鉄砲玉は今日も何処かへ
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(すっかり日記をご無沙汰してしまった。)一ヶ月ほど前に映画「An Incovenient Truth」を借りてきて旦那と共に観た。私にとって映画と言うと、サスペンス物やマフィア物なので、正直言ってこの映画を飽きずにちゃんと観ることは出来ないだろうと思っていた。いつもの様に頭も体勢も映画鑑賞モードで観始めたのだが、いつのまにか前のめりになり食い入るように観ている我々夫婦がいた。この作品の素晴らしさは、先日Al Gore氏がノーベル平和賞を受賞し証明されたので、私がここで述べることは無い。ただ、観た人を不愉快にも闘志にも似た複雑な気持ちにさせる、文字通り不都合な真実をつきつけた人が”平和賞”を受けるという皮肉に、映画を観終わった時と同じように胸がキュッと痛んだのだ。平和や環境保護という言葉は、全てが平和で環境破壊などなければ生まれてこなかった言葉だろう。ちょっと飛躍するが、人間が「水を飲みたい」と思った時には既に体内の水分が不足してしまっているのと同じように、環境保護という言葉が使われる時点で環境は破壊されている。そして、修復するどころか破壊のスピードと威力は増すばかり。こういう事は知っていたことだが、「An Incovenient Truth」はそれを改めて数字や映像として私の頭と体にエイリアンの様に食い込んで来た。それは形容しがたい感覚だった。この映画は我々に勧告と同時に希望も与えてくれているのだが、何事も心配しすぎる性格の私には非常に重すぎて、地球の将来にとても悲観的・絶望的になってしまった。生き物が生存できなくなるかもしれないというのに、子供なんて作れないよ。年齢的に迷ってなんかいられないのだが、またまた二の足を踏んでしまうではないか・・・。私が子供を生んで育てるかは別として、友人や兄妹の子供達の為に、そして生き物全ての為に何が出来るか・・・。この映画を観てから、今まで少しだけ気にしていた事をもう少し掘り下げて考えるようになった。どこから手を着けて良いか分らないが、気がついた事、出来る事から少しずつ、自分達の杓子で地球・体に優しいことを心がけようと思う。小さい頃から感想文は大の苦手で点数も悪かったから、これを読んでくれた人にこの映画を観たいと思わせる事は無理だって事は百も承知だ。でも、未だ観ていない人には是非時間をたっぷりとってから観てみて欲しい。
Oct 16, 2007
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