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カモメ7440 @ うまい! おそらく散文詩だと思います。 ショート…

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May 22, 2011
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カテゴリ: 柔らかい思念
 都心の病院だというのに蛾がいた。
 わたしは胸の手術が終わり、医者がなるべく体を動かしなさいというから、地下1階から自分の病室のある7階まで歩いていたときのことだ。

 灰色のコンクリートの階段の隅に潜んでいたが、その薄く緑がかった白色の羽に眼を奪われた。それに加えてその小さな頭に付いてる白い毛の房のような大きな触角が異次元の生物を想起させた。
 周囲の空気が冷たく張り詰め、わたしは威圧された。昼間の蝶のような感覚的な軽さはなかった。
 同時に病的でもあった。その姿と色感は美しいと言っていいものであるのにちがいないのに、恐ろしい毒を内部に秘めていて近寄るものを速やかに、そしてまことに静かに倒してしまうような陰鬱な凶器を感じさせた。
 この昆虫に触れてはいけないと思った。だからと言ってこのままこの蛾を無視して、今までと同じペースで階段を上り詰めていくことはもはやできなかった。
 わたしは足を恐る恐る伸ばし、この驚異的な生物の心臓が鼓動していないことを願った。この冷たい存在感の理由を死に繋げたかった。

 わたしのサンダルの先がそれに触れるか触れないかという極めて小さな接触があったとき、蛾はわずかに羽ばたき、いかにも本来の動きができないという風に再び地に這った。
 階段の蛍光灯の光にこの蛾が封じ込められていることをわたしは知った。そして今なら逃げられると思った。わたしは急いで駆け上がり、一階の外来の出口から太陽の光の下に出た。万が一この蛾がわたしの後をついてきたとしても、初夏の強い日差しには勝てないと思った。そして、同時にわたしに取り付いた憂鬱も焼き焦がしてほしいと願った。


 その土手を少し歩いただけであるはずなのに、病院に戻る道は思いのほか遠く、背中に汗をかいてそれがわたしの体を異様に冷やしていく。しばらく外を歩いていなかったからかもしれない。わたしの太陽に晒されている皮膚はじりじりと焼きつくのに、それはあくまでも表面的でわたしの内部は背中の汗で冷やされていく。このアンバラスな感覚からか、わたしは気持ちが悪くなった。

 わたしは病室に戻るとベッドに体を横たえた。汗に濡れた下着を替える気力も失い、気持ち悪さをこらえて眼をつぶった。
 消灯時間までまだ何時間もあった。昼光の下でまぶたを閉じて得られた柔らかい闇の中で、わたしはいつものように深夜眼を覚ますと思った。

 深夜、病室の外側の窓が白く輝いていることに気づく。白いカーテンの引かれた窓の向こう側に何がいるか、わたしは既に知っている。あの淡く緑色がかった白い蛾が、何百、何千と集まり窓ガラスに張り付いている。
 羽音のひとつも立てることなくわたしをじっと見張っている。
 わたしの手術した胸の傷口に、呼吸器外科の医師が取りきれなったわずかな腫瘍にまとわりつく憂鬱に産卵しようと蛾が待ち構えている。





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Last updated  May 29, 2011 09:33:27 PM
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