2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1
自治会の総会が済んでほっとしたのも束の間、いまは議事録の作成と会社の評価書の作成に追われている・てつ♪です。今晩は。先日の自治会総会の前日、役員が全員揃って打ち合せをしていた日のことなんだけど、会議が終わって雑談になったとき、例のドイツ製の消しゴムをみんなに見せてこう言ったんだ。「この消しゴムは実は大阪万博のときにドイツ館で買ったものです。38年も前に買った消しゴムがまだ使えるなんて凄いと思いませんか?」みなさん、予想以上の結構いいリアクションをしていただいたのですが、65歳ぐらいのおじいちゃんが食い付いたさ。「へー!それは凄い。38年も前の消しゴムが今も使えるなんて凄い技術だ。それにしてもドイツという国はいい物を作りますね。刃物でね、ゾーリンゲンというメーカーがありまして、そこの刃物がよく切れる云々…」うひゃー!「ドイツ」で「凄い技術」で「ゾーリンゲン」!何かあまりにもストレートな食い付き方に思わずニヤリ。ここにも居たわ。ドイツ贔屓野郎が(笑)参照記事 1参照記事 2
2008.10.22
昨日の打ち合せ・総会次第の作成を経て、本日、自治会の総会を無事終えることができました。これもひとえにワタクシの努力の賜物でございます。(笑)しかしよくやったよ、ホントに。質疑応答が少なかったのは、報告文書に率がなく完璧だったから。ということにしておこう。(笑)一番突っ込まれたくない、毎年もめている「引っ越しをしても家を残している人の退会を認めるのか」という項目もすんなり通ったし。ただ、昨年12月に役員会で話題になってそのまま放置していた事項を、何の打ち合せもなく総会で取り上げた役員のおばあちゃんの発言に、血が凍りそうになったわ。まさに「戦場で背後から味方に撃たれた」感じ。幸い弁の立つ副会長さんが巧く切り抜けたけど、訳のわかってないおばあちゃんには要注意ってことだ。しかし、だ。7時に起きて時間一杯一杯台本書いて、昼食抜いて総会をやって、15時半に帰宅。カップ麺食べて16時半の電車で会社に行って仕事だよ。本当は記憶の新しいうちに議事録を作成するのがベストなんだけど、優先事項が多すぎて、当分取り掛かれそうにないわ。本当はね、総会が済んだ今夜は湯豆腐で一杯やるぞと家内にも宣言していたんだけど、そんなに甘くなかったぜ。さて、昨日も朝起きてから夕方5時まで何もたべられなかったので、今夜の風呂上がりの体重計測が楽しみだ。多分58キロ台になっているんじゃないかしら。当分「肥ゆる秋」は来そうにないわ。(笑)
2008.10.13
毎年10月は中間決算があったり、産地直送商品が解禁になったり、上半期の評価書提出なんかで大変多忙なのです。時間が足りない分を補うために、第一日曜と第二日曜と体育の日の3日のうち、2日間は毎年出勤してなんとかこなしていたわけ。今年はね、それに加えて自治会活動があるんだ。会長をやらされているものだから、サボるわけにもいかず、もう泣きそう。(笑)一大イベントの総会の開催が13日、準備・リハーサルが12日、翌週の日曜が議事録の作成、月末までにボランティア活動の報告書の役所への提出。「仕事をやりもって、ほんまにそんなに多くをこなせるんかい」というのが正直な気持ち。実際に毎年仕事にあてがっていた月初の2回の休みを自治会の総会に費やさざるを得ないわけだから、仕事も確実に遅れていくはず。しかし期限はこちらの事情などお構いなしだから、残った10月の休みを潰すしか無さそう。会長の任期は10月いっぱい。あと20日ほどで煩わしさから解放されると思うと、ちょっと浮き浮きするじゃん。11月はバラ色だ!歳暮が始まる前の第一週までは。(笑)
2008.10.10
前回にも書いたとおり「ドイツ製」というテーマは数年前の愛知万博の頃に書こうと思い立ったもの。万博について思い出したことを書こうと思ったのだが、万博は万博でも38年前の大阪万博のことだから、じじい丸出しでちょっと恥ずかしいのだが、いまさら恥ずかしがる年齢でもないので、堂々と書いてみようか。(笑)大阪万博は1970年開催。当時ワタクシは小学校4年生。ワタクシの住んでいた町から万博会場のある茨木までは電車で一時間ちょっと。地理的には恵まれた位置に住んでいながら、開催期間中に行ったのは4回ぐらいじゃなかったかな。その内の一回は小学校から校外学習として行ったのだけど、4年生以上は行くことができ、3年生以下は行けなかったので、すごくラッキーだと思ったことだけを憶えているわ。(笑)家族全員で行ったのは夏休みの最後ぐらいだったかな。憶えているのは会場で食べたカレーが凄く辛くて美味しかったのに、水が出されないからファンタを飲みながら食べて、口の中がヒリヒリしたことと、歩き回ってクタクタになり、夜寝るときにふくらはぎが痛くてなかなか寝付けなかったこと。あと1回か2回は平日に母親に連れて行ってもらったぐらいかな。いまのワタクシは出無精で、人の多く集まる祭りやイベントなどが苦手なんだけど、小学校4年生のころは多分好奇心旺盛で、万博などというとキャッキャキャッキャと喜び勇んで行ったことと思うんだけど、悲しいかな世界の国々に興味がなかったんだろうね。どんなパビリオンに入場したかなんてさっぱり憶えてない始末。当時の一番人気はアメリカ館でアポロが持ち帰った月の石が展示されていて、入場するのに平日でも何時間か並ばなければならなかったみたいで、小学4年生にそんな耐久力というか忍耐力はなかったので絶対入場していないはず。唯一入場した証が残っているのがドイツ館。確か母親に連れて行ってもらった時だったけど、母親が気に入って数個の消しゴムを買ったんだ。色鉛筆でも消すことができる消しゴムという触れ込みで売っていたもの。母親は昭和3年生まれだから親父同様戦前派。親父の影響があったんだろうね、ドイツ贔屓の。そのドイツ贔屓がドイツ館へ入場させ、ドイツ製消しゴムを買わせたんだ。きっと。ワタクシはその消しゴムを1個もらい試しに使ってみたのだけど、確かに色鉛筆は少しは消えるものの、日本の消しゴムと比べて特によく消えるということもなく、可もなし不可もなしといったところ。ま、記念の品だし大切にしようと思ったのでした。さて問題です。そのドイツ製消しゴムの結末は一体どうなったでしょう。答えはね、現在ワタクシの自室の筆入れの中に納まっており、現役バリバリで活躍しております。こう書くと別にたいしたことないと思われるかも知れないけど、38年以上前に作られた消しゴムがだよ、ほとんど品質の劣化を感じさせずいまでも使えているわけだ。忘れ去られた古い消しゴムが突然どこかから出てきて、使おうとしたら固くなっていて使えなかったなんて経験ないですか?ワタクシは事務の仕事に携わっていて、消しゴムは「サラを使い始める」よりも「中古を使い切る」ことに喜びを覚えるタチなんだけど、普通の消しゴムは10年ぐらいじゃないのかな、固く劣化して使えなくなるまでは。それをドイツという国は38年以上も前に38年以上使える消しゴムを作る技術をもっていたわけだろ。さすが当時世界第二位の工業力。さすがゾーリンゲンの国。十数年前にドイツ贔屓の親父の洗脳から解き放たれたワタクシは、愛知万博の年に、38年以上前に作られた消しゴムを38年年後も使っていることを思い出し、再び昔のドイツ技術力に感心したという、「たかが消しゴム、されど消しゴム」的お話しでした。(笑)
2008.10.05
全4件 (4件中 1-4件目)
1