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あけましておめでとうございます。昨年はお世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。ところで、昨年年末は、「初入院」「初手術」を体験しました。手術は今のところ計画どおりで順調です。医師は相当腕がよかったものと確信します。最初は術後の患部予後のことを考慮して大掛かりな手術内容だったのですが、入院時期を逸したことにより、その間のさまざまな諸事から、手術内容を大幅に変更することになったのでした。入院・安静期間(歩けない)が数週間というのはなくなり、結果的に侵襲性が最も低い、自分にとってベストな選択ができたと思います。今までは、世話をしてもらうことがどうしても苦手だった私。受け取ることが何よりも苦手でした。今回の手術もたいしたことないので、自分でもそれほど気にしていませんでした。けれども。看護婦さんの暖かさ。同室のおばあちゃんのやんちゃ話。決して話さない不安と、それをやわらげる気持ちが通じていること優しさ。初めてのオペ室、手術台。終わった後の安堵感、安心感……。自分をすべてゆるめて、ゆだねても大丈夫だったという、初めての経験。誰かとの会話が、かかわりが、こんなにも安心を与えるのだということを、初めて感じました。見えないけれど、確かに、ここに感じるもの。麻酔から帰ってきて、今、生かされているのだ、と痛感します。月並みですが、今まで当たり前だと思っていたものが、実は与えられていたんだということに、いまさらながら感謝の思いです。暖かいお風呂に入ることができるのも、安心して眠る場所があることも、食事制限することもなく、自由なところに歩いていけるのも、あたりまえのようで、あたりまえではない。ただただ、ありがたいなあ、とおばあちゃんのように感じたのでした。今年は、与えられているものに感謝し、心から享受し、楽しみ、そして分かち合っていけたらと思っています。ずっと行っていなかった大好きな旅行も再開したい。まずは、国内からだな。行きたいところ、乗ってみたい交通機関もいろいろ♪というわけで、本年もよろしくお願いします。
2008.01.05
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いろんなひとに支えられ、手放しが完了しました。関係者に誠実に自分の気持ちを伝え、全てを返納しました。前回のブログを書いた直後なので、だいぶ前になりますが。関わってくれたひとたちにも、感謝です。 手放してみて、見えてきたこと、たくさんあります。いろいろと思うことはありますが、それはまた別の機会に触れたいと思います。
2007.05.02
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いろいろなことがありました。その中で、ようやく、決心したことがあります。ある団体からの脱退。 大げさな話、これをなしとげるのは無理だと思ってあきらめていました。自分がやりたいわけではなく、お願いだから継続してほしいというあるひとのために続けていた、そのことに疑問を感じたのでした。これまで、何度も何度も、自分の意思を伝えましたが、結局、ふっきることへの罪悪感で強くNOということができずにいたのでした。 今、私は、自分の感覚を信頼したいと思う。一筋縄ではいかないかもしれないけれど。自分にとって、何がベストなのか。 私のことを、真剣に応援してくれているひとがいることに、気づくことができました。その思いを、信頼することにしました。出会ってからの長い間、私がふてくされたり、自分の嫌な部分をさらけだしたのを見ても、決して私のことを否定しなかった、すべてを受け入れてくれる器の大きさをもった友、ずっとずっと誠実でいてくれた友を。 その気持ちに支えられ、先日、ようやく自分の気持ちを伝えることができました。罪悪感が頭をもたげたり、そこまでしなくてもと思ったりと、いろいろ。それでも、私は光を見続けていきたいと思う。 今、準備ができたと思う。 誠実に、自分にも誠実に、断ち切りたいと思います。
2007.04.15
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何の気なしにたまったローソンのポイント。ミッフィーの絵皿と交換しました♪ 今日のごはんで、デビュー。ところが、お皿を洗っているときに、洗い場の上の棚から、カン切りが落ち、はずみで割れてしまいました!!すっぱり二つ。ショック!!! ショックのあまり、お皿のピースをそれぞれ両手にとって、みつめることしばし。ふと思いました。今日は精神的に落ち込んでいたので、私の悪いものを吸い取ってくれたのかもしれません。ミッフィーありがとう。二つの絵皿をそっと箱にもどしたのでした。 役目が終わって、このお皿は、私には、もう必要なくなったのでしょう。現実レベルでも同じことが起こっています。今まで、私にとって大切だったもの。受け取って、手放しの時期のようです。
2007.04.14
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週末は、お花見がてら、温泉に行きました♪お肌、ツルツル(*^^*) 一緒に行ったひとが、とても気がつくひとで、知識も豊富なんです。このあたりに不慣れな私のために、行きと帰りでルートを変えて、地理などいろいろと教えてくれました。 ある有名焼肉屋の前を通れば、「この店のおくさん、実は肉が嫌いで食べられないねん(笑)」某パン屋の前を通れば、「ここの○○がおいしいねん」ある会社の前を過ぎると、「ここの市は、この会社が幅をきかせているから、市民税が安い」その他もろもろ、仕事の話から、ゲームの話まで。 最近、いろんなひとのいい部分やこんなのいいなあという部分がとっても気になります。それを、ともに楽しむことができるんです。私が喜んだり褒めたりすると、うれしそうにギャラリーに手を振って応えていました。すかさず、ギャラリーいないし、とツッこむと、喜ぶ喜ぶ。 そういえば、先日、弟と電話をしていたときも、話の途中でひらめいたので、すかさずヤツのいいところを伝えることに成功(^^)v心の叫びがもう言うなーーってな感じで聞こえてきて、テレているのが分かりました。それが快感の、サディスティックなわたくし♪ 感謝しているんだよ、きみの存在には。伝えることができて、よかった。 桜も菜の花もひときわ際立つ摂津峡。近くの公園でも、新緑があざやかに広がっていました。まだ、少し肌寒いけれど。もう、すぐにでも、初夏がやってきそうです。
2007.04.09
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桜がキレイな季節です。週末、来週とお花見が続くので、ゴキゲンな私です。 今月から、私を取り巻く環境が大きく激変!!ミラクルによって運ばれているのでしょうか。女神さまが微笑んでくれているみたい。 過去に案じていたことも、時代が変われば事象も変化して、まったくの杞憂だったのかもしれない、と思えます。はじめから、すべてをゆだねて流れにのっていればよかったのに。でも、これもプロセスなのかな。 流れが、さらなる流れをつれてきてくれる。私は、今、しあわせだと思う。(*^^*) でも、もっともっとも~~っと、しあわせになりたいっ♪もっと、もっと、もっと!!!こんなこともしたい、あんなこともしたい。私は、こんなことが好きだったんだ、こんなことも楽しいと思うんだ、と改めて感じるこのごろ。 腹が立つことも、さびしいと感じることもあります。でも、そんな気持ちすらすんなり感じて流せるくらい、今の私は底辺が上がってきています。何が、そんなに影響しているのかも分かっています。たった、それだけのことで、こんなにも上げ底になるものなのでしょうか。今年の桜は、やけに綺麗に見えます。 もっともっと、しあわせになっちゃうよ♪
2007.04.05
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ここのところ大学附属の病院にかかっている。大きな病気をしたことのない私にとって、融通がきかなくて(平日の午前中しか外来がない)、だだっ広い大学病院は、不便で不便で仕方がない。さらに、他科との連携が必要になってくると、なお複雑な形態になってきて、何度もムダ足と思えるような運びとなり、さらに待ち時間が果てしなく長く、正直、うんざりぎみである。が、私のケースでは、一般のところでは難しく、紹介されてきたのだから、仕方あるまい。 その中でなされるコミュニケーションが、難しい。むこうにとってはアタリマエのことが、自分にとってはまったくクエスチョンマーク。疑問点は、自発的に質問しなければ解消しない。積極的に、何度も何度も質問を繰り返す。聞いてみると、意外な答えだったりして、日々驚きぎみである。 やはり、自分の体のことだけに、いい治療をしていきたいと、誰もが願う。あきらめずに、コミュニケーションしていくと、だんだん楽しくなってくる。話を繰り返すうちに、いろんなことが見えてきた。大学病院のいいところというか、学者肌なのか、質問には本当に丁寧に答えてくれる。私としては、こうしたコミュニケーションの場をもってもらえることに、感謝をしている。 今回は、他科との連携がようやくなされ、流れ出す気配を見せた。まずは、前段階の処置。医師の腕がよく、手際がいいのが分かる。あっという間に終わってしまった。 麻酔が切れてきて、少しぼんやりする。ぼんやりしつつも、予定をこなす。今は、なんだか自分で自分によくやったといってあげたい気分。ゆっくり、休もう♪
2007.03.30
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今日は、オフィスビルのど真ん中。夕暮れ時を過ぎて、早めに闊歩して家路を急ぐ。 張り詰めた冷たさはなくなり、緩やかに流れていく風。初夏から夏にかけての夕暮れ時を思わせる、この空気。見上げれば、ネオンの灯りと夏特有の日没後も明るい青い空。 またもや、切ないなあ……。私の頭の中で、何がどう反応しているのでしょうね。 この、暖かい風。時折、吹き抜ける春のにおい。日暮れあとの、空の青さ。レストランからもれる灯り。 優しい季節が訪れようとしている。
2007.03.28
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今日は、久しぶりにJRに乗りました。 それにしても。夜の、通勤時間を少し過ぎたころのJRって、どうしてあんなに切ないんでしょうね。郷愁とでもいうのでしょうか。昭和とか国鉄を思わせるのでしょうか。どこか、物悲しい、それでいて人間味があるような、懐かしいような。切ないという表現がぴったりなんです。 昔のCMの影響もあるのかもしれませんが、時代は流れてずいぶん経つというのに。周囲に人はたくさんいるのに。どちらかというと、街中なのに。JRの周りだけ、はっとするほど、変わっていないことがあります。ほかの私鉄では、こんな感じは感じられないのです。ホーム、駅周辺の景色、車内の雰囲気、すべにおいて、独特な感じがするのです。 カタタン、ゆれるJRで。家路を急ぎたいような、ノスタルジーに浸っていたいような。不思議な感覚を楽しんだのでした。
2007.03.26
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私は、ふたつ、仕事をしている。そのうちのひとつの仕事について、自分の中で一区切りついた。といっても、連動しているので、もうひとつの仕事について、自分の中で変化が訪れているから、こちらの仕事で区切りなのだと思う。 本当に、単なる節目である。これからも続ける仕事では、ある。 この区切りのときに、さまざまな承認をもらった。こういうとき、不思議なもので、まったく違う方向から、いくつも同じような現象が起こったりする。そして、この承認を、私は受け取ることができた。 1年間、がんばってきたことは、無駄ではなかった。自分のために、あるいは誰かのために働いてきた。こんなこともあった。あるひとのために、仕事を増やした。収入増の分は、そのひとにあげてもかまわないと思っていた。けれど、結局、私が仕事を増やしたことからインスピレーションを得て、そのひとも変化をしたため、収入増は必要なくなり、そっくり私の手元に残っている。おかげで豊かさまで手に入ってしまった(*^^*) 仕事をよくするために、たくさん意見をしたり。自分が率先して新しい仕事をこなしていったり。その場の誰もが楽しんで仕事ができるように、職種に関係なく会話を楽しみ、違う職種のひとの仕事を見て、そちらが忙しそうなときにはサポートしたり。逆にこちらが忙しいときにはお願いをしたり。そのおかげで、職種による壁がとれて効率が上がった部分もあった。この業界で、職差は、直接、給与の差になるので壁ができやすい。お互いの仕事を尊重しつつ、気持ちの面で壁をとって柔軟に対応できるようになってきたことで、社内の雰囲気が格段によくなった。当たり前のことかもしれないけれど、そのことが、ものすごく大きな形で認められることになった。 思いもかけないひとから、思いもかけない形で承認されたことも含めて、不思議なほど、自信がついていることに気づく。この仕事をしてきて、よかったと思う。 そして、気づく。私って、仕事が好きだったのね^^
2007.03.24
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本当に、私が欲しいもの。しんみつかあん!!! 親密感。優先順位、ナンバーワンは、圧倒的にこれ。長い間、本当の自分の気持ちをコミュニケーションできなかったから、親密感がどれほど大切で安心をもたらすのかがわかる。 それから。 この前、ある人と話をした。食後のコーヒーを飲みながら。自分がどうしていきたいのか。そのために、どんな理由でどんなことをしているのか。思っていること、考えていることをシェアしてくれた。 彼は、いつもまっすぐだ。彼なりに、今の自分にできること、できないこと、しっかり見つめて受け止めた上で、こうしたいと決めているのだろう。一見、簡単にできそうなことだけど、やってみると以外に難しいのは、私がやったことだからわかる。今の自分にはできないと認めつつも、あきらめずに続けるのは、成熟さが必要だ。彼が語っていたのは、ヴィジョンというよりは、目標だった。それでも、地に足がついているというか、この業界にありがちな空想に近い理想ではないところに、そして、実際にこなしていくところに、なんというか、心が動かされた。その瞳がとってもキレイだと思った。その、屈折のなさ、まっすぐさが、そして、気負わない軽さがいいなあと思えた。 私も。こんな風にまっすぐに、好きなものを好きといって、欲しいものを欲しいといえたらいい。けっこう、私も素直なタイプだと思っていたのだけれどね。 彼に触発されて、自分が本当に欲しいものをシェアしてみた。口に出すと、感情が動く。いいながら、心の中で気づく。現実のレベルでも、準備だけは、進んでいること。怖くて、半分逃げ腰だけど。先輩の話も聞くことができた。あんなに、セキララに自分のことを話す先輩もステキだと思う。おかげで、今の自分のしていることに安心できた。 今の私に必要なのは、軽さかな。そして、やってみること。 雪解け水が流れ出すように^^
2007.03.23
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またもや、恩恵がやってきましたよ(^^)v 今日一日で、大きな恩恵がいくつも。びっくりです。思いもかけなかったから。正直、逃げ腰になってしまいそうになったけれど。受け取ろうと思う。 すっごく、すっごくうれしかった。私が一番欲しかったものが、少しずつ、手の中に納まりつつある。はずかしくて、怖くて、慣れないと、どう反応していいのか分からないんだけれど。でも、とっても嬉しかった。 分かりやすい、サプライズギフトもあった。私が好きなものの話、ずっと以前に少ししただけなのに、覚えていてくれて。私も知らなかったもの。びっくり。ステキーーー。手に入った上に、新しく知った。好きなものが増えた♪ 恩恵がたくさん。いろんなひとから、もたらされる。この、つながりが、私にとっての一番の恩恵かもしれない。 もっともっと、自分自身を与えられるひとになりたい。今の私と同じような気持ちを、誰かにも分かち合いたい。本当に、ありがとうなのです☆
2007.03.20
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ここのところ、流動の大きさにイライラ、カリカリしてきたけれど。ふと、目を上げると、全てのプロセスは順調だということに気づいた。神聖なまでの恩恵たち。 例えば、経験値のない企画だったのが、知り合いがいたおかげで難なく通過。顔が広いということで私の経験が買われ、感謝までされ、厚待遇。これを恩恵といわずして何というのか。ふふふ、むっちゃラッキー♪ それから、私はとっても嫉妬深いということにも気づいた。嫉妬深いんだけど、よくよく考えたら、やきもちを焼いている相手よりも自分のほうがずっと恵まれていることにも気づいた。そして、恵まれているんだけど、もっと望んでもいいことにも気づいた。 そして、心では、受け取る準備。いっぱい、いっぱいの恩恵が待ち構えている。受け取っていいんだ。 受け取れない好意を、断ったら終わりだと思っていたけど。切る必要もないことに気づいた。来週は、一緒に食事に行ったり、日帰り旅行に行ったり、これからもこんな関係を保てたらいいと思う。私が今、感じていること、好きなこと、楽しいこと、分かち合いながら。 自分の意識の変革を奇跡ともいえるけれど。望みさえすれば、必然的な出来事でもあると思う。 ただ、自分のままであるだけで、特別なことなんてしなくても、私の周りには恩恵がたくさんある。私が受け取らなかっただけなんだ。 ありがとう^^目には見えない、何かのおかげ。自分の意思と、宇宙の仕組みのおかげなんです。与えてくれた、何者かに、恩恵に、感謝します。 この恩恵が、みなさんにも降り注ぎますように☆
2007.03.19
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家族に対して、自分をオープンにしだしたのは、今年のお正月くらいからだったと思う。去年、家族の間で、事件といえるほどの出来事が起こり、自分なりにいろいろ考えて、行動をしたりした。その結果、自然な気持ちの流れで、少しずつだけれど、自分を与えていこうという試みをした。 一方、昨年の事件と時を同じくして、自分がしあわせになろう、という気持ち、しあわせにしたいという気持ちを尊重するようになった。でも、どんなにもがいても、なぜかしんどい日が続いて、なぜだろうと疑問に思ってきた。ご飯を食べても砂をかむ感じ、何か、空虚のような水辺でぽつんといる感じ。自分の周りで起きている現象や起こっていることがらは、うまくいっているのに。なぜ? ああ、わたし、さびしいんだ、そう気づいたのはいつのことだっただろう。そして、どうしてこんなにさびしいんだろう、と思った。毎日のように誰かと接触するし、友達もいる。 このむなしさやさびしさは、相手との距離、どれほど自分を与えているかに比例するということは、すぐに心の奥で感じとった。自分でもどうしようもないくらい、戸惑った。今まで、この距離を保ってきた。これが普通だった。その距離を縮めるのに、たった一歩ですら莫大な勇気が必要なことも、すぐに分かったから。 本当に怖いので、ぽつ、ぽつとしか進められない。それでも、少しずつ、自分と周りのひととのかかわりに目を向けて、少しでも距離を縮めたくて、この1年、ベストを尽くしたと思う。 そして、最近心がけているのは、コミュニケーション。しょーもないと思えていたようなことでも、コミュニケーションをとることを心がけている。 今まで、分かってもらえないのではないか、私のいうことなんて聞いてもらえないんじゃないかという恐れから、あまり自分の気持ちを話したり、相手の話をしっかり聞くということをしてこなかったような気がする。不安になったら、そのことを。苦しいと思ったら、そのことを。迷いがあったら、そのことを。コミュニケーションしただけで、本当に距離が縮まってしまった。 今は。手放しで、安心できる距離にいるといえるまではないけれど、以前よりも、ココロがやわらかくなっていることに気がつく。今日、昨日、どれだけ私は笑っただろう。1日中、ひとと接して話をして、昼休みも笑い続け、帰宅後も電話をして、笑っている自分がいる。大好きなひとが、たくさんいる。 不思議なもので、先日の日記に、よそに預けられてさびしかったことをちらりと書いた。私は、今の今まで、このときのことをさびしかった、と自分で認めたこともなかったし、誰かに話したこともなかった。彼らに、本当に愛されて、大切にされていたことを知っていたから、そのときに本当はさびしかっただなんて、決してそのことは認めてはならない、言ってはならないタブーだった。けれど、そのことをシェアしたことで、誰が読んでいるかなんてまったくわからないんだけど、ただオープンにしたということが私の心を動かしたのだと思う。以前よりも、もっと愛されていたことを実感できるのだ。そして、しあわせだったこと、私もまた、彼らを愛していたことを。 そう。あのとき、私はさびしかった。そこにいた子供たちと同じように、私も叱って欲しかった。文句を言ったり、けんかをしたりしたかった。それでも、切れない絆があると、目の前で見ていたから。うらやましかった。それくらいの親密感が、欲しかった。 今なら、そんな風にコミュニケーションできるだろうか。もう、天国にいってしまった私の伯父と伯母に。大好きだったひと。そして、彼らも、また。「小さいころ、伯母ちゃんのこと、ママって呼んでいたのよ」私と会うたびに、そういっていた伯母。きっと、伯母も幼い私にママと呼ばれていたことを、甘やかな、優しい記憶として大切にしてきてくれたに違いないのだ。 いままで、ごめんなさい、ばかりだったけれど。やっと、やっと、ありがとう、といえる。そんな気持ちでいてくれたことに。ずっと、それを私に伝えてくれたことに。 そして、これからも。こうして時の流れをつむぎ、これから、いろんなひととさまざまな綾錦を織り成していくのだろう。それを思うとき、私の心は、たゆたう河のように豊潤に、なめらかに流れていくような感覚に陥る。優しく、豊饒に満たされてゆく。
2007.03.08
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胃腸の調子がどうしても思わしくなく、ここのところ、ちょっと鬱々しています。こんなに調子が悪かったことはなかったのですが、あまりにひどいので、いろいろと考えてみました。ふと思いついたのが、ここのところ忙しくて、食事時間を大幅にずらしたり、量やバランスも一定ではなかったのと、ついついぼーっと考え事をしてしまい、あまり咀嚼をしていなかったこと。そこで、今日は、心がけて咀嚼することにしました。 比較的あごが小さいので、すっごく時間がかかりましたが、なんと。たったこれだけのことで、胃腸のあのヒリヒリと燃えるような感じがなくなりました。すーっとラクです。ああ、咀嚼って、こんなに大切だったのね。 そして、消化器官がラクになると、あのナーバスだった気持ちもだいぶ楽に。ココロと体って繋がっているんだわ。 病気になると健康のありがたみがわかるんだけど、それものど元を過ぎて健康になると、それがアタリマエになってしまう。 とにかく、よくなってくれて安心しました(^^)
2007.03.07
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ここのところ、起こっている一連の事件というか、事故というか、流れのなかで、かつてない試みをしてみた。自分の親に相談をしたのである。 といっても、今まで相談をしなかったわけではない。今回のそれは、今までのそれとは趣が若干ちがう。 なんというか、別に親に言わなくてもさしつかえない内容で、言い換えれば相談したからといって、特に何かが変わるような内容ではない。いうなれば、近況報告とでもいおうか。自分をオープンにして、自分の話をしようと思った、その気持ちが私にとってはものすごい変化なのだ。 私自身、こんな日が来るとは本当に思いもしなかった。幼少期によそに預けられてた私は、比較的自立が早かったと思う。父に会うのは数週間に一度、母に会うのはもっと間があいていた。預けられた先で、私は大切にされていたと思う。でも、どんなに大切にされても、よそではお客さんであり、相手の遠慮を常に感じていた。それでも、相手の配慮を思えば、それをさびしいと言ってはいけない、それが日常だった。甘えずにいることが、物心ついたころから、難なくできていた。 私は幼稚園のときから、ひとりでバスと地下鉄に乗ってバレエのレッスンに通っていた。その後も、小学校に上がる前の弟を連れてスイミングに通ったり、ピアノを習いに行ったり。これも電車とバスだった。弟は感情が激しく、泣いて手がつけられなくなることがあるので、けっこう一仕事だった。彼も子供ながらに気を使っていた側面もあったと思う。けど、子供だからね、容赦ないときもあった(^^;こっちも子供だから、そんなときには苦労したわ。 家の中も、ぎすぎすして、母は何かでいっぱいいっぱいだった。あのときの母は、諸事情により病的で、ずっと家にいなくて、全くといっていいほど子供とのコミュニケーションはなかった。大げさに聞こえるかもしれないけれど、わずかな時間の大半は弟がべったりだったし、私とは話しをすることはなかった。本当に会話がなかった。食事の後、片付けもほとんどしないまま、母はいつも寝ていた。弟が成長して、少し遅くまで起きるようになってきたとき、ようやく、食後の話相手が私にできたくらい。 学校でも、3年生にあがってしばらくしてからいじめがあった。転校してすぐだったから、友達が少なかったことも災いしたと思う。私の場合は、特に攻撃してくるのは一人だけで、そのひとりにみんなが従うといった感じだったし(それでも集団で攻撃されるのはたまらないよ)、ずっと通してではなく、次のクラス替えがあるまでの2年間だったから、ましだったのかもしれない。 苦しいことは重なるもので、同じころに、本当に仲がよくてじゃれあっていた従兄弟ともぎくしゃくするようにもなった。めったに会わない従兄弟だったが、これはかなりの打撃だった。つい昨日まで、私の名前ばかり呼んでついてきただけに、態度が急変したときには、本当にショックだった。(単に彼が小学校あがったから、女の子と遊んでいることを知られるのが恥ずかしかっただけなんだけどね) こうして書いていると、なんかしょーもないことのようにも見えるが、本当に当時の私には逃げ場がなかった。家でも、学校でも。友達に関しても、転校直後で友達がいない上にクラスではいじめられてたし、当時、比較的近くにあった親戚の家が、祖母と、私と同じ年の従姉妹がいたので最後の砦だったが、それすらあまりに頻回に行きたがるので、親に禁じられた。誰か、話をきいてくれるだけでもよかったと思う。でも、誰もいなかったのだ。 特に、当時のことを意識してうらみに思っていたわけではない。ただ、このころから、あまり自分のことを話さないくせ、まわりには相談せずに一人で全てを決めたり、解決してしまうくせのようなものがついていたのだと思う。だから、誰かに何かを相談するなんて、本当になかったし、まして、どうでもいい自分の話など、することもなかった。誰かが自分に興味を示してくれるとも思っていなかった。だから、今までは、必要性にかられた話しかしたことはなかったのだ。 のに。熱が出て、気が弱くなったのか。母に電話をした。もう決まったことで、自分の気持ちも分かっていて、話しても仕方ないようなことを、でも、気になっていることを話してみた。自分のことを話したい、そんなハートをオープンにして母に与えるような、そんな感じでもあった。母「そんなことないでー。単なるぐちやったでー」と言うかもしれないけど(^^; 自分の中でも、何かが動いた。母の中でも、それはあったようだ。急な電話だったにもかかわらず、母は最後までしっかりと聞いてくれた。そして、うまく言葉で表現できないが、本当に、何かが流れ出したのだ。母が母ではないような。(母という人として)でも、母であるような。(母という役割として)母って、こんなひとだっけ。母が変わったのか。私が見てこなかったのか。でも、あきらかに、昔の母とは違う母が、そこにはいた。 それから数日して、今度は仕事の件で気になることがあったので、父に相談をしてみた。自然の成り行きで。ところが、父は仕事と治療の兼ね合いの件で相談したのに、治療のことばかりを、話の途中でさえぎってまでこうしろ、という始末(^_^;話していても、なんだかこちらの気持ちが重く苦しくなるばかり。これでも、父はいろいろあって丸くなったはずなのに。ということは、以前はもっと押し込めるようなひとだったのか。 苦しくなっちゃったんだけど、嫌な感情はなかった。やっぱり、父だなあ。変わらないよなあ。こーゆーひとなんだよね。がんこにいうくせに、そのあとでさびしそうにぽつんとしているんだから。もっともっと、コミュニケーションの必要性があるのかもしれない。 それから、私が調子を崩したのと同時に具合が悪くなった妹が、実家にいるということで、妹とも話をした。話をしていると......母にそっくり(^^;それも、説教くさい部分がそっくり。ぐぐう。 でも、妹だから、言えることもある。だってさー、だってさー、と話をすると、やさしく慰めてくれたりする。けど、私が妹を大・大・大好きなのは、こんな悩みを笑いにしてくれちゃうところ。体が悪いのをたてにとって、○○が悪いから、こんな私はきっと恋愛もケッコンもできないんだーー、とわざとすねて言うと、(←手のかかる姉だ)「わからんよ、相手も××かもしれないじゃん」(○と×に入る文字がわからないとイマイチ笑えないかもしれないけど)「お互いオープンでいこう、ってなるかもしれないじゃん」二人でげらげら大笑い。なんか悔しいので、抵抗したくて、「そんなの、もっとやだーーー」というと、また二人で大笑い。結局、笑っちゃう。なんか、そっか、いっか、って思えちゃう。 うまく言葉にできないけれど。今、この家族のしあわせを感じることができたことを、本当によかったと思う。こんな風に、ハートがゆるゆるになって、家族とかかわれる日が来るなんて。 みんながいることを。笑っていることを。日常にありふれたことが。本当に愛しいと思える。 もう、何十年ぶりに帰ってきたかのように。話すことが尽きない。誰もが笑いながら、杯を交わす。 宴が始まる。そんな感じです。
2007.03.06
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熱が下がったばかりだからでしょうか、頭がおぼろにもやっとしています。とはいえ、体は動くのでおきあがり、二日ぶりの外出です。予定していたところに赴きました。 外に出ると、春の気配を感じます。もう、3月なんですね。 暖かい気温と、春のにおい。私は、においで春を感じます。気温が上がるから、ふとした香りも聞こえるのでしょうね。乾いた土のにおい、花の蜜の香り。 春だなあ~~。ぼんやりしつつ、駅のホームで電車到着のお知らせに音楽♪鬼のパンツが流れてくるのを感じていました。意識の向こう側で、会社によって音楽が違うんだなあ、別の電鉄では♪線路は続くよ(曲名知らず)が流れてたっけ、と思いつつ。ふと我に返り。なんで鬼のパンツ???(ってか、曲名、鬼のパンツでいいのか?) 状況はせわしなく変動に変動を重ねているのに、現在、停滞中。渋滞ではないのに、いちいち信号にひっかかっている、そんな感じ。うつらうつらしていると、そのうち鼻に蝶でもとまるんじゃないかしら。 今、私はカーブを曲がるところのようです。停滞するほどに減速しなければ曲がれないとわかっていながら、今後のことを考えると、落ち着かない自分。見通しは立っているのだけど、おぼろげ。あっちの結果が出ればこっちの予定を動かし、今度はこちらの結果を待ち、という按配で、次々と予定が塗り替えられていく。そんなこんなで落ち着かず、イライラしたり、そわそわしたり。本当にうまくいっているのか、疑いたくなったり。 体の具合も微妙に悪い。加えて、胃と腸も悪くなってしまった。すごく痛くて熱くて、動くと筋肉痛のような痛みもある。こんなに悪い状態が続くことはなかったのに。南極の氷棚も溶けてしまったし、もはや、何が起こるのかまったく読めない。 私だけが苦しいんじゃない。不安に押しつぶされそうになりながら、進もうとしているのも、私ひとりじゃない。だからこそ、見落としてはいけないものがある。 今の私は、立ち向かいたいと思う。逃げてきたものから。それでよくなる保障はない。それどころか、ちゃんとできるかの保障すらない。 ラクに、簡単にできるのは事実だと思う。それでも、するべきことをしなければ、得られる配当はないのだ。することは簡単でありながら、簡単ではない。 簡単ではない理由は自分の心の葛藤か。自分の思考にさえ、何らかの責任が自分に下ると思う。 きっと、そうなのだろう。行動だけではダメなんだ。思考や目に見えない何かと、態度や行動が必要なんだろう。こうであるという認識。こうありたい、という意思のようなもの。それらが一緒に伴ったとき、何かが唐草のように互いに絡み合うような、美しい文様をかなで出すのかもしれない。 春の雨の中。ゆったりと暖かい気温の中で揺られながら。ホームから♪鬼のパンツ。そうそう、フニクリフニクラだ♪遠い意識の向こうで思いながら。 行き先が決まったら、乗り込んで身を任せれば、ラクなのよね。そこにたどり着くまでの、この揺られているここちよさが全てなのかもしれない。きっと、なんとかなるわ。 まだ、熱が下がりきっていないみたいです。久しぶりに、ベッドで本でも読もうかな。それとも、もうひと眠りしましょうか。ぽんとあいた空間を、優しい気持ちで埋めてみます。
2007.03.05
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あれから、あまりのショックのためか、熱が出てしまいました。 例えれば、取引先のお偉いさんが、かつて私がからかって遊んでいた人といった感じをイメージしていただければ間違いないと思います。あ~あ……。 けれども、例の知り合いは、よきにはらかってくれた様子で、その後は順調です。組織としては、かつて経験のないチャレンジを試みたのですが、それも快く了承してくれたとのこと。あんだけからかってたのに~(^_^;A 同席してくれたひと、その関係者からも感謝される始末です。とりあえず、吉とでたか???むむむ。 話が具体的、かつ長くなりますので割愛しますが、本当に不思議な縁を感じますね。再開しようとしたら、再会しました。熱が出たのは、彼に会ったからというよりは、当時のさまざまなことを思い出したからのようです。 とにかく、浄化して、次に進めますように。
2007.03.03
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今日は、次のステップに進むべく、いざいざ~。 まずは、手放し。準備は万端、ぬかりなし。 ところが、です。次のステップ……。!!!! なんと、知り合いに会いました。フツーなら、「あらあ~♪」となるところ、わたくしはビミョーな心境でビミョーな面持ちでした。なぜなら。なんといいましょうか。天に向かってはいたツバが自分に帰ってきたような。(-_-; ~ ←会った瞬間、思わず逃げたくなったわたくし こ、こげなお偉いさんになって……。あんとき、からかって悪かったな……、みたいな(^_^;Aだってえ~、からかいがいがあったんですものっ。 しかし、むこうもこちらもこのタイミング。たまたま今回から、たまたまココに、という組み合わせ。確かに、この業界は狭いといわれ、業界で長い私としては、ある程度人脈があるし、思いがけないところでの再会やうわさはザラ。 しかし、いやはや。隣とはいえ、違う県に引っ越してきたところやで~?マジ、狭い業界や。恐ろしかあ~~。びっくりやわ、もう~(☆_☆) どーなるんでしょうねえ???行く末不安なのか、ラッキーなのか、ビミョーなところです(^_^;A
2007.02.28
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仕事のこと、体のこと、今後のこと。さまざまなところで、たくさんの思いもよらないことが押してきて、ちょっと参り気味。 ひとつずつ片付ければ、できることは知っている。すべての歯車がうまく回転していることも、感じている。不安があるわけではない。大きな選択を誰にも相談をすることもなく、淡々とこなす自分を無機質とも感じる。すべては自分の選択なのだ。 ぱかぱか誰かに話すよりも、じっと心に秘めている決心のほうが、うまくいくことが多い。そのことに集中して神経を研ぎ澄ますことができるからだろうか。 やりたいことは、おぼろげ。どうしてこれをしたいと思ったのか、どうしても思い出せない。なのに、どうしても、何があっても、手放すことができなかった。私の手のひらのなかにある、ひとつぶの種。 ただ、じっとそれを見つめてみる。残りの人生の羅針盤を、てのひらに見るように。 望んできたものが、本当は手中にあったのか。けれども、実るともわからない種。これを土に埋める勇気をもつことができなかった。 こわいと思う。自分をゆだねるのが。かすかな風すら、わずかに水面を波立たせるように。 なあんてね~。なんとかなるわさーーー。と思いつつ、コワいのはやっぱり本当なんです。(~_~; まっ、なんとかなるわ~~なんとかするし(^_^)v ……ひとりごとでした。読んでくれてありがとう。
2007.02.26
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食事をしてきました。ともあれ、食事はとてもおいしかったです。むふふ。食いしん坊の私は大満足。 話もしっかりできました。だいたいの内容はわかっていました。でも、聞いてみると、自分が思っていたのとは違うニュアンスがありました。 私は、ある意味、情のようなものでしてくれているのだと思っていました。けれども、彼らは本当に私の能力を買っていてくれたようです。本当に、私の価値を見ていてくれていたんですね。自分の価値を見ていなかったから、お荷物のように感じてごめんなさいと思っていたけれど、それは誤解でした。アホみたいですが、私にとっては、新大陸発見くらいの感覚なんですよね。 話をしてくれた上で、私がどうするのかは、何も聞いてきませんでした。近いうちに私の気持ちを伝えます、というと、私の一番いいようにしてくれたらいいから、と言ってきてくれました。 私が一番したいこと。それは、ずっとずっとここのところ、考えていたことでもありました。こころのどこかで、その答えは決まっていたようにも思います。 自分の価値をみていてくれたひとがいてくれた、そのことをコミュニケーションできたこと、本当によかったと思います。
2007.02.23
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とりあえず、やってきましたよおお。引っ込んでいた自分を与える、ということをしてきました!!!もー、勇気を出して、意味もなく、与えてきました。(^0^; 最初からうまくいくはずはないと思っていたし、事実、プチ・進歩ってとこでしょうか。ところが、状況は、思いのほか加速したようです。私の変化以上に、周りの反応のほうがすごいすごい。あれあれあれ、って感じで。 そして……。(@_@; ひ~というくらい、爆走してしまいました。オソロシイことが……。一般的に社会的にありえないような出来事が、それも私のために起こったのでした。 状況を考えても、あまりにありえないことだったので、一瞬、受け取れず、「ええええっ」「まさか、そこまでするとは」「ありえへん」「悪いなあ」「あううう、私のせいだあああ」と、痛みにハマってしまい、またすぐに引きこもりぎみに→そうしてしまうことで、私のことを思って動いてくれたひとを、あたかも敵のように扱ってしまう→自分を責めるという魔の悪循環にハマり、またまた自分を責めてがっくり……^^; 思えば、たいていがこのパターンなんですよね。特に、相手が目上のひと、男性であった場合に。特に私が大好きなひとほど、むこうはとっても私のことを思ってくれるがゆえに。すごく愛してくれちゃうんですよ(>_<)本当はとってもうれしいことのはずなのに。愛されていること、享受して楽しめばいいのに。せっかくの自分の才能なのに。←あつかましい そこまでしなくていいのに、って怒っちゃうんですよね。書いている自分でも意味不明なことをしていると思います(笑)。正直、自分のためにこんなに周りが動いてしまうと、うれしいとかありがたいというより、コワイんですよね(^_^;コワくて逃げてしまうんです。私のためにしてくれたことで、ごめんなさーい、とひきこもってしまうんです。そして、がるるる、と攻撃的になってしまう私。相手がよかれと思ってしてくれていることは、ちゃんと私に伝わっているのに。そして、してくれていることは、実際、ありがたい申し出なのに。いつも自分で関係性を壊してしまうんです。もう、このパターンは手放さなければ。 たぶん、周囲からしたら、ただ私が怒っているように見えてしまうでしょうね。本当は、私が受け取れないだけだとは、誰も思わないと思います。そして、今回のことで初めて、私は評価されていたのだと気づけただなんて、きっと誰も思わないでしょうね(^^;自分のこと、役たたずで全然うまくいってないと思っていたのです。 でも、考えてみたら、認められていたんですよね。周りから見たら、それが当たり前だったんです。 今回のことは、立場の違うひとたちからも、それぞれに、いろんなことをいわれてしまい、どんどん自分を追い込み、それがあまりにひどく、行き場がなくなって苦しくなったために、私の中の何かがSOSを察知したみたいです。おかしい、おかしい、と思って、次には、誰も責めていないということを信頼したい、と逃げていた足をぴたりと止めたのでした。 ことがらがあまりに型やぶりなことだったので、してくれたひとの立場が悪くなることばかりを恐れていて、相手の意向をまったく聞いていなかったことに気づきました。コミュニケーションをとろう。思い切って、食事に誘ってみました。すごく喜んでくれました♪(それだけでもホッとするよーー)できることなら、相手の気持ちを聞くと同時に、正直に、腹を割って、自分が思っていることを伝えるつもりでいます。 また、一歩、前進できるカナ。
2007.02.22
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昨年の年末から、少しばかり大きな決心をしました。 今まで放置していた自分の体のケアをすることにしました。悪いことはわかっていたのですが、治療面でどうなるのかわからない不安と、費用の面で、長い間、見ないようにしてきたのですが、昨年末、やってみよう、そんな気持ちを固めたのでした。 今年からはじめよう、そのために、治療する医療機関をしっかり検索してピックアップしていこう、そう決意しました。ところが、その後、思いがけず忙しくなってしまい、できずにいました。けれども、不思議ですね。自ら何もしていないのに、トントン拍子で進んでしまいました。ふとしたハプニングがあり、縁があってかかった先生に診てもらうことになったのでした。それも、決心したとおり、今年から治療が始まるようにコトが運びました。 検査をしてみてわかったのですが、長期にわたって放置してきたため、思った以上に治療は難しそうでした。それでも、私の意向に沿うように配慮してくれる医師に恵まれ、不思議なほど不安はありません。意向どおりになるかは大病院での話を聞いてからになるし、思っていたよりも大がかりなオペになるかもしれませんが、なるようになるさ、そんな感じ。とはいえ、特に命に別状があるような内容ではないし、うまくいかなくても、ちょっと不便なだけ。だから、もともと不安や悲観なんて必要ないのかもしれませんけれど。 自分が思った以上に、治療が難しくても、そのことがプロセスなのかもしれない、そんな気持ちです。そこから、学ぶべきことがある、そのためのプロセスなのだと。今、私はいろんなことを経験し、学びつつあります。 先生はとってもハートフルで、まるで父親を思わせるような、愛情のある配慮に感謝しつつ、どうなるのかはわからないけれど、流れに身をまかせよう、そんな気持ちです。 そして、もうひとつ、大きな決心。今までひきこもってきた自分を与えていこうということで、あることを決意しました。これをするために、私は生まれてきたのだから、これをしなくちゃね。ドキドキするけれど、私にとっては大きな決心です。 これが終わったら、次の目的地に向かおう。どこに向かうのかわからないけれど。ただ、しあわせに向かって生きたい。 しあわせって何だろう。私の場合は、たくさんのひとに囲まれて、笑うことかな。すぐにだって実現できちゃうね。 願わくは。もっと……もっと!! 現実世界で、思いがけないラッキーに出会い、不思議な癒しを経験しました。私にかかわってくれた人たちに、感謝の気持ちでいっぱいです。 なんだかわからないけれど、何かから離れようとしている、今の私です。読んでくれて、ありがとう。
2007.02.05
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私には、時期によって自分なりのテーマソングみたいなものがあります。現在の私のテーマソングはさだまさしさんの「道化師のソネット」です。 かなり古い曲です。昭和、ってカンジです。この曲を初めてきいたとき、10代だったでしょうか。そのときも、心に響く素敵な曲だとは思っていました。 けれども、これを大人になって、ある程度の経験を積んでから聞いたとき、本当に奥の深い曲であり、歌詞だと感じました。この曲は、私が人生で大破局を迎えたときに、よく聞いた曲でもあります。 たくさんの憎悪劇、血みどろの感情、自己攻撃、罪悪感。愛しているはずなのに、どこか、敵のようになっている相手と、じりじりにらみ合うかのような時間。けれども、不思議ですね。憎しみや悲しみを感じながらも、愛も感じるのです。それも、命がけというか……。この曲で詠われている内容は、その相手から、私へのメッセージのように感じられたのを覚えています。 あのとき、一度たりとも生まれてきてよかったと感じたことのなかった私が、母に産んでくれてありがとう、と伝えたのを覚えています。地獄のような状況の中で、どうしてそんな気持ちになったのか分かりません。地獄と天国は、同時に感じるものなのかもしれません。 今は、あのときのことは癒されて、笑顔になれる私がいます。けれど、それ以前からあった問題、調子が悪くなると、とたんに、自分自身から逃げ出したいと感じる自分がいます。自己嫌悪、罪悪感、無価値感。 逃げて、ごまかして、そして、反抗的。やっかいなのは、自身の意識はなく、反射的だということです。繰り返し、繰り返しては、怒りに嵌まって動けなくなる自分。このことが蓄積して、あのカタストロフィーのひきがねになったのでした。 ふくれっつらで、反抗的な自分を感じたとき、この曲を無性に聴きたくなりました。『持ちきれない程の哀しみを、せめて笑顔が救うのなら』、笑いたい。そう思ったとき、あのとき私を地獄に突き落とした本人が、私の心からの笑顔を、誰よりも待ち望んでくれていたひとでもあることを思い出しました。人生をかけて望み、最後に私に残したメッセージでもありました。 笑ってよ君のために笑ってよ僕のために
2006.10.28
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今日は、高校時代の友人に会いました。彼女は、だいぶ前に離婚をして、以来、働きながら二人の子供を育ててきました。そんな彼女が、結婚をするというので、あわただしい中、会ったのでした。 彼女がシングルになったとき、下の子は、まだ相当小さかったと記憶しています。彼女なりに悩むことも多かったと思いますが、根が明るくて、バイタリティーのある彼女は、ほとんどグチらしいグチもこぼさず、子供たちを愛して育ててきたのでした。友人の私が言うのもなんですが、その子は相当可愛いんですよ!!!(ココは、類友ということに)明るくて、おもしろくて、キュートな彼女は、当然、モテてたし、恋愛に関しては引く手あまただったと思います。それでも、なかなか再婚に踏み切れなかったのは、やはり、いろいろと慎重になっていたのだろうな、と思います。写真で見せてもらった相手のひとは、大きくておおらかそうで、子供とともに、彼女の全てを包み込んで受け入れてくれそうなひとでした。 それにしても、高校以前の友人というのは、ありのままの自分を知っているからか、久しぶりに会うというのに、気兼ねが全くなくて、方言は出るわ、テンポはよくなるわ、声は大きくなるわ……。まあ、楽しい(^-^)ノ ところが、ずっと、きゃいきゃいやっていた私たち。ふとした話がきっかけで、高校時代の感覚がよみがえってきたのでした。と、何故か急に涙腺がっっっ!!!!それまで、結婚話になっても、全然、湿っぽくなる気配どころか、笑いで満ち溢れていたというのに、突如として。 あー、あの頃、こんなこと話してたっけ……。まだ、夢ばかり見ていて、それこそお箸が転がるだけで笑い転げてばかりで、楽しいことばかりを追っていた、あの感覚。もちろん、あのときだって、悩みとか苦しいこともあったはずなんだけれど。でも、あの、砂糖菓子のような、甘やかな、キラキラしたもの。未来が輝いて、硝子のさざなみのようなきらめきを放っていたあの頃。思い出すのは、笑顔。 彼女とともに過ごせたあの時間。今でも友達として繋がっているこの感覚。そのことが急に涙になってしまったのでした。ココで泣くか?、ワタシ。確かに、彼女が結婚するという喜びもあいまって、ですが。 何よりも感じること。あの時間を、共有できたこと。ケンカしたり、拗ねたりしたことも。全て。全て含めて。思い出すとき、胸の奥を小さな子供の手でくすぐられているような。ふと、微笑みがこぼれてしまう。いとしい時間。 友達って、本当にいいですね……。優しい風が吹きぬけるように。 そのあと、食事の会計をお互いに、「私が払うわーーー」とか言いあっていた私たち。 高校時代を胸にしのばせつつ。おばちゃんや、あんたたち……。 時間の流れは無常に過ぎ行く。
2006.10.05
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ここのところ、モーレツに忙しいです。もちろん、自分で忙しくしているし、その上に、かなり精力的にがんばっています。そのことが、今の私の安定をはかっているような気がします。 ベストを尽くして、今、できることをする。そのことがなんだか楽しい。働けることが、嬉しい。そんな感じです。 それと同時に来る流れは、今までの自分を認めてあげる、ということ。今までの人生に、これからの人生に対して、肯定していく、ということ。私こそが、あのときの私を、承認してあげたい。 がんばって、何か認められるわけでもないし、そのためにしているのでもない。全ては、自分のため。ただ、自分を突き動かしてくれる何かがあるのです。たどり着く先が、はっきりと見えているわけではないけれど……。 私には、出会いたいひとがいる。学歴も、社会的立場も、何も持たない、素の私に、出会ってみたい。ベストを尽くし続けていったとき、いつか、きっと、見つけるのだと思います。
2006.10.01
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ここのところ、仕事で「書くこと」が多くなっています。以前は、書くことに関して、プレッシャーだらけのこともあったのですが、今は、ほんと、「書く」のが楽しい。 どちらかというと、口頭で話をすることがニガテな私にとって、こうして「書いて自分を表現する」ということが、一番自分に似合っているような気もするほどです。ブログを続けてきたおかげでもあります。読まれることを意識しながら、自分をさらけて書く、と言う行為は、いろんなことを私に教えてくれたような気がします。 あるミュージシャンが、自伝で、「14のときから、1週間に1作の曲をつくるということをしてきた。それが苦しかったときもあるけれど、それのおかげで、今、ハイペースで曲が作れる」と書いていました。彼女は、その言葉通り、どんどん、新しい作品を生み出しています。かれこれ何十年も次々とヒットを飛ばし続けています。芸術を生み出す、ということすら、ある意味、慣れなのでしょうね。 次々とこれをお願いね、と依頼がくるけれど、そのたびに、集中して書くことができる。言葉が浮かんでくる。なんだか、心の中がなめらかになるような感じで、嬉しいのです。楽しいのです。よかったなー、って思うのです。
2006.09.24
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ここのところ、マイブームになっているのが、コンビニのおでん。私が好きなのは、大根と白滝です。いつも、迷ったあげく、この2種になります。 私が物欲しげにおでんを眺めていると、見かねた店員さんが、「お取りしましょうか」と聞いてくるので、おだしをたっぷり入れてもらいます。昆布のおだしが効いていて、あつあつで、なかなかあなどれません。おいしいです。ビールがまた、合うんだな~♪ というわけで、自分で作りました、おでん。コンビニのをまねて、いつもよりたっぷり昆布を入れてだしをとり、塩気を多めに。白滝もたっぷり。おだいこんに味がしみるように、一度、冷まします。お、おいしい……。 ここずっと、仕事がハードなのと、外食が重なったのとで、食欲のない日が続いていましたが、こうしたあっさり味はほっとする感じ。昆布と塩気は、母なる海の水に近いのでしょうか。なんとなく力がよみがえるような気がします。体力がないときに、塩分を摂ると、ちょっと落ち着きますね。血圧が低いせいかもしれませんが。 今日は、きのうの残りのおでんと、他にもう一品作って、お弁当にしちゃいました。いつもの月並みなおかずも、お弁当にすると、よりおいしくいただけるんですよね~。満足しました。癒されました~♪
2006.09.21
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読書三昧の日々は、続いております。毎日毎日、読み漁っています。ジャンルは、自分が興味のあるものであれば、片っ端から。好きなものを片っ端から、っていう節操のないスタイル、大好きです。思いつくままに、本屋に赴き、読む本を仕入れます。 そして、ついに、食指が伸びてしまいました……。これだけは、手を伸ばすまいと思い、頑なに避けていたコーナー。そう、手にとったのは、「地球の歩き方」。 これって読書というのか?いやいや、立派な読書なんです、私の中では。 かれこれ、何年、旅行に行っていないのでしょう。真剣に、禁断症状がうずいています。 趣味や好みが一致する旅友達を失ってからというもの、腑抜け状態。何しろ、海外はおろか、国内もひとりで周ったことのない私。車を運転しないというフットワークの重さもありますが、東西南北を察知する神経がごっそり抜け落ちているため、国内はともかく(というか国内はもちろん)、海外での一人歩きは危険です(^^;(方角さえ分かれば地図も読めるので、本人は方向音痴ではない、と言い張っている) でも、ひとりで海外に行った友人もいるし、HPをちらちらみていると、女性のバックパッカーだっていて(当たり前)、それ相応になんとかやっていけそうな感じ。というわけで、私にもできるのか、感触を得ようと旅行コーナーに立ち寄り。始めは安全性を重視して、オーストラリアやイギリスがいいのかも……と思っていました。が、本屋に行ったら、一番行きたい「南イタリア」に、迷わず手が伸びたのでした。 アマルフィー海岸はポジターノを訪れるのが、私の夢なんです。ポジターノは風光明媚な小さな港町で、現在はリゾート地です。そのため、交通に便利とは言いがたく、さらに、ホテルなども高い。事実、日本のツアーでは、ポジターノを訪れるコースもあるにはあるのですが、その景色をながめるためのドライブコースに組み込まれるだけで、そこで滞在するなどの商品は扱っていないのが一般的です。景勝の他に何もないので通り過ぎるだけ……。 一方の私は、その景勝こそが、目的!!!ポジターノに滞在し、その景色を堪能しながらワインとウマイものを食べる、というのがとにかく夢。リゾートのホテルでゆったりと過ごし、気が向けば散策。本なぞ読んで、ふと顔をあげると、美しい港町の風景が目に入る、なんて、最高の贅沢だと思いませんか? 宿泊は無理でも、とにかく、ポジターノでゆったりした時間をすごしたいのに、通り過ぎるだけなのはあんまりです。となれば、オーダーメイドで、個人旅行しかありません。とはいえ、チケットやホテルの手配は旅行代理店にやってもらえばなんとかなるかも、ということで、無謀にも南イタリアの本をご購入。 いや~。読んでいるだけで、楽しいです。満たされます。手形がつくのではないか、というくらい読み耽っています。それでも、個人でプランニングしようと思うと、情報は足りないくらいですね。 あーーーー。いいなあ~^▽^
2006.09.20
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すっかり気配も秋めき、ここのところ、読書三昧の私です。読むジャンルはさまざまで、毎日のように本屋に行っては物色して、3~4冊くらい購入して帰っています。 さらに、勧められた本も積極的に読むようにしています。その中でも、何人かに勧められた本があります。「きみはペット」というマンガなのですが、ドラマ化されたのもあり、ご存知の方も多いのではないでしょうか。高学歴のエリート女性が、若い男の子を拾ってきて、ペットにしちゃうというお話です。ペットとご主人様、とデフォルメされていますが、ペットは愛されることを享受するだけに見せかけながらも、ちゃんと主人を理解して、彼女を心理的に支えるといった描写が描かれており、なかなか心理を突いたマンガだと思います。 そして、勧めた全てのひとに言われたこと、それは、私は、この物語でいう「自立した女性」、つまりスミレちゃんなのだそうな。そのことを自覚し、ちゃんとスミレちゃんを研究するように、みたいな感じでした。 そのことについて、私は相当の抵抗を持っていました。なぜなら、私はペット側になりたい(おいおい)と思っていたからです。それに、当時はなんとなく気がすすまず、勧められるがままに読んではみたものの、真剣には読まず、途中で読まなくなり、最後にはブックオフに売ってしまいました。 ところが、最近、この話を最後まで読む機会がありました。あのときは、私自身も冷静ではなかったので、しっかりと見ようとしていなかったのですね。今だからこそ、見えるものがあり、しみじみとしてしまったのでした。 私は、モモになりたいとずっと思ってきました。だから、モモの行動や心理を研究してばかりでした。でも、それは、スミレちゃんの立場からみたモモへの憧憬なのだと気づいたのでした。モモの必要性、価値を誰よりも見ていたのは、スミレちゃんなんですよね。実は、モモは成熟していないとできないのです。だからこそ、モモの資質・価値を、自分にないものを、自分に取り入れようと、私はやっきになっていたのかもしれません。 当時、このマンガを勧めつつ、オレは(このマンガでいうところの)Chinaのペットになりたい、って言って励ましてくれた男の子がいまして……(汗)。いやいや、ヘンな意味ではないですよ。純粋に励ましてくれたのです。f^_^;そのことを、ふと、思い出しました。私は、おちょくられているような気がして相手にしなかったのですが、改めて本を読むと、彼は真剣に私を見てくれていて、本当に私の理解者になりたいといってくれていたんだわ、と初めて気づいたのでした。このあたりも、やっぱりスミレちゃんを思わせますね(汗)。あの時、私を思ってくれたひとはたくさんいたけれど、そのことを受け取るどころか、感じることすらしなかった私は、その気持ちをいい加減に扱ってきたように思います。 「自分にないものを必死に求めても、うまくいかない、いくはずがない。あるもので勝負せよ」このこととシンクロして、ここのところ、いろんなところで、そのことを指摘されたのでした。そのために、また、別のおすすめ本を読みました。そのときは、全く違うジャンルで違うことがテーマだったので、とくに意識していなかったのですが、読んでみたらあら不思議。同じようなことを示唆していたのでした。スミレちゃんで勝負しろ、と。ないものを自分の中に求めるより、あるものを磨いたほうがずっといいんですよね。 私は、自分の中で平均化するために苦手ジャンルを補おうとするんですよね。よく言えば、バランスがいいのです。悪く言えば、とびぬけてできるものがない、とも言えるのですよね。のっぺらぼうなのかもしれません、私(汗)。 徹底的にスミレちゃんになるのも悪くないのかもしれませんね。私にはスミレちゃんのような一生懸命さやご奉仕精神が必要かも。
2006.09.16
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流れは、向こうからやってきました。ベストタイミングでベストなことがやってくるのですね。全く自分の思っていた通りにはならなかったのに、不思議とそのことを実感しています。でも、その先には、自分の思っていたものよりも大きなギフトが控えているのかもしれません。私では計り知れないような、懐の深さや思いやりを感じられます。自分が、今、感じているテーマそのものが、与えられました。 もう、流れに乗るしかないのでしょうね。正直、あきらめにも似たような気持ちも混じりつつ。そうしながらも、真摯に前を向いていくことが求められているのかもしれません。 最近のひらめきが教えてくれることは、「目の前に示されたことに全力を尽くそう」「ケチらず、100%を与えていくことを続ける」 今日は、システム手帳を見に行きました。8月26日の日記でも書いたように、自分の心の声を意識してメモをとるのが、とっても気に入りました。今まではシステム手帳とひらめき手帳が別々で、2冊を毎日持ち歩いていました。荷物はできるだけ減らしたいタチなので、なんとかしたいな~。と、思っていたらひらめきました。システム手帳とドッキングさせれば、その日に何があったかも一目瞭然だし、1冊で済むではないですか。 というわけで、探しました~。1ページ、もしくは見開き2ページが1日になっているデイリーのもので、時間ごとに区切られていて時間管理のできるもの。見開きの片側のページは、罫線よりも、ドットかセクション(格子)になっているもの。年度の途中なので、自分で日付を書き入れるのでいいし、それなら、1ヶ月単位の手帳があるだろう、と思っていました。 ところがっ。意外とないのです。やっと見つけたのは、バインダー式のもの。バインダーは確かに便利なんだけど、書き込みにくいし、中身を調節してもかさばって重くなってしまう……。身長153cmの小柄な私、あらゆる持ち物は何にも優先して軽量小型を重要視しているというのに。あのガッチリとした革の表紙に拒否反応が出てしまうのです。しかも、私の理想の見開きページがドットになっているものは、一種類のみでサイズもレギュラーのもの。せめて、小さいサイズならば、表紙もごつくなくて持ち歩きやすいのにな。 今までの手帳は時間管理ができるものながら、軽量でコンパクト。これを年度途中でも切り替えてまで、使うには……。ううむ。悩みドコロです。 いいのないかなあーーーー。 ウロウロ~。
2006.09.09
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自分なりの節目です。 ここ数ヶ月、自分なりにがんばってみました。本当に、がんばったな~。 何をがんばったのか、どうがんばったのかは、自分なりのテーマなので、ここでは割愛させてください。 ともあれ、その時々でベストを尽くしたのを知っているし、自分の中でも大きな変化があったような気がします。今は、本当にすがすがしくて、前向きな気持ち。 あとは……。流れに身を任せる、それだけかな。意思をもってして、流れに身を任せるのみ。 自分がありたい姿、自分が存在したい自分でいるために……。常に、自分自身の選択を意識して進みたいと思います。 みなさん、ありがとうございました!!! ~be continued~
2006.09.06
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最近、笑うことが多くなりました。気がつくと、げらげら声を出して笑っている。あれっ、私、笑っている、みたいな……。 いや、それって、なんっちゅーか、あたりまえでフツーのことなんですけどね(^^; でも。こんな感覚、何年ぶりねやろー。 笑うの、って。いいよね。
2006.08.30
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大学時代のお話です。当時、病院実習は任意だったのですが、私は3年生のときから、通算して3回の実習をしました。必須ならばともかく、こんなマニアは校内でも私だけでした(^^; そのうちの1回は、臨床検査の実習でした。中でも、私の記憶に残っているのは、病理細胞のプレパラートづくり。(ニガテな方、ご遠慮くださいね~) 私から見たら、とってもかっこよかったんです。患者さんから、患部の組織を一部取り出します。それを、顕微鏡で見られるようにプレパラートにセットするのです。 具体的な手順としては、まず、組織を壊さないように容器に入れ、その周りをロウで埋めます。ロウが固まったら、容器から出して、スライサーで薄くスライスします。このとき、細胞診で診断を下しやすいように、細胞をスライスする方向も考えねばなりません。それをプレパラートにのせて、固定したら、薬品でロウを溶かします。さらに細胞を見やすいように染色します。と、まあ、このようにテマヒマかけて、ようやく、プレパラートの完成です。 ヒトの組織、つまり、体の一部ですが、ご存知のように柔らかいのですが、特に病気の細胞は、崩れやすく、取り扱いが難しいのです。さらにロウで固めるときに組織の形を崩さないようにし、スライスしてプレパラートに乗せる部位の選択も見極め(極薄スライスなので、計算上はたくさん検体がとれるのですが、その中でどれが一番細胞診をするにふさわしいか選択)、ロウを溶かすときに組織まで流してしまわないように……などなど考えると、ひっじょーに緻密で、技術の必要な工程でした。でも、実験バカの私は、そんな臨床検査技師の姿にアコガレ、私もこんなことができたら~なんぞと夢見ていたのでした(^^; ところで、おそらく一般の善良な市民は、ヒトの組織の細胞などご覧になったりはしないでしょうが……。まあ、理科の教科書に載っているタマネギの組織のような感じです。細胞群、といった感じ。実習だったので、対比して病気の細胞を見せていただきました。私が見せてもらったのは、悪性腫瘍系統の組織、癌、白血病、梅毒、などなど。 これが、私にとっては非常にショックでした。正常の一般細胞と比較すると、その差は歴然です。正常のものは、しっかりとキメが揃っていて、綺麗なんです。私はもともと、こういうのが好きで興味を持っていましたが、正常の細胞組織がこんなに綺麗だと、それまで意識して思うことはありませんでした。それくらい、病気のものは……本当に恐ろしかったです。シロウトでも、はっきりと分かります。一目瞭然なんです。体を蝕んでいる患者さんの痛み・苦しみ、そして、恐ろしさが、映像として目に見えている感じでした。細胞のひとつひとつが、病気の恐怖を表現している、まさにそんな感じ。 「ミクロを追求していくとマクロになり、マクロを追求していくとミクロになる」高校時代の恩師の言葉ですが、まったく、そんな感じでした。目には見えないはずの病気そのものが、そこに見えたような、そんな感じでした。 私は、結局、この技術職につくのはあきらめました。もともと専攻していた種の仕事につき、今は、そのことを通じて、病気を考えています。けれども、あのときのショックは、いまだにリアルに覚えています。 でも、医療や病気だけに限らず、いろんな局面において感じること。それは、もともとの自然のもの、本来の姿そのものは、どんなものでも、たとえ細胞ひとつをとってみても、美しいんだ、っていうこと……。
2006.08.28
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最近、ふと思いついたことを、メモしています。他にも、よかったこと、がんばったこと、他人から見たらおそらくどーでもいいようなことですが、毎日つけるようにしています。これがなかなか私にとって、よい効果をもたらしています。 私の場合は、1週間ごとに読み返して、まとめています。すると、いろんな発見があります。 特に、右脳的なひらめきは、何の脈絡もなく、なにげに思いつくので、本当に流してしまいがちなんだ、ということが分かります。後で、シンクロしていたり、合致する出来事が起ったりしていて、びっくりします……。 すごい。さらに、思いついても、「でも」という常識の声に消えてきた、ということも、あとから意識して見直すことでよく分かります。まだ、はじめたばかりで、こうしたひらめきを充分キャッチしきれていませんが、それでもこんな風に感じるのだから、もっと、高確率でキャッチできたら、もっと毎日が充実して楽しいかも!!! 脈絡のないひらめき以外でも、今までなにげに考えながらスルーしていることが、メモをとることで、はっきり浮き彫りになったり。文字を見直すことで、自分が何を考え、何を思っているのか、何をめざしているのか……それまで意識していなかった内容が、ぽっと浮かんできたりもします。 書くことを意識するため、自分のココロの声に意識がいくようになりました。そのせいか、自分の気持ちが満たされて、充実しているようにも感じられます。先日参加したヒーリングワークショップでだいぶ自己嫌悪が癒されたせいもあるのかもしれませんが。 そんなせいか、ここのところ、なんとはなしに気持ちがウキウキのわたくしです♪
2006.08.26
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今日は、長崎ちゃんぽんを食べに行きました。どちらかというと、カジュアル系(お値段素朴)のちゃんぽん専門店です。 すると、突然、高校生くらいの男の子の集団がやってきて、私の隣の席に座りました。あまり自分たちの話をしないので、くわしいことは分かりませんが、ラフなスタイルや言葉の感じから、どうやら、部活の合宿か何かで遠方から来ているみたいです。ちょっとあどけなさも残っていて、そんなに乱暴な感じがしないところから、おそらく1年生と思われます。なかなか礼儀正しくて、いまどきの子ながら、好印象。 これくらいの年齢の男の子にありがちな、セットメニューや大盛りを次々注文していました。そして、大盛りのちゃんぽんが来たとき、わあ、でかい、という歓声に、つい、そっちの方向を見たのでした。 6人組は私のすぐとなりにいたので、私は向かって座っている3人しか見えなかったのですが、その3人中、2人が、 前髪をピンで留めていた。 それも、なんというか……ヤナギピンとかU字ピンのようなものではなく。遠目でも、それとわかる少々大きめの。彼らはそれが当たり前のように、ごく、自然でした。 まあ、テレビドラマやマンガでかわいいキャラの男の子がピンで留めているのは見たりもするけれど。ストーリー上で、洗顔時やスポーツ・試合時に、あくまでおちゃらけキャラが、わざと、ってのが多かったんだけどな。 フツーの男の子でしたよ?しかも、汗まみれ体育会系の部活モード。さらに言えば、外食してる(それもカジュアルちゃんぽん)。 べつに、悪くはないんだけど。スポーツ時に髪がジャマだから? ううむ。男子高校生にヘアピン。……流行っているのか?!
2006.08.25
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ふと、学生の頃に、顕微鏡を持っていたことを思い出しました。 子供のころに、近くにある「科学館」に行くのが好きでした。非常に強い磁石がかなり離れた位置からの釘をひきよせてくっつくのを体験できたり、さまざまな科学のものが展示してありました。当時から、科学や化学は好きで、とくに実験系は大好きでした。 その科学館にあったものの中でも、私が好きだったのが顕微鏡。3台ほど、いつも同じプレパラートがセットして設置してあったのですが、行くたびに、並んでまで見ていました。しかも、トイレットペーパーとか、とっても日常的なもの。にも関わらず、毎回毎回、飽きもせず、見ていました。ちなみに、トイレットペーパーって、キメが荒くて、とっても繊維質なんですよ~。肌が荒れてしまいそうです。 それが昂じたのか、いつだったか、顕微鏡が欲しい~、といって買ってもらったのでした。しょーもないもの、いっぱい見た記憶があります。 その後、大学の研究室で、酵素で分離させた膵臓のランゲルハンス島を、顕微鏡を覗きながらひとつひとつ取り出す作業をすることになろうとは、思いもしませんでしたが……。ピペットで、しかも顕微鏡だと左右反転して見えるので、なかなか難しかったです。(^^; さらに、子供のころに好きで、それこそボロボロになるまで読んだ本が、「からだのひみつ」という、学習用のマンガです。主人公の名前がヒトちゃんで、体のいろんなしくみを知っていく、というマンガだったのですが、これが好きで本当によく読んでいました。ちなみに、このネーミングのセンスは、当時、教育テレビにあった理科の番組にある「きくちゃん」「みるちゃん」「なんだろうくん」に共通するものがあって、なかなかスキですね~。私は、他にも数冊ほどあった学習用マンガはろくすっぽ読まず、ガイコツだの筋肉だののイラストの入ったこの本ばかりを何度も読み返したため、最後は分解しかかってました。マンガだからというわけではなく、やっぱり自分の興味のあるものを見てしまうのですね、子供は正直です。 そして、やっぱり、大人になって、人体に関わるような仕事をするようになったのでした。 全く意識していなかったけれど、そういえば、と思い起こしてみると不思議です。 好きなものの延長線上にあるもの。それが、「今」、なのかもしれません。
2006.08.23
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昨日は、久しぶりに妹に電話をしました。 妹に子供が生まれてから、めっきり電話の回数が減りました。まだまだ育児中なので、少しでも時間があるのなら、寝たり自分のための時間が欲しかろうという、優しい姉の配慮です(*^^*)b今回も、何時ごろが都合がいい?、なんてメールをしてからの電話。「今、チビが寝ているから、起きてお風呂に入っているときにでもいい?」という返事がきたので、二つ返事で了承してノンビリしていると……。 ♪♪妹「結局、ずっと寝てるからさあ、かけてみた。何用?」私「いや、たいしたことないんだけどねえ」 妹は、私が悩みでもあるのかと思って心配したらしく、まだチビちゃんが寝ているというのに電話をくれたのでした。姉のような妹です(^-^; トシ離れているのにしかし、その心配も虚しく(?) 私「実は、今、『流れに身を任せる』というテーマに沿って、自分の半日の予定を他人に組んでもらうというのをしているんだわあ」妹「……」 (^^;心配してくれたのに、しょーもない話ですまん、わが妹……。でも、妹はユーモアがあって、奇想天外な発想をしてくれるので、こーゆー創造性を使うものについては、期待度大なのです。ちなみに、妹にはこんなスピリチュアルな話をしたことがないので、受け入れてもらえるのかと思いましたが、考えてくれました。ビバ、妹。 妹「そうねえ。今は育児でいろいろできないけど、もし、自分に時間があったら~」私「うんうん」妹「大阪は知らんけど、こっちでいう東山動植物園に行って、写生するかなあ」私「おお、それ、いいっ。そーいやあ、最近、絵を描いてないしい~」妹「でしょー。色鉛筆とか持っていってさ」私「うんうん、いいねえ。色鉛筆画」妹「でしょー。じゃあ」私「ちょっと待ったア。このワーク、時間を区切られているのよおお。そのあと、何をするかまで考えて欲しいんだけど」妹「んー。じゃあ、ビニール袋を持って行ってえ」私「うんうん」妹「帰りに空き缶とかゴミを拾ってえ」私「……」 ちなみに、これ、本気です。本気と書いて、マジと読む……(-_-; とか言ってる場合じゃなくて元デザイナーなどというヨコガキ職業だったのに、子供のオムツは布だし(さすがにしんどくて挫折したけど)、牛乳パックもスチロールのパックもリサイクルのロハスです。一応、ワタシもプチロハス。姉妹。しかし、妹は、ゴミを拾ってあるくほどエコロジカルだったとは……。 妹「まだ私はやったことないけどさあ。中央分離帯とかに捨てられてるカンとか拾いたい、って思うのよねえ」(^_^; まだやったことのないことをワタクシに勧めるか、妹よ……。妹「だって、中央分離帯じゃ、拾いたくても拾えないじゃん。ちなは、公園とか帰りの道で拾えばいいじゃん」 私「分かったよ」←そういいつつも、結構、やるだけやってみようと思っちゃう派妹「次は、そうだねえ。お風呂に……」私「ふむふむ。ゆっくりお風呂に入る、っと」妹「ちなは、体とかどんな順番で洗うの?」私「????? うーん。頭洗って、体、顔、の順だな」妹「じゃあ、髪の毛洗ったあとに、お風呂の床を掃除して……」私「……ん?」(^^;私「ちょっと待て。それって、シュフじゃん!!!」妹「ぎゃははは。いいじゃん、わざわざ洗うのめんどくさいでしょー。自分が入って床とか濡れているときにやるとさあ~、あっ、そうそう、100均で掃除用の柄のついたスポンジがあるから、それを使うといいよお」私「ハア……」妹「そのあと、ゆっくり浸かる、と」私「んーで、その後は」妹「じゃあ、そのあと、夜のうちに洗濯をする」私「……」妹「そのあと、自分へのごほうびにアイスを食べる」私「……」妹「このアイスが大事なのよっっっ!!!」私「わあった、わあった。分かるよ~」 確かに、私も、よく自分へのご褒美はアイスだったりします。(しかも100円のとかショボイやつ。でも、これがなんだかしあわせになれるのですよ、私的には)実家ではお互いこんなことしていなかったのに不思議です。血を感じます。 っつーか、ある意味、母と話をしているかのようでもあり……。しっかりした娘さんで、みたいな。トシ離れていても姉妹なんだ、みたいな。(^^;) けれども、決して、彼女をバカにするわけでも、なんでもなく。なんかワカラナイんだけど、ふつふつとこみあげるものに、元気をもらいました。気がつくと、笑顔になっている。こんなことを、よく、彼女は与えてくれます。本人は、いたってマイペースですが、そのことが私の心に優しいものをもたらしてくれるのです。 そう、以前は、私もこんな生活をしていました。お風呂のお湯が冷めないうちに洗濯、とか。水周りは、使ったときにこまめに掃除をするとか。ここのところ、そんな必要もなくなり、ステンレスなどの光物の光がニブい中で生活をしていたかも。(-_-; うーーん。今度の休日は、このスタイルでやってみるかな。 いろんなひとの、今現在のスタイルを見せてもらうのって、今の自分の流れを新鮮なものにしてくれるのかもしれませんね。
2006.08.22
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最近、思うこと。自分って、ひとがすきなのかも。んーで、結構、さみしがりだったりして。ひとと会うことや話ができることが、楽しいと思えてしまう、今日この頃です。(^^) ふと、気づいたのです。今まで、自分に与えられた思いやりが、相手にとってはどれだけ勇気が必要だったか、考えたことはありませんでした。それどころか、自分が後回しにされているような気持ちになったり、自分ばかり愛されていないような気持ちになったり。そんないいわけをして、誰のことも愛していなかった自分がいることに気づいたのでした。 でも。私は後回しにされてたり、さびしい思いをしてきたこと、誰もわかってくれてない、って思ってきたけれど、それ以上に、みんな、もっとさびしかったのに、私に与えてくれていたのかも……。つらいことは、数え上げればきりがないけれど、恵まれていることだって、きりがないのです。そのことを、私は見ていなかったのかも。 だったら、さらりと流されても、何も返ってこなくても、自分が相手のことを好きなら、それでいいじゃない、と。好きになったのは、自分だもんね。自分の責任なんだから。ただ、好きという気持ちだけは、上手に表現できるようになりたい。 そう思い始めてから、職場での対人関係が、またまたよくなりました。普段はクールなひとが、嬉しそうに私と話すときに赤面するのを見て、なんだかじ~ん……。彼女も、私と仲良くなりたかったけど、恥ずかしかったり、怖かったりしていたんだと感じられたのでした。 さらに、シンクロしてか、前の派遣先からも、また来てくれないかというお誘いまで来ちゃいました!!自分でもびっくりです。 今まで、周りのせいにばかりしていたけれど、そうじゃなくて、自分を変えていく、という作業は、痛みと向き合うために苦しかったり、そこを越えていく勇気が必要だけれど、毎日がなんだか楽しい。そう、ひとと接するのが待ち遠しいのです!!! 自分の感情に責任を持つことをようやく意識したのは、数ヶ月前に飲み会に行ったとき。そのことをはっきりと分からせてくれた友達。うまくいかない人間関係に対して、あの場にいたみんなが、一生懸命になって、「誰も悪くないんだよ」といってくれたこと。でも、自分の感情は自分のものだと、はっきりと言ってくれたこと。それまで、理屈では分かっていても、自分のしていることには気づかなかったのです。 今まで、遠慮ばかりして、いや、そういうと聞こえはいいかもしれないけれど、誰のことも信頼できず、誰にも本音を話したことのなかった私。でも、ひょんなことから、私と関わってた友人が、私に関しての本音を暴露したために、こんなシチュエーションになったのでした。 あのとき、もう、私は逃げて帰りたかったです。帰って、ふとんにもぐりこんで、ひとりで丸くなって……、そうしたかったです。でも、怖がりの友人ががんばっているのを見たとき、それを見過ごして帰ることはできませんでした。ふと気づくと、みんな口々に思ったことを言っているものの、誰も私のことを責めてはいなかったのでした。本音で思ったことを言って、叱ってくれる友人、そこをフォローしてくれる友人、一緒に泣いてくれる友人。こうして、本音でぶつかってくれる友人がいてくれたこと、本当に嬉しかったです。 ああいった体験は、初めてだったかもしれません。こうなれたのも、暴露してくれた友人のおかげかも。 いつか、私も、そんなふうに、与えられるひとになりたい。本音でぶつかれるような人間になれたら。つれづれに、そんな風に思うのです。
2006.08.20
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ワークが終わってからというもの、うふふな私。何があってもゴキゲンさんです。もちろん、イヤだな、と思うこともあるけれど、ひとつずつ、丁寧に対処できています。とにかく、うふふ、なのです♪ さらに、もっとスピリチュアルな世界に入っていきたい~とのお告げがあり、本屋に立ち寄ることに。 前回も、なんかいい本ないかな、とひらめいて立ち寄った書店。そこで見つけたノート(書き込み式の本)が自分に大好評だったためと、何となくここがいいような気がして訪れてみました。 そのノートの作者の最新刊がありました。ちなみに、例のノートは完売した様子。前回、なにげに立ち寄ったときには、積み上げられていたのに。やっぱり、必要なときに、必要なタイミングでものごとはやってくるのね。 そのあと、カフェに立ち寄って、ゆったりと読書。私が訪れたとき、ちょうど奥のソファ席が空いたのでした。ラッキー☆ラッキー(^m^)くつろいで、コーヒーの芳醇な香りにつつまれて、ゆったりと充電の時間。 ああああ~。しあわせだわあ~。 今日は、ランチタイムも、ビルの29階の窓際のお席で、都心のビル群を眺めて、とても雄大な気持ちになりました。雲が近い。空が近い。飛行機が飛び立つところが見える方角。このうえなく、お気に入りのスポットです!!!なんてステキなんでしょう。ワラ・ビューリホー・ワールド♪ 懐かしい、愛しいこの世界。もどってきたよ~、そんな感覚です。 ココロの充電を、まめにしたいな。いつでも、こんなゴキゲンにシフトできるように。
2006.08.17
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8月のメインイベント(?)、ヒーリングワークショップが終わりました。 なんだか、夢を見たまま終わったような……。それとも、今まで、夢を見ていただけなのかな。 あまりの苦しさに逃げ出したいと思ったり、もうダメだ、と思ったことも。それでも、なんとか終了することができました。途中から、とっても気持ちが楽になって、自然に楽しむ、ということを取り戻せたような気がします。 たくさんのことに気づかされました。あまり気づきたくなかったことにも気づいたり。あ、そうなんだ、みたいな気の抜けたような感じにもなったり。深刻に考えていたことが、現実はたいしたことではなかった、とか。 実際の社会生活でも、すんなりと前に進むことになりました。ちょうど、ワークの終了と同時に、タイミングよく、ことが運んでしまいました。 長い、長い夢を見ていたのかもしれません。今、思うのは、新しい一歩を踏み出したい、ということ。 もうそろそろ、天使も目を覚ます頃。新しく、生まれ変わったこの人生を、もう一度、歩き始めたい、そんな気持ちです。
2006.08.16
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今日は、私の誕生日です。 今まで生きてきた中で、さまざなまできごとがありました。うれしいことも、悲しいことも、さまざま。そのたびに、たくさんのひとから励まされたり、教えてもらったり。 そんなときに、私に贈られた言葉たちは、私の中で新しい息吹を芽生えさせ、すくすく成長して大きくなり、いつでも私の傍らにいます。そして、必要なときには、あたかもその言葉を言ってくれた人がそこにいて、優しいベールで私を包んでくれているかのように、私に叡智を授け、私を支えてくれます。 今日は、私にとって、大切にしてきた言葉たちを、このページを訪れてくれたあなたに、シェアしたいと思います。 「手放す、っていうのはな、捨てるっていうこととはちがうねん。天にあずける、っていったらいいのかな......」 もう何年も前に出会った、お兄さんのようなカウンセラーの言葉です。彼には、いろんなことを教えてもらいました。その中で、最近、よく使う「手放し」という言葉について、これほど分かりやすくピッタリとくるように語ってくれたひとはいないので、シェアしたいと思いました。 「反省、っていうのは、自分を責めることではありません。もし、そうなら、『自分が悪かった』で終わりで、何の進展もないです。反省というのは、あなたが反省した証として、自分が変わることです。それは、自分が、太陽のひとになること。光り輝くことなんです」 アフリカから来た黒人の方で、(宗教の)導師さまとのことでした。フランス語が母国語でしたが、日本語がペラペラで、メモも漢字で取るほどの方でした。罪悪感まみれで、自分を罰するしか方法を知らなかったときに、私に光をもたらしてくれた言葉です。具体的にどうしたらいいのか分からないけれど、これが真実だ、と思ったのを覚えています。彼は、「何年生まれですか」と聞くと、「昭和○○年」と、西暦ではなく日本の元号で答えてくれるようなおちゃめなひとでもありました。 「本当に苦しくて、もう死にたいと思うとき。死が求められているのではなく、誕生が求められているんです。痛みのない出産はありません。苦しくても、もう、出産は始まっているんだから。新しい自分を産んであげようよ」 精神的に、死ぬしか選択肢がないと思ったときに思い出した、私の中では(勝手に)、あまりにも有名な言葉。 「愛とは、分かち合うもの。そして、広がり続けるものです」 あらゆるひとが言っていることですが、とりわけ、私の中でも尊敬する方が言った言葉として抜粋です。 「飛行機、って空気の抵抗を受けて、それに乗って上昇するんだよね。空気の抵抗があるから、それに乗って上昇できるんだよ」 私の先輩が言ってくれた言葉。周囲に誤解されることが多くて、自分がなかなか前に進めないときのために。 「自分の教師であることをやめる。自分が全ての答えを知っていると思うことをやめる。自分の力だけで解決していこうとする自立心を捨てること」 私のミューズとも言える、憧れの女性が、「変化」というテーマで話してくれたことの一節です。彼女は美しいひとなんだけど、ダイナミックで細かいところにこだわらない天然なところがとってもステキなんです。 他にもいっぱいあるのですが、収拾がつかないし、今後のネタもなくなってしまうのでこのへんで(汗)。 よく、神さまは神さまの姿をしては自分の前に現れない、といいます。誰かを通して、わかりやすい形で、私たちにギフトをくださるのだと。 私にとって、この言葉たちは、与えられたギフトです。 この言葉たちが、まいた種のように、つぎからつぎからこぼれ種を繰り返して、どこかで花開いてくれることを願って。 2006.08.10
2006.08.10
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昨日は、プチ夢マップを作りました。夢マップというのは、自分の好きな写真や切り抜きをコラージュしてボードや画用紙に貼りつけたものです。自分の夢をビジュアルにして焼きつけることで、願いが叶うといわれています。私の場合は、ビジョンを明確にしていくための一環で、取り急ぎといった感じで作りました。 今回は、もっぱら旅行用のパンフを用いました。うーんとゴージャスな、熟年旅行向きのパンフをごっそりもらってきて、ちょきちょきちょき。でも、好みって、いつも同じなのですね~。 まずは、アマルフィー海岸、ポジターノの写真。南イタリアの風光明媚な岸壁の続く海岸とそこに築かれた町並み。まばゆい太陽と海の香り。(^-^)ノ それから、次はモルディブのホテルの部屋。ゆったりとした空気が伝わってくるようです。白いシーツのベッドには、オレンジやグリーンの模様にブラウンで縁取りされたクッション。さらに、本が置かれていて、鮮やかなブルーのページが開かれています。オレンジとブルーの配色がステキです。オレンジとブルーといっても、鮮やかなものではなく、シックにまとめられているのが、落ち着いて、かつ、重厚なムードがするのが、なんともいい感じです。 そして、美しい都、ベネチアのゴンドラの写真。ベネチアは、本当に、夢のような町でした。市場で売られている鮮魚や、ベネチアングラスの光、町並みの幻想的なこと……。まさしく、ファンタジーアでした。車がなくて静かなところも、私にとってはよかったです。 ミコノス島やサントリーニ島も入れたかったのですが、スペースがなく、残念。なにしろ、プチ、なので。でも、改めて、出来上がったものを見てご満悦です。 のんびりした空間。くつろげるスペース。太陽の光。美しい町並みや調度品。おいしい食べ物と美酒。 そんなものが、今の私が欲しいものかもしれないなあ、と思いながらも、完成した夢マップを眺めてはニヤリ。嬉しいなあ。 さらに、ちっちゃく隅っこに、カップルの写真なども貼ってみました。控えめに(*^_^*)本当は、みんなが笑っている写真が欲しかったのですけれどネ。 きっと、ちゃんと夢マップを作り始めたら、時間など、簡単に過ぎてしまうのだろうなあ~。こーゆーの、妥協しないタイプですから!!!色の配分とか、スペース配分とか、ウルサくなっちゃうんだろうな~。そんなコダワリも、自分的にはけっこう楽しいのですが。 今回は、プチだったので、所要時間にして、小1時間ほど。クイックでお手軽。思いつくままに、とりあえず、作ってみた、って感じ。こんなのも、悪くないですね。 自分でも意外なことに、一番気に入っているのが、モルディブのホテルの写真です。ベッドにクッションを配置するだけなら、今すぐでもできそう。さらに、絵画も実は持っています。シルクスクリーンの版画ですが。 ……飾ってみようかな。まずは、飾るための釘というか、金具の入手からだなあ。買いにいってみるかな~。
2006.08.09
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今週末は、心理学講座のアシスタントをしてきました。今回は、トレーナーがいつもと違いました。 今回の講師は、ワタシが初めてこの団体(?)にかかわったときに、先輩としてアシスタントをしていたひとでした。無料説明会に来たときも、そのあとのミニ講座に来たときも、そのあとのワークショプに来たときも、彼はアシスタントで、そこにいました。 ほんの数年前だったのに、あの頃は、まだ会社自体が未発達の状態で、体系だったものが全くありませんでした。それが、ボランティア団体ができ、さらに、有料化された団体ができて……。そのころをかかわってきた仲間でもありました。 彼は、その中でも先陣を切って、先生の講座のテープおこしをしたり、講座のテキストをつくったり、といろいろと携わってきたひとのうちのひとりでした。その彼が、ボランティアをして、有料で活動して、今は、講師としてここにいます。 そういえば、彼が結婚したとき、彼らが宿泊したホテルに居合わせてばったり出くわしたこともありました。思えば、不思議な縁でもあります……。 あのあと、私は講座に行くことをやめて、全然違う生活をしていたはずなのに、さまざまなきっかけがあり、また、こうして戻ってきました。そして。年月が経過して、彼の講座のアシスタントとして参加している不思議。今、思うのは、なつかしいような、嬉しいような、そんな感じ。時間がもどったような、不思議な感覚。 講師をしている彼をみて、とっても嬉しいのです。先輩が活躍するのを見るのは、やっぱり嬉しいものです。 そして、今回は、なんだかおだやかな気持ちでワークに参加することができました。ひととの距離を縮めたいと思っての参加。今回は、グループメンバーがゴハンを食べにいったりすることに全員参加でした。 ただ単に、ワークショップでのかかわりだけれど。それでも、嬉しいのです。出逢えたこと、かかわれたこと。 今、もたらされているしあわせに感謝をしつつ、享受して楽しみたいと思います。ふわふわして、とっても気持ちがいいです☆みんな、みんな、大好き。なんてね、思えちゃう自分が不思議です。 ちょっと前までは、こんな感覚なかったのです。しかも、一度はあきらめたはずの道を、もう一度踏みなおすことになってしまいました。自分でも、全く意識していなかったのに……。すべて、プロセス、なのでしょうか。 この状況をもたらしてくれた、すべてのできごとに、感謝です。私とかかわってくれた、すべてのひとに。ありがとう。
2006.08.06
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今月は、午前中はオフと決めた♪ ……なんか、休んでばっかの私。まっ、いっか。 というわけで、ひさしぶりに神社を訪れた。近所の公園を通り抜ける。抜けるような青い空と、積乱雲。セミの声を見上げ、木漏れ日に目を細めてみる。 お願い事をするときには、もう、叶ったことにするといいよ、とずっと以前に友人が教えてくれたっけ。すでに願いが叶ったものとして、ありがとうございました、と参拝するのだと。うまくいっている自分をイメージするだけで、表情が和らぐのを感じる。 静まり返った神社の境内。 樹木のまだらな影を踏むように階段をのぼる。 立ち止まると、汗がじんわりするのがわかる。呼吸を感じながら、ゆっくりと瞳を閉じる。参拝。 森林のトンネルを抜ける。セミがぴたっと鳴き止んだ。私が動くたびに、セミが「ジジ」「ジジジ」と鳴く。人間の様子を窺って、会話をしているように。 トンネルを過ぎると、いつもの場所。気配はあるのに、息を潜めるかのように静まり返った住宅街。車に照り返す太陽と、空き地に茂る草や絡みつくアサガオ。まるで、時間が止まったかと錯覚するような、静かな空間の流れ。湿った首筋に風が吹くと、体から湯気がでるような、ほっとした涼しさを感じる。 なんだか、次第に充電されていく感じ。これからの未来を思いつつ、今を享受する、そんな感覚。 盛夏の午前。豊かな時間。
2006.08.02
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今日は、遅らばせながら、「ハウルの動く城」を見ました。TVの録画していたものです。とってもステキでした(*^^*)特に、ビジュアルが、私の好みです~。あの、ガラクタ(?)でできているようなお城のセンス!!ユーモラスな形と動き、それから、パープルがかったプルーグレーの絶妙な色合いの美しさ……。それから、景色は、昔見た「アルプスの少女ハイジ」を思わせる、ヨーロッパ風の町並みと、雪山の峰、草原、そして湖。それに、登場するキャラが、ココロ和ませますね~。個人的には、カルシファが好き。(^^)こーゆー、アクの強いキャラが好きなんですねぇ。元の姿に戻された荒地の魔女も、なんだかかわいい。カルシファを隠して、「わたしゃ、なんにも知らないよ」としらばっくれるのとか、かわいくて、憎めなくて、私のココロをぎゅむっ。おじいちゃんに変装したマルクルも、ほのぼの。市場では、イモもサカナも嫌い、と、変装してもコドモっぽさは残っているのが、なんともほっと表情が和らぎます。美しい世界を見ていると、綺麗なものを見に、旅行に行きたくなっちゃいました。スイスアルプス、イタリアやスペインの街……。そうそう、後半で川の夜景を真下に見たカット、あの景色は私の中では、セーヌ川を思い起こさせました。あと、ハウルではあまり関係がないけれど、もののけ姫の舞台になった屋久島の巨大な大木……。大きな樹や、湿気の多いひんやりした苔むした空気が、私は好き。気軽には行けないけれど、想像するだけで、うっとり~。……お手軽です。私にとって、宮崎駿さんの作品の中で、とくに心を打たれるのが、ヨーロッパを舞台(モデル)にした背景です。私が感じることですが、ヨーロッパの香りがします。本当にヨーロッパを感じさせるのです。子供のころに見た、「母をたずねて三千里」もイタリアの港のにおいを感じました。なにか、私の魂を呼び起こしてくれるような気がします。見るものの心を潤わせるような、一瞬にしてはーーっと抜いてくれるような、それでいて、息をのむような。ストーリーもステキですが、作品全体を通してにじみ出る映像の美しさが好きです。ひとコマひとコマが、芸術作品ですね~。「紅の豚」がヨーロッパ舞台と聞いたので、次回はそれを見たいです。
2006.08.01
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今日は、完全なOFFの日です。(^0^)vようやくの、休日!!!(ええ、昨日も休日でした……それが、何か?)ワタクシ、ずっとこの日を待ちわびておりました。というのも、先週は、私が決めた「捨てる・手放し」週間でした。が、いかんせん、ワーク後の生理現象のため寝てばかり、あまり片づけが進まない状態で、部屋は仕分けされた捨てるものの山でこんもり……。(いつもの通りといえば、その通りですが -_-;) それが何か?というわけで、ようやく、今日はお掃除をしました~!!!自分なりに、もういいでしょ、と思ったもの、今まで捨てられなかったものたちをえり分けて、ピックアップ。2番目に大切なものを誰かにあげると、手放しの感覚がついて、運の流れが変わるというのを聞いたので、それも実施してみました。自分が大切に思うものなら、相手もきっと喜んでくれるでしょう。あげるものを選別。そして、誰にあげようかな~。大切に使ってくれそうなひとがいいな。と思いつつも、けっこう、他人からみたらしょうもないものにこだわっていたりするんですよね~。そんなことにも気づいたりして。それ以外にも、使えそうなもの、誰かにあげたいものがどんどん出てきましたが、収拾がつかなくなりそうだったので、できるだけ捨てることにしました。選別しながら、いらなくなったシャツをじゃきじゃき切って、使い捨ての雑巾に。けっこう、このボロ布が使えます。思えば、このシャツも購入したときには、ウキウキで着ていたけれど、いつしか、パジャマ・部屋着として活躍し、今は雑巾に。最後の最後まで使えるヤツだったなあ……。と、じっと布を見る。しみじみ。ほんとうに、ありがとうね。思わず頬ずりしたくなる愛しさでした。(トイレで床をふきながらのわたくしがお送りしました)ふと。このシャツ、実は「捨てる・手放し」週間に従ってよりわけられていたのですが、捨てると決めたそのすぐ後に、新しいトップスを購入していたことに気づきました。以前欲しいと思っていたものを、たまたまバーゲンで見つけたのでした。しかも、着てみると、見た目よりもずっとステキでした。古いものを手放すと、もっともっといいものが手に入るのね~。(*^^*)夏の通販カタログも、もう使わないし。高価だった仕事用の専門書も、情報が日進月歩の今(言い方が古い)、いつまでも古いものをとっておくのも、と思われ、まとめてくくりました。本棚の空いたところに、新しい本を入れて。シーツも洗いました。お日様にさらされて、パリっと乾きました。キモチいい~!!!ところで、今日は銀行に行って、さらに公共料金の支払いを済ませておこう、と、今朝思い立ちました。めんどくさいのですが、仕事の都合で、窓口振込みにしているのです。いつもなら、月が替わってから行くのですが、なんだか行きたい気持ちになったのでした。のんびりしていたのですが、昼ごろになって、早くいかないと、と急にあせりを感じ、掃除の休憩もしたいな~なんぞと思ったのでした。でも、途中で手を休めるとやる気がなくなるし、銀行は18:00まで手数料がかからないし、支払いはコンビニでできるし、と思いなおしたのでした。ところがっ。16:30くらいになって、出かける支度を始めて支払いの用紙を整えたとき、気づいたのです。保険の支払いが今日までだったのです~。ちょうど保険を切り替えたところで、支払いが不定期だったため、うっかりしていたわ、私!!!しかも、この保険のみ、コンビニでは支払えない用紙~~!!!もう、銀行も郵便局も窓口しまってるやん!!!ふんぬ~~。(|||ノ`□´)ノ じたばた昨日、「ひらめきが大切」などというやりとりを、なにげにしていたことが頭をよぎります……。ほんっと、なにげ……。ひらめき、という言葉に反応したのでした。ハイヤーマインドは、ちゃんと、昨日から教えてくれていたのに~。なんとはなしに思ったこと、直感ってホントに大切だな、と思った一日でした。ちなみに、ひらめき、というのは何の脈絡もなく出てくるので、思考が強いとかき消されてしまうので、意識して耳をかたむける必要があるようです。そして、大切なことは何度も教えてくれるんだ、とも感じました。だから、耳を澄ましていれば、きっと聴こえるはずよね。こうしたひらめきに身を任せていくと、トントン拍子にコトが運んで、しかも思っていたよりもずっといい結果になることが多くて、だんだんワクワクしてきて、楽しい!!!!こんなことばっかになったら、本当に楽しいだろうな~♪ハイヤーマインドともっともっと仲良くなろうと思いました。(*^m^*)
2006.07.31
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仲間内で流行(?)の占い師、ヒロシさんのところに行ってまいりました。本来なら、予約がとりにくいらしいのですが、たまたま、友人と話をしているうちに、流れがそちらに行って、その場で予約をとったら、一発OK。(^-^)v占いは、コンピューターによるものやセミプロの友人にしてもらったことはありますが、対面でお金を払ってするのは初めて。ドキドキ。いろんなことを言ってもらいました。一番いわれたのは、「母性が強い」ということ。母性が強く、親密感が強い。ひととの距離を狭く保ってしまう分、苦しくなることもあるけれど、それが私の特性なかもしれませんね、と。そして、その距離の近さは、今の仕事をしていく上で、必要なのだと。他にも、いろいろ……。感想は。占いは、当たっているかどうか、というよりも、自分が納得できるかどうかなんだ、と思いました。私は、見てもらったことで、今の自分について見つめるきっかけになったし、考える材料になったし、今後のことについて、本当にしっかりと見据えたいと思いました。占いは、全てではないかもしれないけれど、きっかけにすることはできると思いました。自分の意思でしたいことをする、その背中をおしてくれるものかもしれません。先月から、私の中で流れが変わりました。まだまだ、上があるのだけれど、流れは確かに変わったのです。ものごとが、うまくゆき始めると、抵抗勢力もあらわれると言います。今まで、目をそらしてきたけれど、無視しきれなかった問題も、流れと同時にやってくるのを感じます。以前は、ここで負けてしまった。世間の揶揄、批判、からかいの目。でも、幻想だったのかもしれない。本当は、自分に負けた。自分を信頼することができなかった。今は、前に進みたいと思います。ただ、自分の気持ちに忠実に、進み続けること。今は、そんな時期かもしれないと思います。先のことは、全く分からないけれど。やめずに進むことしか、今はわからないです。それでも、プロセスを信頼したいと思います。
2006.07.30
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お気に入りのインポートショップをみつけてから、おしゃれ熱に磨きがかかっています。(*^^*)フランス、イタリアのショップものを扱うセレクトショップなんですが、ここの価格やデザインが私の好みにピッタリなんです~♪何気ないカットやデザインなのですが、身につけると、なんともニュアンスのある表情になってくれるのです。それに、体のデコボコも計算されているようで、体に沿う感じがして、着ていてラクなんです。さらに、素材がステキなんです!!!ベースに乾いたサンドベージュを思わせる、絶妙な色合い。むこうの綿素材は、半分ガーゼのように目が荒くて、ふんわり、乾いた風を含んだようなんです。だから、たいてい、洗いっぱなしでOK。綿なのにアイロン要らず~~。むしろ、その方がナチュラルです。とくにフランスものは、裏地もガーゼのような綿素材で、これがキモチいい。ナイロンやキュプラにはない、自然な風を感じられます(*^^*)先日はベージュの綿のハーフパンツを購入しました。すそのところが切りっぱなしでラフながらも、全体に細かいフリンジがついていてなかなかステキ。でも、ちょっぴり他の商品と比べて高い気がしたのでした。ところが、それを妹に見せたときのこと。妹「やっぱ、ヨーロッパのものはおしゃれだね」(妹は、被服デザインの仕事をしていました)妹「この手洗い表示カワイイーーー♪」↑着用中というのに、まくりあげてこんなところまでチェックされます(^^;私「でも、このパンツ見て。すそとか切りっぱなしのわりには高かったのよ」と、すその切りっぱなしの部分を指摘。妹「いいじゃん、このパンツ。ていねいに作ってあるよ。それに、このすその切りっぱがすごいんだよ。これに、お金がかかってるんだよ」私「えっ、そうなの?」妹「そう。技術がいるんだよ、こんなふうにまっすぐに切りそろえるのは。布目が裾の丈にきれいにあってないと、切りっぱなしに処理はできないんだよ」私「あら、そうなの……」(*^^*)あははなあんだ、そう解説を受けると、その割には安かったような……。さらに、重ね着風のブラウスを、サイズを直すために少しだけ縫い目をほどいたとき。むむ、糸を切っても布がはがれない……と思ったら、裏側からもしっかりと縫いこまれ、しかも、なにげにタックやストラップの部分が強化して縫いこまれていたのでした。端の処理が甘いものが多いし、装飾がすぐにとれたりして、国内で購入するものよりも、雑な気がしたし、もろいなあ、などと思っていたのですが、基礎はしっかりとしていたのでした。しかも、きっちりやってます、という感じではなく、あくまで自然~、でもよく見るとちゃんと手順にしたがって裁縫されているのだ、とシロウト目にも分かりました。やっぱり、洋服、洋裁に関しては本場なのかもしれませんね。あまりにきっちりされているので、お直しには、ちょっと手間でしたが(T_T)ということで、今シーズンは、ヒートアップしてしまいました。でも、楽しい~~(^^)ノ
2006.07.28
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溶岩浴に行ってきました。岩盤浴とスタイルは同じなのですが、使われている石が溶岩からできているものです。たまたま見たテレビで聞いた溶岩浴。ネットで検索すると、関西では今のところココしかやっていないという店を発見。早速、行ってきました。(^0^)ノワーク後のデトックス。いや~、気持ちよかったっす。体の芯から効くかんじです。手足がとっても冷えているのが分かりました。手首など、痛いくらいです。風邪のときに、発熱前に節々が痛くなる、そんな痛みに似ています。腰に疲れが出ていたので、石の枕を当ててみました。じわ~~。私は丹田が(おへその下あたり、欲求・欲望・怒りなどのエネルギーの源)弱いようなので、ちょっとイメージしてみました。地中の真っ赤な溶岩を。さらに、首と頭もコリやすいので、そこにも石の枕をあてて、ゴリゴリ。そんなことをしているうちに、くらくら~と回ってきました。(ってかやりすぎだろう……)ロッカーの鍵を返せば、時間はカウントされないので、ノンビリ髪の毛を乾かして。お茶でも飲みに行こうか、と思って外に出ると、受付でお茶を飲んでいくか聞かれました。わーい☆のんびりとくつろげるソファで、ミントティーをいただきました。(*^^*)この暑い季節に溶岩浴。あえて、この季節に汗をかく。なかなか、よいです。ちなみに、溶岩浴に挑む前は、韓国料理をいただきました。今度は、チゲナベを食べてから行こうかな~☆
2006.07.26
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