザートです^^今夜は自家製〆鯖と鯛頭のお吸い物(わたしと娘の膝痛セアー用^^;)を中心に、成長し続けてくれているブロッコリーや春菊を使って、楽しい夕食です♪Janさん、寛子さん、ありがとうございます。追伸:〆鰯は過去作ったことがあるのですが、鮮度の良い鯖ってスーパーでは手に入りにくくて、東京に居る時には作ったことがなかったのです。初トライだった(鮮度の良い鯖が1匹380円だったので^^)のですが、大反響♪信じられないくらい美味しかったのですよん^^鯖と塩と酢だけで、シンプルなんですが、そんじょそこいらの鮨屋で出されるものよりはるかに美味しくて~♪「わたしは〆鯖って好きじゃなかったけど・・・・これが〆鯖なんですか?こんな美味しい〆鯖、初めて食べました^^」と千草さんからも絶賛されました♪やっぱり魚は鮮度の良いものを、丸ごと買って自宅で加工するのが良いようですね^^鯛頭(150円)のお吸い物も最高に美味しかった♪あはは~、幸せてんこ盛りの食卓でした~(^^)/
2009.03.23
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『 ありがとうございます!! 仏陀が一般大衆を覚醒させる為に瞑想・・・やはり宗教ではなく真理を説いていたんですね。 《そうですね^^ 特別な修行など必要ないと言われていたようで、誰でも実践ができて、誰でもが覚醒できるシンプルで有効な瞑想法を教え、広められたと聞いています。 その瞑想法が時代に埋もれていたらしいのですが、近年見出され、世界中に広まっているらしいですよ^^≫ それにしても、今回のメッセージ、たあこさんの心のエネルギーで、文章が磨かれて、シンプルな表現にも必要な情報が充分込められている様に感じ、「呼吸に集中」ということがとてもスムーズに心に収まりました。] 《そうですか、それは良かった♪》 さらには、動く瞑想の情報! 散歩などにも瞑想の効果があるということは聞いたことがあるのですが、自分の中ではなぜか二次的な存在で、「裏山の散策道を歩きたいけど、まだ今日は瞑想をしていないので我慢」などという区別がありました。 おかげで瞑想がひとつに融合し、可能性が広がったようなうれしさを感じます。 《ふふっ、その意識さえあれば、何時でもどこでも実践できますよ^^ 歩きながら呼吸に意識を集中することをお忘れなく~^^》 そして、核心をついた直球ストレート!! 「決心」 やっぱりなぁ。言われるの当然だろ! 怖れていた?一言(笑) 《これもわたし自身が身を持って知ったことなんですよ^^ 10日間の集合瞑想会に参加した時は、単に興味があるという程度の意識でした。 午前4時起きで、すぐに瞑想に入り、その後朝食、午後9時の消灯までの間に途中途中に休憩がはいりますが、合計12時間座り続けるのですから、膝や背中などすぐに痛みが発生してきて、30分座るのがやっとという状態でした。 その内に何をしていても、全身が不快感に包まれ続けました。 何が原因かは全くわからないままに夜眠ることもできなくなるしで、自己コントロールが全くできなくなってしまったものですから、実は3日目に脱走しようと決め、教師にそのことを伝えにいきました^^; 「大丈夫ですよ~あなたの内部にあるネガティブなエネルギーが出ているだけですから。」と言われ、妙に納得してしまいました(笑) それまでもやもやしていた心が、この一言ですっきりし、目が覚めたみたいな感覚のままに「わかりました。 座ります! ありがとうございます。」と宣言していました。 あはは~、単純でしょ?! そうか・・・・そういうことなんですねぇ~♪ 座りますよ、座ってやろうじゃないか!!!って、この時強く「決心」したのです。 人の意識が変わると、急に歯車が加速して動き出すようで、それまで30分もすると姿勢を変えたり、足を動かしたり、トイレに立ったり・・・・ともかくじっとしていることなどできなかったのが、一体何だったの?というように、この「決心」後は1時間座っても2時間座っても、不思議なことに足も腰も背骨も全く痛みが起きてこなくなりました。 身体を動かすことなどなく、呼吸に集中できるようになっていったのです。 集中できるようになってくると、脚の存在感が消えていきました。 脚がないのですから、何時間でも平気で座っていられます(笑) 「決心前」と「決心後」の肉体や意識、集中力の大きな差に感動しましたよ^^ 単なる興味本意では、何もわからないままだと思いますよ^^ 「意識」が人生を決定していく流れを、俯瞰的な視線で自己観察し続けてくださいませ♪》 いま、最優先すべきこと、 「絶対界」の体験。 どんな理屈をこねようがこの体験なくしては戯言です。 やることは、呼吸に意識を合わせるだけ。 あまりにもシンプル。 その先に待っているのは絶対界の至福。 《絶対界への思いは、いったん押し入れにでも納めておいてくださいな^^; 余分な期待など持たないで、ただ吸う息、吐く息を無心に感じ続けることが大切です。 座り始めてしばらくは、いろいろ雑念に捕まってしまうかもしれしれませんが、呼吸に集中していないことの証でもある雑念ですから、気づいたらすぐに呼吸に集中し直してくださいね。 やっぱり俺は駄目な奴!な~んて自己を責めないことです。 感情は一切必要ありません。 あっ、道をそれてるな・・・元に戻ろうって感覚です。 何度でも戻ればいいのです。 雑念より厄介なものが、見える、聞こえる、感じるという妄想です。 それが心地よいと、そこに意識は執着してしまいがちになります。 自分の性癖で心地よいと感じるものさえも、雑念と同じ扱いをしてください。 それらは消えさる蜃気楼のようなものです。 イメージ瞑想をかなりやっていらっしゃる人の落とし穴となりますよ。 そこに捕まってると、真我への到達は不可能になってくるでしょう。 何が見えようと、聞こえようと、感じようと、執着しないで呼吸に意識を戻してくださいね。》 やらない理由が見つからないのに何をためらい、もったいぶってその手前でウロウロやってんでしょうね? 《注意点さえ守ってもらえれば、失敗はありません。 真我領域はすべての人の内にあるのですから! ないものを探すわけではありません。 「決心」とやりぬく「意志」だけです。 座る時間は最低1時間から始めてください。 次は1時間半、2時間というように徐々に座っている時間を増していかれるとよいでしょう。 呼吸に集中する時間が長くなるに連れて、全身の振動がパキッと上昇変化する瞬間を経験できるようになります。 (まだ先がありますので、冷静に呼吸を意識し続けてくださいね。) その経験を重ねるごとに、瞑想がより緻密に精妙な帯域に前進していることが自分でもわかるようになってくるでしょう。 スタートしていただければ、順次体験的アドヴァイスをさせていただきます^^》 前進有るのみ。 ありがとうございます! S』 スタートしてくださるようですので、次のお話を少ししておきます。 前にもお伝えしたと思いますが、呼吸を自意識でコントロールしないでくださいね。 日常、無意識で呼吸していますが、その自然な呼吸のままです。 今、吸っている~今、吐いているということを感じ続けるだけです。 背骨はまっすぐに立ててください。 呼吸は鼻から吸い、鼻からは吐きます。 口は使用しません。 吸う息、吐く息によって鼻腔内に微かですが空気の通る感覚が発生します。(鼻毛が微かに揺れるとか・・・・) また、上唇の上から鼻孔までの間にあるうぶ毛にも空気が触れていきます。 その微かな皮膚感覚を感じ取れるように、神経を研ぎ澄ませてください。 すぐには感じられなくてもかまいません。 座ることに慣れてくるにつれ、ちりちりとした皮膚感覚が分かるようになってきます。 人の身体も皮膚も猛スピードで変化し続けています。 相対界のあらゆるものは、変化することでイノチを維持しているのですから~。 吸っている、吐いている自己の身体を感じながら、変化し続けている精妙な振動を感受出来るように神経系を研ぎ澄ませてください。 意識していれば、感受できるようになります。 最初は何も感じられなくても構いません。 私もそうでした。 瞑想体験を継続し続けていただければ、どんどん感受できるようになってきますから、安心してスタートしてくださいね。 どんな報告でもお聞きします。 体験報告が届くのを待っていますよ~^^
2009.03.22
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『たあこさん 最近は晴れるとホントさわやかな風が吹きますね! 空気に懐かしい安心感を感じます。 《うふっ、すごい!! 「空気に懐かしい安心感」って言葉からSさんの純粋意識が感じられますよぉ~♪ ありがとうございます。 嬉しい♪》 しかし、こりゃ何が何でも目を覚まさなきゃならなくなりましたね~ 「俺も、霊長類のはしくれだ! 覚醒しないはずはない!!」っていう、根拠のない自信はあるんですが・・・(霊長類と幅を持たせるところが謙虚でしょ?) たぶん、基本的には自由だと思うのですが、瞑想するのに適した時間や時間帯、頻度ってあるのでしょうか? 《一般論ですが、人々が眠りについている夜中から早朝にかけてが、最も良いようです^^ 人は起きて活動している間は多くの意識を発信していますので、その時はそうした集合無意識層が元気?に 拡張しています。 集合で瞑想する場合は、それに邪魔されにくいのですが、一人で行う場合、呼吸に集中しにくいかと思われます。 呼吸とは「イノチ」であり、「神」と同じことなんです。 詳しくは、まだ説明しにくい(文章量が膨大になってしまいます)ので省略しますが、少しずつタイミングを見て、お伝えしていこうと思っています。》 』 次のメールもいただいているのですが、その前に我の身体の奥深くに在る真なる我(神我)と出会うための瞑想法が、チャクラや虹、宇宙など自分でイメージを創る方法ではなく、なぜ呼吸に集中するのかの理由をわたしが具体的に気づいた事象をお話しますね^^ 過去の日記に書いていると思いますが、ある時、友人から誘われて1泊2日の熊野古道歩きに参加しました。 元々足に自信がありませんし、筋肉にも自信がないために、自分のペースでしか歩けないことを骨身に知っていますので、同行者の皆様にその旨をお伝えしていました。 どんなに遅れようとも、宿泊予定の山小屋には必ず到着しますので、心配しないでほしいとも伝えておきました。 急峻な登りの山道が続き、心臓が破裂しそうになり、しばらく休憩後歩きだしたのですが、その時なぜかはわかりませんが、身体が勝手に腹式呼吸をしはじめたのです。 大きく鼻で吸って、ゆっくりと細く長く口から吐き出していく・・・・ (呼吸が変わったことにより、意識は呼吸を観察し始めています。) なんとなくその呼吸で身体が楽になり、そのまま同じ呼吸を続けていたら、突然背中に背負ったリュックの重さが消え、自分の体重が消え、無重力状態に入り、空を飛ぶかのような心地よさで山道を走りだしていました。 (走ることが大の苦手で学生時代の運動会以来走ったことなどありません。 走っているのに息も切れず、動悸も安定したままでした。) 前を行く人たちとかなり離れていたのですが、すぐに追いつき驚かれてしまいました。 雨が降り始め、山小屋に着くと、みなさん寒がられてすべての窓を閉めてしまわれました。 そんな中で、わたし一人内部に燃える炎があるかのような体感で、汗が止めどもなく滴り落ちてきます。 暑くて暑くて、窓を開けたかったけれどそれもできず、かけ蒲団を外して浴衣一枚のまま就寝したのです。 (長時間、呼吸瞑想をしますと、同じ経験を何度もしています。まるでシャワーの下に座っているかのようで全身ぐしょ濡れになり、座布団も流れ落ちる汗でぐしょ濡れになってしまいます。) その夜多くの不思議な夢を見続けていたようです。 この経験がどうにも不思議で、無意識的に変化した「呼吸」が気になり、書店に行きました。 たくさんの呼吸法の本があったのですが、どれを選んでいいのか迷っていた時、手が勝手に1冊の本を書棚から抜き取りました。 すべての蔵書を捨ててしまいましたので、その正式なタイトルを覚えていませんが、その本がヴィバッサナー瞑想者への手引書だったのです。 ヴィバッサナーという言葉さえ知らないにも関わらず?! 読んでいくと、それは仏陀が一般大衆を覚醒させるための瞑想法だということがわかりました。 瞑想中、全意識を呼吸に集中させるということだけでした。 その中に座る瞑想、動く瞑想という項目があり、日常生活の間も呼吸に意識を合わせるようにも書かれていましたので、料理をしながら、歩きながら、電車の吊革に掴まりながら、呼吸を意識し始めたのです。 ある日、台所の床拭きをしながら呼吸に意識を合わせていると、急に「至福」世界に入ってしまいました。 床が喜んで笑っています。 床からの感謝を受け取りましたし、床とわたしはひとつのイノチでつながっていることを感じました。 床の意識、雑巾の意識と会話が成立したのです。 嘘のような本当の話です。 あはは~、しばらく訳がわからず、そのまま座り込んでいましたよ^^ そしてわたしなりの結論に至ったのです。 呼吸はわたしたちが意図的に吸ったり吐いたりしているのではなく、自律神経によって無意識に機能しています。 誰が呼吸をコントロールしているのでしょう? そしてもう一つが、呼吸に意識を完全集中できた時、突如不思議な時空に入ってしまったことの意味・・・・ わたしの思考ですから、そうかどうかは断定できませんけれど・・・・ 意識のパイプはかなり細く、同時に二つのことは意識に上らないのではないでしょうか? 自分では同時にいくつものことを考えているつもり(経営者であった当時、一時にいくつものことを考え、考えながらスタッフに支持を出し、手は伝表を繰っていることなど日常のことでした。)であっても、それは錯覚で、同時に考えているつもりでもわずかな時間差があることに気がつきました。 意識のパイプには、一つのことしか入らない! それゆえ、気を散らすことなく、呼吸に意識を完全集中できた時、一切の雑念は消えています。 自律神経としてのイノチを司る呼吸をただただ見つめていることは、無を見つめていることにつながっていますし、永遠不滅のイノチを肉体とつないでいるのが呼吸。 それが絶対界の至福(すべてがイキイキしています)を体験した理由だと思いました。 この二つの経験によって、ヴィバッサナー瞑想に興味を持ちましたが、その本によると日本ではそのための場がなさそうだったのです。 ところが、やはり我が家によく来ていた女性から、日本でも経験できますよと教えられ、10日間の合同集中合宿に参加して以来、わたしにとって真我=神我と一体化できる瞑想は、呼吸に意識を合わせることだと確信いたしました。 地球をイメージしたり、宇宙やチャクラをイメージしたりという瞑想も随分やってみましたが、心地よくなり脳の周波数は上昇しますけれど、絶対界に入ったことはありません。 ギャップを超え、絶対界に入ると、意識は絶対力、無限力、創造力、至福などすべて我(肉体はありませんが)なりと感受できます。 言葉が不足していますので、以下の言葉を味わってみてくださいませ。 『バガヴァッド・ギーター』には不滅の「真我」「存在」「究極の真実」、最高で究極の「絶対者」である「ブラフマン」の栄光を次のように歌っています。 水もて濡らすことあたわず 火もて燃やすことあたわず 風にて乾かすすべもなし 剣にて断たんとするも愚かなり 前にあり 後ろにあり 上にあり 下にあり 右にあり 左にあり 天地に限りなくあまねきかな 聖なるや ありてあるもの また『ウパニシャッド』は「存在」を至福という言葉で説明しており、「それ」は生命の超越的な領域、創造世界の本源に位置しており、すべてのもの、すなわち過去、現在、未来のすべての時間、すべての空間、因果のすべての面に浸透していると説いています。 我は「それ」なり 汝は「それ」なり これすべては「それ」なり ただ「それ」あるのみ ほかはみなあることなし この真実を、わたしは呼吸に意識を合わせる瞑想によって全身で識りました。 Sさん、本気で始めてくださいませ。 たとえ呼吸に合わせて座っても、そこに「決心」がないと続かないと思います。 イメージ瞑想のような華やかさはありません。 むしろ最初の内は、肉体・感情体・意識体・霊体を拘束しているネガティブエネルギーの解放が起きてきますので、苦しみのほうが出てくるでしょう。 「決心」して座り続ければ、いずれそれらは消えていき、自己の身体が消え、我即宇宙也の経験に伴い、我が宇宙の源ゼロに在ることを感受できますし、我が「それ」であることも自ずとわかります。 誰もが「それ」を秘めているのですが、「それ」を識るためには、「決心」が必要です。 ただ、それだけです。
2009.03.21
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春爛漫♪嬉しいメールが届いてきました^^宜しければ、お付き合いくださいませ~^^『たあこさま、こんばんは、りょうこです。明日は、春分ですね。先日、3月14日に、藤沢での、高根先生とけんたまさんのことたま専科に、参加してきました。ブログに書きましたので、よろしかったらご覧ください。<けんたま6626さんのmixi日記はhttp://mixi.jp/show_friend.pl?id=968890でご覧になれます。ブログはhttp://plaza.rakuten.co.jp/kentamapoem/です。わたしたちが日常当たり前に使用しているアイウエオ50音に秘められた宇宙の法を、彼がわかりやすく紐解いてくださっています。ぜひ、立ち寄ってみてくださいませ^^>たしかに…高根先生は、いろいろなお言葉の飛び出してくる玉手箱、そのものでしたね^^;牛はモーゼ、馬はキリスト、とおっしゃってましたが、やはり、牛の形の小豆島は、今年丑年に開きそうです。数字や、50音の並んだ表を見ながら、ふと気づいたことがあったので、お伝えします。ギリシャ数字で、12は、μ(ミュー)、ァは、ひらがなの「あ」も、アルファベットの「A」も、先頭。「ミューア」は、1~12の段階、12とは、一年12か月、十二支、十二星座、時計の12時、など一回りする、円、循環を表す数字かなと、思いました。また、人間が、この世で体験する12段階の学び、かもしれません。ですので、ミューアは、この世の学びに、取り組む時間を、短縮し、気づきや学びを、加速する装置であり、ばらばらになった、大切なもの(天地人、頭心体、家族、魂の友、自然界とのつながりなど)を、つなぎ、円と循環を作るのではと思いました。人体の図とも、家系図とも、人生の学びとも言われる生命の樹(カバラ)。1の部分が天上、10の部分が、地球と言われていて、天の意志が、少しずつ、地球に現実化していく様子や、人が成長していく過程を、表しているとも取れます。10の部分を表す色は、黒、アズキ、オリーブ、レモンイエロー。まさに、小豆島カラーでしょう^^てんみくろん、小豆島は、人間としての成長のゴール、地上の楽園みたいですね。』うふっ、地球をあらわす色が、黒、アズキ、オリーブ、レモンイエローだなんて~^^このメールを読んだ時、嬉しくって~(笑)まさに小豆島を指している♪高根先生と四国剣山に御一緒した時、「あなたは宇宙の中心に居るのですよ。 なぜそこ(小豆島)に移転したのか? あなたは大きな大きな使命を持っているのです。」と言われたことがあります。まだほんの一部しか小豆島を理解していませんが、それでも大きなエネルギーと慈愛を日々感じています。自己の進化とともに、小豆島の秘めたエネルギーを宇宙に解放したいと思っているのです。人と大地は一体であればこそ、人の本質が開かない限り大地(地球)の解放も完成しないと感じています。地球は、どこであろうとすべて隈なく聖地ですよね^^大地を封印したのは、わたしたち人の所業ですもの、わたしたち人がそれぞれの立場で解放される(自己の本質を知る)ことこそが最も大切なことと受け止めています^^RYOKO☆さんのブログは、 http://ameblo.jp/innature/ に変わられました。宜しければ、遊びに行ってみてくださいませ^^
2009.03.21
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畑に自生したすずらん水仙ルッコラの新芽菜の花畑を偲ばせる白菜の塔立ち6月になると、畑との付き合いが1年を迎えることになる。これまで、ブッシュ状態でどこから手をつけていいのやらわからないままに、あちらに畝を、こちらにもう一つ畝を~と作りながら、ともかく野菜の苗や種をまいて経過を観察し続けてきた。何もわからないから、やってみるしかないパーゆえの所業^^;あちらに刈った草の山、こちらにも草の山状態で全体的にどうすればいいのか、見えて来なかったけれど・・・・3月に入って天候も良くなってきたこともあって、小豆島に居る時は、連日畑に出ることに~^^筋肉などほとんどなく、肉体労働など経験もないわたしの身体なのに、なぜか毎日畑にでていく。腰、背中、肩、腕、膝・・・・どこもかしこもバリバリなのに・・・・自分でその行動を不思議に思うけれど、どうやら畑に向かっているのは内なる我のようだと気が付いた。粘土質の土で水はけが悪く、雨が降ると畝は数日間水浸し状態になる。鍬を使って土の天地返しをしても、すぐに土は塊になっていく。あはは~、やれることは一応やってきた結果、根拠はないけれど確信のようなものが生まれてきた^^どんな土地であろうと諦めることなく、トライし観察し、再度トライし観察しという行動を続けているとなんとか光が見えてくる^^あはは~、人生と同じなんだと一人合点♪博多の出張から帰ってきてから、1日も休むことなく畑作業をやっている内に全体の構図が感じられてきた♪うふっ、雨が降りそうでも畑に出て土に向かって淡々と仕事をしていると、太陽が顔を出してくれるし、全身汗にまみれると風が優しく吹いてくれる♪心で感じるままに自然が応えてくれていることに気づいていく^^人は自然だしつながっているから、強いて意図的な意識を出さなくても、瞬間瞬間感じるままに自然がサポートしてくれているんだなぁ♪自我ではなく内なる我に身体を明け渡して行う所業であればこそ、必要なことはスムーズに進行していくのねぇと理解する^^そして、ついに畑の全体図がくっきりと見えてきた♪水はけの悪さの解決策がわかった以上、さらに淡々と出来ることをやればいいだけ~^^2年目を迎える6月頃には、畑との暮らしは、次のステップに入れそう♪あはは~、パーの感性なんですけどね~、この畑は小豆島のエネルギースポットになるかも~(爆)何の根拠もなく、ただそう感じている♪太陽と風からの愛を受け、うぐいすが鳴き、黄色の蝶が舞う畑こそ、桃源郷なのかもしれないなぁ~♪雨はね、このところ夜中に降ってくれていま~す♪
2009.03.20
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男らしくて女らしいという陰陽両方の良さを身につけている友人が、ペンジュラムの答えに従って超意識かぐや姫を購入されたことはすでに日記でご紹介した通りなんですが、彼女からその後の変化について連絡が入り続けています。最初に変化があったのは、生き方に対する多くの気付きだったようです。『かぐや姫さんの、おかげ、たくさん、たくさん、です。』と書かれています。その後にいただいた報告によると、『その後も「かぐや姫」は、無事に胸に収まっています。 よく肌着のしたにもぐってしまうため、しょっちゅうどす黒くなってしまうのですが、毎日つけています。 「ネックレスをつけている感じ」がしないのが、不思議です。寝る時は寝汗などにまみれることが多かったので、最近は枕の下に入れています。 結構夢を見ることが 多くなったかも!! (でも、覚えていませんが・・・)この前は、起きて、うろうろした後にかぐや姫を装着したら体全体に鳥肌がたちました。 やっぱり、反応していますね。 どんな風に変化してゆくのか、楽しみです。』『そうそう、先日うちのスタジオにおいてあるオーラコムでオーラ写真を撮ってみました。 いつもよりもエネルギーに透明感が出ていましたよ。 スタジオで撮るときは、いつもオレンジやら緑なのですが、黄色と深い青でした。 今までのパターンとは、違う感じ。かぐや姫をはずして撮ってみましたが、ずっとつけているのでその影響なのか、ほとんど変わりがありませんでした。自分はわからなくても、いろいろと変わっているのですね~。』彼女のオーラ・チャクラは、ほとんどわたしと同じで真っ赤でした。やると決断するとやりとおす人で、人生に大きなお役目を持っていらっしゃるように感じていますし、その割には肩肘張ることなく、かなりのバランス感覚もあり、素直で本音の話がさらりと出てくる人♪初めてかぐや姫を首にかけた時、特に何も感じないようでしたが、わたしのオーラ&チャクラの変化写真をご覧になっているので疑いもなく購入された後、逐次ご自分の観察報告を送ってきてくださいます。最初、衝撃的な感覚を報告してくださる人もいらっしゃいますが、身につけ始めるとかぐや姫の放射する調和エネルギーと本人のエネルギーが一体化してしまうために、何も感じなくなり、身につける習慣がなくなっていく方もいらっしゃるように感じています。とっても残念なことだと思います。感じようと感じまいと、かぐや姫はその人にとって必要なエネルギーを放射し続けていますので、長期間使用するほどに、不要なエネルギーがそぎ落とされ、陰陽融和が進み、人生を豊かに幸せに生きられるようサポートしてくれる筈です。それに気づくためには、冷静な自己観察が必要でしょうね^^これまで多くの人に体験していただいていますが、何も感じないけれどいいみたいと言う方のほうが多いようです。また、そのような人が日常使用し続けていかれることで、ある日突然変化している自分の意識や感情の違いに驚かれています。人によって変化してジャンルやスピードに違いはあるにせよ、最終的には自己への信頼が安定してくることによって、各種恐れが消失していくように感じています。静かな変化ではありますが、人生やイノチを認め、楽しめるようになっていくように感じます。ご縁あってかぐや姫をご購入いただいている皆様、どうぞ冷静な自己観察をし続けてくださいませ^^そして、気づいたことをお知らせくださいませ♪地球が大きく変わろうとしている稀有なこの時代を共に生きる者として、おひとりおひとりの体験をシェアーし合いたいと希望していますし、地球から放射されるエネルギーを幸せ色にして増幅させたいと思っています^^御連絡、待ってま~す♪
2009.03.19
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なんだか出来事の流れから、わたしは自分の器以上のことを書きだしてしまったようで、少々戸惑っています。 自分の未熟さも顧みず、源への途上でこんなことを書いていいんだろうかと感じますが、それも必然のことと受け入れることにします。 わたしは瞑想の指導者ではなく、どこまでも実践者であるということ、その経過において経験したことをそのままにお伝えするということ、言葉の使い方が不十分であるということ・・・・などをお伝えした上で、継続できるところまで続けてみたいと思います。 今という稀有な時代の中で、混乱していらっしゃる人のお役に立つかどうかはわかりませんが、参考にしてもらえるなら幸いです。 人は誰もが神を内在させているイノチであるということを、言葉として知ることではなく、実相として感受してほしいとの思いからです。 ~~~~~~~~~~~~~~~ 『たあこさん 誠意と熱意のこもったメール、心から感謝します! 早く返事をと思いながら、文面のパワーに圧倒された隙に、自我が顔を出しちょいとひるんだみたいです(笑) ちょっと本腰入れてって思うと、その前にあれをこれをと自我?がちょっかいだして、いざ始めても集中できない、そんな心の癖・・・これじゃあなぁ・・。 そうそう! 瞑想の方法、自分の中で整理が付いていないままやっているんですよね。 自分の場合、グラウンディングは呼吸に合わせてチャクラでも1番赤、2番に橙、3番に黄と順に光エネルギーを呼吸しながら地球とつながるといったイメージでやったりとか。 バーバラ・アン・ブレナンやレイキなどのヒーリングはチャクラへのエネルギーを意識しますよね。 これは、呼吸法であって瞑想じゃないのかな? それとも目的別に、チャクラを意識したり、宇宙を意識したり、呼吸のみとか分けられるものなんでしょうか? あるいはそれぞれを組み入れた手順があったりとか・・・・結局自分ひとりで模索して中途半端に。 スピリチュアル系の情報が増えていく中で、自分みたいにこんがらがってる人、結構いるかも知れませんね。 まさに、《そこに捕まってしまうとそこから奥に入っていけない・・・》状態のようです。 まだまだ中途半端ながら《そこが心地良くていい》部分もあるため、このまま続ければいけそうな気がしている。・・・けど、不安もあるから本やネットで裏付けしたくて、調べまくって疲れていく・・・ 本を読みたがる心の癖に関しては、今回の順番まで完璧なトリプルシンクロ(内からのメッセージ、本、ネット)のウルトラCと、たあこさんから頂いたメールで脱出し、答えは自分の中に探すことにしました。 勝手に自分で作り上げていた縛りがひとつ減るだけで結構心も軽くなったような感じです。 それで・・・以下からが僕にとってはますます求めてるもの(核心?)に近くなっていくようです。(もとめてる?・・・先日、ゼロとの同調を受け入れるなどといっておきながら・・・) 《わたしは瞑想というと、どこまでも真我一体を目的にしていますので、途中で何が現われてこようと道草しないで周波数帯の異なるものを手放し「呼吸」に戻り、全意識を「呼吸」に集中し直すだけです。 真我領域は、もっと高い周波数帯で、完全なる無(すべてが在る無)ですから~^^》 瞑想=呼吸に集中 本当にシンプルですよね。 なのにこの肝腎なところが続きません。 このシンプルさに対する、疑いもしくは怖れが自分にはあるのかもしれません。 あるいは、それを理屈に置き換えようとする心の癖? 呼吸に集中しているつもりが、思考(自我)が頭をもたげ「結局すべてはエネルギーの振動に過ぎない。それに同調するだけだ」とか、「始めて1時間か・・よ~し、今日はこのくらいで勘弁してやろう」とか・・・ 《頭でそれを繰り返しても本質には至らないかもしれません。 「瞬間」「感謝」「ゼロ」は言葉ではなく、「それ」で在ることで、言葉ではなく自己の全体で直覚知します。 思考は一切介在することなく、「それ」を感受した瞬間神経系が激震します。 その時、身体はもちろんありませんので、無が激震する・・・・あはは~、伝わらないよねぇ^^;言葉では伝わらない世界であって、感受するしかない。≫ そうなんですよ、頭で繰り返している・・・ 頭と心の区別。 頭で繰り返すと心は感謝で満たされるようになる? ならない? そもそも、感謝で満たす前にゼロに・・いや、ゼロでもなく「それ」・・う~ん ・・・やっぱり感受するしかない。(-_-) 感受していない以上、理解できてないのでしょうが、 《「それ」を感受した瞬間神経系が激震します。》 《意識が呼吸から離れていることと気づき、意識を呼吸に戻します。 ゼロに戻るとは、その積み重ねのように感じます。 そしてある瞬間、ギャップを飛び越えます。 そこは何かが聞こえるとか見えるとかいうことは一切なく、己の肉体が消失し、無の中に意識が在るだけです。身体はないのに、全身の神経系(意識体エネルギー)は感じられています。》 この始めて聞く表現に光明を感じました! こここそ探しているもの! 最も重要な通過点が示されている!そんなふうに感じています。 この部分こそ仏陀やイエスを始め、覚醒した先輩方が「だれかが気づけば」といろいろな表現で苦労しているポイントで、今かつてない覚者達の誕生により日本を始め世界の覚醒が加速していくような予感がしています。 それにしても、思いを文章にするって難しいですね~ ことばの「てにおは」なんかが気になって、心との微妙なギャップを埋めようとすると思考が暴走し始めて筆(キー)が進まず、普段使い慣れてない脳みそが知恵熱でオーバーヒートしそうです。 ここで集中が必要なのか、リラックスが必要なのか・・やっぱりグランディングか。 何かめちゃくちゃですね~ 質問したいことがいくつかあるのですが、質問も答えもわかっている様な、判っていないような・・・ だから、「今日のところはこの辺で勘弁しといて・・・・ください」(笑)』 このメールに対するお返事を書く前に、翌朝さわやかなメールが届いてきました^^ 『たあこさん 今日の福岡は、朝から晴れていて気持ちのいい風が吹いています。 目が覚めたら、昨日の頭の中の混乱はどこへやら・・・(^^;) 瞑想は呼吸に集中。ひたすら続けて体験あるのみ。 チャクラバランスの調整やレイキの呼吸法は別。 って目が覚めてすぐに感じて、頭の中が整理さてしまいました。』 何もお返事していないのですが、ちゃんとご自分で答えを出されていて、嬉しくなりました。 わたしもいろんな人たちと交流していますので、時にはチャクラ瞑想とか○○瞑想とかご一緒する場合があります。 それはそれで心地よいですし~^^ ただ、それでギャップを飛び越え、絶対界に入れたことはありません。 御自由に楽しんでくださいませ♪ 『たあこさん 一昨日久しぶりに友人と飲んでいて、トイレでふと浮かんだ一言 すべての出会いはおまえの財産だ。 心配するな、今判らなくても、最後には気づく。 だから、出会えるだけ出あっとけ。 結局「出会いは宝」って、誰でも言ってることなんですけどね・・・ 天上界に感謝!!』 あはは~、そうですよねぇ~^^ 人はすべて神の社ですもの、交流することで気づいていけることってたくさんありますもの~引きこもっている場合じゃないですよねぇ~^^ 一人であぁでもないこぅでもないと考え続けていると、迷路の堂々廻りにはまり易くなりますし、収拾がつかなくなって暴発したり・・・・ それも時にはいいものかもしれませんが、そんな時には、人に会って飲むっていいですよね^^ お互いがお互いを引き出し合うというか、何気ない相手の言葉がヒントになったり、トイレでの直観、ひらめき・・・・(笑) トイレの神様が、自己の聖域を刺激してくれる~♪(トイレで内からのメッセージを得るって話、多いですよね^^) ともかく、人はなにものにも勝る宝だって思います。 うふっ、お互いに刺激しあって、本当の自己への道、進んでいきましょう^^ つづく・・・・
2009.03.18
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こんな展開になっていくなんて~^^; 人生、本当に面白い! わたしの過去性の一つが九州にあることは知っていましたが、福岡スピマ出展を真我から促された訳が徐々にわかってきました。 そこでお目にかかったボランティア・サポーターさんたちお二人と出逢うためだったようです。 このタイミングで出逢い、お互いに援け合いましょうと決めていたようです(笑) Sさんから届いてくるメールに応えていて、気づきました。 彼の承諾を得ましたので、彼とのメール往復をご紹介させていただくことにしました。 「本当の自己」を知りたい方、あるいはすでに知っている方、ご参加くださいませ♪ (PCメールで参加してくださいね^^ そうでないとお返事を書くスペースが足りなくなりますので~^^;) ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ Sさん、おはようございます^^ ごめんなさい、Sさんのメール読みながら笑っちゃいましたよ^^ 素直で愉快な人なんですね^^ 文字から受け取る相手の意識って、結構難しいものですので、Sさんに当てはまるかどうかはわかりません。 違うよということがありましたら、笑って忘れてくださいませね^^ 悪気はありませんので~^^ 思いつくままに書いてみます。 『最近はグラウンディングを意識して瞑想しています。』 グラウンディングを意識するってどういうことなんでしょう? 地球への帰属意識、環境、集団との調和、周囲に委ねる安心・安全感、自尊の念、自己愛、自己信頼などが第一チャクラから第三チャクラの役割だと思うのですが、・・・・・ 「瞑想」という言葉が一般化していますので、何を目的に瞑想するのか、その言葉だけではわからないのです。 かつて、いろんな本に書いてあった瞑想なるものをやってみたことがあります。 心地良いかもしれませんが、ただそれだけのことで「本当の自己」へ至るものではありませんでした。 良い悪いということではなく、そこに捕まってしまうとそこから奥に入っていけないからです。 そこが心地良くていいのなら、そこを追うことも当人の自由です。 わたしがとやかく言うつもりはありません。 わたしは瞑想というと、どこまでも真我一体を目的にしていますので、途中で何が現われてこようと道草しないで周波数帯の異なるものを手放し「呼吸」に戻り、全意識を「呼吸」に集中し直すだけです。 真我領域は、もっと高い周波数帯で、完全なる無(すべてが在る無)ですから~^^ 『ま~た、頭でっかちになるのか~と思いつつ、やっぱり気になる本は欲しい!』 あはは~、そうですよね^^ でも、その類の本はしばらく必要ないかも?! 本を読むとわかった気になってしまいませんか? わかった気になっているだけで、行動が伴いませんと何も変わりません。 以前のわたしも寝るとき以外、片時も本を手放さない人でした(笑) 今はほとんど読みません。 本も麻薬のようなものかも? 「読んでいる」行為に「安心」してしまう~(笑) 『そして昨日、昼過ぎから瞑想してメッセージらしきもの・・・・?(瞑想中は、本来無になるべきもの。修行がたりんなぁ・・・) 今この瞬間だけでいい。(な、何が・・・?) 感謝すること。 (この瞬間に、感謝・・・それだけ?) それだけ。感謝が調和(ゼロ)を生み、創造の始まりとなる。』 そうですね^^ その通りなんですが、頭でそれを繰り返しても本質には至らないかもしれません。 「瞬間」「感謝」「ゼロ」は言葉ではなく、「それ」で在ることで、言葉ではなく自己の全体で直覚知します。 思考は一切介在することなく、「それ」を感受した瞬間神経系が激震します。 その時、身体はもちろんありませんので、無が激震する・・・・・ あはは~、伝わらないよねぇ^^; 言葉では伝わらない世界であって、感受するしかない。 『(なるほど、たあこさんの話にも通じるし・・・すごい真理かも!!・・・でもそれって結局「いまここ」ってことでしょ?)』 あはは~、瞑想している時表れるものは、たとえそれがどんなに崇高なビジョンやメッセージであっても、まやかしのように感じますよ^^ そのようなものを感受した時は、意識が呼吸から離れていることと気づき、意識を呼吸に戻します。 ゼロに戻るとは、その積み重ねのように感じます。 そしてある瞬間、ギャップを飛び越えます。 そこは何かが聞こえるとか見えるとかいうことは一切なく、己の肉体が消失し、無の中に意識が在るだけです。 身体はないのに、全身の神経系(意識体エネルギー)は感じられています。 想像していただくとしたら、宇宙の創造主そのものとして在る意識体でしょうか? 無限力、絶対力を保持している意識体・・・・ 限界のない宇宙のすべてであり、宇宙の中心でも在る「存在=意識体」である己の意識・・・・ その無の中で「世界が平和でありますように」と意識を放射してみました。 その瞬間、瞬時に中心(ゼロ)から全宇宙にその波動が伝わりました。 そこに「時間」はありません。 あはは~、やはり言語化することは困難です^^; 人や本から教えられることではなく、自ら体験することでしか「宇宙即我也」「我即神也」を体得できないように思います。 そして、その意識のままに、形ある人の世を平安に暮らしていくことが「創造」に参画することかもと感じています。 現在、ご縁ある皆様を頼り各地を訪問し、ミューア(陰陽エネルギーの調整装置)の啓蒙活動をしているのも瞑想会を開いたりしているのも、ひとえに言葉や知識・思考ではなく自己の全体で感受してほしいと願っているからです。 追伸:なぜ、こんなにSさんのメールに真剣にお返事を書いているのかなと自分に聞いてみました。 多くの人に伝えたいこと(霊能者ではなく一般人が経験してきたことの内容)があるのに、自ら書こうとするとその情報は膨大すぎますし、言葉に変換することの困難さに阻まれてしまい、書けませんでした。 こうして拙い言葉ながらも書き出しなさいという慈愛を感じています。 Sさんが内なるわたしを呼び出し、言語化する場(エネルギー)を与えてくださるのですね^^ 今回、人として誕生する前からのお互いのお約束だったようですね^^ 呼び出してくださって、ありがとうございます。
2009.03.15
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この本の名前を聞いたのは、随分前のことだったと思うのですが、当時購入しようとしたら絶版になっているとかで、手に入らなかったのです。 ところが2月18日だったでしょうか? 千草さんが食卓で本を読んでいるので、「何を読み始めたの?」と聞くと、見せてくれた表紙のタイトルが、『お金のいらない国』だったのです。 絶版と言われ諦めていた本が「地球村出版」から新たに出たみたいです。 「この本、読んでみたかったのよ。 読み終わったら貸してもらえる?」 「いいですよぉ^^ これ、読み終わるのに1時間もかからないと思いますし~」 ということで、2月20日東京出張時に借りて出かけました。 小豆島に居る間は、なにかとやることがあって本を読む時間がとりにくいためです。 あはは~、千草さんのご指摘通り姫路へ向かうフェリーの中で1時間以内に読み終わってしまいました。 多くの方がお金のない世界を考えていらっしゃることと思いますし、これまで特に言葉として発することは少なかったのですが、これを読んで楽観はしていなくとも可能性があるんじゃないかなと感じ、心が開いていく爽やかなエネルギーを受け止めました^^ 単なるファンタジーと捉える人もいらっしゃるでしょう^^ そんな和やかな国に住めたらいいなぁ~という憧れだっていいと思うのです。 御一読、お勧めいたします♪ わたしは小豆島で畑のある生活をスタートしてから、この本に書かれているようなことを自分なりのイメージで膨らませていましたから、とっても嬉しかった^^ そうよねぇ~、人にかけられた脳の封印(価値観の固定化)をみんなが外すことができるなら、こんな国を創ることはそんなに難しいことではないかもしれないなぁと感じています。 みんなが好きなことを自由に実行しながら、一定時間みんなの歓びの顔を見るために自由に奉仕活動をし合う平和な国のイメージです。 この世に「お金」が登場し始めたのは、人類発祥よりずいぶん後のことですもの^^ お金がなくても、豊かに幸せを味わえる国創りは、今の時代であればこそ可能性があると思っています。 昨日、畑作業を楽しんでいる時、唐突にお金が介在しない暮らしの豊かさを意識が捉えてしまい、その全体像というかヴィジョンが広がり、嬉しくなってしまいました。 太陽や風、草、土、虫、鳥、猫・・・・・ 時間が止まり、豊かで自由、慈愛あふれる時空に入ってしまったかのような体感を味わいました。 東京出張から帰ってきたら、この本の存在をお伝えしようと思っていたのに、「今、ここ」意識で暮らしているものですから、今日まで忘れていました^^; 共振してくださる人は、きっと多いのではないかと感じています。 『お金のいらない国』長嶋龍人著 定価:945円(本体900円+税) 発行所:NPO法人ネットワーク『地球村』 TEL 06-6311-0326 FAX 06-6311-0321 すべてに感謝♪
2009.03.13
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入れ替わり立ち替わりやってきた訪問客も帰っていかれ、落ち着いて畑作業を開始~♪刈り取った草の整理やら、新たな箇所の鍬入れやら~畑の全体を見回してみると・・・・菜の花????あはは~、どんどん大きく葉を広げていた白菜が気になりながらもそのままにしていたら、見事!に次世代を残す動きに入っていて、びっくり!それにしても美しい♪あはは~、ブロッコリーもいくつか黄色い花が見えているし、空豆にも可愛い花が~♪駄目元で自分の学習のため芯だけになっていたキャベツもそのままにしていたら、小さいけれどまき始めキャベツらしい姿になってくれている~^^ニラもすこ~し増えてきたみたいだし、春菊はわんさか顔を出しているので、収穫し~♪うふふっ、我が家はとても「農業」をやってますな~んて言えるレベルではないけれど、嬉しくて楽しくて、もう畑のない暮らしなんて考えられないですよぉ~^^今日は女3人全員で畑作業~♪草抜きした端から鳥が舞い降りてきて虫をついばむ姿って、とっても可愛いですよ^^新たな畝を作るためにせっせと草抜きしているわたしのすぐ傍までやってきてくれます。鳥さん用の食卓を作ってあげたくなってしまう~(笑)農の醍醐味は、収穫もさることながら自然のリズムがいつの間にか身についてくることかも~^^焦らず騒がず、自分のペースで畑と付き合っていると、時間に対する観念が変わってきます。始めもなく終わりもない悠久の循環する流れにストンって入ってしまうのですよ^^時間に追われ、時間を刻む暮らしは、遠い過去のこと~^^あるがまま流れるままのイノチを観察し愛でることの幸せを味わっている時、エゴが消え風になっていくみたいで、場とひとつになっていき、時間が止まる~^^太陽が陰り、風が強くなったら終了です♪収穫したブロッコリーで今夜の食卓を飾ります♪豊かで幸せな暮らしに感謝~^^
2009.03.12
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真なる我と徐々に一体になってくるようになると、現実と思っている事件や出来事に対する理解の仕方が自ずと変化してきます。 どんな出来事の中にも、関係する魂の気づきを誘うための大きな親(創造主)の愛が見えてくるのです。 たとえ自分が困難と思われる出来事に遭遇しても、心乱すことが少なくなってきます。 宇宙の法則のままに意識を真我の中心に合わせていくことで、その奥に在る陰陽融合=ゼロに近付いていけるようになり、出来事の表面的な幻想は消えていきますので、絶対力を持つ内なる神意識のままに心平坦にコトを経験していけるようになってくるようです。 すべては必要があって起きていますので、その必然性を心(感情)で反応するのではなく真我の中心意識で把握すれば、「日々是好日」の暮らしが出来るようになってくるようです。 これらのことは、誰かから教えられたからわかることではなく、自分の身体を使って経験することで徐々に胎に落ちてきたわたしの意識ですので、どのように受け止められるかは読んでくださる人の自由です。 もし少しでも共振する意識を感じられる方がいらっしゃいましたら、ご一緒しましょう♪ 経験することでしか奥の細道には入っていけません。 言葉は経験の一部をかろうじて補うものでしかありません。 急にスピマ出展を決め、今日までに4か所経験してきた目的の一つは、ボランティア・サポーターさんとの出会いがありました。 来場者さまたちとの会話の時間は限られていますが、サポーターさんとは必要があれば12時間ミューアが放射するゼロエネルギーを身体で経験し、経験の補助としての言葉を聞いてもらえるからです。 本当の自己を知る仲間作りが、わたしの役割なんだと知っていますから~^^ 今回ボランティア・サポーターをお願いしたもうお一人がちぃさんです。 ちぃさんからも嬉しいメールが届いてきました。 ご本人の承諾をいただきましたので、Sさん同様、ご紹介させてくださいませ。 『たあこさん、おはようございます(^人^) サンキャッチャーの虹喜んでいただけてとても嬉しいです。 (注:3月7日当日お別れするときにお土産をいただいたのです。 帰宅して開けてみますとちいさん手創りのサン・キャッチャーが入っていました。 我が家で最も太陽光が入ってくる客間前の長廊下につりさげましたら、客間のあちこちに虹が躍りだし、嬉しくて~^^) 本当にたあこさんに出会うことが出来、心から感謝しています。 私から愛のエネルギー出てました?! (注:彼女は終始笑顔のままに、優しくて華やかなエネルギーを放射し続けていらっしゃいました。 それはアップした写真「蓮の花ミューア」の化身のような存在に感じたのです^^) 嬉しいなぁ~ でも本当にここ数ヶ月心が愛や感謝に満たされ、とてもウキウキした気持ちなんです。 そしてたあこさんにお会いした数日前から更にそれが強くなったようです。 色んな場面で様々な事を肌や心で感じることができます。 ザルの目がまたちょっと小さくなってきたのかも♪ (注:エネルギーを「感じる」・「感じない」という体内システムの意味をわかりやすい言葉に変換してお話しさせていただきました。 より精妙なエネルギーを感じとれるようになる方法(訓練)の一つが瞑想であるということも~^^) たあこさんの愛をたくさん受け取ることが出来ました。 ありがとうございました!! それから発酵水 昨夜 プレゼントされた化粧水(注:自家製肌用醗酵水)をヒタヒタしてたら言いようのない優しさに包まれ涙ぐんでしまいました。 微生物さんとたあこさんの愛がいっぱ~い詰まってて泣けてきました(*^.^*) 貴重な物を分けていただき有り難うございました。 はい! 私は私を信じて日々を丁寧に堪能しつつ生きてゆきますね。 こちらこそ末永いおつきあいを宜しくお願いいたします(^人^)』 『メール有り難うございます。 北九州 久々の快晴でチビ達と公園で遊んでました~ Sさんも再始動の心持ちになられて良かったですね! Sさんのスピマ体験談も楽しみにしてます^^ 本当に様々な素敵なご縁を頂いて、私の人生も本格的に再始動しはじめてる手応えを感じます。 たあこさんまた会えますよね? 小豆島にも遊びに行きたいですし♪』 驚いたことにちぃさんは、わたしが平成8年くらいから書き始めていた日記(現在のHPやブログにアップしてあるもの)のすべてを読みこなしていらっしゃいました。 自分で読み返すこともできないくらいの分量ですので、驚愕すると共に、その内容を覚えていらっしゃることに驚嘆しましたよ^^; ちぃさんから「たあこさん、メルマガ出しませんか?」「もっと読みたいのに、読むものがなくてさみしいんですよ~」と言われ、HPや日記等にアップしていない古いものならあることはあるけどねぇと伝えると、是非過去日記のすべてを公開してほしいと~^^; 平成7年に夫が亡くなったことから、わたしの日常は大きく変わりましたので、その変異を平成8年から書いています。 あはは~、多くの不思議体験をする毎に当時の理解度、感性のままに綴ってきたもので、たまに読み返す時は、自分の幼さや愚かさに嫌でも気づかされてしまいます。 自己意識として胎に落としていくまでは、何度でも手を変え、品を替え、自分が何者であるのか気づきなさいという「本当の自己を知る」ための慈愛が繰り返し顕れてくるという宇宙の絶対法の存在に感動しています。 まだたった13年くらいの経験でしかありませんが、今では誕生以来経験してきたあらゆる出来事の意味が理解できるようになりました。 それゆえ、あらゆる経験に感謝できるのです。 宇宙愛の緻密さ、深さに感謝しつつ、上昇変異し続ける宇宙の実相をさらに経験し続けていく意識が育っています。 人って、本当に崇高なイノチであることをお伝えしたいのですが、とてもその全容を言い表すことなどできませんし、言葉だけからでは真髄は決して伝わらないことも知っています。 どうぞ皆様、ご自分の身体を使って経験し、感受してくださいますよう、宇宙の中心意識(ゼロ)からお願いいたします^^ ちぃさん、Sさん、ありがとうございます^^ 逢うべくして逢えたおふたりに心からの感謝と愛を送りますね^^ すべてに感謝♪
2009.03.11
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福岡スピマでボランティア・スタッフとしてお手伝いをしていただいたちぃさんもSさんも、実は会場受付で逢うのが初対面の人たちでした。特にSさんは、「引きこもり」中とのことで、わたしに逢いたいとは思うけれど、はたして動けるかどうかその場になってみなければわからないとのメールを受け取っていました。「ご自分の心のままになさってくださいなぁ~^^ もし来れるようでしたら、美味しいお酒でも一緒に飲みましょう♪」とお返事を送ってありましたが、期待もしていませんし、落胆もしてなく、すべてコトは筋書き通りに進んでいくだろうと感じていました。3月8日に小豆島に帰り着きましたらSさんからメールが入っていました。ご本人からの了解をいただきましたので、その内容をお伝えしますね^^『たあこさん。今日は本当にありがとうございます。そしてお疲れ様でした。お役に立てたか解りませんが、僕にとっての今日は、朝の日の出を受けながらの瞑想に始まり、心のツボにはまったお話、楽しいお酒、最高の一日でした。まだ、こんなことができるんじゃんと魂が喜んでます。まだミューアの暖かい波動が残っていてとても安らかな眠りにつけそうです。また、お手伝いできるようなことがあったらお知らせくださいね。』このメールに対してのお返事を差し上げたら、翌3月9日に届いたメールです。『たあこさんのメールを開いたとたん、ミューアを付けたときと同じ暖かい感覚が背中から拡がっていくのを感じました。今回グラウンディングの重要性に気づかせて頂きました。やはり、かぐや姫ベーシックですね! そう言えば、あの日から24時間耳に聞こえる音が大きくなったままです。事故の話し合いが解決すれば買える!昨日そんな気がしました。今日は不思議なほど仕事が進んでいます。長い間部屋の大荷物だった、動かない古~いパソコンやモニターも、瞑想中に廃品回収業者が通りかかり、呼び止めて聞いてみると他の業者なら1台3千円くらいの引取料を請求されるのを2台あわせて1000円で引き取ってくれました。財布の中には2000円しかなかったのですが、何の怖れもなくかえってラッキーと思いながら支払うことができました。 今日の心の中はホントいい感じです。意識をゼロですね!たあこさんから聞くと、とても新鮮に、改めてその意味の深さを感じることができました。HP立ち上げもまもなくの様な予感がします。またお会いできるのを楽しみにしてますね!!今度は、マイナスにならないようにがんばってお手伝いします!(^^;)』そして今日10日に届いたメールです。『たあこさんへ結局この世は愛と調和のエネルギーの波動のみで作られた現象なんですね。人間が現実と呼ぶネガティブな現象の中にこそ大きな愛が隠されているようです。悟りたい、覚醒したいと思っているうちはそこへ至るのは難しいけど、ゼロとの同調を受け入れることで、勝手に悟りや覚醒が訪れてくれる様な気がしています。メール紹介の件、お役に立てるようでしたら光栄です!こ~んな落ちこぼれでも、がんばってるからってみんなを勇気づけてやってください!』Sさんは、精神世界系のことをこれまで真剣に学んで来られた人のようでした。それゆえと言ったら語弊があるかもしれませんが、スピリチュアルを求めすぎて、地に足が着いていないことを感じましたので、お手伝いをしてもらっている間、「グラウンディングかぐや姫」を首にかけて差し上げました。背中が暖かいと言われていました^^人は誰でも内に神なる存在を抱えている崇高なイノチです。人は誕生後の成長過程において、まず「ここに居てもいいんだという安心・安全」意識を身にしみこませ、次には「家族や集団と調和する能力」を、そして「自己に対する信頼や自信、自己愛・自尊の念」を身につけていくのだと思います。これが第一チャクラから第三チャクラが持っている本来のエネルギーのようです。人として生きる土台に当たります。三つ子の魂、百までも~と言われる所以でもあるでしょう。この土台が未成熟のままに、上位チャクラばかり求めてしまうと「確たる自己(土台)」がありませんので、自縛霊や憑依霊の寄ってくるところとなりやすく、土台である自己容認がないがために、いつも多くの不安を自ら作りだしていきます。どんな素晴らしい建造物を作ろうとしてもしっかりとした基礎工事で土台が出来ていませんと、ちょっとした揺れで、もろくも崩れてしまいますよね。人も同じだと思います。人の観察及びご縁ある魂さんたちとの出逢いを求めて、スピマ会場を4か所観察させていただきましたが、傾向としてそこに足を運ばれる方(客だけでなく、出展者の方も)の多くが、土台が未発達のままに上位チャクラの開発を求めている人たちのようでした。(これはあくまでもわたしの個人的な感性です。断定する気はありません。)もう一度物理的に子供に戻り、学び直すことはできませんが、「考える」とか「記憶する」ことではなく、すべては自己の内に在るのですから「気づく」、「感じる」ことで土台を自らの意識で作り上げることは可能だと思います。ご縁があれば、一緒に「自己の本質」を知るための冒険をやってみませんか?3月7日、12時間をご一緒に過ごさせていただいたSさんからのメールが嬉しくてご紹介させていただきました。これからSさんが、瞑想やミューア、自己観察などにより、本当の自己を知る道に入っていかれ、かけがえのない崇高な我と一体になっていかれることを見守っていきます。Sさんやちぃさんとのご縁の大きさを感じています。福岡から「本当の自己を知る」エネルギーが立ち昇ってきますように~^^そのエネルギーが自然発生的に渦を巻き、多くの人に伝搬していきますように~^^つづく・・・
2009.03.10
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名古屋、大阪、東京に続き福岡スピマを経験してきました。会場でお目にかかった多くの皆様、ありがとうございます。そしてボランティア・スタッフとしてお手伝いをしてくださいましたちぃさん、Sさんに心から感謝しています。ありがとうございました。ご来場者の足が切れた時間は、いつもボランティア・スタッフさんたちからの質問に答えているのです。あはは~、今回は客足が少なかったので、かなり内容の濃い会話が出来ました^^4か所スピマ会場のエネルギーや人の意識を観察させていただきましたし、ちぃさん、Sさんの質問も人の本質に関するものが多くて、「てんみくろんの会~お話と真我瞑想会~本当の自己との出逢い」を再スタートさせる時期に入ってきたことを強く感じさせていただきました^^ありがとうございます。真剣に検討してみますね^^スピリチュアル志向が上昇するにつれて、各種リーディングやチャネル、占い、癒しなどの分野が広がってきています。それはそれで本当の自己との出会いへ進む道のように見えるかもしれませんが、むしろ混乱をきたし、人(霊止)の本源(中心)に向かうように見えて、実は幻想の渦に流され、本当の自己から遠く離れていくことのように感じています。書籍や人から聞かされる「言葉」では、一時期その気になっていても、コロコロ変わり続ける「心」に翻弄され、むしろ地から足が離れてしまい、生きることがより苦しくなってしまわれる方々を多く見てきました。それがご本人の望みであるなら、なにも言うことはないのですが・・・・スピリチュアルごっこをやめて、絶対力を持つ不動の我を自らの心身で体感しませんか?その能力は、すべての人がすでに持っているのですから~^^見えないものが見えたり、聞こえないことが聞こえたりということには、何の意味もないと思いますし、むしろ本源を迷わせることだと思っています。すべての本質的な答えは、自分の内にしかないのです。幸せの青い鳥を外に探し求め続けていても、何もみつかりはしません。あはは~、わたくし事ですが、福岡スピマ出展ブースの中に「アセンションペンダント」を販売しているところがあるらしいことがわかり、体験してみました。これは「かぐや姫」とは、無関係のものでした。そのメーカー社長は、わたしをすぐにお分かりになり、「かぐや姫さんですね」と声をかけられました(笑)営業の男性が意気揚々とわたしに近付いてきて、身体の後ろで手と結ぶように指示されます。指示されたとおり、両手を後ろに回し、手の平で半円形の器のようにし、指をからませます。その半円形の器の中に男性が自分のこぶしを入れ、力を加え、押し下げていくのです。何をされてもわたしの身体は不動のまま~^^ほとんどすべての人が前のめりになったり、後ろへ倒れてくるのだそうですが・・・・それを見ていらっしゃった社長が交代して、同じことをされましたが結果は同じです。もう一人の女性が「足が開いているからかも? 両足をぴったりくっつけてください」と言われますので、両足をぴったり接触させ直立の姿勢になりました。社長から同じことをされましたが、それも結果は同じ。わたしの身体はまっすぐのまま~^^微塵も揺れません。「軸がしっかりされているのですね」と社長から言われ、「かぐや姫をつけているからでしょう」との言葉をいただきました♪「ほとんどのみなさんが揺れるのです。このアセンションペンダントをかけると揺れなくなるのです。」との説明を聞かせていただきました。このペンダントはPMS(フィジカル、メンタル、スピリチュアルの頭文字)波動を特殊技術で入力したものなんだそうです。定価は93,000円でした。目的別にミューア製品と似たようなものも作られていました。一通り見せていただき、お礼を言って自分のブースに帰りましたが、これもありがたい体験でした。うふふっ、わたしの身体は筋肉などほとんどありませんから力もありません。物理的な身体の軸が太いのではなく、イノチ(エネルギー)としての自己の本質を知り、信頼していますし、自分が何者であるかを明確に知っているからだと思います。人とは天と地を結ぶ光の柱としての天地人であるというイノチの実相を知っているのです。自分の心身・意識で何度も経験し続けていますから~♪宇宙即我也、我即神也という人(霊止)の実相を瞑想やミューア製品の使様などで、あるいは自然の山野から放射されるエネルギーと一体になることなどを通して経験し続けていますから~♪これは霊能力と呼ばれるものではありません。多くの霊能者さんたちが夫亡きあと、我が家に居候されていましたので、彼らの実態を見続けてきた結果、わたしは霊能者であることよりも「覚者(普通人)」を目指してきただけです。まだその道の途上ですが、日常で何があろうとその瑣末さを見ないで、大元の原因を見るようになりました。形ある世界は、形なき世界に原因があるからです。すべての人の内側に存在している「本当の我」へ至る道、ご一緒しませんか?
2009.03.09
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2月28日から、3人の客が滞在している。一人は約14年前、夫が亡くなったことで我が家への訪問が解禁状態に入ったらしく(ある霊能者からそう言われた?!)飛び込んできて、それ以来ご縁が続いている岩手に住む女性霊能者Mさん。わたしが28歳の時からの友人で東京で暮らしているM氏。M氏は沈着冷静、カタカムナの本流宇野女史亡き後、正式な後継者もないので自然な流れから勉強会を開催し、後進の指導を始めている。そして、群馬県在住というヨガの熟達者K氏。(ネイティブ・インディアンが使用しているティーピと呼ばれるテントを日本に持ち込み広めた人として、その業界では有名な人だとか・・・)目的は未来の地球創造の為のエネルギーワーク?!かつてM女史に請われて、日本各地を何回も共に旅をしたことがある。地軸や風、太陽などを対象とした彼女の行動はまさに体当たりという感じで、生半可なことではなく命がけとも言える。あはは~、前回台風のように現われて、台風のように去って行った彼女が、その時の約束通り2月28日に必要な仲間を伴って賑やかにやってきた。やってくる前に、千草さんと車を借りたいとの強い申し出があったけれど、2~3日ならまだしも、3月12日まで滞在するという話なのでお断りをする。千草さんを含むわたしたち3人の生活を乱すことは避けてもらわなければ、わたしたちの暮らしも仕事もストップしてしまうことを伝えて、納得してもらった。M氏も仕事があるので、予定としては3月5日には小豆島を去り、代わりに岩手から同日Y嬢が小豆島入りをするらしい。3月1日の午前6時から彼らの行動がスタートしている。午前6時には出かけていき、午後6時ころに帰ってくるというスケジュールがすでに3日を経過しているが、四国本土をはるかに凌駕する地形の神秘のため困惑が続いている模様。「四国本土は肩透かしをくらったよう感じるほど、不思議なくらい簡単だった。でも小豆島は、この小さな島の中に四国本土のエネルギーをギュッと凝縮してエッセンスにしたものが封じ込められているように感じる。場所によって風の道もまるで変わってしまうし、つながりが掴めない。まるでわからない。」と苦しい表情で頭を抱えている。この3日間、右周りで小豆島の外周を探索し続けてきたが、何もつかめなかったらしい。「今日は3月3日、ひな祭りで陰陽融合の日だから、きっと明日はなにか開いてくるかもしれないよぉ~♪ 元気出してよぉ~」と声をかけてしまった。「そうだよねぇ~、実はM氏からもそう言われているし、わたしもそう感じてはいるんだけど・・・・」とM女史。今日は島の外側から内部探索に入るらしい。内部に入れば入るほどに、道は切り立っていくし、車で登れないだけでなく、徒歩でも登れない断崖になっていく。人を寄せ付けない岩山がいくつもある。わたしは、小豆島は本土からのエネルギー流入が少ないがために、四国本土に比べれば古代からのエネルギーが濃密に守られているように感じている。消えたヘブライの民たちが、戦いのない理想国家を創造するために選んだ日本という大地。死んで甦るために、四国の大地にその扉が開かれ世界平和に向かうための黙示を残し、いよいよその時期が来ていると感じている。「竹内文書」を参考にすると、地球の歴史は日本から始まり、五色の民たちが世界に散っていった。その民たちが消えたヘブライの民として、氏素性を消し、故郷の大地、日本に帰ってきて2,000年以上が経過しているのかもしれない。悠久の地球と人類の本当の歴史が、明らかになっていく予兆を感じてもいる。「小豆島は凄過ぎる!」との言葉を残し、4日目の今日も午前6時には出かけて行った彼らが、どんな表情で帰ってくるのだろう?彼らの顔に光が射してきますようにと祈るのみ~せめて心身を緩ませてもらえればと、今夜のメニューは手巻き寿司にする^^合計6人、何合ご飯を炊けばいいのかなぁ~(笑)
2009.03.04
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娘との暮らしは、ぼつぼつ2か月目が終了し、3か月目に入ろうとしています。 小豆島に到着した当初の食べ方は異常の極みでしたし、一日中眠り続けていたりしていましたが、2か月目に入りアルバイト先も見つかり、1日だけ体調の乱れでお休みを取っただけで継続して働いてくれています^^ バイト先までの距離はわたしの徒歩では約20分くらいの場所になりますが、歩くことが好きではない娘は目下自転車で通っています。 徒歩ではほとんど平坦な道ですが、自転車でこぐと多少息切れする場所があるということ、米の安売りの日は、レジ打ちをしながら米を袋にいれなければならないとかで、しばしば筋肉痛を訴えていたりしていますが、お店の人たちとも少しずつながら会話も始まってきたようで、心身も多少安定してきたように感じています。 食べる量は相変わらず多いのですが、それも心なしか安定しつつある気がしますし、毎日自家製の醗酵水(心身を調和に導く)を飲んでくれていることも功を奏しているかもしれませんが、下半身がわずかに細くなってきたようです。 小豆島に来た翌日に買ってあげた男もののズボンが多少緩くなったと嬉しそうにゆるくなった腹部を見せてくれました^^ 娘は小学生の頃からクラスメートたちから苛めの対象になっていたこともあり、母であるわたしは自立をめざし会社を起業していましたので、物理的な交流時間が少なく、どんどん引きこもりとなり、自己を卑小化し、目も耳も口も閉ざして生きていました。 幸せ感を求める本能として食欲が肥大化していく動機のひとつは、人(特に母親であるわたし)から認められることのようです。 そこで、毎日の昼食は娘に作ってもらうようお願いすることにしました。 すでにご存じの方も多いと思いますが、調理時間は食べてくれる人の喜ぶ顔を見たくて、心は調理に集中します。 ネガティブな想念など消えていきます。 人も認めてくれて、なおかつ自分のイノチに自信を持ってもらう方法として、娘には嫌いではない料理を始めてもらうことにしたのです^^ 毎日のメニューも娘にできるだけ任せていましたが、どうやらそれも底をついてきたようで行き詰ってきました。 ちょうどそんな時期、わたしの出張中に千草さんが娘を誘って、料理本を探しに行って娘に興味持てそうで、作りやすそうな料理本を1冊選んでくれたみたいです。 千草さん、ありがとう~♪ 出張から帰ったら、早速新メニューのお昼御飯が出てくるようになりました^^ 本と首っ引きで、真剣です。 料理が出来上がり、それを食べるわたしの反応を不安そうな顔つきで真剣に見つめてきます。 褒めてあげると、娘の全身から緊張感がスーッと溶けていき、嬉しそうな顔^^ 明日は何を作ろうかなぁと自分の意思を自然に動かし始めた模様♪ これまで自分で何かを意図してやるという姿勢がなかった娘の心が動き始めてきました。 ちょうどその時、友人から全粒粉オーガニックパスタとペンネが送られてきました。 「ママ~、明日はグラタンを作ろうかと思ってるんだけど・・・・」と言う娘の声に「グラタン・・・美味しそうだねぇ~♪ ちょうど美味しそうなペンネが届いたから、このペンネでグラタンを作ってほしいなぁ~♪」とお願いいたしました。 ちょっと塩を入れすぎたみたいでしたから、そこにごはんを加えて食べると、ちょうど良い塩加減になり、「ほらっ、ちょっとご飯を加えてみて~♪ おいしいよぉ~♪」と伝えると娘もご飯を加えてみて、「本当だ^^ ちょうどいい味になった~♪」と歓び、今度はドリアに挑戦すると張り切っています^^ あはは~、ペンネグラタンと一緒に写っているのは、前日の残り物です^^;家庭での聖なる場所は台所だと思っています。 台所から家族への愛の源が創造され、食卓で愛の花が開きます♪ 家族の絆は食卓から~♪ 一緒にお風呂に入って、背中の流しっこをしたり、娘の心が徐々に緩んでいくにつれて、わたしの心も共に解放されていきますので、屈託のない笑い声が響くようになってきています。 娘の蘇生は、母であるわたし自身の蘇生でもあるようです^^ 28年かけて築きあげてきたお互いの硬いしこりが、ゆっくりと溶けていきつつあることを嬉しく感じています。 娘が本来の心身を取り戻し、自分の思ったことを自由に言えるようになる日が来るのを楽しみにしています♪
2009.03.02
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今回の東京出張は、いつもとは違うエネルギーを感じ続けていました。それが何かは言葉で説明し難いのですが、実にゆったりとした空間に守られているというのか、包まれているようで優しく温かい^^東京というより江戸のエネルギーなのかもしれません。人も地も全体的になめらかで豊かだった。何がどのようにということは、まだ混沌としていますが、内なる我の変化を感じはじめています。東京(江戸?)が放つ穏やかなエネルギー及び触れ合わせていただいた多くの皆様に心からの感謝をお伝えしたいのです~♪愛をありがとうございます
2009.03.01
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